61. もし、人が死後の生命の存在を信じていたのに、
   実はそれが存在しなかったとしても、
   べつに何も損したことにはならない。
   しかし、死後の生命が存在するにもかかわらず、
   それを信じなかったために手に入れそこなったとしたら、
   もう取り返しがつかない。
   その人は、永久にすべてを失うことになる。

                    ― ブレーズ・パスカル(1623-1662)―


 ブレーズ・パスカル(Blaise Pascal)は、17世紀のフランスの哲学者、思想家、数学者、キリスト教神学者である。早熟の天才で、その才能は多分野に及んだ。しかし、短命で、39歳で死去している。「人間は考える葦である」などの多数の名文句やパスカルの賭けなどの多数の有名な思弁がある『パンセ』は有名であるが、これも生前には出版されず『遺稿集』となった。冒頭のことばは、人間の不滅性と死後の生命について、信仰を前提とせずに、独自の思索を展開して得た結論である。要するに、信じればすべてを手に入れることができ、そのことで失うものは何もないのだから、死後の永遠の生命を信じる決断の方に賭けるべきだ、というのである。

 おそらくパスカルは、霊的真理には通暁していなかったであろう。霊的真理にも信仰にもよらず、思考を深めていけば「死後の生命」をもこのように捉えていけることを彼は示している。これに信仰が加われば、例えば親鸞のことばになっていく。親鸞は来世について、「念仏をして本当に浄土に生まれるのか、あるいは地獄に落ちるのか、そんなことはどうでもよい。たとい法然聖人に騙されて念仏を唱えたために地獄に落ちても少しも後悔しない」と言った。霊的真理では、さらに、この「死後の世界」は、シルバー・バーチがいうように、「人間は、もともと霊であるものが地上へ肉体をまとって誕生し、霊界という本来の住処へ戻ってからの生活のために備えた発達と開発をするのですから、死後も生き続けて当り前なのです」ということになる。(『霊訓 (10) p.21』
  (2016.12.16)





  62. ついにゆく道とはかねて知りながら、
     昨日今日とは思わざりしを

                                                ― 在原業平(825-880) ―


 平城天皇の孫である在原業平は平安朝の歌人である。容姿端麗で歌才すぐれ、六歌仙の一人であった。この歌は彼の臨終の作として『伊勢物語』に収められている。人の世は、不確定なことばかりであるが、ただひとつ確定的なことがある。それが死である。私たちはみんな必ず死ぬ。どんなに健康な人でも、業平のように貴族で贅沢三昧の暮らしをしていた人でも、例外なく、何一つ持たずにみんな平等に死んでいく。これだけはっきりした事実を背負って生きながらも、私たちは、自分が死ぬことについては、つい気を逸らせてしまいがちである。

 鎌倉初期の親鸞は9歳の時、仏門に入る決心をして天台座主である慈円を訪ねた。すでに夜だったので、「明日の朝になったら得度の式をしてあげましょう」と言われた。しかし、親鸞は「明日までは待てません」と言って、その場で歌を詠んだ。それが「明日ありと思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」であったといわれている。親鸞は、自分の命を桜の花に喩え、「明日自分の命があるかどうか分からない」との思いを伝えたのである。浄土真宗中興の祖といわれる蓮如の「御文」にも、人はみな「朝には紅顔あって、夕には白骨となれる身なり」とあるのを思い出す。
  (2017.01.06)





  63. 君子もとより窮す
     小人窮すればここに濫
(みだ)

                                 ― 孔子(前552-前479) ―


 孔子は、春秋時代の中国の思想家、哲学者、儒家の始祖である。氏は孔、諱は丘で、孔子とは尊称である(子は先生という意味)。周末、魯国に生まれ、周初への復古を理想として身分制秩序の再編と仁道政治を掲げた。しかし志を遂げられず、55歳の時に追われるように魯を離れ、14年に及ぶ遊説の旅に出た。陳の国に滞在中、呉と楚の決戦の煽りをうけて陳を脱出し弟子たちと共に楚へ向かったが、呉の敗残兵に襲われ食料のすべてを奪われてしまった。平原の中で飢えと疲労で動けなくなってしまった時に、弟子の子路が孔子に「君子でも窮することがあるのですか」と突っかかるようにして言った。それに対して、孔子が平然として答えたのが、頭書のことばである。――君子でももちろん窮することはある。ただ、小人は窮すると乱れて自分を抑えることができなくなるが、君子はそのようにはならない。

 子路のみならず、これを聞いた子貢や顔回などの弟子たちは、深い感動と喜びを覚えたに違いない。飢えたからこそ耳にすることができた師の尊い教えである。孔子は「五十にして天命を知る」と言っている。天命を知った孔子には絶望はなかった。陳に来る前には、宋国に入ろうとして、時の有力者桓魋(かんたい)から生命を脅かされたことがあった。その時の孔子は61歳。「天、徳をわれになせり、桓魋、それわれを如何せん」と昂然としていた。――天は自分にこの世の乱れを直す使命と、それを果たしうる能力とを授けて下さっている。その自分に対して桓魋ごときが何ができるか」と言ったのである。天命を知った孔子は、「桓魋ごとき」からも天から守られていると信じていた。陳の国西方の平原で飢えに苦しむことになったときにも、孔子は天から決して見捨てられることはないことを知っていたのであろう。
  (2017.01.25)





 64. みづから一念発心せんよりほかには
    三世諸仏の慈悲も済
(すく)ふことあたはざるものなり

                                  ― 一遍(1239~1289) ―


 一遍上人は、鎌倉時代中期の高僧で伊予の松山に生まれた。寺を持たず、家や財産も持たず、持ち物はすべてを捨てて、ひたすらに「南無阿弥陀仏」6字の名号だけを広めるために諸国を遊行した。死ぬ前には、書物もすべて焼き捨て、自分が死んだら、遺体は「野に捨てて獣に施すべし」と遺言している。「捨て聖」ともいわれるゆえんである。まだ若かったころ、熊野での修行で、済度するのは仏であって己れではないという悟りから、民衆に対しては、ただ名号の札を配るだけでよいと考えるようになった。これが賦算である。そして名前を一遍と改めた。一遍とは「一にして、しかも遍く(あまねく)」の義であり、南無阿弥陀仏を一遍(一度)唱えるだけで悟りが証されるという意味が含まれている。

 「南無阿弥陀仏」の名号だけに徹していた一遍上人であったが、しかし、いかに「済度するのは仏」であっても、三世諸仏から救われるためには、自ら一念発心することが不可欠であるという。これが冒頭のことばである。つまり、南無阿弥陀仏は、一念発心したうえでの名号でなければならない。そのことを教えながら、一遍上人は、「南無阿弥陀仏 決定往生六十万人」と書いたお札を人々に配って歩く賦算を続けた。「南無阿弥陀仏を称えて臨終を迎えたときには、もう極楽に往生することが阿弥陀仏によって決定されている。だから、安心して毎日の生活を過ごしなさい」と言って人々を導いていったのである。このお札をまず60万人に配って歩くことを考えたのだが、実際には、25万1724人まで配ったところで、一遍上人は、51歳で亡くなった。
   (2017.02.09)





 65.もし死人の復活がないならば、
    キリストもよみがえらなかったであろう。

                            ― パウロ(紀元5-67) ―


 パウロはよく知られているように、初期キリスト教の使徒であり、新約聖書の著者の一人である。はじめはイエスの信徒を迫害していたが、天からのイエスの声を聞き、劇的な回心をして熱心なキリスト教徒となった。その後は身命を賭してキリスト教発展に努め、最後には殉教している。冒頭のことばの後には、「もしキリストがよみがえらなかったとしたら、わたしたちの宣教はむなしく、あなたがたの信仰もまたむなしい。すると、わたしたちは神に背く偽証人にさえなるわけだ。なぜなら、万一死人がよみがえらないとしたら、わたしたちは神が実際よみがえらせなかったはずのキリストを、よみがえらせたと言って、神に反するあかしを立てたことになるからである」と続く。

 イエスは磔にされた後予言通りに三日後に甦った。それを聞いても信じようとはしなかった使徒のひとりトマスに、イエスが面前に現れて、「手を私の脇に差し入れて見よ」と諭した話は感動的である(ヨハネ20:24-29)。パウロは手紙のなかで、「使徒十二人の前に現れ、そののち、五百人以上の兄弟たちに、同時に現れた。その中にはすでに眠った者たちもいるが、大多数はいまなお生存している」(コリントⅠ:15:5-6)と書いている。当時、このように、イエスの甦りの目撃者の大多数がまだ生きていた。甦りを目撃したはずなのに、それでも月日が過ぎていくと、甦りに確信が持てなくなる者が現れたりもする。それなら「わたしたちの宣教はむなしく、あなたがたの信仰もまたむなしい。すると、わたしたちは神に背く偽証人にさえなるわけだ」というパウロのこのことばは重い。
     (2017.02.22)





 66. 何歳まで生きたかは重要ではない。
    いかにして生きたかが重要だ。

                      ―エイブラハム・リンカーン(1809-1865)


 リンカーンは霊的真理に深い関心を寄せていたことが知られているから、人間のいのちの永遠性についても意識していたであろう。世間では100年まで生きる人と10年で死ぬ人との差は、絶望的に大きいように捉えられがちだが、いのちが永遠であるなら、100年と10年の差も限りなくゼロに等しい。どちらも一瞬であることに変わりはない。やはり大切なことは、その一瞬をどのようにして生きたかということである。短命を選んで生まれてきた者には、短命だからこそ得られる感動と経験があり、長命を選んで生まれてきた者には長命だからこそ学べる喜怒哀楽の人生模様がある。冒頭のことばの原文は、It’s not the years in your life that count. It’s the life in your years.である。

 死後の世界の存在を前提にすれば、この世の幸・不幸が長寿や短命によって決まるものではないことも自然に理解されるはずである。シルバー・バーチも、「あなた方はどうしても地上的時間の感覚で物ごとを見つめてしまいます。それはやむを得ないこととして私も理解はします。しかしあなた方も無限に生き続けるのです。たとえ地上で60歳、70歳、もしかして 100歳まで生きたとしても、無限の時の中での 100年など一瞬の間にすぎません」と言い、さらに、「肉体的年齢と霊的成熟度とを混同してはいけません。大切なのは年齢の数ではなく、肉体を通して一時的に顕現している霊の成長・発展・開発の程度です」と続けている。(『霊訓 (10)』1988、p.62)
   (2017.03.15)





 67. 人は多くのものに
    迷惑をかけてしか生きられない。

                                 ― 小林正観(1948-2011) ―

 小林正観『100%幸せな1%の人々』のなかのことばである。この後に、こう続く。(人は)「動物や植物の命をいただいて生きている。道端のアリを何気なく車でつぶしているかもしれない。『人間は他の存在物に対して迷惑をかけていない』ということはありえないと気づきます。『迷惑をかけていない』とおもうこと、『迷惑をかけないで生きていくぞ』と決意をするより、『迷惑をかけている存在なのだから、その自分を支えてくださっている存在物たちに対して心から感謝をし、感謝しながら生きていく』ことのほうが前向きで楽なのではないか。」

 このように、何よりも感謝しながら生きていくことの大切さを、氏は数多くの著書や講演会などで伝えようとしてきた。まず、私たちが生きるということは、動物や植物のいのちをいただいている、つまり動物、植物を殺しているということである。私たちは、動物、植物を殺すことなくしては生きられない。殺して生かされている。それだけを考えても、感謝の気持ちが起こらなければならないのであろう。よく知られている氏のことばに、「ありがとう」を一万回となえると幸せになり、二万五千回となえると涙があふれだし、五万回となえると奇跡がおきる、というのもある。
   (2017.03.29)





 68. 父よ、わたしの願いをお聞き下さったことを感謝します
                                   ― ヨハネ (11: 41) ―


 イエスが二人の盲人の目を治した話がある。盲人たちが「私たちを憐れんでください」とイエスに救いを求めてきた。イエスは「わたしにそれができると信じるか」と訊いた。盲人たちは、「主よ、信じます」と言った。そこで、イエスは彼らの目にさわって言われた。「あなたがたの信仰どおり、あなたがたの身になるように」。すると、彼らの目が開かれた。(マタイ9:28-30)信仰がこのように奇跡をも可能にする。イエスは「祈りのとき、信じて求めるものは、みな与えられるであろう」(マタイ21:22)と言っていた。イエスが愛していたベタニアのラザロが死んだとき、人々は、「あの盲人の目をあけたこの人でも、ラザロを死なせないようにはできなかったのか」と言った。イエスは、死んで4日経っていたラザロの墓石をあけさせて、目を天に向けて言った。冒頭のことばは、その時の祈りである。

 イエスは、この後こう続けた。「あなたがいつでも私の願いを聞き入れてくださることを、よく知っています。しかし、こう申しますのは、そばに立っている人々に、あなたが私をつかわされたことを、信じさせるためであります」。こう言いながら、大声で「ラザロよ、出てきなさい」と呼ばわれた。すると、死人は手足を布でまかれ、顔も顔おおいで包まれたまま、出てきた。(ヨハネ11:42-44)イエスが死人を生き返らせた感動の一瞬である。このほかにも、イエスが、会堂司の死んだばかりの娘を生き返らせた話も伝えられている。(マタイ9:18-25)イエスのいうように、信じて求めるものは必ず与えられる。だから、イエスはこの場合も、ラザロを生き返らせる願いが必ず叶えられることを信じて、奇跡が起きる前に、「お聞き下さった」ことを過去形で述べて、まず感謝しているのである。
   (2017.04.12)





 69. 正しい祈りとは、
    求めたりすがったりすることでは決してなく、
    感謝である

                         ― ニール・ウォルシュ『神との対話』―

 神との対話のなかで、姿を見せてほしいと神に願うウォルシュに対して、「神は外から分かる形で、あるいは外界の現象を通じて出現するのではなく、そのひとの内的体験を通じて姿を現す」のだと神はいう。そして、「啓示が要求されるなら、啓示は不可能である。求めるのは、そこにないからであり、啓示を求めるのは、神がみえないということだから」と神は続けた。それに対して、ウォルシュがさらに、「それでは、欲しいものを求めることはできないのですか? 何かを祈るというのは、じつはそれを遠ざけることになるのですか?」と訊くと、神は「あなたは求めるものを手に入れられないし、欲するものを得ることもできない。求めるというのは、自分にはないと言いきることであり、欲すると言えば、まさにそのこと― 欲すること ―を現実に体験することになる。したがって、正しい祈りとは、求めたりすがったりすることでは決してなく、感謝である」と冒頭のことばで答えた。(同書、p.25)

 神はこのあとにも、「現実に体験したいと考えることを前もって神に感謝するというのは、願いはかなうと認めることだ・・・・。感謝とは神を信頼することだ。求める前に神が応えてくれると認めることだから。決して求めたりすがったりせず、感謝しなさい」と付け加えている。これは、(68)の、イエスの祈り「父よ、わたしの願いをお聞き下さったことを感謝します」にも表れている。しかし、それでもウォルシュは、「祈りがかなえられなかったというひとは、おおぜいいます」となおも食い下がる。神はまた答えた。「何かを求めたり、願ったりしたら、望んだことがかなう可能性は非常に小さい。なぜなら、『欲求を陰で支えている思考』というのは、『望みはかなっていない』という思いだから、そちらのほうが現実になるのだ。」結局、私たちが知らなければならないのは、本当に必要なことは、求めもしないうちに神は応えてくれているということである。それを信じ、感謝することが本来の祈りなのであろう。
  (2017.04.26)