追悼のことば

谷川俊太郎氏から寄せられた追悼詩

1983.8.30. ノース・カロライナ州 ローリー・ダーラム空港にて
KAL007便に乗るために ニューヨークへ向かう富子と潔典





                   谷川俊太郎





私は思い出すすべもないあなたの
つつましい視線を避けることができない
その眼はおだやかに今日をいとおしんでいた


私は決して会うことのないあなたの
明るいほほえみだけを覚えているだろう
その顔はやさしく明日へと開かれていた


私は常と変ることのなかったその日の
陽差しのうつろいをいぶかしむ
そこにどんな答がかくされているのかを



そして私は石に刻むべき言葉をもたない
言葉は炎に焼かれ海に呑まれ空に消え
言葉は人のいつわりのうちで いているから





                                        
モネロン島沖海域