私たちはこう考える(1)
ー1997年度 「比較文化論」 2千枚の学習ノートからー
は じ め に
本学年度の「比較文化論」の履修者は、88名でした。今までは100名前後のことが多かったのですが、時間割が今年も1時限に組まれて、2年生の履修者が少し減ったようです。
講義は9時にチャイムが鳴り終わると同時に始めることにしていましたから、それまでに教室に入っていない学生は1分の遅れでもすべて遅刻となります。遅刻は、毎時間提出してもらう学習ノートの欄外に自発的に「申告」してもらうことにしていました。
申告すればその学習ノートの評価は最低点にすることも決めていましたから、遅刻を申告すると「不利」になります。しかし、皆さんの中には遅刻を無申告で済ます学生はほとんどいませんでした。遅刻して申告しなくても、いちいちチェックしているわけではありませんから、まあ、いくらでも「ごまかせる」のですが、皆さんの中には、そういう人はほとんどいませんでした。私は採点しながら、皆さんの誠実さにいつもこころを打たれていました。
88名の履修者のうち、「再履修生」が5名いました。再履修生といっても、昨年度に単位を落としたからという理由でもう一度履修しているわけではありません。教室でもお話しましたように、昨年度履修してすでに単位も取っているのに再度聴講している学生たちです。しかも、そのうちの1人、国文専攻2年生の須田絵美さんは、本年度27回の全講義に無遅刻無欠席で、しかも学習ノートの評価はすべて「A」でした。
本年度の88名の履修者のうち、無遅刻無欠席で27回の評価が「オールA」の学生は五名います。英1Bの林弥生さん、英1Cの吉田和子さん、英2Cの出井明子さんと藤田久美子さん、それに「再履修生」の須田絵美さんです。
この比較文化論の講義では、毎回いい評価を取るように努力しようとか、欠席や遅刻はいけない、などというような言い方はしませんでした。たまには欠席や遅刻をしてもかまわない。毎週の学習ノートはただ思ったままを素直に書けばよい、と言ってきました。まず第一に、成績や単位のために勉強するのではない、ということをわかってほしかったからです。皆さんは、そのことをよく理解してくれました。そして、結果的には、27回ともすべて「A」という学生が五名になったのです。
毎年、「オールA」というのは2、3名出ますが、今年の5名は多いほうです。特に須田絵美さんのように、成績や単位のためではなく、ただ学びたいから学んで「オールA」というのは、「再履修生」では初めてです。教務部へ提出する「比較文化論」の成績表には、須田絵美さんの名前はありません。しかし、皆さんと私のこころの中には、須田絵美さんの「オールA」が美しく刻み込まれています。
この「比較文化論」では、日本とヨーロッパの文化の比較を基調にして講義を始めました。なぜヨーロッパの文化との比較か、ということも初めにお話しました。時間的に、そして空間的に、視野を広げて日本とヨーロッパを眺めていきますと、いろいろな違いに気がつきます。
日本では正しいと思われていることが、ヨーロッパでは間違っていると思われている。あるいは、ヨーロッパでは敬意を払われているのに、日本では蔑まれている。そんな違いも沢山あります。しかし、そのような違いを知るというのは、お互いの優劣をつけるためではありません。文化に優劣はありません。違いがあるだけです。そして、そのような違いを通して、私たちは、日本文化とヨーロッパ文化のそれぞれの特質を浮き彫りにさせてきました。
広い視野の中で日本文化の特質を明らかにしていくということは、同時に、日本を知り、自分を知るという問題につながっていきます。日本を知るということは、大変重要なことですが、特に、自分を知るというのは大問題です。私は誰か? どこから来たか? そして、どこへ行くのか? 後期に入ってからは、比較文化論の延長線上の問題として、そういう問題にも取り組んできました。
いろいろなテーマで皆さんが毎週書いてくれた学習ノートは、この1年で約2千枚になります。毎週毎週、80余枚の学習ノートを読み、A、B、C、Dで評価して記録しておくというのは、時間もかかってなかなか面倒なはずなのですが、私はその作業をむしろ楽しんで続けてきました。それは、皆さんの素直で若々しい文章の力に魅せられていたからです。その皆さんの文章の一端をここに再現して、もう一度、私たちの「比較文化論」の足跡のいくつかをたどってみることにしましょう。
一. 学問の目的・勉強の楽しさ
「楽しくない勉強は本当の勉強ではない」という先生の言葉が、今になってようやくわかった気がします。小学校、中学校、高校と、12年間勉強してきましたが、「楽しい」と思ったことはただの一度もありません。
しかし今日、先生の言葉を聞いて、私は今、心から楽しいと思える「本当の勉強」をしているのだと確信しました。先生の言葉が、自分の本当の心の中を見せてくれたような気がします。私はもっともっと自分を磨く勉強をして、理想の自分を形成していきたいと思います。(英1B)中村晴美
今日先生が「学問は幸せになるためにある。だから楽しい」とおっしゃっているのを聞いて、はっとしました。本当にその通りだと思います。学問というと、学校の成績のための勉強と考えがちですが、本当はそうではなく、自分を知ることや、この「比較文化論」で学んでいるようなことが学問だと思います。
確かに私はこの講義が楽しい充実した時間です。自分のための真の勉強という気がするからです。私の勉強に対する考え方は変わりました。自分の幸せを見つけるために、これからも様々な楽しい勉強を続けていきたいと思います。(
英1B)後藤崇子
自分は何のために勉強するのか、なぜ勉強しなければならないのか、この講義でも折に触れて、そういう話をしてきました。「楽しい」勉強をしていくためです。
たとえば、英語の勉強についても、なぜ英語をやるのか、英語を学ぶとはどういうことか、ということについては学生はあまり考えません。これは、日本の教育制度や教員の資質の問題も絡みますが、ただ、テストのため、入試のためにひたすら文法を暗記し、機械的に英文和訳、和文英訳の訓練をする。こういう勉強は苦しいでしょうね。生きていることばとしての英語に対する理解が乏しく、肝心の文化の差や世界観の違いに対する認識がすっぽりと欠落している。これでは英語が楽しいはずはなく、「本当の英語」の力もつかないのです。楽しくない英語は英語ではない、あるいは少なくとも、本当の英語の力は身につかない、と言ってよいのかもしれません。
比較文化論では、勉強する楽しみのほかに、もうひとつ、書く楽しみについても、特に初めのころ、よくお話しました。この「比較文化論」では、毎週講義の終わりに10分、その日の講義を中心にして、任意のテーマを選び学習ノートを書いてもらうことにしているからです。
学生の中には、「文章を書くのは苦手」と思っている人が多いことを私はよく知っています。なかには、「比較文化論」を選択してもいいのだけれど、毎時間書かされるのがいやだ、と言って選択をあきらめる学生もいるようです。
なぜ、苦手なのでしょうか。なぜ文章を書くのがいやなのでしょうか。その一番の原因は、書くべきものを持っていないからだと思います。書くべきもの、書きたいものもないのに書かされる。これでは誰でも書くのがいやになります。
逆に、楽しい勉強のなかで、いろいろ聞き、学び、考えて、頭の中へのインプットが増えてきたら、ちょうど器にあふれてきた水が、自然にこぼれ落ちるように、ものを書きたくなるのではないでしょうか。書くのがいやではなくて、むしろ楽しくなります。「比較文化論」履修者の大部分が今までもそうでしたし、今年もまた、そのように変わっていきました。
毎回、授業でみんなの学習ノートを見て、なんでこんなにすごい文章が書けるのだろうと思う。思ったこと、考えたことを素直に書いてみる。一見簡単そうに思えるが、実際やってみるととても難しい。みんなの学習ノートと比べると、自分はまだまだ未熟で情けない。
この授業を受け、沢山のことや、いろいろな考え方を学んできた。学んだことは、自分の中で確実に大きくなり、学生生活の中で得た宝物になると思う。これからも頑張って、いい文章を書けるようになるためにも、自分のなかの知識の集積をもっともっと大きくしていきたい。(英1A)高木綾乃
毎週この比較文化論で、他の人たちの書いた文章を読んでいると、どうしてみんなこんなに自分の気持ちをストレートに出せるのかと驚く。私はこの講義を受けていて、そういうことだったのか、と妙に納得させられることが数多くあるが、日々の生活のなかで大きなスランプにぶつかると、その時々の感動をつい忘れがちになる。それで、つぎの週にまた講義を聞いて再び感動する。でも、ずっとこの講義を聞き続けていないと、いずれすべてを忘れてしまいそうでちょっと怖いのだ。
「人間はだれでもみんな強い」と以前に先生はおっしゃった。その時も私は救われたような気がしたが、毎週みんなの文章を読んでいると、みんなは確実に強くなる階段を上っているのに、私だけはまだ下の方で足踏みをしているような気がしてならない。先生の講義と矛盾しているかもしれないが、ひとり取り残されているようで、もどかしいのだ。私はもっと素直に自分を表現できる柔軟な心が欲しい。自分を偽ることなく感動できる心、今は何よりそれが欲しい。(生1A)渋木暁子
いつものことなのだが、私はみんなの学習ノートを読んで感動してしまう。自分と同じ年の人たちがなんとすばらしい文章を書くのだろうと思うと、自分自身の考えや視野の狭さを改めて実感させられる。私ももっと勉強して、みんなのようにすばらしい文章を書けるようになりたい。
他人の考えを聞いたり、いろいろな違いを見たりすることが自分の成長に役立つことを、この授業を受けるようになってから初めて知った。お互いに切磋琢磨できるような文章を私も書けるようになりたいと思う。(英1C)古橋和美
このように書かれたノートはまだ沢山ありますが、後期も終わりに近くなると、つぎのように、書くことの楽しさを述べたノートも増えていきました。
今日の授業の最初に、レポート提出の話を聞いた。他の講義では、レポートを書くように言われると、面倒くさい、いやだなあ、と真っ先に思うのに、この比較文化論では、なぜか不思議とそういうことは思わなかった。多分この講義を受けて毎週ノートを書いているうちに、いつのまにか書くことが楽しいとさえ感じるようになっていたからだろう。
あと数回でこの講義も終わってしまうが、この講義を受けたことによって、私はいろいろな考え方、ものの見方ができるようになった気がする。そしてまた、自分自身を見つめ直すこともできて、私自身、入学当初よりは大きく内面的に変わった。何故か今日は、そのことをしみじみと感じた。(英1C)立花真貴子
二. 地球誕生と私
地球はあのようにして誕生し、私はその地球から生まれた。つまり、あの火の玉から生まれた。だとしたら、私の体中にもあのエネルギーが含まれているはずである。
宇宙という広い世界が存在することは確かなことである。しかし、こんなに小さな私には、宇宙の全体を見ることはできない。そして、体の中にある火の玉のようなエネルギーの姿も。
けれども、目に見えないものを信じるひろいこころさえあれば、見ることのできない宇宙全体のことも、体内の巨大なエネルギーのことも、いとも簡単に受け入れられるはずである。
私は、人間であり、地球であり、宇宙である。そして、今ここにこうして私がいるということ自体が、とても大切なことなのだと思う。(国2B)宮尾 茜
今、こうして地球に暮らしていることがとても信じられないような地球誕生の映像を見た。無数の隕石がぶつかり合って様々に変化し、今の地球になった。その上に暮らす動物、植物、人間も変化してきた。そして、連綿と続くいのちの偉大さをも知った。
この日本での、偏差値がどうのこうのという問題なんて、米粒の大きさにも満たない些事だし、私たちの「短い命」も幻想であるように思える。私たちは、地球が生まれた時から生きていて、これからも、地球自身として生き続けているのではないだろうか。
自分は、何でも出来るのだと今なら自信が持てる。あの地球の誕生が、自分にどれだけの力があるのかを示してくれたような気がする。(国2A)松本裕美
自分の年齢は、四六億年プラス一九である。もしかしたら、それ以上になるかもしれない。今まで、自分が生まれた時点から年を数えてきたけれど、それ以前の私たち人間が誕生する前の段階を見落としていた。と言うよりも、見えていなかったのだ。私たちが存在しているのは、偶然の重なりによって生まれた地球、さらには、その地球を生み出した宇宙があったからである。
考えれば考えるほど、私たちを取り巻く世界は広くなっていく。それと同時に、自分が小さく感じられる。しかし、広い宇宙から生まれてきた私たちは、その宇宙と同じくらい、あるいは、それ以上大きな力があるような気がしてきた。この講義を受けていくにつれて、自分の考えがここまで変わってきたことに驚きを感じている。(英1C)堀 摩耶
宇宙とは、私とは遠くかけ離れた世界であると思っていた。しかし、宇宙と地球のアルファー・プラス・46億年がなければ、いま私がこうして19歳として生きていることはありえないと聞いた時、自分がここに存在している現実に大きな喜びを感じた。こんなにすばらしい宇宙の進化の中で、私は星の子の一人として選び抜かれたのである。
私は、生きることがどうしてこんなに辛いのか、もう死んでしまったほうがましだ、と口にしたことが何度もあった。しかし、大切な事実を知った今は、もう二度と、こういうことを思うことはないであろう。宇宙の中の自分のいのちを知ることにより、自分という存在が大きく見えるようになった。
同時に自分が、前の自分とは違ってきたように思えた。(英2C)岩崎郁子
この地球上には生物がたくさんいる。広い目で見れば、人間もまた、犬や猫や魚や虫などと同じいのちから生まれた仲間だ。しかし人間には、ほかの生物にはないことばを話す能力や、高等な技術を使いこなす才能を与えられた。つまり人間には、何か使命があるのではないであろうか。
私たちは、46億年以上もかかって今の私たちになり、私自身の年齢も、α+46億年+19歳なんだとわかったら、「私なんてどうせ・・・」と考えていたのが、「こんな私はすごい人間なんだ」と思うようになった。
ビデオのなかでは、地球は50億年後に消滅すると言っていた。その限られた地球の命のなかにこの私が生まれてきたことを幸せに思う。そして、星の子の輝きを私の中に輝かせていきたい。(英1A)細井真実子
ここでは、地球の誕生と人間の誕生を皆さんと一緒に考えてみました。よく赤ん坊は「十月十日で生まれる」などと言いますが、十月十日で人間が一人出来上がるわけでは決してありません。十月十日で生まれるようになるためには、その前に、何千万年、何億年の長い準備期間が必要だったのです。地球に生命が誕生したのが、約35億年前でした。しかし、その生命誕生の条件が整うまでの準備期間も考慮に入れなければなりませんから、そうすると、人間の誕生の実相に迫るためには、地球誕生の四六億年前、あるいは、それ以前の宇宙時代にまでさかのぼって考えた方がいいのかもしれません。
また、人間は、せいぜい100年くらいの寿命で死んでいきますが、この人間の命を見つめるのに、100年単位の物差しでみたのでは、これもその実相が見えてきません。どうしても、時間的な視野の広がりが必要ですが、こういう点では、日本文化は欧米文化に比べて、あきらかに不利な特質を持っています。
私たちは、そのことを検証したうえで、私たちは星の子であるという言い方をしてきました。
「私は星の子です」。この言葉が大好きになった。時々私 は星を見る。家までの道を歩きながら、あるいは家のベランダから。なにか嫌なことがあったりすると、なおさら星を見たくなる。
講義の中での、「星を見なさい。あなたのふるさとなのだから」という先生のことばに感動した。私が見る星は、自分の生まれた場所であり、また、私自身でもあることに深くこころを打たれた。本当はすごく遠い距離の彼方で輝いているのだけれど、その星が近く近く感じられて、とても新鮮な気持ちになれる。
毎晩見れるかどうかはわからないけれど、これからも出来る限り星を見ようと思う。そして、その星の輝きが自分自身の輝きである以上、いまよりももっと、美しく輝く星になっていきたい。(家1B)岩瀬ゆい
長い準備期間があって生命が生まれた。それからでも35億年もの時間を経てやっと「いま」がある。それは奇跡なのではない。神様は必然としてそうされたのだ。私は生かされている。
何のために生きているのか。なぜ私はここにいるのか。いま私は何をすればよいのか。わからないことは多いし、そういう自分は弱い。でも、「本当の自分は強い、何でも出来る」と先生から言われて、以前の私はいなくなった。悩んだり、苦しんだり、考えあぐねたり、そういうことが続いて辛かったときもあったが、いまは、すべてに有り難さを感じる。目の前の試練はどんなものであっても、自分の成長に必要なものなのだから避けないで越えていく。神様がわたしに与えてくれる教訓の一つひとつを自分の中にどんどん吸収して、その上で私は、長いいのちの歴史と同じくらい重みのある存在になっていくのだ。(英1A)栗原あすか
「私は星の子です」。この言葉は私の心に心地よく浸透していった。なぜなら、あの偉大な果てしのない宇宙が私自身であり、宇宙は私の中にあるのだから。誰もが宇宙を持っている。だから私たちは、不可能を可能にし、無限の力を持っているのだと思う。星の子であるのにどうして私たちは悩むのだろう。何が起こったって負けるはずはないのに。
自分とは何か、不安を感じる時は星を見ようと思う。静かに目をつぶり、星である自分と対面したら、真実が見えてくる気がする。そして、強くなれる気がする。私たちのふるさとは、実は一番近いところに存在しているのであった。この認識は、目の前の希望と成長の階段を一歩一歩登って行く勇気を与えてくれる。(英1C)大沢京子
サイババの言葉にあった「私は神の子である。しかしあなた方もまた神の子である」という言葉にとても感激した。これまでの講義で「私たちは星の子である」と言われていたことが、やっとここで理解できたように思う。
サイババは特別な存在で、私たちには彼のような能力はないと思いこんでいるが、そうではない。私たちもまた、サイババと同じなのである。ただその能力に気づいていないだけなのだ。そう考えると、私たち人間に出来ないことは何一つないように思える。(国2A)山下陽子
三. 偶然と必然・自分の生きる道
今日の講義の中で、偶然がいくつもいくつも重なって起こっていくのは、もう単なる偶然ではなくて必然なのだ、という言葉にとても感心させられました。私たちは、これだけ奇跡的な偶然が重なって生まれた以上、それは必然です。だから、宝くじで何千万円と当たる小さな偶然よりも、いま私がここに存在している絶対的な必然がとても素晴らしく、幸せなことであると実感させられるのです。
この必然の事実を知って、私は自分というものが如何に大切で必要な存在であるかが理解できたし、人間としてそれだけ強くなれたと思います。これからは、何かの大きな困難にぶつかった時、今までの狭い視野ではなく、広い視野で、乗り切っていけると確信しています。(英1A)藤川由香
「この世に偶然はない。すべては必然なのだ」。この言葉は強く心に残り、何度も何度も繰り返して考えている。
就職や進学で仮に落ちたとしても、それは必然で本人にとってよいことなのである。私たちは、はじめは、そのような人の気持ちを察して安易に慰めようとしてしまう。しかし、今改めて考えてみて、これは違うと思った。落ちるということは、辛い悲しい事実かもしれない。しかし広い視野で見れば、それは、本人にとってもよいことなのである。万一、落ちるはずのものが落ちないで受かってしまったら、その人は自分を見失い、どん底にあって伸びる才能も伸ばせなくなってしまう。
私は、「この世に偶然はない。すべて必然なのだ」というこの言葉を大切にして、もっともっとよく理解していきたい。(英1A)林裕理子
「この世に偶然はない。すべては必然である」。この言葉は強く心に響いた。自分自身に起こるすべての出来事、自分自身が出会うすべての人々、それは偶然ではなく必然である。この真理を知った人間と知らない人間との差は大きい。
すべての出来事を必然のものとして受け止め、それは自分自身に与えられた乗り越えるための課題として考えると、あらゆることに展望が開けて可能性が広がる。この真理を常に自分自身の想像力に働かせて、すべての出来事に対してプラスに考えるようになり、結果として「すべては必ずよくなる」のだと思う。
今こうしてこの講義を受け、多くのことを学び吸収していることもきっと単なる偶然ではないのであろう。今後の自分自身のこころの原点を学ぶことが出来て、本当によかったと思う。(英2C)佐々木まどか
1992年12月に島根県美保存関町の民家を直撃した「美保関隕石」と、平安時代の861年に福岡県直方市に落下した「直方隕石」とは、6千万年前に同じ母胎から宇宙空間へ飛び出した双子である可能性が高いという、日本質量分析学会発表について皆さんに説明しました。6千万年も宇宙を漂ったあと、「わずか」千百年の時間差で、3百キロしか離れていない場所に落ちたのです。これを発表した島氏は、「6千万年も宇宙を漂ったあと、広い太陽系では、きわめて小さな点にしか過ぎない地球上のしかもほぼ同じ場所に、千百年隔てて二つの隕石が落ちたことになる。ものすごい偶然だ」と話していました。
千百年がなぜ「わずか」なのか。私はこれを皆さんの前で計算して示しました。6千万年で千百年というのは、1万年でみると1、591時間です。これは1年では9・54分、1月では48秒、そして、1日では1・6秒です。24時間のうちにあることが1・6秒間隔で起こったら、それはもう、私たちの日常の感覚では「同時」ですね。そしてそれは、島氏もいっているように、「ものすごい偶然」でした。
これは、「ものすごい偶然」のひとつの例にしか過ぎませんが、考えてみますと、「あなた」の誕生は、このようなものすごい偶然が幾つも幾つも数多く続いて実現しました。一般に母親は「お前を産んだのは私だ」というような言い方をしますが、これは正確ではありません。母親は「人の子」を産むことが出来ても「あなた」を産むことは出来ないからです。
ものすごい偶然は一回限りでは確かにものすごい偶然になるのかもしれません。しかし、そのものすごい偶然が数限りなく続くと、もうそれは、偶然ではなくなります。「ものすごい偶然」x「ものすごい偶然」は、「ものすごい偶然」の二乗ではなく、それは結局必然ということになるのではないでしょうか。
極大とは極小である。極小は極大である。永遠とは瞬間である。瞬間は永遠である。このような発想が「偶然とは必然である」を理解するのには必要なのかもしれません。
「わかっていないから怖い」。いまはもう何の違和感もなく納得できる言葉だ。そう、わかっていないから怖いのである。
私たちが今この大地に生きているのは、神様が「大きな壁に何度突き当たってもそれを乗り越えて生きなさい」という指令を与え、そして私たちを訓練に出しているのだと思う。だから私たちの前に幾度となく立ちはだかる困難は、確実に乗り越えられる。乗り越えられる困難しか神様は与えない。そのために一人一人の困難が違うのだ。個人個人がそれぞれに違うのもそのためだ。
最近、自分の欠点は欠点ではないことに気がついた。自分の「欠点」は、他の人とは違う「利点」なのではないか。「欠点」というのは、本来利点であり、個性なのである。これかれは困難に突き当たった時、それは「神様が自分に与えてくれたもので乗り越えられるもの」であることを思い起こして、挫けずに真正面から立ち向かっていくようにした い。(英1A)小川香織
「人にはそれぞれにその人に合った困難が与えられる。だから、人は皆それぞれに違うのだ」。今日の講義でこの言葉を聞いた時、私はとてもびっくりした。そして、はじめて自分と他の人が違うのは当たり前だし、自分は自分なんだと本当に思えた気がする。
他の人の学習ノートを読んだりして、正直な話、私は今まで他の人と同じレベルで講義を理解していないような気がしていた。そして、他の人をうらやましく思うことがとても多かった。でも、今日のこの言葉で、みんなそれぞれの道を歩いているのだから、こういう差があっても当たり前だし、それは悪いことでも恥ずかしいことでもないのだと思えることが出来た。また少し、前を向くことが出来てうれしい。(英1A)福山ゆかり
人はそれぞれ、生きてきた道も違うし、これから先歩んでいく道も違うはずである。私は今まで、他人と同じように生きていくのが一番よいと思っていた。そこには不安という文字が見えなかったからだ。しかし、本当はそのほうが不安だということに初めて気がついた。
他人の真似だけをして楽に生きていたら、その先はきっと、自分という存在は消されてしまうに違いない。そして、本当の自分の姿は見えなくなってしまうのであろう。だから私は今、本当の自分の生きる道を見つけようと思う。他の誰でもない自分のことを大切に考え直してみようと思う。(英1A)高橋ゆう子
「幸せな人」私たちのまわりには必ず1人や2人はいると思う。19年間生きてきて、大きな困難にもぶつからずに楽に過ごしてきた「幸せな人」。しかし、今日の講義を聞いて、私の中の「幸せな人」は一気に「不幸な人」に変わった。
もし、これから先の人生で大きな困難にぶつかったら、その「幸せな人」は自分の前に立ちはだかった困難を乗り越える精神の強さを持っていないために立ちすくんでしまうだろう。「どうして私だけ?」と考えたりして、絶望を感じることになる。困難は乗り越えるためにあることも知らないのだ。
この講義を聞いて私はまた一つ幸せになった。これから私の前に立ちふさがる困難には、顔を上げ自信を持って乗り越えていこう。(英1B)橋元裕子
世の中には毎日いろいろなことが起こります。戦争、自然災害、政変、経済変動、社会改革といったような大きなものから、自分の身の回りに起こる病気、退院、結婚、離婚、入学、不合格、就職、倒産等々に至るまで、大小さまざまな出来事が起こる中で私たちは生きています。
私たちはこれらの出来事を、よく、幸せな出来事と不幸な出来事に分けて考えがちですが、本来、すべての出来事はいわば「無色透明」で、幸せも不幸もないのかもしれません。出来事はただ、起こるだけです。起こったものとして在るだけです。それらに人間が、幸せ、不幸、あるいは、うれしい、悲しい、忌まわしいなどの恣意的なラベルを貼り付けているのではないでしょうか。
だから、しばしば、不幸は幸せです。幸せは思っていることとは裏腹に実は不幸であることも多いのでしょう。私たちはそのような例を、発想の転換を学ぶために幾つか見てきました。次の病気についての考え方もその一例です。
四. 病気に感謝
癌にかかった人たちのビデオを見ました。彼女たちの笑顔は私に強い力を与えてくれました。いつも授業で言われていることが本当だと実感しました。
癌に実際私がかかったとしたら、きっと大きなショックを受け立ち直ることなんて出来ない、と思っていました。しかしこの授業を受けていて、それは間違っていることに気づきました。自分に起こることは起こるべくして起こったことなのだから、それがいいことだろうと悪いことだろうと、それを乗り越えた時の自分は大きな何かを得ているのです。
病気にかかる前より、かかってから自分自身を知ることが出来たことで、人間的にもとても大きく幸せになっている、その笑顔が本当に素晴らしいと思いました。私も、これから自分に起こることは、その本当の意味を知って彼女たちのように笑えるようになりたいと思います。(英1B)高瀬雄子
癌になった方々の話を聞いて、私は目に涙があふれてきた。彼女らの気持ちがわかるからだ。私も病気になった時、「なぜ私だけ?」と思った。「どうしてこういう風に産んだの?」と親を責めてしまったこともあった。いま、そんな自分をとても恥ずかしく思う。昔に戻れるのなら、その言葉を取り消したい。
考えてみると、私も病気になったことで多くのことを学んだ。健康であることの有り難さ、普通であることのすばらしさを感じさせられた。そして親の愛も感じることが出来た。今、これらのことに改めて感謝したい。そして、自分を大切 にしたい。私一人で生きてきたのではないのだから。まわりの人々に支えられて今の私があるのだから。(英1B)加藤みどり
「病気は必然である」。先生のこの言葉を聞いたとき、初めは全く意味が分からなかった。しかしビデオを見て、その意味を理解できた。病気になったことで本当の自分を見つけ、本当の生き方を見つける。そして、「病気になって有り難う」と言えてしまう。これは本当にすごいことだと思う。
ビデオに出てきた人たちは癌に冒されているのに、私よりも元気だし幸せそうに見えた。彼女たちがうらやましく思えたぐらいだ。私はまだ病気になっても、これは幸せなんだと思うことは出来ないだろう。まだまだ本当の自分を見つけることができていないからに違いない。しかし、この頃少しずつではあるが、すべてのことは偶然ではなく必然であると思えるようになり、一歩一歩階段を上り始めているような気がする。(英1B)橋本奈央子
「ガンになって有り難う」。すごい言葉だと思う。なかなか言えない言葉だ。「ガンになったことは必然と知り、それは神様がくれた何かを学び取るチャンスだとわかったとき、自分は180度変わることが出来た」とおっしゃっていたその人の目は輝いていて、体はガンに冒されているのにこの人はもうガンという 障碍を乗り越えてしまっている。普通に病気もせずに生きている人よりもこの人は何倍も強い。何故なら、神様がくれた障碍を乗り越えることによって本当の自分を知ったからだ。
私は今までこの神様がくれたチャンスを逃していた気がする。大きな障碍があればそれを乗り越えようとはせず、抜け道を探すのに一生懸命であった。しかしそれでは何も学び取れない。これからはそのチャンスを逃さず立派に乗り越え、本当の自分を知るようになりたいと思う。(英1B)長谷川阿紀
今日の講義で見たビデオにはとても感動した。特に、いままでは周囲の眼ばかり気にして、まったく自分自身を見ようともしていなかった人が、ガンになったことで周囲の眼をまったく気にしない生き方ができるようになったのは素晴らしいことだ。「ガンになってありがとう」の意味が本当によくわかった。
ガンに対してでも、他の何に対してでも、それを肯定的に取るか否定的に取るかで、あんなにも顔つき、生き方が変わるなんて、前向きの生き方の大切さをすごく実感した。あのような考え方が出来るようになったのは、ガンになったことがきっかけであった。その方たちのすばらしい話を聞くことが出来て幸せである。私も、時間がかかってもいいから、あのような考え方を持って生きていけるようになりたい。(英2C)藤田久美子
ビデオの中で、「自分は世界でたった1人だけの自分なのにまわりばかり気にして、あっち、こっちとうろうろしている。まわりからどう見られたいかによって理想の自分を作ろうとしている」という言葉を聞いて大きなショックを受けた。まさに、今の自分そのままを言われたような気がしたからだ。
ビデオの中の人たちは、今までの自分を見つめ直し、これからの自分の本来の姿を発見していた。どの人もみんな清々しく輝いて見えた。そして彼女たちの話を聞くことによって、病気でさえも「偶然ではなくすべて必然である」ということがよりいっそうはっきりと理解できた。
今日こうしてこのビデオを見ることが出来て、とても幸せだと思う。いろいろと学ぶことが多く、これからの私がどのように生きていけばよいか、その生き方を見つけられそうな気がした。(国2A)須田絵美
この「まわりばかり気にして、うろうろしている」という人は日本に多いですね。周囲に流されやすい日本人の特性でもあると言えます。それでは自分の独自性を押しつぶしてしまうことになりますから苦しいはずですが、苦しみながらも、苦しんでいることさえ自覚できないでいるのです。
自分を見失ってしまいますと、不必要に大きな重荷を自らに背負わせてしまうことになります。重荷は降ろさなければなりません。個人の独自性が尊重される欧米文化と独自性が抑えられやすい日本文化との差を私たちはここでも学んできました。
五. 希望・強くなっていく私
いま私は、この講義を受ける前の自分を振り返ってみている。何も知らなかった自分。知らないでいることも知らなかった自分。その自分はなんと弱かったのだろう。ちっぽけだったのだろう。いま改めてそう感じている。
いまは以前に比べると、明らかに私のこころの中には世界がぱっと大きく開けている。生きていく上での考え方も180度も変わった。人は困難にぶつかってこそ成長していくということ、自分に自信を持つということ。そのような生きていく上での大きな力が私のこころの中にあふれている。いま、このような気持ちでいられることがとてもうれしい。(英1A)渡辺三奈
自分のことをわかっていない人にいくら真理を説いて聞かせても、その真理の半分もその人には理解されないのだと思う。心が通わないのだ。何故なら、何事でもつかみ取っていくのは自分だからだ。自分以外に自分を知る人はいないし、真理を知ることもできない。
まずは自分がどんな段階にいるかを知ることだ。そこから真理の学習は始まる。私はまだ何一つわかっていない。だから私は弱いし、すぐに自分に負けてしまう。少し前進しても、またもとのもくあみになったりもする。
まだまだ発見できない自分がいる。まだまだ知らない沢山の真理がある。それらを掴み取っていくために人間は生まれ、そして生きている。これからの私は、真理を掴み取って強くなっていきたい。私は変わっていく。必ず変わっていくと思っている。(国1C)山崎香織
私はこの比較文化論の授業に出て講義を聴く度に少しずつ強くなってきているように思える。
いままでの自分は、外見的に美しい人や物質的に満たされている人を見て、うらやましく思い、病気の人や困難に打ち当たって苦しんでいる人を見ては、それだけでかわいそうだと思ってきた。しかし、いまは違う。自分がいろいろな困難にぶつかっても、勇気を奮い起こして乗りこえて行こうとするだろう。そういう自分に胸を張っていられる。少なくとも以前の何も知らなかった、かわいそうなもがいていた自分よりは・・・・・
私は先日母に、「いまの自分を一番好きでいれば、何事にも前向きでいられる」と教えられ、こころが安らかになった。これからどんな未来があるのか予測できないが、それこそが人生である。私はどんな人生の自分でも好きになりたいし、好きでいられるように生きていきたい。(英1B)宮田亮子
私は、本当にこの授業を取って良かったとこころから思える。このように地球誕生、生命の誕生のビデオを見ると、地球の偉大さに感動する。そして自分の存在の有り難さが実感できる。
今までは、自分が存在していることを改めて感謝するなんてことはなかった。こうして地球的に視野を広げると、価値観や世界観がすごく変わる。自分を知る、強くするということはこのような視野を広げることから始まるのであろう。
この授業を受けていなかったら、私はずっとちっぽけな人間だった。自分をこんなに見つめ直すことさえしていなかった。自分をどんどん知っていって、私は強くなった。自分の頭で深く考え、自分を大切にするようになった。この変化をすごくうれしく思っている。今の私は、何事をするにも前向きでいられるし、これからの自分も輝いてゆくのであろう。(英1A)国井悠子
物事に対してプラスに考える人とマイナスに考える人とで は大きな違いが生じてくる。物事をプラスに考えると、自分の目の前にある道が無限に広がる。物事をマイナスに考えると、無限にあるはずの道も狭くなり心が不安定となる。マイナス思考は自分を無能力へと追い込んでしまう。本当は可能性が無限に広がっているというのに。
「念ずれば花開く」。この言葉はまさにプラス思考のことを言っている。この言葉を少しでも疑えば花は咲かないのだ。「念じ念じて疑いを抱くなかれ」。そうすれば自分に立ちはだかるものすべてが、よい方へとつながっていくのだ。「念ずれば花開く」この言葉を私のこころに刻んでおこうと思う。(英1A)馬場珠栄
この「念ずれば花開く」は、坂村真民氏の詩のタイトルです。その詩をもう一度ここで見てみましょう。
念ずれば
花ひらく
苦しいとき
母がいつも口にしていた
このことばを
わたしはいつのころからか
となえるようになった
そうしてそのたび
わたしの花がふしぎと
ひとつひとつ
ひらいていった
この詩はすっかり有名になって、今では全国の寺院などにこの詩の石碑が百基近くも建てられているということです。私も京都の知恩院の境内でそのひとつを見たことがあります。
科学万能の現代社会のなかで、人間が自然のいのちと共存していることにも思いが及ばず、「念ずれば花開く」を頭から一笑する人も少なくないようです。「いくら念じても、花なんか開くはずがない。お前そんなに言うなら、ここで念じてみよ、花が開くか?」などと言ったりします。「それでは花は開きませんわな」と、坂村氏も嘆いていました。人間の感情というのは動くエネルギーだと思いますが、このことを私たちは折に触れて思い出す必要があるようです。
私は今まで、目に見えないものを見ようとしていなかった。見えないものから生まれた本当の自分も見えてはいなかった。
日常生活の中でまわりに流されているなぁ、と時々感じることがあるが、結局それは、自分からその流れに入っているからなのである。居心地は決してよくないのに。
これからは、立ち止まってまわりを見よう。自分を見よう。そして、目に見えないものを見ようと思う。何から始めていいのかはピンとこないのだけれど、心にもやもやを感じたときに、しっかり自分の足で、自分のテンポで歩こうと自分に言い聞かせよう。目に見えないものの大切さや、自分自身の本当にあるべき姿を手に入れた時は、この上ない幸せだと思うからである。(英2C)瀧 まりこ
「念ずれば花開く」という言葉を聞いてうなずけるようになってきた自分に驚いた。この比較文化論の授業に参加する前の私だったら、「何を言っているんだ!」と思ったに違いない。
私は今まで、自分が困った時だけ信じているふりをして神頼みをしていた。しかし、それで願いが叶ったことは一度もなかった。今思えば当たり前である。自分自身が心から信じていないからである。こころの中に少しでも疑う気持ちがあれば、それは決して真実にはならない。信じて念ずればこそ願いは必ず叶うのである。そう思えるようになった。
今では、すべてのものに対して肯定的に考えられるようになった気がする。出来るはずがないという否定的な考えでは、決して花は開かないのである。(英1A)福田理恵
今、世の中を動かしているのは、金、金、金、お金がすべてである。お金があれば欲しいものは買えるし、食べたいものも食べられるし、行きたいところはどこでも行ける。非常に便利なものだ。でもその便利さが逆に、「援助交際」のような堕落を生む。そんなことでお金を得ても自分を傷つけるだけで、本当の自分を豊かにするものは何もないのに・・・
私はよく友だちに、「いま欲しいものは何?」と聞くことがある。そうすると、決まって「お金」ということばが返ってくる。正直のところ、私もその一人だった。しかし、最近になって、母がよく言っていたことを思い出したのである。「お金はなくてはならないが、お金は人をダメにもする」と。
確かにお金がなければ生活していけない。それはそうなのだが、次から次へと欲しいものを買って物欲を満たして外見を飾っても、自分に嘘をついているようで息苦しいことに気 がついた。今の私は、外見を飾るよりも中身を輝かせたい、そう思うようになった。そしてその中身はお金では買えないのである。(英1A)國谷典子
近頃私は物欲がぱったりとなくなった。不思議だ。街を歩いていても、デパートへ行っても、何を見てもこころが動かされることはない。かといって、自分の中の欲が全てなくなったわけではないし、1ヶ月に使うお金の量が減ったわけでもない。今の私が一番欲しいのは、自分に勝てる強いこころである。少しずつでも、自分の魂を成長させていきたいと思っている。
そう思うようになってから、自分の欲しいものが、服や鞄、化粧品などではなく、本やCD、舞台や公演のチケット購入に向けられるようになった。自分が急に成長してきたとまでは思わないが、少なくとも、この頃自分が考えていること、大切だと思っていることは変わってきている。そして、そう変わってきた自分は、なんだかこころが軽く、以前に比べて、ずっと生きていくことが楽になったような気がする。(英1A)原 八千代
かつてインドのマハトマ・ガンジーはつぎのように人間の7つの社会的大罪を指摘したことがあります。それらは、原則なき政治、道徳なき商業、労働なき富、人格なき教育、人間性なき科学、良心なき快楽、犠牲なき信仰の七つです。なにか、現在の日本の社会を見透かして述べられたような気がするのは私だけでしょうか。
日本は戦後の餓死寸前の貧困時代を乗り越えて、世界の経済大国と言われるまでになりました。「経済大国」も最近はちょっと経済力が落ちて怪しくなってきましたが、しかし、依然として地球上の一握りの富裕国のひとつであることは間違いないでしょう。問題は、富裕化と引き替えに、日本人は多くの日本文化の良質な部分を失ってきたことです。現在の日本は、決して、精神大国と言われることはありません。
「犬飼基金」を設立し、世界の難民地域で教育援助や植樹などに取り組んでいる評論家の犬飼道子さんの話が、先日(1月12日)の朝日新聞にでていました。栄養失調で眼窩から滑り落ちる目、ナイフでこそぎ取られた鼻の跡、殴られて歯がなくなり、ぽかりと空いた口・・・ そういう悲惨な状況を前にして奉仕活動に訪れた日本の学生の多くは、涙を流し、立ちつくしてしまうのだそうです。
犬飼さんはそれに対して、「心根が優しいのはわかる。しかし、泣いて突っ立っていては、じゃまになるだけです」と率直に述べていました。この国際活動の上で鍛えられた彼女のリアリズムを、どれだけの日本人が実感を持って受け止められるのでしょうか。彼女はこうも言っています。「分からんという人に分かれと言っても無理でしょう。ただ、極限の状況の場所に、一度行ってほしい。そこからは、豊かさの袋小路に入り込んだ日本の奇妙さが見えてくる。分かるとしたら、それからです」と。難民地へ行って来た学生が、ぽつりともらしたそうです。「成田に戻ると、人間の社会じゃない所に来てしまったような気がしました」。
その犬飼さんは、30年近いヨーロッパ滞在に区切りをつけ、昨年の春から愛媛県北条市の女子大学で客員教授をしているそうです。授業の一部として、大学の近くに住むケニアやスリランカなどの人たちをパーティに招くのだそうですが、学生を含めて30人ほどのパーティの予算は3万円と書いてありました。
私はついここで、跡見の学生たちが行う卒業記念パーティ(謝恩会)のことを思い出してしまうのです。
帝国ホテルなどで行われる豪華なパーティは、会費だけでも学生一人当たり2万円も出して教員たちを招待するのだそうですが、さながらおしゃれコンクールのようなこの種のパーティは、学生としてはあまりにも異様で、私はどうしても出席する気にはなれません。アメリカやイギリスの大学生なら、こういうパーティを開くことが仮にあるとしても、せいぜい会費は3千円くらいでしょう。
ともあれ、この現代日本社会のなかで、自分を見失わすに生きていくためには、それなりの注意深さと努力が必要のようです。比較文化論で見てきた欧米と日本との文化比較がこれからの生き方の選択に少しでも参考になってくれることを願っています。
六. 無知・偏見・差別
自分は差別の意識は持っていない。もしかしたら誰でもそう思っているかもしれない。でも差別は、気がつきにくいこころの奥底に染みついているものなのだ。
私は、朝鮮や韓国の人たちに対して差別は持っていないと思っていた。朝鮮人女子高校生たちのチマ、チョゴリを切り裂き、口汚い言葉で罵る日本人がいることを本当に恥ずかしいと感じる。だけど、もし私が結婚したいと思った相手が朝鮮人だったと解ったら、私はなんの戸惑いもないだろうか。そう考えたとき、やはり私も気がつかないうちに差別の気持ちを抱いていたのだ思った。
なぜこんな気持ちを持ってしまったのだろうか。おそらく世間に渦巻く差別がいつの間にか浸透してしまったのだろう。もとをただせば、みな同じふるさとから生まれ、同じ兄弟なのだという真理を理解していくことで、この差別感情が少しでも消せたら、と思う。(生2C)小松弘子
かって日本人は、中国や韓国の大勢の人々を殺したり労役につかせた。こんな重大な事実が、教科書にはたったの2、3行でしか記されていない。日本人がやったことは、そんなたったの2、3行ではおさまらないはずだ。まして、「慰安婦」などという言葉はどこにも載っていない。こんな教科書で教えられてきた人たちの中で、いったいどれ位の人が慰安婦について、また戦中の日本人が他国の人たちにしてきたことについて真実を理解しているのだろうか。理解どころか、訳も分からず、強い差別感だけを持っているのではないか。
差別的な考えや態度は、闇の心を作ってしまう。そして、その先に待っているのは破壊しかない。しかし、私たちには光の心もあるはず。光は闇を消せるが、闇は光を消すことが出来ない。私たち日本人は、まず私たちのやってきた事実を知るべきだと思う。そして、こころの中の光の部分をもっと広げ、差別のない心を意識して育て上げていくべきである。
(国1A)横田有美子
今日の授業の初めに、差別について先生がおっしゃったことでいろいろ考えさせられました。日本人は今でも同じ黄色人種同士を差別します。むかし私は、親から「差別用語を使うな」と教えられてきました。しかし、その親自身が、朝鮮や韓国についてとても偏見を持っています。親は差別であることにも気がつかず何気なく言っているのかもしれませんが、私の頭には、いつも「真理を知らないと弱い」ということば が浮かんできます。
私はよく親の言っていることに対して、そういう考え方は間違っているのではないか、と思うことがあります。しかし、「真理を知ろうとしない人に真理を説くのはむつかしい」と先生がおっしゃったことを思い出し、無理に私の考えを押しつけるようなことはしません。
実は、自分の考えが本当に真理にかなっているのかどうか、よくはわかりません。でも真理に近づけるように、いろいろとこの講義で知識を吸収していきたいと思っています。(国2A)伊東朋子
先生が差別についておっしゃったとき、私にも思い当たることがいくつかあった。私は何度か海外へ行った経験があるが、その度に日本人であることに誇りを持ち、日本からやって来たと自信を持っていた。しかし、今回の講義を受け、過去に日本がしてきたことを知り、恥ずかしく思うと同時に、日本人としての誇りを少し失った気がした。
また、先生がおっしゃっていたように、私も中国人に間違えられたことが数多くあり、その度に憤慨していた。やはり私も気づかないところで中国に対して偏見を持っていたのである。
日本が近辺の国々に対して起こした過去の忌まわしい出来事を、私たちは「知らなかった」で済ますことは出来ない。私はもっともっと日本と他の国々との間の歴史の真実を知らなければならないし、正しい交流のあり方を学んでいきたい。(英1C)山口奈緒美
むかし私が、アメリカの留学生であった頃、同じ寮にいた学生の一人が、延々と黒人差別のことばを吐き続けるので、それは、君たちの言う民主主義とは矛盾するのではないか、と口を挟んだことがあります。彼はその時、確かにアメリカでは、白は黒を差別するが、日本では、黄色が同じ黄色を差別しているではないか、と反論してきたのです。彼は日本人には他国の差別を批判する資格は全くない、とも言いました。
差別をする側は、通常、差別しているという意識はあまりありません。日本人の場合も、長い間差別に慣らされてきて、いつの間にか差別していることさえ分からなくなっていることが多いのではないでしょうか。ここに取り上げられた事例もそのような傾向を示唆しています。
長い歴史を通じて文化的先進国であった中国・朝鮮に対し、いったいいつ頃から日本人は差別感情をもつようになったのでしょうか。多くの歴史家が指摘するように、一八九四年(明治二七年)の日清戦争あたりから中国・朝鮮に対する蔑視感情が政策的に醸成されていったと考えることが出来ると思います。
そして、そのお先棒を担いだ一人が福沢諭吉でした。
彼の、「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」という天賦人権論は有名ですが、その彼の「人」のなかには、中国人・朝鮮人は入っていませんでした。福沢は徐々にアジア蔑視の姿勢を強めて、やがて脱亜論に行き着き「アジア東方の悪友を謝絶す」と宣言して、日本軍部のアジア侵略作戦に手を貸す結果になります。
当たり前のことですが、侵略しようと思えば、国民に相手国に対する蔑視を植え付けなければ侵略は支持されません。太平洋戦争の開戦に当たって、日本政府が「鬼畜米英」を教育の隅々まで浸透させようとしたのと同じです。問題は、今でも日本の政治家たちの一部が、なかなか過去の過ちを認めようとせず、蔑視の姿勢を崩さないことです。国際的に大きく取り上げられた慰安婦問題なども、その延長線上にあります。そして、日本の教育も、教科書問題にその一端が伺えるように、歴史の真実を伝え直す正当な役割を十分に果たしているとは言えないと思います。
七. 地球・環境破壊
子どもの頃,蟻の活動を観察するのが好きだった。透明な 観察箱に蟻を入れ、蟻たちが巣を作っていくのを見ているのだ。私はもしかしたら自分たち人間も「誰かに」みられているのではないかとよく考えていた。文明が発達し、家を建て、社会を形成し、戦争を起こし、果てしなく欲を追求している私たち人間の世界を、ちょうど私が蟻を観察していたように見られているのではないかと。
もしもそうであったなら、ビデオで見たように、自分たちの住みかを汚染し続けている人間がなんと愚かに映っていることだろう。私は、「誰か」というのは人間の良心であり理性なのではないかと考える。人間世界の欲や快楽という化け物に惑わされず、真の魂の目を通して、もっと謙虚に自分のまわりを見つめ直す必要があると思う。愚かな人間であることからは、それによって脱却できる手がかりが掴めるのではないだろうか。(英1A)渡辺 潤
今の地球、私たちが生きていける地球、これは本当に素晴らしいと思う。何十億年もの長い歴史を経て、様々な変化をしながらここまで来た。
私たちの想像もつかない世界があることは全く不思議ではないのに、それでもこの地球の偉大さには常に驚かされ、感動させられてしまう。酸素の誕生や、それにまつわる生物たちの活動だけを取り上げてみても、それらがあったからこそ今の地球があることを忘れるわけにはいかない。
今の地球が酸素に満たされていることになんの疑いもなく、当たり前と思いがちであった今までの私が情けない。地球の自然の営みをもっとよく理解し、地球に感謝する気持ちを大切にしていきたいと思う。(英1C)吉田和子
いま私は呼吸をしている。酸素があるから生きられる。外に出れば、太陽の光を思い切り浴びることが出来る。ビデオを見て、こんな当たり前のことが大変素晴らしいことであると感じられた。
自然があるから生きられるのに、人間はゴミを平気で道路に捨てたりする。吸い殻も捨てる。木を切り、コンクリートに囲まれた世界に変えてしまう。フロンガスにしても、オゾン層の破壊が大きく問題化してはじめて使用の禁止が図られる。ノストラダムスの予言が一時話題になったが、もし1999年に地球が滅びるなら、自然を守れない人間のせいということになると思う。(英2C)出井明子
現在地球規模で環境破壊が日に日に進んでいる。このことは、実際に自分の周囲の環境やテレビ、新聞などの情報、そして学校の授業などを通して誰もが感じ認めることである。 私は今年の夏、秋田にある祖母の家へ行った。そこは沢山の自然に囲まれていて美しい所だが、悪くいうと、近くに病院やお店がないので生活するのにはとても不便である。しかし、その当時いろいろなことで悩んでいて、自分を責め、悲観的になっていた私の心をこの雄大な大自然が徐々に癒していってくれたのである。
ただ、ぼけーーと自然を眺めているだけで、私の心に落ち着きが戻り、自分の悩みが自然の巨大さに圧倒されて、とてもちっぽけなものであるように思えたのだ。私はその時ふと、自然との一体感を感じた。そして、はじめて自然の偉大さを本当の意味で理解した。(英1A)雨海絵理
何回かにわたって地球の誕生を学んできて、あらためて地球のすごさを知り、同時に私自身のこれからの生き方について考えさせられた。地球が生物が住めるようになるまでに何十億年という長い年月を経てきたというのに、私たち人間はわずか百年単位の間にこの地球を破壊しつくそうとしている。
ここ何年かは、環境問題について世界で論じられているが、単に深刻だと話し合いをしているだけで、ほとんど行動には表れていないように私には思える。日本では割り箸を使うの はやめようという動きが昔はあったが、現在では、そんな言葉すら聞かなくなってきた。瀬戸際まで追いつめられて初めてみんなと一緒に行動するというのではなく、今すぐでも、一人一人真剣に取り組んでいかなければならない。大地の子として、破壊ではなく存続を目指して、地球に恩返しするべきだ。(英2B)小林千恵
現在、世界中の経済が不安定な時期にさしかかる一方、無限の可能性を秘めたロケットが宇宙へ飛び立つ時代でもある。しかし、それと比例するかのように二酸化炭素や温暖化といった環境問題が地球の上に重くのしかかってきた。最近私は、国と国との戦争、核爆発で死ぬのではなく、身近な自然のしっぺ返しで殺されるのではないかと思うようになってきた。
しかし、そうはいっても、つい自分の身のまわりには何も起こっていないのだという錯覚に陥っていることが多い。だから、ゴミもどんどん出すし、次から次へと買い物もして資源を食いつぶす。せいぜいゴミの分別をきちんとするくらいで、環境破壊の深刻さは頭の中ではわかっていても、どうにもできないもどかしさを感じる。
今日のビデオのなかでは、「地球四六億年の歴史と文明が一瞬にしてなくなる」という言葉が私のこころの中に強く響いた。こういう言葉を聞いているときだけ、ああ、今までの歴史が全て消えてしまうなんて勿体ないなあ、と今更のように環境問題を心配する自分が情けなくなる。自分に出来ることは何か、それを見つけて着実に実行に移していきたい。(英1A)野村貴子
日本人は、環境に対する危機意識は強いのに、それが行動に結びついていない、と外国から批判を受けたりします。それでは諸外国はどうでしょうか。国立環境研究所の主任研究員・青柳みどりさんがまとめた欧米の報告があります。(98年1月15日「朝日新聞」)
それによりますと、ドイツ、イギリス、アメリカなどでは、環境を優先する考えの人は、日常のリサイクル運動にも活発に取り組んでいる。ところが、日本では、環境優先と考える人もそうでない人も、行動には殆ど差がないそうです。欧米人は「わかればやめる」タイプであるの対して、日本人は、「わかっちゃいるけどやめられない」タイプになるようです。
この違いはどこから来るのでしょうか。自分1人の行動が社会的に意味を持つと実感できるかどうかが問題で、自分1人がやっても無駄だ、大勢は変わらないと考える人が多い社会では、危機意識があっても変わらない、というのが青柳さんの分析です。
具体的には、たとえば、「環境保護のためなら高い商品でも買いますか?」とドイツ、アメリカ、日本それぞれの大学生に聞いた調査があります。答えは、「同価格なら買う」というところでは、日本が34・7パーセントでトップですが、「五割より高くても買う」では、ドイツが16・7パーセント、アメリカが10・8パーセントに対して、日本は最低の3・1パーセントでした。これは、私たちが授業の中の「危険と安全」でみてきた、日本人と欧米人との意識の差をそのまま反映していると言えそうです。
八. 心の豊かさ・自分の存在
私は毎日、ものがあふれている中で何不自由なく生活を送っている。しかし、今日のビデオを見てとてもショックを受けた。自分には物質的な面では満ちあふれていて、その限りでは幸福といえるかもしれないが、精神的な面では、心が荒んでいる。
ものが自由に買えて何不自由ないのに、心が荒んでいては人間としてなんの価値も尊厳もない。もっとものから離れ、心に余裕を持って、精神的に豊かになるようにしたい。そのための努力をこれから精一杯続けて、毎日を過ごしていくつもりである。(英1A)佐藤恭子
マザー・テレサは自分のものをほとんど一つも持っていなかった。自分に置き換えてみると、すごいことだと改めて思う。この比較文化論で学んだことを実行することだって難しいのに、マザー・テレサはあれだけの大事業を実行し、数多くの人々に無限の愛を注ぎ込んだ。
私は、前向きに生きていきたいと授業では痛感していても、やはり挫けてしまうことが少なくない。それでも最近では、自分が心の底から本当に願ったことは、時間がかかってもいつかきっと叶うと思うようになった。困難はそのためのステップなのである。短大に入って一年半、辛いこともあったけれど、少しずつ知らず知らずのうちに私が指針として考えている人間像に近づいていると感じることがある。(国2A)瀬川寿恵
先生は前の講義で、「高いかかとの靴を履いている人の目を見てみなさい」というようなことをおっしゃった。私はこの言葉を聞いたとき、確かに高いかかとの靴は疲れるけれど、履きたかったからそんなに気にも留めませんでした。でも先日新しく低いかかとの靴を買い、それを履いていて、突然思い出した先生の言葉が心に広がり始めました。
私は夏の間、高いかかとの靴を履いていて、毎日とても疲れていたように思います。そんな靴を履いている私の目や顔はきっと醜いはずであったと今では確信しています。かってのせかせかした自分を思い出しながら、これからは低い靴をはき続けようと思いますし、そう思えるようになった今の自分が私は好きです。
授業で見たフランチェスコの姿に、私は驚きと感動でいっぱいでした。人間の本当の強さ勇気を見たような気がしました。本当に全てを投げ出せる人間はそうはいません。虚飾から離れて自由になるとそれが本当の幸せであることの意味についても改めて考えさせられました。(英1B)佐久間貴子
私は今まで背伸びして自分をごまかしていた。外見だけを装い、高いヒールのブーツを履いて、自分の弱さを隠して過ごしてきた。しかし、みんなの書いた文章や、先生の言葉を聞いて、無理をしている自分に気がついた。
弱さを隠そう隠そうと思い、せめて外見だけでも、と装っていたが、それは逆効果で、かえって自分の醜い部分をさらけ出していたような気がする。そんなみっともない殻をつけるのはもうやめにして、自分の弱い部分も強い部分もすべて受け入れ、現在のありのままの自分から一歩一歩向上するようにしていきたいと思う。(英1B)熊本夕子
私はいつも、何をするにしても他人と自分を比べてばかりしていた。背が低いために高いヒールの靴を履いて、少しでも高く見せようとしたり、ちょっとでも綺麗になるために、念入りに化粧したりしてきた。架空の自分を作ってきたのだ。本来の自分の姿を隠し、人前では偽りの自分がいたのだ。
私は今まで、本来の自分の姿に不満だらけだった。そして自信が持てなかった。しかし、うわべだけの自分の姿を作り上げていってもなんの得にもならない。逆に自分自身を苦しめ、惨めになっていくだけだということに気がついた。
結局、私は私なのである。世界中どこを探しても、私という人間は一人しかいない。今は、もっと自分の存在を誇りにし、自分自身を大切にしていかねばならないと思っている。(英1B)設楽知帆
こういう皆さんのノートを読んでいて、私はつい、皆さんに、「偉いね、よくそこまで考えるようになったね」とこころのなかでつぶやいてしまいます。あなた方が着実に真理探究への道を歩んでくれているようで、頼もしく思います。世の中には、よく宗教によって救われるという人がいますが、あなた方の真理探究もそのまま「宗教」であると言っていいのかもしれません。
宗教といえば、仏教とキリスト教の比較も、この比較文化論の大きなテーマのひとつでしたが、本年度はそのための時間が十分にはとれませんでした。ただ、仏教もキリスト教も、その本来の教えが正確に理解されていないことが珍しくありません。ここではひとつだけ、キリストの教えについてその一例を挙げておくことにしましょう。
キリストの最も偉大な教えは、私たちが永遠のいのちを得られるだろうということではありません。私たちには永遠のいのちがあるということです。私たちは、神のもとで兄弟になるだろうというのではありません。私たちはすでに兄弟であるということです。私たちが求めれば与えられるだろうということではありません。すでに与えられているのです。必要なことはそれを知ること、ただそれだけです。
九. 最終講義(一年を振り返って)
今日で比較文化論の授業が終わる。入学時、学校案内のパンフレットに載っていた授業内容、そして「英文宴」を読んで、私は初めからこの授業を受けようと心に決めていた。
この授業は、毎回毎回文章を書かなければならないので、初めのうちは何を書いていいのかわからず、チャイムがなっても書き続けていた。しかし、いまでは書くことが苦痛でなくなったし、「書かなければならない」ではなく「書きたい」と思うようになった。私の書いた文は、最初の頃と最後の頃を比べてみて大きく違う。自分でも考え方が変わったなと、いまつくづく思っている。
この授業が終わってしまうのは非常に残念である。でも、今まで受けてきた講義によって、これまで溜まっていた澱みがスッときれいになったような気がする。今まで学んだことを決して忘れず、これからの人生を強く生きていきたい。武本先生、1年間本当に有り難うございました。(英1B)森川晴香
今回が最後の授業であると思うととても悲しくなる。この授業を取ってからは、私の生き方が変わった。私の人生に大きな影響を与えてくれた授業であった。
授業を受けるだけで人はそんなに変われるものかとも思う。しかし、実際私は変わったのだ。自分自身何事も出来ないと思っていたら、答えは出来なくなることへの一つの道しかない。その考え自体が自分をダメにしているのだと気づき、自分には能力があるのだと思い始めたら、生き生きと生きている自分を感じるようになった。この講義を受けて本当によかったと感謝しています。
本当のことを言うと、第一限はきついと思っていた。でも、毎回受ける度に自分が変わっていくのだと思うと、なぜかこの日は、朝早く起きることがうれしく感じられた。武本先生に会え、この講義を受けることが出来て本当によかった。1年間、有り難うございました。(英1A)加藤真由美
今まで自分が書いてきた1年分のノートを読み返すと、明らかに自分が強くなっているのがわかる。入学当初の私は、自分を卑下ばかりしていたが、この授業で学問的な「真理」を知って、大きく変わった。1度単位を取ったのに、また今年もこの授業を受けている人たちの気持ちがよくわかった。
この授業を受けられたことは、私の人生において最も貴重な財産になったと思う。困難に向かっての立ち向かい方がわからなくなったり、自分を見失いそうになった時には、この学習ノートを取り出して読み直していきたい。今までの1年間、どうも有り難うございました。(英1B)洞鶏律子
私はどんどん変わってきている。この授業は、私の成長にとても大切な大きな影響を与えてくれた。この授業を通して、多くの「本当に大切なもの」を見つけることが出来た。そして、沢山の真実に出会うことも出来た。本来生命は永遠のものであること、大切なものは目に見えないということ、私たちは星の子であるということ、そしてまた、サイババの言うように神の化身でもあるということ、等々である。
最近、改めて自分を見つめ直してみて、確実に自分が強くなっていることを実感した。将来の目的がはっきりしないままに短大に入学してしまった頃には信じられないほどに、今の私は夢も希望も目標も意志もすべてをしっかりと手中に収めている。これからも、この授業で学んだことを心に刻んで、どんな困難にも立ち向かっていきたいと思う。
(英1A)秋山晴美
今日で比較文化論の講義は終わった。本当に貴重な1年間であった。私は今まで、これほど多くのことを教えられ自分で考えたことはない。
最初の時間は、ほかの授業でもそうであったように、自分の意志もないまま興味も持たずにこの講義に出席した。しかし、2回目からは積極的に自分で考え、自分で思ったことをノートに書いていった。やれば出来るのだということ、自分の可能性について教えてくれたことを感謝したい。
私は今まで、自分の欠点にとらわれ、他人よりも自分のことだけに精一杯で、他人に感謝しようなどとは思ってこなかった。むしろ、人間関係を支障なくするために、すぐ頭を下げて妥協する日本人を軽蔑したりもした。しかし、今はこころから先生に感謝の気持ちを伝えたいと思っている。「もう私は大丈夫です」とまではまだ言えないが、自分のことはもっと信じていくつもりである。(生2C)落合淳子
率直に言って、この1年間で私は随分変わったと思う。今までは何か悲しいことがあると「私にだけいつも嫌なことが起こる」と考えていたけれど、いつの間にかこの講義でプラス思考になっているのに気がついた。確かに何をするにも、どんな結果であれ前向きに考えた方が人生は楽しい。そんなことを改めて教えてもらった講義であった。
私たちはまだ若いし、いつか今までにない大きな困難に突き当たる日が誰にでも来ると思う。そんな時、この講義で学んだことを思い出し、心に留めてその壁を乗り切って見せようと考えている。このようなことを教えてくれた講義はあまりなかった。この比較文化論を受講出来たことを本当に感謝している。(英1C)棟方久美子
今までこの講義で学んだことを思い出しながら、空海のビデオをもう1度見た。同じビデオを見ているのに、初めのころとはまた違った気持ちで一層よく理解できた。
この1年で、この講義を通していろいろなことを学び、そして、自分自身大きく変わったとしみじみ思う。もしこの講義を受けていなかったら、こんなにも自分について深く深く 考えるようなことはなかった気がする。私にとって、とてもためになり、充実した講義を毎週受けることが出来て先生には心から感謝しています。毎週、1回1回の講義が、今もそしてこれからもずっと深く心に残っていく、そんな素晴らしい講義に出会えたことは幸せでした。本当に1年間、有り難うございました。(英1B)横尾美絵
お わ り に
1月16日、降りしきる窓の雪を自宅の書斎の窓から眺めながら、皆さんの最終回のノートに書かれたことを改めて思い浮かべていました。一回一回、私なりに一生懸命講義に取り組んできましたが、決して徒労ではなかったことを、いましみじみと感じさせられています。殆どの皆さんから圧倒的な感謝のことばをいただいて、どういったらよいのでしょうか、ちょっと軽い目眩がするような気持ちです。
私はいつの頃からか、講義は皆さんと一緒に作っていくものだと考えるようになりました。ちょうど芝居の舞台の上で演ずる役者の演技が、観客によって大きく支えられるように、教壇に立つ教員も学生であるあなた方によって支えられているのではないでしょうか。本年度の「比較文化論」でも、私は皆さんに支えられながら、皆さんと一緒に27回の講義を作り上げてきました。
皆さんが見てきたとおり、毎時間、授業の半分は皆さんが書いた学習ノートが中心でした。皆さんのノートが皆さんの教科書であり、私の教科書でもありました。私は皆さんのノートを読み、そのノートを何枚か次の講義で使うためにプリントして配布する、という作業をくり返してきました。毎時間講義資料も併せて配布しましたが、その選択作成も皆さんのノートを読んだ上で、決めていました。その意味でも、比較文化論の講義の内容は、その重要な部分を皆さんが「作ってきた」ことになるのです。
皆さんと一緒に講義を作りながら、講義担当者としてひとつだけいつも念頭においていたことがあります。学問とは何か、という問題です。大学というのは、学問をするところです。これは誰にでもわかっています。それでは、学問とは何か、と問われれば、どう答えたらよいのでしょう。「学問とは真理を探究することである」というのが一般的な答えといってよいでしょうか。
この辺まではよいのですが、さらに、それでは「真理の探究」とは何か、どうすれば真理が探究できるのか、というように問われれば、今度はなかなか明確な答えが出てきません。「真理の探究」というのは真理を探究することだ、というような言い方しか出来ずに行き詰まってしまうかもしれません。つまり、「真理の探究」ということがよくわからないままに、「学問」をしている、「大学」へ通っている、ということになってしまいかねないのです。「大学の勉強が面白くない」理由の一つは、こんな所にもあるのかもしれません。
私は講義の中でも、何度か、「学問としての」比較文化論と言ったり、「真理の探究」を強調したりしました。そして、真理の探究へのアプローチとして、比較の効用、時間的空間的視野の拡大の重要性をいろいろと例を挙げながら説明してきました。
皆さんは少しずつこのアプローチに慣れてきて、毎週のノートの中にも「真理」「真実」ということばが増えていきました。最終回のノートの中では、大勢の皆さんがこの講義は「よかった」、「楽しかった」と書いてくれています。講義がこれで終わることになって「今なぜか涙があふれそうです」と書いた人もいます。担当者としてはうれしい反応でした。つまり皆さんは、この講義の中で、真理の探究を理解し始めていたのです。そして皆さんのあふれるような想いが2千枚の学習ノートとして残りました。
そのうちの数十枚を、同じ人のものが重複しないようにここに掲載してみました。皆さんが書かれた文字の一つ一つをたどりながらこの原稿を書いていますと、あの教室で私の話に熱心に耳を傾けてくれていた皆さんの姿が頭に浮かびます。比較文化論の講義を私と一緒に作っていってくれた皆さんに対して、そして、私語ひとつせず誠実に私の話に応えてくれた皆さんに対して、私からもここで、こころからのお礼を言わせてください。1年間の協力と支えを本当にどうも有り難うございました。
(1998.1.17)
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