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      寸感・雑記=   




    コロナ予防対策についての共同宣言 (2021.01.28)


 中部大学の大門正幸教授(「参考資料 38」 に紹介)からメールをいただいて、東大名誉教授の矢作直樹さん等7名の医師、大学教授が「新型コロナ感染症予防対策についての共同宣言」を出していることを知りました。この宣言のなかでは、「新型コロナウイルスの脅威は、実際に多くの人が感じているより圧倒的に低く、私たちの生活様式が変更されなければならない程の死の脅威は存在しない」 と述べられています。そして、「これは無責任で荒唐無稽な仮説でもなければ、陰謀論に傾倒した空想でもなく、検証可能なデータが示す客観的事実」であると、付け加えられています。

 その「客観的事実」として、「宣言」が挙げているのは、つぎのようなデータです。

 新型コロナウイルスのPCR検査の実施件数は、4,050,466件(12/1現在)
 新型コロナウイルス感染症の感染者(PCR検査陽性者)148,694人のうち
  死亡者は2,139人
  入院治療等を要する者は21,056人
  退院又は療養解除となった者は125,470人

 インフルエンザの患者 毎年推定1,000万人のうち
  2019年度の感染者数728.5万人
  死亡者数3,325人

 そして、「宣言」はこのデータをこう解説しています。

 《新型コロナウイルスによる死亡者とされる人数は、インフルエンザより少なく、2/3程度。肺炎の1/44。交通事故死亡者数はコロナ死亡者の約2倍。転んで亡くなる方の人数の方が多いというのが現実です。
 インフルエンザに関して言えば、毎年2000万人がワクチンを接種するにもかかわらず、非常に発症が少なかった2019年でさえ、新型コロナウイルス感染症の約50倍の、728.5万人もの人々が感染し、新型コロナウイルス感染症の死亡者を超える3,325人の方々が亡くなっています。》

 「宣言」では、PCR検査による陽性者認定にも科学的根拠からその実効性に疑問を投げかけていますが、こういう専門的な根拠については、医学的知識のない一般の人々には、なかなかわかりにくい面もあります。しかし、マスクの着用が、「ウイルス感染予防・伝搬予防効果がないばかりか、健康を阻害するリスクの方が高い」 と、この「宣言」で指摘されているのには考えさせられました。私なども日常的にマスクを着用していますが、それは意味のないことなのでしょうか。ここでは、その根拠をこう述べています。

 《ウイルスの大きさ(0.1μm)、飛沫の大きさ(5μm~)に対し一般的なマスクの網目は遥かに大きく、ウイルスを止めることができない。大きなツバの塊を止めることはできるが、空気感染・接触感染・媒介物感染に対しては無意味である。マスクさえ着用していれば感染予防になるという大きな誤解は他の対策がおろそかになることにも繋がり、かえって危険である。
 マスクは空気中のゴミ、雑菌、ウイルス、口腔内からの細菌等を集積し溜め込むフィルターであり、国民が正しい着用方法を理解しないままで長期間に渡って同じマスクを着け続け、そのマスクを触れた手指で他への接触や食事をしている現状は感染拡大防止の観点から見ても逆効果である。
 人は、約21%の酸素濃度の空気を吸い込み(吸気)、肺で酸素を体内に取り込んで約15%の酸素濃度の空気を吐き出す(呼気)。通常、16%の酸素濃度を吸い始めると酸欠の自覚症状が現れ、10%以下で死の危険が生じる。
 マスク内部には自分の体内から放出された二酸化炭素や不要物質が溜まり、それをまた吸い込んでいるので慢性的な酸欠状態となり様々な不調や免疫力低下の原因となる。》

 この「宣言」に名前を連ねているのは、つぎの7名の方々です。

  武田邦彦 中部大学特任教授
  吉野敏明 歯科医・歯周病専門医、日本歯周病学会指導医、評議員、歯学博士
  大橋眞  徳島大学名誉教授、モンゴル国立医科大学客員教授、免疫生物学専門家
  矢作直樹 東京大学名誉教授、(前東京大学医学部附属病院救急部集中治療部部長)
  藤井聡  京都大学大学院工学研究科教授
  内海聡  Tokyo DD Clinic院長、NPO法人薬害研究センター理事長
  井上正康 大阪市立大学名誉教授(分子病態学)、 FMTクリニック院長

 日本政府ならびに各自治体、およびメディア関係の人々に対する提案として出されたこの共同宣言の全文は、http://www.werise.tokyo/declaration/ で読むことができます。 コロナウイルス感染拡大の実態を正しく理解するためにも、ご一読をお勧めしたいと思います。

 シルバー・バーチは、「取り越し苦労は最悪の敵で、精神を蝕む」と言っています。医学的にも、大きな不安や心配は、私たちの心身を蝕む猛毒の作用を及ぼすことが実証されているようです(「学びの栞」(B)9-a, 9-c など参照)。そのような負の感情は、私たち一人一人に備わっている肝心の自己治癒力や免疫力をも損ねてしまいかねません。世界中で感染者が1億人を超え、日本でも 2度目の緊急事態宣言が出されて3週間になる現在のコロナ禍のなかでは、私たちも、いわゆる「三蜜」を避け、逆効果にならぬようマスクも正しく着用して、手洗いを励行するなどの配慮は、もちろん必要でしょう。しかし、過度の不安や怖れでネガティブに畏縮してしまうことなく、心身の健康維持に気を配りながら、この難局をみんなで元気に乗り越えていきたいものだと思います。



  本年から、「霊訓原文」のスペースを利用して、「寸感・雑記」の項目を新しく加えることにしました。
     「寸感・短信」の続編ですが、「随想集」「身辺雑記」のスペースが既にいっぱいになっていますので、
     この項目に従来の「随想集」「身辺雑記」を含めて、「寸感・雑記」としました。





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    この世で生きていくということ
         ― 五木寛之 『大河の一滴』 を読んで考える ―    (2021.02.22)


 五木寛之『大河の一滴』(幻冬舎文庫)という本がある。1998年4月に刊行されて以来、ロングセラーとなって読み継がれてきたエッセイ集である。この本は、第1ページの1行目に、いきなり、「私はこれまで二度、自殺を考えたことがある」と書き出されていて、「最初は中学二年生のときで、二度目は作家としてはたらきはじめたあとのことだった」と続く。中学一年生の時に朝鮮の平壌で敗戦を迎え、38度線を越えて日本へ引き揚げるまでの凄惨な体験や、引き揚げ後の九州の田舎の生活では、履いていく靴がなくて下駄で通学し、雨の日は、裸足であったことなども、赤裸々に綴られている。

 五木さんは、昭和7年(1932年)生まれだから、今年で 89歳になる。私より 2歳若い。私も敗戦で無一文になった貧乏暮しは経験しているし、焼け跡の広がる大阪での苦しい飢餓状態も身に染みて体験している。田舎の親戚の家へ行って、白い米のご飯を半年ぶりに口にした時には、ゆっくりと噛んでいるうちに、ひとりでに涙がぽろぽろとこぼれ落ちたこともあった。五木さんは、後に、東京で大学生活を送るようになっても、「アルバイトの連続で、まともに学校へも行けなかった」と書いているが、私も同じである。新宿あたりの焼け跡整理の日雇い労働や、会社の臨時雇い、倉庫番、家庭教師などのアルバイトで明け暮れて、結局、最初の一年は大学も留年せざるを得なかった。私たちの年代の者は、満州事変から始まる日中戦争、太平洋戦争で、少年期を戦時色一色のなかで過ごし、敗戦後も戦争の惨禍の後遺症を長く引き摺って生きてきたといえる。

 しかし、その日本での生活も、1950年代に入ると、朝鮮戦争による特需以来の経済発展で、少しずつ庶民は貧困から抜け出していった。特に1954年(昭和29年)から1973年(昭和48年)までの約19年間は、「神武景気」や「岩戸景気」、「オリンピック景気」、「いざなぎ景気」、「列島改造ブーム」と呼ばれる好景気が立て続けに発生して、国民総生産(GNP)も、当時の西ドイツを抜き世界で第2位となった。それが、戦後初めてのマイナス成長を経験することになるのは、1973年10月の第四次中東戦争をきっかけに原油価格が上昇した「オイルショック」によってである。高度経済成長時代は終焉を迎えて、その後は、1991年 2月のバブル崩壊に至るまでの安定成長期へと移行する。そして、ついこの間まで、「失われた20年」といわれる低成長期が続いた。

 このような社会の変遷のなかで、日本では、長い間、戦争を経験することもなく平和であった。生活水準も上がり、人々は飽食し、住居にはモノが溢れて、若者も女性も車を乗り回すことも当たり前のようになった。しかし、だからといって、私たちは幸せになったといえるのであろうか。表面的には、衣食住に不自由はなく、人々が豊かな生活を享受しているようにみえることがあっても、それとは裏腹に、社会のあちらこちらで深刻な心の貧しさが、さまざまに影を落としているようにも思える。五木さんが、この本を書いたのはもう20年以上も前のことだが、その頃の日本でも、決して、明るい平穏な日々が続いていたわけではない。

 その当時は、阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件、政財界の混乱、バブル崩壊からいまだに立ち直れない経済、さらに神戸では中学生による小学生殺害事件と、世紀末を象徴するような出来事が続発していた。モノ優先の社会のもろさを図らずも露呈した阪神・淡路大震災のあと、経済的繁栄に抱いていた不信感が一気に噴出して、人々は内面的な豊かさ、いわば、心に目を向けるようになったと思われた。ところが「心の時代」という言葉がひろがりはじめた矢先に、こんどはオウム真理教による地下鉄サリン事件に遭遇する。心というものにも、人びとは不安を覚えるようになった。モノも頼りにならない。しかし心も危ない。ではどうすればいいのか、と人々は迷い始めた時代でもあった。

 モノが豊かになっても、心は豊かにならない。むしろ、モノが豊かになればなるほど、心の闇も深くなっていくことさえある現実を、私たちは思い知らされてきたのではないか。20年前には、20年前の闇があり、現在には現在の闇がある。社会の一部に暗い蔭を宿している事態は、今も変わらない。

 今の日本も、世界では経済大国といわれる豊かな社会であるには違いないが、庶民の多くに至るまでその恩恵を受けて、幸せに生きているわけではない。2011年 3月の東日本大震災の後遺症もまだ残っている。政治の上では、安倍政権による「特定秘密保護法」や「国家安全保障法」の数を頼んでの強引な成立、「モリ・カケ・サクラ」で暴かれた権力乱用と120回以上に及ぶ首相による嘘の国会答弁、元法相夫妻の参院選での買収容疑などが続いた。その一方では、各地で頻出する幼児への虐待、相模原市の障害者施設における現職員による 19人の殺害、36人を死亡せしめた京都アニメーション放火事件、或いは、72歳の父親が 35歳の長男を殺すなどの、子供の障害や病気に悩む親による殺人・心中事件などの悲惨な事件が後を絶たない。

 経済大国と言われている今の日本にも、その社会の片隅には依然として眼を背けたくなるような悲惨な状況が潜んでいるのである。その闇の深さを示す一つの指標が日本国内の自殺者の数字であろう。五木さんも、この本のなかで、「自殺の流行は世界的風潮ですが、問題は貧困と戦乱の巷にあるような地域よりも、物質的繁栄を享受し、福祉がゆきとどき、経済大国として世界をリードしている日本のような国で、年間 2万 3千人以上の自殺者が出ているという事実です」と、その現象の特異さについて述べている。

 厚生労働省の統計によると、自殺者数は、1983年及び1986年に25,000人を超えたものの、1991年には 21,084人まで減少し、その後 2万人台前半で推移していた。しかし、1998年に32,863人となり、さらに 2003年には、最多の 34,427人となった。その後、2010年以降は減少を続けており、2015年には 24,025人で、急増前の 1997年以来の水準となった。それからも減少傾向が続いていたが、昨年、2020年には、おそらく、新型コロナウイルスの感染拡大による経済悪化の影響などもあって、また上昇し、20,919人となっている。死因では、これは第7位で、8位の肝臓病より多い。2020年度の交通事故死者数 2,839人に較べると 7.4倍にもなる。コロナウイルスの感染が国内で初めて確認されたのは、昨年の 1月16日であったが、それ以来、一年間の死亡者は、6,300人ほどである。その間の自殺者の数はそれよりも 3倍以上も多い。

 とりわけ重大なのは、日本では、若い世代の自殺者が際立って多いということである。15歳~39歳の各年代の死因の第1位は「自殺」であるという。その下の、10~14歳においても、1位の「がん」に続く 2位となっている。先日の新聞でも、2020年に自殺した小中高校生の数が、コロナの影響もあって、前年比で約 4割増しの 479人であることが大きく報じられていた。(「朝日」2021.02.16)

 厚生労働省によると、こうした状況は国際的に見ても深刻であり、15~34歳の若い世代で死因の第1位が自殺となっているのは先進国では日本だけであるらしい。同省の白書では、フランス・ドイツ・カナダ・米国・英国・イタリアの6か国のデータとの比較も掲載されているが、自殺の死亡率(人口10万人あたりの死亡者数)は、ドイツで 7.7、米国で 13.3、英国で 6.6などだが、日本は 17.8と格段に高い傾向にある。

 かつて、二度自殺を考えたことがあるという五木さんは、この著書で、日本の自殺者の数を、民間の戦争犠牲者の数と比較している。満州事変から、日中戦争、そして太平洋戦争へと続いた「十五年戦争」で亡くなった非戦闘員の数は、広島、長崎、沖縄戦、東京大空襲などによる死者などを含めて膨大な数になる。正確な人数は掴めていないが、ある統計では、672,000人となっているらしい。この数に対する自殺者の数を対比して、その深刻さを、彼はこう述べている。

 《機関銃の弾も飛んでこなければ空襲もないいまの日本で、年間 2万3千人以上も死者が出て、年間 10万人もの人が自殺を試みている。死者だけでも 30年たてば 70万人以上になる可能性がある。さらに死にたいと思いながらも、死への恐怖や苦痛に対する恐れ、残された者たちへの配慮などから自殺に踏み切れない人たちが、自殺する人たちの 10倍はいるといわれていますから、その裾野の広さは驚くべきものでしょう。これは見えない戦争というしかありません。》(前掲書、p.295)

 世のなかには、心が温まるような明るい話題も決して少なくはないから、このように、自殺などの暗い面ばかりを見てはいけないであろう。しかし、世間の常として、私たちの身のまわりには、気が滅入るような様々な出来事も否応なく耳目に入ってくる。前にも触れたが、戦前の悪名高い「総動員秘密保護法」を連想させる「特定秘密保護法」や戦後の平和を支えてきた憲法9条の法体系を抜本的に変質させてしまう「国家安全保障法」などの強引な成立、さらには、貧富の格差をますます広げているような経済のあり方への疑問や不信などから、環境破壊や自然災害の増加などに至るまで、日本の平和と安全のためには、決して安易に見過ごしてはならない世の中の流れや風潮もある。

 私には、子どもの頃のひとつの記憶がある。1941年12月8日に太平洋戦争が始まった時、私はまだ小学校 5年生であった。初めのうちはハワイの真珠湾軍港を奇襲して戦果を挙げたりしたが、早くも、翌年の 6月のミッドウェー海戦では、日本海軍は、投入した空母 4隻とその搭載機約 290機の全てを喪失するという大敗北を喫した。しかし東京の大本営は、それをひたすらに隠して、その後も、ありもしない「赫赫たる戦果」を発表し続けた。日本軍が撃沈、撃墜したはずの米空母や艦船、航空機の数字を、新聞に発表されたのを足していくと途方もない数になって、それらが嘘であることは子ども心にも感じられたし、一方では、米空軍による日本本土空襲が現実になってきていた。このままでは国が滅んでしまうのに、なぜ大人たちは黙っているのだろうと不思議に思ったことを覚えている。

 それから 70数年を経て、いまの私は、その「大人」になって久しい。その間に、軍国主義は民主主義になり、世の中は大きく変わったが、私たちは、戦前戦中とは異なる、また別の、さまざまな社会の不条理や退廃に晒されるようにもなった。このまま進んでいけば将来はどうなっていくのだろうと、次世代へのいささかの危惧を感じさせられることもしばしばである。

 例えば、日本の食糧自給率ひとつをとってみても、カナダの 264パーセント、アメリカの 130パーセント、フランスの 127パーセントなどに対して、先進国では最低の 38パーセントでしかない。自分で作るよりは外国から買う方が得だというわけで、ついこの間までは、農政は米作農家に減反を強いてきたりした。その一方で、世界では 9人に 1人が飢餓に苦しみ、5秒毎に 1人の子どもが餓死しているというのに、日本では、「大食い競争」なるものが横行し、まだ食べられるのに捨てられてしまう「食品ロス」が、年間で 612万トンにも上っている。(農林水産省2017年推計。これだけあれば、1億人に茶碗一杯ずつの食料を供与できるという。) これらも、醜悪な、目に余る現実である。敗戦後の食料不足で、日本人の1,000万人が餓死するといわれていた時に、米占領軍の配慮による小麦粉や雑穀の緊急輸入で辛うじて生き延びてきたことなどは、もうすっかり忘れ去られてしまったようにみえる。

 小さいことかもしれないが、むかし、社会評論家の大宅壮一が、テレビの普及で、「一億総白痴化する」と言ったことがある。「一億総白痴化」は、一時、流行語になった。いまは何といえばよいのであろう。ことばや風俗の乱れ、倫理観の衰頽は覆うべくもない。民放の一部にみられる騒々しいだけのドタバタ劇などは論外であるとしても、近頃はNHKにも、悪影響が懸念される見苦しい番組が現われるようになった。純粋無垢であるはずの 5歳の女の子の人形が、大人に向かって平気で名前を呼び捨てにし、「ボーと生きてんじゃねーよ!」と汚い罵声を浴びせている。そして、そんな醜悪な人形に、見識のない大人たちが、「5歳なのに・・・さすが・・・」などと、わざとらしい、歯がうくようなお世辞で応えたりする。(ついでながら、わざわざ "Don't sleep through life" という訳語が付け加えられているが、これではこのことばの汚く下品なののしりの口調は伝わらない。ほとんど誤訳に近い。) 視聴料を徴収している公共放送が、こんな愚劣な番組を日本中に流してもいいのかと、嫌悪感を禁じ得ないのである。このような頽廃的な状況が重なってくると、それならば、国民の一人として、なぜ声をあげようとしないのか、という自責の念に駆られることもないわけではない。この本の著者も、そんな感じが抑えられないようである。しかし彼は、こう書いている。

 《いま自分が生きている時代をどう見るかは、その人その人の立場による。現在の政治や、経済や、医療や、教育のことを考えると、私にはひどいことになっているなあ、と、もはやため息すら出ない感じがする。いちいち例をあげるまでもない。筆にするだけでも気が滅入ってきそうだ。
 しかし、そのことについて、私はこれまで大声で嘆いたり、激しい批判の文章を書いたことがほとんどない。せいぜいがぶつぶつ独り言のようにつぶやき、皮肉っぽい言葉を吐くくらいのものだった。たぶん、自分もその濁世の汚水のなかを泳いでいる一匹の雑魚ではないか、といううしろめたさが心の隅にわだかまっているからかもしれない。》 (同書、pp.51-52)

 考えてみると、世の中が「ひどいことになっている」のは、20年前やいまの社会だけではない。いつの世でも、何処でも、それはみられた。仏教では、この世を「五濁悪世」と観じ、かつては親鸞も、『歎異抄』の中で「地獄は一定すみかぞかし」といった。この世の栄枯盛衰では、『平家物語』の冒頭の句「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす」などが思い出される。人生の儚さでは、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」で始まる『方丈記』の、「よどみに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人と栖と、またかくのごとし」ということばも、頭を掠める。世の中で生きていくということは、いずれにせよ、このような諸行無常のなかでの苦しみや悩みに身を晒すことである、といえるのかもしれない。五木さんは、それを、この本のなかで、つぎのように書いた。

 《人間の一生とは本来、苦しみの連続なのではあるまいか。憲法が基本的な国民の人権を保障してくれたとしても、それは個人の心の悩みや、「生老病死」の問題まで面倒をみてくれるわけではないだろう。
 人は生きていくなかで耐えがたい苦しみや、思いがけない不幸に見舞われることがしばしばあるものだ。それは避けようがない。憲法で幸福に暮らす権利と健康な生活をうたっているのに、なぜ? と腹を立てたところで仕方がない。まず、人生というものはおおむね苦しみの連続である、と、はっきりと覚悟すべきなのだ。》 (同書、p.18)

 五木さんは、悩み苦しむ人たちの気持ちに寄り添い、仏教や浄土思想などについても多くの優れた著作を世に出してきた。この本でも、自分が子どもの頃から苦労してきた体験を基にして、この世で生きていく心構えのようなものを懸命に読者に伝えようとしている。その誠意と善意は疑うべくもなく、敬意を表することにもやぶさかではないが、ただ、このような彼の文に接していると、この世では、夢も希望もなく、苦しみや悲しみが付き纏うだけのようにも思えて、ちょっと寂しい。「人生というものはおおむね苦しみの連続であると、はっきりと覚悟すべき」というのは、わからぬでもない。しかし、それだけでは私たちは救われないのである。未来に向かっての、もっとポジティブな展望は持てないものであろうか。

 ただ、そうはいっても、私自身がかつてそうであったように、一般の多くの人々の思考は、ここで行き詰まりになって、おそらくそれ以上は進まない。世の中はそういうものだと、諦めるしかないのであろう。あとは「神頼み」で、人々の無力感の前にはどうしようもない大きな壁が立ちはだかるだけである。その状況は、五木さんの場合も、この本で示されている限りでは、例外ではない。どうしたら、その壁を乗り越えられるか――。 ここで必要になってくるのが、霊的視野でのアプローチである。

 そもそも、私たちは何のためにこの世に生まれてきたのか。苦しむだけで、その先の展望が少しも開けないとするならば、生まれてくるそのこと自体が不幸そのものになってしまう。人はそんな生まれ方をするものであろうか。世間の常識では、この疑問に答えられない。さまざまな宗教で述べられている教説でも、納得できる答えを見つけ出すのは容易ではないであろう。おそらくそれは、私たちが自分の本質を見失っているからである。人は、本来、霊を伴った肉体ではなく、肉体を伴った霊である。だから、霊としての霊的視野で捉えるのでなければ、この世での生活の真実の姿も見えてこないのである。

 ここで、決定的に重要なのは、私たちはこの世だけを生きているのではない、という事実の認識であろう。私たちは、これまでも数多くの生と死を繰り返してきたし、これからも、何度も何度も、生まれ変わっては、新しい人生を生きていく。そのようないのちの在り方の真実を、私たちは、シルバー・バーチから、或いは、他の霊界の多くの指導霊たちから学んできた。厳然として存在する宇宙の摂理についても、何度も教えられてきた。そして、生とは何か、死んでから何処へ行くのかという究極の問題も、私たちなりに理解できるようになっている。私の場合はそれを、近著の『生と死の真実を求めて』(「参考資料」No.60)でも触れてきた。私個人の、極限の悲しみであった妻と子との死別も、霊界の大いなる力の導きであったことを知って、初めて無明の闇から脱け出すことができたことも、そのなかで述べた。

 私はこの小著を、一昨年の10月、自分の人生の締めくくりとして書いたのだが、その後、新型コロナ・ウイルスの感染拡大が起きて、私たちは「百年に一度」といわれる新たな「苦しみ」に直面するようになった。一年を経た現在も、気が滅入るようなニュースが巷に溢れ、東京、大阪、神奈川などを含む10都府県では、2度目の「緊急事態宣言」が、まだ解除されていない。しかし、おそらくこの状況も、「苦しみの連続」として捉えてはいけないのであろう。ネガティブな受け止め方をすれば、それだけで気力が削がれて、私たちが体内に持っている折角の免疫力も低下してしまう。

 この世の「苦しみ」とは、いわば、実態のない仮象である。その本質は、それぞれに克服していかねばならない一つの体験であり、霊的視野で捉えていけば、克服することによって未来への展望が拓けて、つぎの世の人生設計のための確かな礎石になる。私はいま、五木さんのいう「苦しみの連続」の「仮象」にそのまま引きずり込まれないためにも、改めて、つぎのような、シルバー・バーチの教えの一端を思い起こしている。

 先ず第一に、私たちは、自分で、親を選び、育っていく環境をも選んで、この世に生まれてきた。苦しむだけの人生であれば、私たちには自由意思が与えられているから、自分の理性で判断して、この時代のこの場所に生まれてくることは選択しなかったはずである。

 第二に、悩みや、苦しみにはそれぞれに意味がある。この世で体験するそれらは、すべて自分の霊的成長のための貴重な教材として、生まれる前に、自分が選んできたものである。だから、乗り越えられない悩みや苦しみはない。乗り越えられないものを自分で選ぶことはないからである。

 第三に、宇宙の摂理は完璧で、一人ひとりの人生に不公平は絶対にない。この世では、輪廻転生の永遠の生命の一こまを生きているが、そこでの体験で仮に「不公平」と思われることがあったとしても、それも、実は、霊的成長のために必要な教材の一つであるにすぎない。必要な教材としての体験だから、本当は、自分にとっては望ましく、いい体験なのである。つぎの人生では、その体験を活かして、また別の、必要な「いい体験」をすることになるであろう。

 自分の霊性の発達にとって、どういう体験が大切であるかの判断は、この世の私たちには出来ないのだと、シルバー・バーチはいう(「学びの栞」(A)18-zzj)。この世への誕生の際には、肉体の鈍重さのために誕生前の自覚が魂の奥に閉じ込められてしまうからである。(『霊訓 ⑴』p.38) 短い一瞬のこの世での体験は、永遠の全体像のなかではごく限られた一部でしかなく、「瞬間」からは「永遠」の実像は見通しえない。だから、この世での私たちの判断は歪み、しばしば、「楽しみや希望」を「苦しみや絶望」として捉えてしまう。本来、「平穏と喜び」であるものも、「波乱と悲しみ」に変形してしまうのであろう。霊的存在である真実の私たちの姿は、もともと、苦しみや悲しみとは無縁である。永遠の生命のなかで、一人の例外もなく、速い、遅い、の違いはあるかもしれないが、光を目指して歩んでいる神の子だからである。

 最後にもう一度、このコロナ禍の重圧のなかで本稿を読んでくださっている皆さんと共に確認しておきたい。私たちのこの世での生活は、決して、単なる「苦しみの連続」なのではない。激しさを増す競争社会のなかで、自分だけが一方的に、不公平、不利益を負わされているわけでもない。だから、他人を羨む何の理由もない。いま私たちがこうしてこの世に生きているのは、自分にふさわしい様々な喜怒哀楽の体験と学びを通して、自分自身の着実な霊的進歩を目指していくためである。そして、それはまた、私たちのつぎの生への、明るい、幸せの展望に繋がっていく希望の歩みの一こまであることを、改めて肝に銘じておきたいと思うのである。








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