No.111~No.120





   私たちはなぜこの世に生まれてきたか      (2017.01.01)
      ― 生活と文化をめぐる随想 No.111 ―


 私たちは輪廻転生を繰り返しながら、霊性の向上を目指して永遠の旅を続けている。この世に生まれて、様々な人生の経験を経て死に、また生まれては、新しい経験を積み重ねて学びを深めていく。このように私たちが自分の意思によって生まれ変わりを繰り返していく場合、当然、新しく生まれ変わる場合の生活環境が、それまでに重ねてきた生活体験を基盤にして、少しでもプラスになるようなものになるのを選ぶはずである。プラスになるというのは、もちろん、少しでも悩みが少なく、楽な生活ということではない。学びのためには、厳しい過酷な環境を率先して選ぶ場合もある。このことをまず確認しておきたい。この誕生に際しての生活環境の選択をシルバー・バーチはつぎのように言っている。

 《地上に生を享ける時、地上で何を為すべきかは魂自身はちゃんと自覚しております。何も知らずに誕生してくるのではありません。自分にとって必要な向上進化を促進するにはこういう環境でこういう身体に宿るのが最も効果的であると判断して、魂自らが選ぶのです。ただ、実際に肉体に宿ってしまうと、その肉体の鈍重さのために誕生前の自覚が魂の奥に潜んだまま、通常意識に上がって来ないだけの話です。》(『霊訓1』1988, p.38)

 この認識は極めて重要と思われるので、もうひとつシルバー・バーチのことばを引用しておきたい。シルバー・バーチはこうも言っている。

  《地上へ誕生してくる時、魂そのものは地上でどのような人生を辿るかをあらかじめ承知しております。潜在的大我の発達にとって必要な資質を身につけるうえでそのコースがいちばん効果的であることを得心して、その大我の自由意志によって選択するのです。その意味であなた方は自分がどんな人生を生きるかを承知のうえで生まれて来ているのです。その人生を生き抜き困難を克服することが内在する資質を開発し、真の自我――より大きな自分に、新たな神性を付加していくのです。》

 このように、「自分がどんな人生を生きるかを承知のうえで生まれて来ている」のであれば、この世で自分の置かれた境遇を嘆いたり、他人の生活をうらやましがったりする必要はないわけである。もしそのようなことがあれば、折角自分が自分の霊性向上のために自由意思により選んできたことを、「肉体の鈍重さ」のゆえに、誕生前の自覚を意識の奥に閉じ込めてしまっていることを思い起こすべきであるかもしれない。シルバー・バーチは、この後、さらに続けて、こう付け加えた。

 《その意味では "お気の毒に・・・・" などと同情する必要もなく、地上の不公平や不正に対して憤慨することもないわけです。こちらの世界は、この不公平や不正がきちんと償われる世界です。あなた方の世界は準備をする世界です。私が "魂は知っている" と言う時、それは細かい出来ごとの一つひとつまで知り尽くしているという意味ではありません。どういうコースを辿るかを理解しているということです。その道程における体験を通して自我が目覚め悟りを開くということは、時間的要素と各種のエネルギーの相互作用の絡まった問題です。例えば予期していた悟りの段階まで到達しないことがあります。するとその埋め合わせに再び地上へ戻って来ることになります。それを何度も繰り返すことがあります。そうしているうちにようやく必要な資質を身につけて大我の一部として融合していきます。》(同書、pp.109-110)

 私たちがこのように、自分の生活環境を選んで生まれてくるというのは、私たちがこの世に生きる意味を考えるうえで極めて重要である。それを認識するかしないかで、たとえば、自分の幸福感なども、大きく変わってくることがあるかもしれない。世の中には、他人の幸せを羨み、自分の不幸を嘆いている人が決して少なくはないが、本当は、シルバー・バーチがいうように、「"お気の毒に・・・・" と同情する必要もなく、地上の不公平や不正に対して憤慨することもないわけ」である。私たちは、生まれる前にあらかじめ自分が設定していたコースを、いまこの現世で歩んでいるに過ぎない。自分で決めて選んだことを自分で嘆いたりするのは、筋の通らない話である。この生まれ変わりの真実を繰り返し説いてきた一人がラムサであった。この高位霊は、私たちが自分で環境を選んでこの地上に戻ってきたことを、こう述べている。

 《あなたがここにいるのは、それがどんなところであろうと、自分がいたいからそこにいるのだ、ということを学ぶためです。叡智を学び、生の場でそれを実践するために、あなたはここにいます。この人生で(また、これから自分が望むだけ繰り返す幾度の人生でも)、あなたがここにいるのは、この幻を生き、魂が叡智という命を満たすのに必要なすべてを体験するためです。そして、この次元での体験から豊かな感情を得たとき、あなたはもはやここに戻る必要もないし、そう望むこともなくなります。そして、自分がいつここでの体験を全うしたのかを判断できるのはあなただけです。ほかに誰もいません。》(『ラムサ―真・聖なる預言』角川春樹事務所、1996、pp. 197-198)

 このような私たちの生まれ変わりの真実は、シルバー・バーチやラムサのような高位霊だけではなく、現代に生きる優れた霊能者たちによっても、少なからず伝えられている。ジュディー・ラドンもその一人である。彼女は、「人は自分の人生の境遇を選択する。もしこちらの領域に来てみたなら、みなさんの世界に生まれ出る機会を切に待ち望む、数知れない仲間たちを目のあたりにすることだろう。彼らは地上の喜びと豊かな環境を懐かしがり、切望している。また多くの人にとって魂の領域自体も学ぶべきことは多いのだが、『地球学校』という意義深い領域にとってかわることはできない」と述べて、こう続けている。

 《この話を聞いて衝撃を受ける人も少なからずいるにちがいない。みなさんは、「本当にそうなのだろうか」と訝しむかもしれない。これが、多くの社会の文化的枠組みの中で受け入れられている生についての考え方に反するものだからである。「赤ん坊はたまたま生まれてきただけで、みずから選択して生まれてきたわけではなかろう」。だが、これはまったくの間違いなのだ。赤ん坊はすっかり成熟した、完全に進化した魂であり、魂の領域では成人の姿をして見える。もし彼らの魂がこの世でさらに勉強するように駆り立てれば、彼らは自分たちが入っていくのにふさわしい環境を検討し、探す。彼らは母親を探し― 彼らは、すでに「妊娠している」女性を注意深く観察することがよくある― そして一種の宇宙の順番待ちのリストに登録する。家柄を慎重に調べ、適切な縁組を探すのはわたしたちの領域にいる多くの者たちの仕事だ。》(ジュディー・ラドン『輪廻を超えて』人文書院、1996、pp.18-19)

 この生まれ変わりの真実を退行催眠によって証明してきた精神科医もいる。アメリカのマイアミ大学医学部精神科の教授を務めていたブライアン・ワイス博士である。博士は、アメリカでベストセラーになった『精神療法』(PHP研究所、2001年)のなかで、「偶然でもなく偶然の一致でもなく、私達は私達の家族の一員として生まれます。私達は母親が妊娠する前に、自分の環境を選び、人生の計画を立てているのです。計画を立てる時には、愛に満ちた霊的存在に助けられます。そして彼らは私達が肉体に宿り、人生計画がひもとかれてゆく間、ずっと私達を導き守ってくれます。運命とは、私達がすでに選択した人生のドラマのもう一つの名前なのです」と書いている。そして、こう続けた。

 《私達は生まれる前の計画段階で、これからの人生に起こる主要な出来事や、運命の転換点を実際に見ています。そしてその証拠は、沢山存在しています。私を含めてセラピスト達が集めた、催眠状態ないし瞑想中に、または自然に、生まれる前の記憶を思い出した沢山の患者の臨床記録がそれです。私達が出会う重要な人々、ソウルメイトや魂の友人との再会、こうした出来事が起こる場所に至るまで、すべて計画されているのです。・・・・・・これはすべての人々にあてはまります。しばしば、養子や養女になった人々は、自分の人生計画は歪められてしまったのではないか、と考えます。しかし、答えは「ノー」です。養父母もまた、産みの親と同じように生まれて来る前に選ばれているのです。すべてのことには理由があり、運命の道には何一つ、偶然はありません。》(同書、pp.70-71)

 世の中には、自らの境遇に不満を持ったり、人間関係に悩んだり、事件や事故に巻き込まれて悲しんだりする人々で満ち溢れているが、それらの「不幸」も、すべて、自分が生まれる前に選んだ人生コースの一部になっていることを知らなければならない。実はそれらが、自分がこの世で学ぶべき教材になっているからである。日々の悩みや苦しみ、成功や挫折等のすべてが乗り越えていくために自らが課した教材なのである。そして、ワイス博士も言っているように、「すべてのことには理由があり、運命の道には何一つ偶然はない」とすると、自分に起こっていることはすべて必要であるから起こっていることになる。必要なことだから、起こっていることは何であれ、本来、自分にとっては「良いこと」なのである。

 私は、かつて、事件で妻と子を亡くして悲嘆の底に沈んでいたことがあった。立ち直るのに何年もかかったが、立ち直るきっかけを与えてくれたのも、生と死についての霊的真理であった。世の中の常識では、天真爛漫で清らかな性情の人が事故に遇うのは不条理であり、「あんないい子が」と思われている子供が早死にするのは不幸の極みである。しかし、それらも永遠の生命の霊的真理からみれば、決して不条理ではなく不幸でもない。私たちは、それが霊的成長にとって必要であれば、有徳の人でも遭うべくして事故にも遭い、幼児や若年者であっても、死ぬべき時には死ぬ。私は、長年指導を仰いできた霊能者のA師から、妻と子を亡くしたことを、「喜んでください」と言われたこともあった。

 私たちは、富豪の家に生まれようと、極貧の家に生まれようと、それは永遠の生命のなかの一瞬でしかないこの世の仮の姿である。王侯貴族に生まれたものは、来世では、貧しい下男下女の生涯を体験しようとするかもしれない。非正規労働者として生活に苦労が絶えなかった人は、つぎの世では大企業の幹部としての体験を積む生涯を選ぶことになるかもしれない。それぞれが、自分の立場で、学びのために必要と思われるこの世での課題を自ら選択しながら、転生を繰り返していく。その課題は、易しいものから高度のものまで様々であろう。しかし、乗り越えられない困難はなく、克服できない悲しみもない。自分が乗り越えられない困難や悲しみの課題を、自らに課すことはないからである。それにもかかわらず、この世の生活の中で、挫折する人があれば、次の転生でまた思いを新たにしてチャレンジしていくことになるのであろう。

 私は、むかしの長年悲しみ苦しんできた経験から、霊的真理を知らないことの「恐ろしさ」を身に染みて感じてきた。「知らない」というのは本当に恐ろしいことで、生きている者も死んだと思い込み、人並みの、あるいは人並み以上の恵まれた環境にあっても、不幸のどん底にあると錯覚して嘆き悲しむ。溺れる者は藁をもつかむ思いで、必死になって助けを求めたりするが、誰からも助けてもらえることはない。「守護神」は実は自分の中にいること、つまり、ほかならぬ自分が自分を救う守護神であることにはなかなか気が付かないのである。悲しみや苦しみを克服していくためには、私たちは、やはり、なぜ私たちがこの世に生まれてきたのかという原点に立ち返って、考えていく必要があるように思われる。

 ここでもう一度確認しておきたいが、私たちはこの世の生活環境を自分で選んで生まれてきた。金持ちの家に生まれるのも学びのためであり、貧困家庭に生まれて生活苦に喘ぐのも、その体験が自分にとって必要だからである。成功で有頂天になることもあり、挫折して前途の希望をなくしてしまうこともあるであろう。みんな、私たちが一人一人の霊的成長のために描いてきた人生コースの一こまであり、それを現実にこの世で体験し、学び、乗り越えていくことによって、一歩一歩、神の光に近づいていく。だから、強い魂はこの世では、むしろ、波乱万丈の苦難の道を選んで生まれてくることもあるのかもしれない。私たちは、そのかつての選択を、この世への誕生の瞬間に、魂の奥深くに閉じ込めてしまっているのである。

 このような、私たちがこの世に生まれてきた時の原点に立ち返って見れば、この世で生きていく上での心がまえがどうあるべきかについても、自ずから明らかになってくるように思われる。それが、本当の意味で、私たちが幸せに生きていく道を指し示してくれるであろう。そしてその道とは、この世に生まれた以上、他人を押しのけてでも大いに蓄財して、贅沢な苦労のない人生を送りたいと望むようなことでは決してないに違いない。前にも触れた霊能者のA師は、この世に生まれて、何の苦労もなく贅沢に暮らして一生を終わる人があるとすれば、それは「神に見捨てられた人」かもしれない、と笑いながら言ったことがあった。

 この世で幸せに生きていく道の一つは、おそらく、物欲・金銭欲から離れて「足るを知る」ことであろうと思われる。私たちは、これまでひたすらに物質的な幸福感のみを追い求めてきた。特に21世紀に入ってからは、この追求が頂点に達したと言ってもいいかもしれない。産業や経済の発展は目覚ましく、インターネットなど科学技術の進歩は社会を一変させ、生活はますます便利で快適になってきた。私たちの周りには贅沢なものであふれ、食べ物に不自由することもなく、様々な娯楽が氾濫して人々も浮かれているように見える。このような風潮のなかで、いまでは、幸せとは金銭をたくさん持つこと、モノを好きなだけ手に入れること、と思われるようになってしまった感がある。このようにして欲望に駆り立てられた社会が精神的に健全であるはずはない。果てしなき人間の物質的欲望は人間そのものを腐敗させていく。モノはまわりにあふれているのに、こころは満たされず、人々の幸福感も、逆に、少しずつ失われてきたのではないか。

 特にいまの世界では、人々の金銭欲が野放図に肥大していった結果、貧富の格差がかつてなかったほど広がってきた。国際NGO「オックスファム」によれば、世界人口のうち、2016年に最も富裕な62人の総資産は、下位36億人の総資産に匹敵するという。下位36億人の平均資産が1人でおよそ5万円であるのに対して、最も富裕な62人の平均資産はおよそ3兆円といわれているから、貧富の格差もここまでくるとほとんど犯罪的である。イエス・キリストは2千年前に、「金持ちが神の国に入るのは、駱駝が針の穴を通るよりむつかしい」(マタイ:19-24)と言ったが、現代社会では、野放しにされた金銭欲へのあくなき追及が、社会に様々な歪みをもたらすようになってきた。金持ちがカネがあるゆえに幸せであるとは決して言えないが、カネのない人は、カネがないから不幸せであると思うような傾向も、ますます強くなってきているように思える。

 経済的には比較的恵まれている日本の中では、貧富の差はともかく、私たちは、当たり前のように朝、昼、夜と三度の食事をとっている。考えてみれば、いや考えてみるまでもなく、これも本当は、当たり前ではない。世界では、いまでも、およそ7億9,500万人(9人に1人)が、健康で活動的な生活を送るために必要 かつ十分な食糧を得られていないという。かつて、太平洋戦争敗戦後の日本では、食糧不足で1千万人が餓死するのではないかと言われたこともあった。私自身も大阪で餓死寸前の状態になった体験があるので、食べ物の有難さはいまも身に染みている。いまはその日本でも飽食の時代で、まだ食べられるのに捨てられる「食品ロス」は、日本だけでも年間約630万トンにもなっているらしい。この量は、飢餓に苦しむ上記約8億人への、世界全体の食料援助量の約2倍にもなり、しかもその捨てられている食料の半分は家庭からのものであるという。

 住む場所についても、私たちは、大なり小なり、雨露をしのげる家屋に住んでいるが、これも本当は当たり前ではないであろう。国連人権委員会の報告では、世界には1億人のホームレスがいるという。いまでも、世界の約60人に1人がホームレスであるというのは、驚くべき事実といわなければならない。さらに、住む家があり、3度の食事がとれている人でも、歩けない人もおれば、目が見えない人、耳が聞こえない人も無数にいる。病気で寝たきりの人々も決して少なくはない。私たちは何よりもまず、なんとか健康に、手足を動かし、呼吸をしながら生きているだけでも有り難いと思うべきではないであろうか。

 金銭やモノが多く手に入れば幸せだと思っている人が大勢いても、本来が霊的な存在である私たちは、物的な豊かさだけでは幸せにはなれないのである。本当の幸せは、むしろ金銭やモノから離れたところにある。この認識が、果てしなく強欲な富裕層のみならず、貧困層をも含めた一般庶民に至るまで広がっていくのでなければ、この世界での未来に向けての展望は開けない。経済発展至上主義に対しては、もうとっくに背を向けなければならない時機にきているのではないか。人類の繁栄をもたらしてきたといわれる資本主義が人々の欲望に対するコントロール機能を失い、国境を越えて暴威をふるうグローバル企業の増大などが、庶民の幸福感のみならず、世界の平和と安寧をも脅かし始めている現在、物から心への転換こそ、今は何よりも強く求められているように思われてならない。

 その発想の転換のためには、私たちは、自分が持っていないものをさらに欲しがったり、手に入らないのを嘆いたりするよりは、すでに持っているものを数えてみることから始めるべきであるかもしれない。それらが如何に多いかに気がつけば、感謝の気持ちも湧いてくるはずである。本当は、つぎつぎに金銭やモノを欲しがるよりは、持っているものを他人に与えることを、先ず考えるべきなのであろう。他人に与えられるのは、もちろん、金銭やモノだけではない。優しさや思いやりのこころなど、無限の愛を分かち合うことが誰にでも可能である。そして、そのような愛の実践のなかでこそ、しみじみとした幸せを味わうこともできるのであろう。そして、おそらくそれが、私たちの一人一人が、生まれる前に、この人生コースで描いてきた生き方ではなかったであろうか。





    私たちはなぜ生まれ変わるのか           (2017.03.01)
     ― 生活と文化をめぐる随想 No.112 ―


 前稿「私たちはなぜこの世に生まれてきたか」でも書いているが、私たちはこの世に生まれ、やがて死に、そしてまた、生まれ変わってくる。生命は永遠だから、死によって生命が途絶えてしまうことはないのである。この世に生まれる前にも私たちは誕生を繰り返してきたし、死をも繰り返してきた。これからも、その死と誕生を繰り返していくだろう。一体、私たちはなぜ、死と誕生を繰り返すのであろうか。本稿では、その「生まれ変わり」を中心に考えてみたい。

 「生まれ変わり」でまず思い出されるのは、古代霊ラムサのことばである。ラムサは、「あなたは誰なのか? なぜいまここにいるのか? あなたの生きている目的と運命とはいったい何なのか? あなたは自分が単なる偶然の産物であり、ほんの短い時間だけこの世に生きて、つぎの瞬間には消滅するためだけのために生まれてきたと思うのだろうか?」と問いかける。そしてつぎのように言っている。

 《あなたはこの地上界に何千回と生きているのだ。まるで気まぐれな風のように、戻っては去っていった。あらゆる顔や肌の色、主義主張や宗教を体験している。戦争を仕掛け、仕掛けられ、王と召使いの両方を同じように生きてきた。船乗りや船長にもなった。征服者や被征服者にもなった。自分の歴史の理解の中にあるすべてのものにあなたはなった経験がある。それはなぜか? 感じるため、智慧を得るため、そして、あなた自身というもっとも偉大な神秘を解き明かすためだ。》(ラムサ『新・聖なる預言』川瀬勝訳、角川春樹事務所、1996、p.71)

 このあと、ラムサは、「あなたは、膨大な時間の中で繰り返し繰り返し生きることを通じて、いまの自分であるすべてになってきたのだ。そしてその生の一つひとつから智慧を得て、あなたという独自の美しい存在をつくり出してきたのだ。永遠という時間のほんの一瞬の間のためだけに創造されるにしては、あなたはあまりにも美しく、あまりにもかけがえのない存在である」と続けている。(念のためにこの部分の原文をあげておくと、こうである。You are much too priceless, you are much too beautiful to have been created for only a moment’s siege upon the eternalness of time.)

 ラムサはこのように、私たちは、一人ひとりがみんな「あまりにも美しく、あまりにもかけがえのない存在」であるというのだが、それをどれだけの人が自覚しているであろうか。私たちは、何も知らずにこの世に誕生してくるのではない。誕生の度に、さらなる霊性向上のためにはどのような環境でどのような身体に宿るのが最も効果的であるかを自ら判断して、この世に生まれてきた。ただ、実際に肉体に宿ってしまうと、その肉体の鈍重さのために誕生前の自覚が魂の奥に潜んだまま、通常意識に上がって来ないだけのことである。このこともシルバー・バーチの教えとして、前稿でも触れてきた。

 しかし、ラムサからこのように、私たちは「この地上界に何千回と生きているのだ」と言われると、やはり考え込まされてしまう。私たちの魂の奥には、この何千回の生の記録が閉じ込められているのだろうか。人類の歴史のうえでも、私たち現代人と同じグループの新人類が登場したのが20万年前くらいといわれているが、ラムサはどれくらいの視野でそのなかの人間の輪廻転生を捉えているのであろうか。ラムサはこうも言っている。「あなたは何度も何度も生きる。あなたの種は永遠不滅の存在なのだ。あなたがどんなに疑念を持とうと、自分の世界を限定しようと、どれほど心配し、絶望しようとも、あなたがけっして消せないものがある。それが、生命というものだ」。つまり、生命が消せないものである以上、生まれ変わりが続き、それが「何千回」にもなるのであろうか。

 ラムサ自身は、この地上界では一度しか生きることはなかった。ラムサのことばによれば、3万5千年前にアトランティア南部に位置していた最大の港湾都市オナイに暮らしていたという。彼は地上初めての征服者になり、当時の世界の4分の3を征服した。その後、自分自身であらゆるものの内にある神について深く理解し、初めてこの地上界から高次元に昇華したらしい。だから、ラムサはこの世での人生を一度体験しただけで生まれ変わっていない。そして、おそらくそれが一番理想的なあるべき姿なのであろう。人間は「完全な」存在になれば生まれ変わる必要はないからである。いわば、不完全だから完全を目指して生まれ変わる。その生まれ変わりの回数が、霊的覚醒の度合いによりゼロ回から何千回ということになるのである。その生まれ変わりの理由についても、ラムサはこう言っている。

 《あなたは自分がなぜいまの自分なのかわかりますか? それはほかの役割はもうほとんど体験してきていて、今回はいまの自分を体験しているからです。なぜ飢えた子どもではなく、いまのような裕福な人間に生まれてきたのでしょうか。それはあなたが裕福な人間になりたがっていた、飢えた子どもだったことがあるからです。だからいまはそうなったのです。なぜあなたは家族を養うためにパンを焼くパン職人ではないのでしょうか。それはあなたがパンを焼いて家族を養っていたパン職人だったことがあるからです。そして今度は、パンを彼から買うほうの存在になっているのです。》(ラムサ、同書、pp.236-237)

 要するに、自分の霊的進化の学びのためには、生まれ変わりを自ら選んで、富豪にも貧者にも、大会社の社長にも日雇い人夫にも、愛する者にも愛される者にも、権力者にも奴隷にもなっていくということである。このような生まれ変わりの事実は、最近数十年年来、科学の分野でも実証され始めるようになってきた。欧米の大学医学部で、「退行催眠」という精神医学の治療法が発達してきたからである。なかでもよく知られるようになったのが、アメリカのマイアミ大学医学部精神科教授の経歴をもつブライアン・ワイス博士である。博士は、自分の患者のキャサリンが、退行催眠によって過去生を明らかにしていく様子をつぎのように記録している。(ブライアン・ワイス『前世療法』、山川紘矢他訳、PHP研究所、1996、pp.232-233)

 「あなたは今まで何回生まれ変わりましたか? いつも地球に生まれていますか? それとも他の場所にも生まれたのですか?」
 「地球上だけではありません」と彼女は答えた。
 「それはどこですか? あなたはどこへ行くのですか?」
 「私はここでしなければならないことをまだすませていません。私は人生のすべてを体験しないうちは、他の場所へ進むことはできません。私はまだ終わっていません。何回も人生をくり返さなければなりません。すべての約束を果たし、すべてのカルマを返すためです」
 「でもあなたは進歩しているでしょ」と私の意見を述べた。
 「人はみんな進歩するものです」
 「あなたは地球上に何回うまれましたか?」
 「八十六回です」
 「八十六回?」
 「そのとおりです」
 「そのすべてを覚えていますか?」
 「思い出す必要があれば思い出します」

 こういう調子で、ワイス博士と退行催眠で超意識の状態にあるキャサリンとの間の会話は長々と続けられている。キャサリンは、思い出した過去生での人物になって叫んだり、泣いたり、興奮して表情を変えたりするが、生まれ変わりの回数などは、彼女が「マスター」と呼んでいる守護霊に教えられているようである。時には、守護霊が彼女の代わりに答えたりもしている。これとは別に、キャサリンは、過去生のリーディングで有名な霊能占星術師・アイリス・サルツマンのところへも訪れたことがあった。ワイス博士のところで退行催眠を受けていたことは触れず、彼女はアイリス・サルツマンによっても生まれ変わりを再確認してみたかったようである。その結果もワイス博士は、つぎのように記録している。

 ――アイリスは手を自分ののどにもってゆき、キャサリンが前世で首をしめられたことと、またのどを切られたこともあると言った。のどを切られたのは、戦争の時で、アイリスは何世紀も前に村が炎に包まれ、破壊されている状況が見えると言った。そしてその時、キャサリンは若い男性だったと言った。
 ――キャサリンはかつて海軍のユニフォームを着た若い男性であった。その時、短い黒いズボンと奇妙なバックルのついた靴をはいていた。突然、アイリスは自分の左手をつかむと、そこに鋭い何かが刺さり、手に大きな傷あとを残すようなけがをしたのだと説明した。彼女は左手にズキズキとした傷みを感じるとも言った。大きな海戦があった。場所はイギリス海岸だった。さらにアイリスは航海の人生について描写した。
 ――パリでの短い一生があった。その時、キャサリンはまたしても少年で、貧困のうちに若くして死んだ。
 ――ある時は、アメリカのフロリダの南西部でアメリカインディアンの女だったこともあった。この転生では、彼女は病気をなおすヒーラーであり、はだしで歩きまわっていた。
 ――他の転生では、キャサリンはスペイン人で、その時は、売春婦をしていた。そして、名前はLで始まっていた。また、ずっと年上の男性と同棲していた。
 ――またある時は、非常に裕福で、多くの称号をもつ貴族の私生児だったこともあった。大きな屋敷の中にあるさかずきに家紋がついているのが、アイリスには見えた。その時、キャサリンはとても色が白く、先の細い長い指先をもっていた。ハープを演奏していた。結婚は親が準備したものであった。キャサリンは動物、特に馬が好きで、馬をまわりの人達よりも大切にしていた。
 ――モロッコの少年だった時も短い一生で若くして病気で死んでいた。ある時はハイチに生まれていて、その土地の言葉をしゃべり、魔術師の一味だった。
 ――大昔、エジプト人であった時は、彼女は埋葬に関わる仕事をしていた。その時、彼女は女性で頭髪を編んでいた。
 ――また、彼女はフランスとイタリアに何回も生まれていた。ある時はフローレンスに住み、宗教に深く関わっていた。後にスイスに移り住み、尼僧院に入った。その転生では二人の息子があった。彼女は金と金の彫刻が好きで、いつも金の十字架を身につけていた。フランスでは、冷たい牢屋の中に閉じ込められていた。
 ――また、ある時は赤いユニフォームを着た男性で、馬や兵隊と一緒だった。ユニフォームは赤と金色で、多分それはロシアだろうということだった。またある時は、古代エジプトにおいて、ヌビア人の奴隷だったこともあった。その時は、捕えられて牢獄に入れられた。日本の男性に生まれた時は学者で、教育に携わっていた。学校関係の仕事をして、非常に長生きをした。
 ――もっと近い過去生では、ドイツの兵士だった。その時は戦闘において殺されている・・・・・・。

 ワイス博士は、霊能者のアイリスが、キャサリンの過去生をこのように次々と明らかにしたことについて、「私はアイリスが過去生のことをあまり詳しく描写していたので感心してしまった。キャサリンが催眠時に思い出した過去生との符合は驚くほどだった」と述べている。キャサリンが海戦で手を負傷したことや、その時着ていたものや靴のこと。スペインの夜の女であったルイザの人生、エジプトの埋葬に関わったアロンダの人生、若いヨハン、その時彼女はスチュアートの前世である人物にのどをかき切られて殺されている。それにドイツのパイロット、エリックの暗い人生等々、これらすべてのことは、キャサリンが催眠時に思い出した過去生と符合していたのである。(ブライアン・ワイス、同書、pp.246-249) そして博士は、「もちろん、このような体験が科学的に有効な実験だと言うつもりはない。条件を一定にすることは不可能だからだ。しかし、これは実際に起こったことであり、これを書き記すことは重要だと思う」と付け加えている。

 この生まれ変わりについては、私自身にも数十回の記録がある。亡くなった妻と子の行方を探し求めて、何年もの間、数十人の霊能者に接触している間に、私の生まれ変わりについても度々聞くようになっていた。そのうちの二十数回分を、2011年6月刊行の『天国からの手紙』(学研パブリッシング)のなかで、編集協力者の宇田依里子さんが付表にまとめてくれている。「現家族の過去世における関係性」と題したこの付表には、アトランティス時代以降の、私と家族の生まれ変わりの模様を年代順に略記してあるが、それが数十回の記録のうちの二十数回分である。私はこの本の「あとがき」のなかで、「生まれ変わりというのは、事実であるにしてもいろいろな見方がある。この付表は、あくまでもひとつの参考例としてご覧いただければ幸いである」と、書いた。

 私が数多くの霊能者と接触してきた経験からいっても、過去生を的確に捉えることのできる霊能者は決して多くはない。ロンドンで付き合っていたアン・ターナーも、過去生については「専門外」だと言っていた。逆に、優れた霊能者であるT氏のように、イスラエル、ロンドンでの私との邂逅をかなり具体的に話してくれる人もいる。なかでも私が長年教えを受けてきたA師は、過去生を読み取ることができる数少ない霊能者の一人である。そのA師によれば、私の今回のこの世での生まれ変わりは、18世紀のイギリスでの前世と深いかかわりがあるという。A師はそれを、つぎのように言った。

 《あなたは、主に、ロンドン市内に暮らしていました。名前は「ジェームズ」という響きが感じられます。そのように聞こえるのですが、多分ジェームズという名前だったのでしょう。1685年、1687年ぐらいに生まれ、1760年代後半から1770年代前半まで生きていました。もちろん男性でした。学者でした。法律そのものではなかったのですが、法学と文学の方面での仕事をしている研究者でした。英国学士院と、それから、英国の宮廷に関わるアカデミー、王立のアカデミーでしょうか、そこの会員でした。実はここに入っている間に、心霊学や精神世界に関わるようになったのです。そこの会員の中に、このような霊学に興味を抱いている人が何人かいたからです。あなたは最初、軽蔑し、怪訝な顔をしてそれを外から観察していました。少しずつ興味を持ち理解するようになりましたが、自分の立場を考えて踏み込んだことはしませんでした。》 (1994. 9. 12)

 私は、実は、今世の生まれ変わりが18世紀イギリスでの前世とのつながりが深いと聞いて、1994年から5年間にわたって、意図的に執拗に繰り返し、イギリスの前世のことを聞き出そうとしてきた。ほぼ一年くらいの時間をおいて聞き直したことが、どの程度一致するか、あるいはまったく符合しないか、確かめたかったからである。「ジェームズ」という名前は、毎回一致し、年代もほぼ符合している。英国学士院会員も間違いないようである。職業も法律関係でほぼ一致し、T氏も、厳格な裁判官であったと言っていた。そして、そのような前世での私が、霊的真理に関心をもちながらも、地位や評判を失うことを恐れて真理普及の使命を果たさなかったことが今世での生まれ変わりにつながっている、ということも毎回のように聞かされていた。その状況は、私の生まれ変わり以外の、大量の妻と子からの霊界通信の内容とも矛盾していない。例えば、霊界の長男・潔典からの通信でも、今生で体験した事件に関して、後につぎのように言われたことがあった。

 《お父さんなら、頭も聡明で、苦しませるのは高い霊たちにとっても辛いことで、決断を要したということです。でも、必ず目覚めて立ち直る人だということがわかり、一人の苦しみが何百、何千人、いや何万人の人たちの魂を目覚めさせ、同様の苦しみや悲しみのなかで沈んでいる同胞に慰めと魂の癒しをもたらすことを、その聡明さによってやってくれるということが期待されたからです。僕は純粋だからということで、その純粋さを保持してほしいというので、早々と引き上げさせられました。あまり世俗の垢にまみれてほしくないということのようです。お父さんは僕に、仕事や勉強など、とりわけ語学の面と国際文化の領域で跡を継ぎ、活躍してほしいと期待をかけてくれていました。でも守護霊たちがが、もっとあの世のことに精通するほうへと導いていき、たいそう大きな力が働き、このような具合に流れ上、なってきました。》(1999.06.05)

 1983年9月1日の大韓航空機事件で、妻と長男をなくしたことは、私の人生の最大の試練であった。長年の間、悲嘆の底に沈んでいたが、1992年2月にロンドンの大英心霊協会でアン・ターナーと出会って、私は生き返ることができた。その時は、1991年4月からの1年間のロンドン大学客員教授を終えて帰国する数週間前であったが、心霊協会の別の霊能者からは、あなたはこれから教師になると言われたことがあった。私が、実は私の職業は教師なのだと答えると、その霊能者S氏は微笑んで、「私が言っているのはそう意味ではない」と言った。私が帰国して以来、真剣になって霊的真理を学び、本や雑誌に書き、講演などもするようになることを、S氏は見通していたのかもしれない。そのことを、A師からも、つぎのように言われている。

 《今回の人生ではより積極的で意欲的になってきています。当時(18世紀の前世)、あなたは守るものが余りにも多かったのです。そして、踏み込んで行くには用意が出来ていませんでした。非常に自信家で高慢なところがある人でした。今回は、非常につらい状況下で、謙虚さと信仰と素直さを学ばせられたということがありました。それだけあなたの魂が成熟し、用意が出来てきていましたので、そのような試練とテストに耐え得ると天でみなされたために、そのような出来事があなたの身の上に起こったのです。そしてあなたは非常に稀な一人として、そのテストに合格した一人です。それは、それだけあなたが今回、天からやってほしいと願われている使命を賦与されて生まれてきた人だからです。でなければ、そのようなむごいことを天は為されなかったでしょう。》 (1994. 9. 12)

 私が今回、この世に生まれ変わってきた理由は、もちろん、大きなショックによって高慢な性格を直し信仰と素直さを学ぶということだけではないであろう。しかし、それらをも含めて、少しでも霊的真理に目覚め、霊性が高められることを目指して生まれてきたことには疑いを挟む余地はない。私のみならず、人々はすべて、このようにして生まれ変わるたびに少しずつ学びを深め霊性を高めていく。不完全から一歩一歩、完全へ近づいていくのである。そして遂には、生まれ変わる必要がない境地にまで達することになるのであろう。その意味でも、私たちは、一人一人が、長い霊的巡礼の途上にある旅人のようなものである。

 旅を続けながら、中には足取りの早い人もあり、遅い人もある。もうすでに到達点に近い人もいれば、途中で迷ったりして遅れてしまっている人もいるであろう。つまり、霊的進化の点では、決してみんな「平等」なのではない。しかし、遅かれ早かれ、やがては到達点に達することになるという点では同じである。それを、このようにも譬えて言えるかもしれない。私たち一人ひとりは、いわばダイヤモンドの原石である。研磨が重ねられて光輝を放っているものもあれば、埃にまみれたままで光沢が顕れていないものもある。研磨次第で、それぞれの輝き方は同じではない。しかし、繰り返し磨いてさえいけば、いずれは燦然と輝くダイヤモンドであることには変わりはない。だから私たちは、その研磨のために生まれ変わりをくり返す。私たち本来の光の存在に還っていくためである。はじめに掲げたラムサのことば、「あなたはあまりにも美しく、あまりにもかけがえのない存在である」というのも、そういう私たちの霊的本性の姿を意味しているのではないであろうか。

 



   不老不死の願望と永遠の生命           (2017.05.01)
   ― 生活と文化をめぐる随想 No.113 ―


 もう8年も前のことだが、2009年10月に、私は韓国最南端に位置する済州島の西帰浦を訪れたことがある。西帰浦は、その当時でも、年間400万人以上が訪れる国際的な観光地で、リゾートとして人気が高かったが、私が行ってみたかったのは、西帰浦の正房滝の岩壁の近くにある徐福記念館であった。これは、秦の始皇帝の命により、不老長寿の妙薬を求めてここへやってきた徐福の足跡を記念した記念館である。ここには、石壁で囲まれて小公園のようにきれいに整備された敷地に、「徐福展覧館」と「徐福展示館」とに分けられた二つのかなり大きな建物がある。それらの中には、徐福が乗ってきた船や推定の航路なども大きな絵で示されていた。徐福の石像や「徐市過之」の古代文字のレプリカもあった。私はこの時の訪問を、「始皇帝が求めていた不老不死の妙薬」と題して、「寸感・短信」(2013.11.11)につぎのように書いている。

 《2,200年前に広大な中国統一の偉業を成し遂げ、絶対的な権力を誇っていた秦の始皇帝でも、死ぬことは恐ろしかったのであろうか。呪術、医薬、占星術などに詳しい「方士」といわれる徐福に命じて不老不死の妙薬を捜し求めさせたことが司馬遷の『史記』にも書かれているようである。徐福は東方のはるか海上に三つの神山があり、そこには仙人が住んでいて、不老不死の妙薬も手に入ると考えていたらしい。その三つの神山の一つが、韓国最南端の済州島に聳え立つハルラ山という説がある。
 徐福は、紀元前219年に大船団を率いて中国を出てから、その済州島南側の中ほどにある西帰浦にたどり着いたという。西帰浦からはハルラ山がよく見える。徐福がこの山へ登ったかどうか、大昔のことだから定かではないが、不老不死の妙薬などあるはずもないから、失望してつぎの目的地へ旅立ったに違いない。この時、徐福は、西帰浦の正房滝の岸壁に、「徐市過之」と書き込んだ。徐市というのは徐福の別名である。「西帰浦」という地名は、ここを徐福が通り過ぎて「西へ帰っていった」と伝えられることからきているという。》

 徐福の船団はその後、日本へも渡ったということで、佐賀県の佐賀市、三重県の熊野市、和歌山県の新宮市、鹿児島県の串木野市、宮崎県の延岡市などのほか、山梨県の富士吉田市や東京都の八丈島にも、徐福来航の伝説は残っているようである。しかし、徐福は不老不死の妙薬を手に入れることができずに、結局、莫大な資金を無駄にしたまま、始皇帝のもとへは帰るに帰れず、姿を消してしまったらしい。「不老不死の妙薬」を待ちわびていた始皇帝も、紀元前210年、5度目の中国全土巡行の旅の途中であっけなく病没してしまった。享年50歳であったという。

 絶大な権力と財力を誇っていた始皇帝でも、結局、不老不死の願いは叶わなかった。当たり前である。始皇帝に限らず、古来、数多くの帝王や権力者や大金持ちが不老不死を願望してきたが、その望みを達成できたものは、一人もいない。物質的な人間の肉体には不老不死はありえないのである。しかし、それでもこの不老不死についての願望はいまでも、多くの人々の心を捉えて離さないようである。医学の進歩でいつかはきっとそれが可能になると信じている人が今もいる。インターネットをみていると、Nさんという人からのつぎのようなブログが載っていた。

 《不老不死は今世紀中に実現可能でしょうか? 私は死というのがとても怖いです。「無」というのが恐ろしく死んでも自分が死んだことすらわからない。何億年と長い時間がたっても自分は一切、何も感じることがない。記憶もその瞬間すべてがなくなり何も感じなくなると思うと「今、自分はなんの為に生きているんだろう?」と思ってしまい、人がいないところでは泣いてしまい、夜にトイレなどでは嘔吐してしまいます。
 人類が死という永遠の終わり(無)を克服できる不老不死の薬を今世紀中に完成させることはできるでしょうか?不老不死になる為に、一番難しそうな問題が「脳細胞」です。生まれてから増殖しない脳細胞をどうにか増殖させたり、どこかで増殖させ、とり込んだり、そもそも脳細胞が減らないようにするなど。
 今では不可能なことを実現しないといけません。たとえ、これが実現できても「私」と言う意識、感情、などを保持するのは難しいかもしれません。それでも今まで人類は不可能なことを実現し、知らないことを探求し、解明してきました。そんな人間なら不老不死の薬も作ることができるんじゃないかと自分も信じています・・・・・・》

 このように死を恐れるあまり、人のいないところで泣いたり、トイレで嘔吐したりするというのは、深刻であるが、このNさんは、このあとも、「事故や殺人による身体的損傷は不老不死の薬でも無理かもしれません。それでも寿命的に不老不死になれる薬は今世紀中にできてほしいです」などと続けて、真剣に不老不死の妙薬への期待を書き綴っている。しかし、医学がさらに発達して、寿命がもっと延びることはあるだろうが、物質である肉体が不死であることは宇宙の摂理に反することで、あり得ない。秦の始皇帝も50歳で死んだし、このNさんを含めて、私たちも、遅かれ早かれ、一人の例外もなく死を迎えることになるだろう。本当は、それでいいのである。長い間、私自身が死も生もわからず苦しんできただけに、こういう言い方をするのもいささか気がひけるが、それで何も問題はない。問題なのは、死が何であるかがわからず、自分が永遠の生命をもつ霊的存在であることに気づいていないことなのである。

 このような死への恐怖を抱いている人は、古来、常に絶えることはなかった。現在でも、決して少なくはない。さらにインターネットをみていると、このような死の恐怖に対して、「お悩み相談室」というようなものがあって、僧侶が回答してくれているところもあった。そのうちの一つでは、つぎのような質問と回答が載せられている。

 [質問] (男性・Y)
 39歳の男です。夫婦二人で子供はおりません。
 2か月程前から、自分にも必ずやってくる死についての恐怖からパニックになったりし、いつでもそれが頭から離れなくなってしまい、精神をおかしくしてしまいました。私は小さな頃から死ぬ事に関して人一倍恐怖として感じていたのですが、これまではただ考えないようにできていただけだったと思います。今はいずれくるであろう避けられない自分の死の恐怖が夢の中でも襲ってくるようになってしまい、これからさきの不安などで自分自身どうして良いのかもわからない状態になってしまいました。(中略)
 いろいろな死生観の本を読んだりしましたが、頭では今をしっかり生きるという必要性を理解できても、心の中の死の恐怖が勝ってしまっている状況です。仏教を勉強してみようかと思っていますが、何か少しでもアドバイスを頂けたら幸いです。

 [回答] (崇興寺・釈心誓)
 私も死ぬことは怖いです。 一度も経験していないので、どうなるか不安です。しかし、お釈迦様は明確にお説きくださいました。
 死ぬとまた生まれる。死ぬと生まれるから「死」と「生」はくっついている。 それを「生死(しょうじ)」という。私が生まれたということは、前世の私が死んだということ。今の人生は前世の私の来世にあたるということ。
 死ぬと生まれ変わります。よきものに生まれ変わるには良き因がないといけません。善い行いを積み上げていく方法もありますが、簡単な方法は他力に任せることです。阿弥陀様にいのちのことは任せておけばよいのです。任せておけば来世は必ず仏に生まれることができます。
 死して去ると書いて「死去」、往って生まれるとかいて「往生」。どうせならこの人生、ご一緒に往生の人生を頂きましょう。

 「精神をおかしくしてしまう」ほど死の恐怖に苦しみ、「いろいろな死生観の本を読んだり」しても、心の中では死の恐怖が勝ってしまう。そこで、仏教でも勉強してみる気になっているYさんに対して、回答者の僧侶は、このように、生まれ変わりの教えを示して、「一緒に往生の人生を頂きましょう」と答えている。死んでも決して無になってしまうのではなく、やがてまた生まれ変わるということだけでも知ることができれば、質問者は、それで少しは死の恐怖から逃れることができたであろうか。

 このような仏教の教えには、私も必死に救いを求めようとした時期があった。1983年の事件で妻と長男を亡くして以来、藁をも掴む思いで「仏説阿弥陀経」などを唱えたりしてきた。西の方はるか彼方に、極楽という光り輝く壮麗な世界があって、人は誰でも、阿弥陀仏の名号を唱えることによってその極楽に往生できる。そしてそのことは、東西南北上下の六法世界の数多くの諸仏によっても証明されているのだ、という内容で、わずかながらも心を癒されているような気持ちにはなったが、それでも、死後の世界が明確に理解できたわけではない。私のような俄信者は、仏典の広大さと深さと、それから漢語の難解さを前にして、やはり、立ちすくんでしまうのである。生とは何か。死とは何か。死後の世界はあるのか、ないのか。仏典が「無上甚深微妙の法」であると教えられても、私には釈然としないものが残った。

 私は聖書も真剣に読むようになった。聖書は、現代日本語訳などもひろく普及していて読み易い。そこには、「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者はたとい死んでも生きる。また、生きていてわたしを信じる者は、いつまでも死なない。あなたはこれを信じるか。」(ヨハネ 11:25-26) というようなことばもある。イエスを信じる者は「たとい死んでも生きる」。また、生きていてイエスを信じる者は、「いつまでも死なない」というのは、暗闇に光が差し込んでくるような強烈なメッセージではあったが、「あなたはこれを信じるか」といわれると、やはりちょっと立ち止まってしまう。つぎのようなことばもある。ここでは、神のみ心は、イエス信じる者が「永遠の命を得る」ことである、と教えられている。

 《わたしが天から下ってきたのは、自分のこころのままを行うためではなく、わたしをつかわされたかたのみこころを行うためである。わたしをつかわされたかたのみこころは、わたしに与えて下さった者を、わたしがひとりも失わずに、終わりの日によみがえらせることである。わたしの父のみこころは、子を見て信じる者が、ことごとく永遠の命を得ることなのである。そしてわたしはその人々を終わりの日によみがえらせるであろう。》 (ヨハネ6:35-40)

 「イエスを信じる者が永遠の命を得る」というのはわかるようで、実感としてはどうも捉えにくい。私の場合は、それを、例えば、内村鑑三の信仰のあり方を『基督信徒のなぐさめ』などの著作で学んでいくことで、少しは理解を深めていくことはできたが、やはり、妻と子の死という過酷な現実からは抜け出すことができずに、無明の闇は続いた。生とは何か、死とは何か。私がそれを自分なりに理解し始めていくようになったのは、事件から 9年も経って、ロンドンで優れた霊能者に接するようになり、シルバー・バーチを読むようになってからである。私の場合は、むしろ、大学教授であったがゆえに、それだけ無明の闇が深かったということであろう。

 やはり、何よりも大切なことは、死とは何かを理解することのようである。秦の始皇帝を持ち出すまでもなく、インターネットのNさんやYさんの恐怖に触れるまでもなく、昔も今も、死は生を脅かし続けてきた。そして私たちも、あまりにも長い間、死を生の終りと考えて、泣くこと、悲しむこと、悼むこと、嘆くことで死を迎えてきた。結局、それは死が理解できないからである。この意味では、もしかしたら、死についての無知は、死そのものよりも、もっと恐ろしいものといえるかもしれない。その無知は、私の場合もそうであったように、生きている人間をさえ死人にしてしまうからである。つぎのようなシルバー・バーチの教えを読み返していると、そんなこともしみじみと考えさせられる。

 《死ぬということは肉体という牢獄に閉じ込められていた霊が自由になることです。苦しみから解き放たれて霊本来の姿に戻ることが、はたして悲劇でしょうか。天上の色彩を見、言語で説明のしようのない天上の音楽を聞けるようになることが悲劇でしょうか。痛むということを知らない身体で、一瞬のうちに世界を駈けめぐり、霊の世界の美しさを満喫できるようになることを、あなたがたは悲劇と呼ぶのですか。
 地上のいかなる天才画家といえども、霊の世界の美しさの一端たりとも地上の絵具では表現できないでしょう。いかなる音楽の天才といえども、天上の音楽の施律のひと節たりとも表現できないでしょう。いかなる名文家といえども、天上の美を地上の言語で綴ることは出来ないでしょう。そのうちあなたがたもこちらの世界へ来られます。そしてその素晴らしさに驚嘆されるでしょう。》(『霊訓(4)』(p.134)

 古来、人間にとって、死とは絶望にほかならず、最も忌むべきものとして遠ざけられてきた。死から距離をおき、一日でも多く死から離れていることが、殆どの人間の抱き続けてきた密かな願望であったといってよい。しかしシルバー・バーチは言う。「物的なものには、その役割を終えるべき時期というものが定められております。分解して元の成分に戻っていきます。大自然の摂理の一環として物的身体はそのパターンに従います。が、あなたそのものは存在し続けます。生き続けたくないと思っても生き続けます。自然の摂理で、あなたという霊的存在は生き続けるのです。」(『霊訓 (10)』pp. 20-21)

 この、人間とは本来霊的な存在であって、肉体がいのちそのものではないことが私たちの銘記すべき最も重大な真実といえるかもしれない。私たちは、霊を伴った肉体なのではなく、肉体を伴った霊である。シルバー・バーチはそれを、こう教える。「物質はただの殻に過ぎません。霊こそ実在です。物質は霊が活力を与えているから存在しているに過ぎません。その生命源である霊が引っ込めば、物質は瓦解してチリに戻ります。が、真の自我である霊は滅びません。霊は永遠です。死ぬということはありえないのです。」(『霊訓 (11)』p. 201)

 このように、シルバー・バーチは、私たちは「生き続けたくないと思っても生き続けます」といい、「死ぬということはありえないのです」と断言する。さらにシルバー・バーチは次のように「あなたは死のうにも死ねないのです」とさえ言った。「死は霊の第二の誕生です。第一の誕生は地上へ生をうけて肉体を通して表現しはじめた時です。第二の誕生はその肉体に別れを告げて霊界へおもむき、無限の進化へ向けての永遠の道を途切れることなく歩み続けはじめた時です。あなたは死のうにも死ねないのです。生命に死はないのです。」(『霊訓 (11)』pp. 201-202 )

 霊界にいて、いのちの真実を一生懸命に私たちに伝えようとしているシルバー・バーチは、私たちがいつまでも死の恐怖に捉われていることが歯がゆくてならないようである。おかしみをかみ殺したような言い方で、次のように言ったこともあった。「そもそも死というのは少しも怖いものではありません。死は大いなる解放者です。死は自由をもたらしてくれます。皆さんは赤ん坊が生まれると喜びます。が、私たちの世界ではこれから地上へ生まれて行く人を泣いて見送る人が大勢いるのです。同じように、地上では人が死ぬと泣いて悲しみますが、私たちの世界ではその霊を喜んで迎えているのです。」(『霊訓 (11)』p.208) また、シルバー・バーチには、こういうことばもある。「私は自信をもって皆さんに申し上げますが、この世の中には心配することなど何一つありません。人間にとって最大の恐怖は死でしょう。それが少しも怖いものではないことを知り、生命が永遠であり、自分も永遠の存在であり、あらゆる霊的武器を備えていることを知っていながら、なぜ将来のことを心配なさるのでしょう」。(『霊訓(2)』pp.42-43)

 2,200年の時差はあるにしても、もし、当時の始皇帝がこのようなことばを聞き、霊的真理を理解できたとすれば、果たして、大船団を送り出してまで怪しげな「不老不死の妙薬」を手に入れることに執着したであろうか。そして現代社会に住むNさんやYさんのような人も、書店や、インターネットで、私のような者の書いたものを含めて、求めさえすれば容易に「永遠の生命」の真実に触れることができるはずなのに、なぜ、その接点が持てないのであろうか。それにも一つの答えがある。それに触れる前に、このホームページの「メール交歓」欄の私自身の「生と死に関する質疑応答」のうちの一つを再録しておきたい。かつて、1959年生まれのSさんからつぎのようなメールが届いたことがあった。

 《今年の9月下旬にシルバー・バーチの原文を探しておりまして、こちらのホームページにたどり着きました。そして先生の1983年から今に至る長い道のりを知り、『天国からの手紙』を読ませていただきました。奥様と潔典さまを突然の事故、それもありえないような空軍機による撃墜で失われたこと、先生とお嬢様の悲しみはいかばかりでしたでしょう。そしてイギリスでのミディアムとの出会いで、お二人に再会され、少しずつ心の平安をとりもどされ、霊界と人間界のつながりをホームページや著書で広く知らせていただいたことは、この時代に生きている私たちにとって大きな道しるべとなりました。
 繰り返し著書を読ませていただいているうちに、私も今与えられた人生を悔いなく、やさしさと思いやりに満ちたものにしたいと心から思えるようになりました。そして先日ミディアムの方にリーディングをしていただき、10年前に亡くなった父と再会することができました。そしてご縁のあった数人の人たちからもメッセージをもらうことが出来ました。ミディアムの方に私はこれから霊的な生き方をはじめることになるでしょうと言われ、あらためてこれから新しい人生が始まることを感じております。
 この半年、先生のホームページにたどり着くまでにはっきりと一本の道が引かれていた様に感じています。2月末に広島の図書館で飯田史彦氏の著書にめぐりあい、その後3年前に購入していた「シルバー・バーチの霊言」とブライアン・L・ワイス氏の著書を取り出し読み返しました。それから地元の図書館で関連した著書をむさぼるように読む日々が続きました。そんな中でどうしても繰り返しシルバー・バーチに立ち戻るのでした。そして「シルバー・バーチの霊言」を原文で読み、味わいたいと考えるようになり、ある方のブログから先生へとたどり着きました。
 原文はやはりシンプルで美しい文章で、さらに感動が深まりました。その日から少しずつノートに原文と訳文を写させていただいております。先生にはホームページと著作の文章を通じてではありますが、お会いできたことを神様に心から感謝しております。しばらく迷っていたのですが、やはりそれをお伝えしておくべきかと考えメールさせていただきました。ありがとうございます。先生のこれからのご活躍と、ご健康をお祈りいたしております。》

 このSさんには、当然のことながら死の恐怖はないはずである。前述のYさんに答えた僧侶の釈心誓さんのよな死に対する不安もないであろう。家族との死別の悲しみから死の意味を考えるようになったと思われるが、このメールをいただいた時点で、Sさんはすでにシルバー・バーチの著作に親しんでいた。そしてミディアムを通じて、10年前に亡くなった父上と再会したりしている。さらにシルバー・バーチの原文も読むようになった。私のホームページにたどり着くまでのそのような過程を、「はっきりと一本の道が引かれていた様に感じています」とも述べている。このメールに対して、私はつぎのように返事した。

 《メールを拝見しました。私のホームページで「霊訓原文」をお読みいただいていることを厚くお礼申し上げます。
 私は「霊訓原文」の冒頭で、「三千年前の古代霊であるシルバー・バーチが現代英語で私たちに語りかけているのは、奇跡としかいいようのない事実ですが、それだけに、その貴重な真理のことばを翻訳によらないで、原文のまま吟味してみることも十分に意味があることと思われます」と書きました。
 ご存知のように、英語と日本語というのは互いに異質の言語で、背景にある文化も大きく異なりますから、厳密にいうと、例えば、イギリス英語の「mountain」は日本語の「山」とは違いますし、「river」も決して「川」とは同じではありません。ですから英語の原文と日本語の訳文ではどうしても多少の「誤差」が生じます。訳者によっては、その誤差の振幅もさらに増幅されたりして変わってくるわけです。
 シルバー・バーチの教えは重大で貴重ですから、それだけに、誤差のない形でそれらを受けとめていくためには、やはり、シルバー・バーチの使った英語をそのままのかたちで、読んでいくほかはありません。私が「霊訓の原文」を対訳の形で取り上げてきたのも、そのような理由からですが、それをお読みいただいていることは、私にとってもたいへん有難く、うれしく思います。
 私の『天国からの手紙』もお読みいただき、有難うございます。あなたのように、霊的真理を受け容れる用意が出来ている方には、こういう本も目に留まるのでしょうが、そういう方々は、確実に徐々に増えてきているとはいえ、まだまだ少数派です。これほど大切ないのちの真理に気がつかないまま、肉親の死に際して深く嘆き悲しむだけの方々が跡を絶ちませんが、一人でも多くの方が目覚めのきっかけを掴めるように、共に力を尽くしていきたいものと思います。あなたのこれからのご研鑽とご健勝をこころからお祈り申し上げます。》

 この返信で、私は「霊的真理を受け容れる用意」ということばを使っている。死の恐怖から逃れようとして、インターネットで情報を探し求めていながら、それでも、シルバー・バーチに辿り着く人と辿り着かない人との差は何か。そして、霊的真理に関する情報が数多くあることを知っていても、全く信じようとはせず、確かめようともせず、初めから近づこうとはしない人がいるのは何故か。それは、その人たちにはまだ、霊的真理を受け入れる魂の用意ができていないからだ、と考えてよいであろう。霊的真理を受け入れる用意ができていなければ、生と死の真理を伝える珠玉のことばも、何の感動ももたらさず、心に響くことはない。この「霊的真理を受け入れる用意」については、シルバー・バーチが、こう言っている。

 《大衆に一度に理解してもらえるような真理を説くことはできません。一人ひとりが異なった進化の段階にあり、同じ真理に対して各人各様の反応を示すものだからです。私はつねづね、神の計画は一度に大勢の人間を目覚めさせることにあるのではないことを説いてまいりました。そういうやり方では、永続性のある効果は期待できないからです。いっときの間は魔法をかけられたようにその気になっても、やがて必ず反動が生じ、群衆心理から覚めて個人としての意識がもどると、しばしば後悔の念とともに現実に目覚めるものです・・・・・・。
 忘れてならないのは、真理を理解するには前もって魂に受け入れ態勢ができあがっていなければならないということです。その態勢が整わないかぎり、それは岩石に針を突きさそうとするようなもので、いくら努力しても無駄です。魂が苦しみや悲しみの体験を通じて耕されるにつれて岩石のような硬さが取れ、代わって受容性のある、求道心に富んだ従順な体質ができあがります。》(『霊訓 (7)』pp.68-69)

 これは、私にとっても極めて貴重な教えであった。かつて私は、何年にもわたってS教団やG教団などに通いながら、数十人の霊能者といわれるような人々とも接触してきた。教団の霊能者たちからは、一言でも納得できる霊界の情報を掴みとろうと必死になっていたが、何一つ、真実と思える情報は引き出すことはできなかった。しかし、それでもいろいろと霊界のことを聞いたり学んだりしたことは、少しずつ、私が霊的真理を受け入れる用意を整えるのに役立っていたのかもしれない。その私は、1992年のロンドンでの奇跡的体験を経て、初めて救われ、充分に納得し、それからは、自分なりに人々に生と死の真理を伝えようとしてきた。そして25年が過ぎていった。

 その間、霊的真理について、私は自分が学んだことを本に書き、何度も講演会で話し、やがてホームページも立ち上げるようになって、そのアクセス数も延べ70万回を超えた。私の述べてきたことも、少しは、愛する家族との死別の悲しみに暮れていた人々などの足元を照らす「ともしび」になってきたかもしれない。しかし、一方では、この無償の奉仕行為もすべてがスムーズに受け入れられてきたわけではなかった。死後の世界や霊界のことなどを語るのは大学教授としてはあるまじき所業であると考える人々はいまも多く、私から離れていったかつての教え子もいるし、私のまわりにも未だに理解してもらえない人々が決して少なくはない。それはそれで致し方のないことなのであろうか。魂に真理を受け入れる態勢が整わないかぎり、その霊的真理を受け入れることは「岩石に針を突きさそうとするように」困難であるというシルバー・バーチのことばは、そう遠くない将来、人生の終焉を迎えるであろういまの私には、殊更に身に染みて胸に響くのである。