学びの栞 (B) 



 17. 病気・治療・癒し


 17-a (人はなぜ病気になるか)

 病気になるもっとも多い理由は、リラックスできないということです。あなた方のほとんどが、意識的にも無意識的にも、糸がピンと張りつめたような賢張した生活を送っています。これは目を覚ましているときだけでなく、眠っているときでも同じです。緊張した心のまま眠りにつくと、あなたの指、肘、膝、脊髄、その他の骨の部分が、心のあり方に応じた緊張を保ちつづけているのです。
 なぜ、そうなるかといえば、だいたい同じような緊張した状態が、日中の生活をほとんど支配しているからです。肉体の緊張は、恐れ、心配、抑圧された感情、押さえられた欲望といった心の状態によるものです。したがって、眠っているときであれ、目を覚ましているときであれ、病気に苦しむ人の霊体のさまざまな中枢にエネルギーの停滞が生じるのです。
 子供のときからリラックスすることの大切さを学び、それを習慣にして、毎日毎日の生活をゆったりとした気持ちで、自分日身ばかりでなく、ほかの人たち、そして神との心の調和を保ちながら生活すれば、霊体および肉体の中を、エネルギーがなんの滞りもなく、リズムをもって流れるようになるでしょう。この流れはその本釆の性質によって、すべての廃棄物を運び去ってくれ、除去してくれます。それはやがて、普遍的な宇宙によって吸収され、新しいエネルギーヘと転換されます。
 息を吐くとき、人は毒を吐き出します。というのは、息を吐くことによって人は、使い古した肉体的な物質を絶えず吐き出しているのです。ですから、逆に、息を吸い込むことによって、人は純粋なプラナ、すなわち、宇宙の生命力を吸い込むべきなのです。この宇宙生命力であるプラナは、人間の肉体をリズムのある完全は健康状態に保ってくれるものです。
 
  アイヴァン・クック編『コナン・ドイル−人類へのスーパーメッセージ』
    (大内博訳)講談社インターナショナル、1994、pp.259-260


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  17-b (病気になっても感謝せよ)

 極論すれば、病になっても、不運になっても、感謝しなさいということだ。
 「冗談じゃない、何か貰うのならともかく、病を貰って感謝なんか出来るものか」という人があるなら、その人は罰当りだ。宗教的に言えば神仏が、哲学的に言えば宇宙霊が、いわゆる大自然が、もっと諸君を活かしてやりたいと思うからこそ、病をくだされるのだ。
 「ええっ、もっと活かすために病をくだされる? そんな馬鹿なことがあるものか」と思うかもしれない。しかし、
 天に口無し! 事実をもって教えたまう!
 「お前の活き方は、健康を確保する活き方ではない。第一、お前の心の持ち方を考えてみなさい。消極的で、のべつ人生を、不安な心の持ち方で活きているではないか。そういう活き方をしていると、それ、そんな具合に、肉体に故障が起こる。お前の現在の肉体の活き方は、天理に悸っているじゃないか。そういう活き方をしているから、そんなぶうに成ったじゃないか。心を切り替えて、その人生に対する心の態度を改めろ」
 という警戒警報を下されているのが、病だと思ったらどうか。
 私がインドに行った時は、まだ、熱が八度五分くらいあって、ときどき、喀血していた時代だった。毎朝毎朝、起きるのが物憂い。ある朝、
 「おはようございます」
 とインドの先生に挨拶すると、
 「おお!世界一の幸福者よ」と言う。
 私は腹が立ったので、
 「あなたは、私を冷やかしているのですか」といった。すると、
 「そうじやない。俺は本当のことをいっているのだ。『頭が痛い、熱がある』といっても生きているじやないか。まず第一に、生きていることを、なぜ感謝しないのだ。そんな酷い病に罹っていても、生きているお恵みを考えてみなさい。そして生きていればこそ、こういうところへ来て、お前の心が、だんだん明るくなり、それにつれて、お前の活き方に対する、すべての欠点が解ってくるじやないか。そうしてみると、たとえどんな病があろうと生きているということは何とありがたいことじやないか」
 といわれたとき、ああ本当にそうであったなあ、今までは、なんと罰当たりな自分だったなあ、とつくづく思った。
 それまでは、ただ、他の人を見れば、皆丈夫で、
 「何も悪いことをしないのに、俺ばっかり、こんな病に罹って、弱い人間になって、何という不運な人間だろう。この世に神も仏もあるものか」
 というような気持ちで、あろうことか、あるまいことか、感謝どころか、毎日生きていることが、憂いと思った。生きてることが憂うつなら、死んでしまえばよさそうなものの、死ぬ気にはならない。
 たとえば、事業に失敗したときでも考えなさい。
 「俺は運が悪い」と思わないで、「事業をする場合の心構えなり、方法なりに、大きな間違いがあったことを、天が教えてくれているんだなあ」と。そして、
 「どこかに筋道の違っているところがあるんだ。ありがたいことだ。このままつぶれてしまっても仕方がないのに、生かしておいて下されば、盛り返すこともある」と思うことだ。
 諸君はもう凡人じゃないんだからーーおだてるわけではない。凡人は真理など聞きにこないから。もちろん優れた真人とはいわない。これから真人になるところだから。だから、心がけを取り替えて、すべてのことに感謝しよう。そして、こうして生きていることに対する歓喜の気持ちをもとう。

  中村天風『運命を拓く』講談社、1994、150-152.


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 17-c (善人でも病気や不幸を経験する理由)  

 善事をしつづけながらも、なかなか不幸な出来事が消えぬような人もたくさんある。しかし、これは憂うべき事態ではなく、その人自身や、一家一族の進歩してゆく姿なのである。それは、過去世から蓄積されてある、その人または、祖先の悪因縁が、その人の時になって表面にはっきり現われ、次々と消え去ってゆく姿だからである。人間には、肉体の世界以外に、幽界、霊界の世界があるのだから、一番苦しみの軽い肉体界で、過去世の蓄積された因縁をでき得るかぎり消滅し去っておいたほうが、その人や、その人の祖先、または子孫のためにも幸福である。従って、善事をなせばなすほど、不幸な出来事が、より多く現われる場合もある。しかし、それは真の不幸ではなく、潜在していた不幸が、いち早く現われたに過ぎず、その不幸が、より長く潜在していて現われぬと、その人自体が現在味わっている不幸の何層倍かの不幸になって、やがて現われてくるのである。であるから、どんな不幸が現れようと、この現れによって、自分及び、祖先の業因縁が完全に消え去ってゆくのである、と堅く信じなければならない。神ほ善事をなしている者に、決して不幸を与えるわけがないのである。絶対にないことを私は明言する。従って、その人は、自己の想念や、行為を、よく内省して、どう考えても自己の想念、行為に間違いなし、と信じられたら、そのまま、業の消えてゆく姿である、これから必ず良くなる、と断乎として思うべきである。その勇気こそ、その人を救い、その人の周囲を救う祈りなのである。
 といって、今生で、あまり不幸に会わぬ人は、幽界で必ず苦しむか、というと、そうではない。過去世に善行をたくさん積んであった人は、今の現世で、あまり不幸に会わぬことになる。たいして才能もなさそうな人が、意外な金力に恵まれ、名実ともに幸福な生涯を終る場合もある。これらは、過去世の善因縁の結果であるから、幽界に行って苦しむ、とほ限らない。現象の人間は、過去世の因縁、プラス、現在の想念、行為がその人の運命を定めるのであるが、これが、また未来の運命とも深い関係をもつことになるのである。ただ、人間の真の姿は霊であって、業因縁に捉われるような者でなく、自由自在であると観じ、いかなる業因縁の動きにも、超然としていられる心境になれば、現象の不幸は忽然と消え去って、再び現われなくなるものである。そして、その人は業因縁の輪廻を超えた神の世界に入り得るのである。

  五井昌久『神と人間』白光真宏会出版局、
         1988 、pp.95-96

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 17-d (精神病、小児麻痺、癲癇等々の病気の原因はどこにあるのか)

 それらの病気はほとんど憑念の作用である。憑念即ち、普通いわれている憑依霊のための病気といえる。
 人間の肉体が完全な形で活動(病気なく悪行為のない働き)しているのは、神界からの生命の光が、途中、さわりなく、肉体界に投影している状態なのであるが、普通いう病気や、不幸、悪行為の現れは、神からの光が、まず、幽界において、その人の悪想念(悪因縁)の集積に汚され、その汚れた波が、その悪想念の形に従って、肉体の病気の種類、不幸、悪行為の形に定まって現われるのである。しかし、問いのような病気の場合は、その人の悪想念というより、その人の祖先や、因縁のある霊魂のうち、いまだ迷界(迷っている霊魂のいるところ)にいる霊魂の、迷いの念の波が、神から来る光をさえぎって、その人間の肉体を、不自由な状態にしてしまうのである。生命の光が百燭光あれば完全に生きられるのを、十燭光もともらぬような、光波の流れになっては、肉体が不自由になるのは当然である。であるから、この病気を治すには、横からさえぎる、汚れの念波を、浄めるか、そらすかの二つの道よりないのである。科学で、この方法をとれば、それで癒えるわけだが、現代ではいまだ、そこまで医術が進歩していないように見える。そのため、宗教家が、迷える霊魂に、祈りによって強力な、光波を当てて、その霊魂の迷いを醒ます方法をとっているのである。
 精神病の場合などは、医者は電気療法をやって、そのショックにより、脳神経の調節をはかっているようだが、これらは、私のいう精神波長の修正なのである。しかし、憑依している想念の波(迷える霊魂)には種々の種類があるのだから、誰にでも、同じような波長の電気療法をやっても、効果は少ないのである。それより先きに、精神病の原因というものは、その人の精神状態の不調和に牽引されて、外部(幽界)から迷える霊魂、いわゆる同じような不調和な想念が感応してくることによっての病状であることを識らねばならぬ。その原因を知って、その人の抑圧された想念をまず解きほぐしてやることから始めなければならぬ。病気というものが、なんでも肉体及び、肉体機能の一部としての精神作用からのみ起こると思っているようでは、病人の数は総体的に減ってゆくことはないであろう。
 医学が、今までのような方法にのみ捉われず、病気とは、肉体外の世界の不調和によることもあるのだ、という面への研究もしてゆくことにより、肉体、精神、心霊の三医学の完成を見、巷間の、いかがわしい迷信治療を抑えてゆくことができるのではなかろうか。病気治療は医者の専門である、と国家がいう以上は、その位の研究を医学界に薦める義務があると思う。

  五井昌久『神と人間』(白光真宏会出版局、1988)pp.98-99

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 17-e[29-d] (人間は肉体を癒すための光を手に入れることもできる)

 私はかつて、医師として手術の場面に立ち会ったことがあります。今にして思うと、恐ろしさと嫌悪のあまり身震いがするほどです。しかしながら、数多くの人命が外科医の技術によって救われているという事実に対しては感謝しています。とはいえ、医学界が人間のアストラル体とその健康をも研究の対象とすれば、さらに多くの人々の生命が助かるだろう、とあえていっておきたいと思います。
 人間が自らを神聖な知性に対して開けば、肉体を癒すために利用できる光を手に入れることができます。これは、ヒーラー(治療家)の知的な資質よりもむしろ、その霊的な知性ないしは洞察力によるものです。この霊的な知性により、ヒーラーは癒しの光を自分自身に引きつけ(磁石の引力と同じようなものと考えればよいでしょう)、その光を患者に当てることができるのです。医学が光とさまざまな色彩の光線に関する情報をいつの日か受け入れ始めると、種々の新しい治療法が可能になりますが、これはその一つの例にすぎません。
 健康と癒しと生存に必要なものすべてが宇宙界にあって、人間に利用されるのを待っているというのは、まさしく真実なのです。しかし、不幸なことに、霊的に無知な人々は、神がこのように豊かに供給してくれるものを利用することができずにいます。
 この知識をもっている人々が、それを他の人々に伝えるというのは、不可能とはいわないまでも、非常に難しいことです。これは、魂自身の理解によって達成されなければならないのです。しかし、宇宙のキリスト意識から送られてくる光によって、影がさして真っ暗な状態にある人間の理解力に光がさす日が必ずきます。そのとき人間は真っ暗闇の状態から目を覚ますことになるでしょう。

  アイヴァン・クック編『コナン・ドイル 人類へのスーパーメッセージ』
    (大内博訳)講談社、1994年、pp.252-253

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 17-f[29-e] (病気の原因だけでなくヒーラーの力の源泉を探る)

 過去何世紀にもわたって、病を癒すためにさまざまな方法が実施されてきました。それぞれの治療法は効果があるように見えても、その対象は限られた数の病気にとどまり、すべての病気に通用する治療法というのはありませんでした。今私たちがなそうとしているのは、病気の原因を探るだけでなく、ヒーラーの力の源泉を見つけ出すことです。
 このようなことをいうと、大議論を巻き起こすことになるかもしれません。病気は、患者の心の状態が原因であると考えられているようですが、ふつうはそれよりもずっと深いところに根ざしているのです。ときには、人の意識から始まり、またときには、潜在意識に由来することもありますが、前意識に始まっていることが一番多いのです。
 前意識という意味は、現在生きている人生よりもずっと昔の意識の状態という意味です。人間の過去の人生に遡った意識ということです。つまり、数多くの輪廻転生にまで遡る意識のことです。しかし、これを、心理学者がいうところの“種としての本能”と混同してはいけません。
 前意識は人間の自我、霊と関係があるのに対して、人間の本能的な心とでも呼ぶべきものは、人間に内在すると思われる動物的ないしは種の本能に関係しています。人間の本能的な心は、前意識と呼応することはないようです。前意識は人間がすべて普遍的かつ霊的な遺産として共有しているものです。この前意識の状態は、動物界では未知のもののように思われます。
 今日の人々は、人間の意識、あるいは潜在意識のほうに関心を払うことが多く、意識ないしは潜在意識が、数多くの、さほど重大ではない肉体的問題の原因になっていて、場合によっては重大な病を引き起こすこともありうると認めています。また、意識にも潜在意識にも起因するとは思われない、数多くの病気もあります。

  アイヴァン・クック編『コナン・ドイル 人類へのスーパーメッセージ』
    (大内博訳)講談社、1994年、pp.254-255

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 17-g (病気のもっとも多い理由はリラックスできないということ)

 病気になるもっとも多い理由は、リラックスできないということです。あなた方のほとんどが、意識的にも無意識的にも、糸がピンと張りつめたような緊張した生活を送っています。これは目を覚ましているときだけでなく、眠っているときでも同じです。緊張した心のまま眠りにつくと、あなたの指、肘、膝、脊髄、その他の骨の部分が、心のあり方に応じた緊張を保ちつづけているのです。
 なぜ、そうなるかといえば、だいたい同じような緊張した状態が、日中の生活をほとんど支配しているからです。肉体の緊張は、恐れ、心配、抑圧された感情、押さえられた欲望といった心の状態によるものです。したがって、眠っているときであれ、目を覚ましているときであれ、病気に苦しむ人の霊体のさまざまな中枢にエネルギーの停滞が生じるのです。
 子供のときからリラックスすることの大切さを学び、それを習慣にして、毎日毎日の生活をゆったりとした気持ちで、自分自身ばかりでなく、ほかの人たち、そして神との心の調和を保ちながら生活すれば、霊体および肉体の中を、エネルギーがなんの滞りもなく、リズムをもって流れるようになるでしょう。この流れはその本来の性質によって、すべての廃棄物を運び去ってくれ、除去してくれます。それはやがて、普遍的な宇宙によって吸収され、新しいエネルギーへと転換されます。
 息を吐くとき、人は毒を吐き出します。というのは、息を吐くことによって人は、使い古した肉体的な物質、霊的な物質を絶えず吐き出しているのです。ですから、逆に、息を吸い込むことによって人は純粋なプラナ、すなわち、宇宙の生命力を吸い込むべきなのです。この宇宙生命力であるプラナは、人間の肉体をリズムのある完全な健康状態に保ってくれるものです。
 したがって、クリスチャンサイエンティストが主張するように、すべての病気は“人間の心”に起因するというのは誤解を招く恐れがあります。病気はそれよりも深いところに原因があるのです。しかし、人間が“心”をリラックスさせ、新鮮な宇宙の生命力に助力を求めるならば、流入するエネルギーがただちに修正され、やがて完全に健康な状態が生まれるのです。

  アイヴァン・クック編『コナン・ドイル 人類へのスーパーメッセージ』
    (大内博訳)講談社、1994年、pp.259-260

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 17-h[1-c] (怒り・貪欲・羨望などの破壊的感情は病気を作り出す)

 怒り、貪欲、羨望といった外面的かつ破壊的な感情は、魂の深いところに根ざした病気とははっきりと異なった、もっと単純な病気を作り出すというのは、興味深い事実です。例えば、自己憐憫はよく腰の痛みや腎臓病の原因になります。自己憐憫はまた肝臓病の原因にもなります。ただし、肝臓病は激しい感情の暴発によっていつでも誘発されるものであり、その結果、血液に毒が送り込まれることになります。
 恐れや心配といった感情は、長いあいだ続くと、同じような病気の原因となり、癌をもたらすことすらあります。一定数の癌の症例の原因を調べてみれば、深く根ざした恐怖感が緊張状態を誘発し、そのために、霊体がとざされ、その結果、霊のエネルギーの流れが停滞した結果であることがわかるでしょう。
 外面的な感情(怒り、貪欲、羨望など)ははっきりと何かの病気を引き起こす可能性があると申しあげました。人間は、自分の内面的な心をコントロールできない限り、こうした有害な感情の手綱を操れはしないということを覚えておかなければなりません。ここで再び、健康に関するかぎり、心の内面的な調和が非常に大切であるという事実に話が戻ってきます。そして、人間の心の調和は霊的な自我が目覚めているかどうかにかかっているのです。

  アイヴァン・クック編『コナン・ドイル 人類へのスーパーメッセージ』
    (大内博訳)講談社、1994年、pp.263-264


 17-i[29-h] (四と三は強烈な数字で人間にあらゆる面で影響を及ぼす)

 心霊のヒーラーは、霊体の滞りを癒すという点で、きわめて重要な働きをすることができます。心霊のヒーラーが役に立たない場合もありますが、それは、患者の本当の問題まで深く調べることができないからです。患者自身が自助できるとき、ヒーラーもその力を十分に発揮するのです。
 この種の心霊治療においては、明らかに病気が直って、つまり、患者の“家”を大掃除して飾り立てもしたのに、患者自身がより高い存在の力との接触から遠ざかってしまうと、健康状態が前よりももっと酷い状態になるというようなことがあります。一匹の悪魔に取りつかれていた人が、“家”の大掃除をしてその悪魔を追い出し、飾り付けもしたけれども、空っぽのままにしてどこかに出かけて帰ってみると、家には最初の悪魔も含めて七匹の悪魔が住みついていたという寓話は、ここで私たちが言わんとしていることの意味をよく伝えています。
 繰り返しになりますが、どんなヒーラーであれ、すべての病気を癒せるなどと言い張るのは無益なことです。一二の光線について先ほど申しあげましたが、それと結びつけながら、黄道帯の一二の星座、イスラエルの一二の“支族”について、そして一二という数字の神秘と重要性について考えてみましょう。
 これらの数字が一二であるというのは、一二の光線のもとに人間の家族を分類できることを暗示しているのかもしれません。すべての薬草は、一二の光線のいずれかに属します。古代の賢者は、すべての病気には必ずそれに呼応する薬草があり、薬草にはそれぞれ波動の合う数と色があり、素晴らしい効力を発揮するということを知っていました。古代の慣習や魔術的な力を持つ飲み物の源は、この知識に遡ることができるでしょう。
 人類に関して言えば、四と三という数字は強烈な数字であり、人間が関わっているあらゆる事柄で人間に影響を及ぼします。世界の計算の土台はずっと昔、四角と三角のシンボルの上に築かれました。エジプトのピラミッドの意味について考えて見てください。そうです。ビラミッドは生命の数字のシンボルとして立っているのです。
 さて、一二の家、一二の支族、人類がそれに呼応して振動する一二の光線を四つに分ける必要があります。その四つとは、土、空気、火、水のことです。
 いつの日か、それはずっと未来のことになるかもしれませんが、医師は患者の治療をするときには、まず患者のホロスコープを見ることになるでしょう。これは根拠のない話ではありません。私たちは真面目に話しているのです。もし人間が望むのであれば、すべての病気の原因をいつの日か発見することができるように、海図を与えようとしているのです。
 患者のホロスコープを見ることによって、それがなされるでしょうが、そのホロスコープはふつうのホロスコープではなく、今の人生を越えて、自我のこれまでのすべての人生に及ぶものです。これまでの数多くの輪廻の人生の中で振動してきた光が何であるか、それを明らかにしてくれるホロスコープです。
 この方法によって、すべての病気は四つのグループのいずれかに分類できることが発見されるに違いありません。患者が土のサイン、水のサイン、あるいは、火のサインに波動が合うと思われるときには、そのサインに見合った適切な治療を施すことができるでしょう。これまでのように、すべての人に対して同じ治療をすることはなくなるはずです。土、空気、火、水のどれに波動が合っているかを知ることによって、かかりやすい病気がわかり、その結果、予防策をとることも可能となるでしょう。

  アイヴァン・クック編『コナン・ドイル 人類へのスーパーメッセージ』
    (大内博訳)講談社、1994年、pp.265-267

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 17-j[29-i] (振動数による12の光線が接触する肉体の各部位)

 振動数によって一二の光線があることを説明したので、今度は、これらの光線が接触する一二のポイントについて話しましょう。心臓を出発点として、次のように数えます。

  1 心臓
   2 喉
   3 松果体
   4 脳下垂体
   5 脾臓
   6 脊柱の基部
   7 太陽神経叢
   8 生殖器官
   9・10  二本の手
   11・12 二本の足


 この一二の霊的な中枢は、ヒーリングの光線に対してきわめて敏感であることをなんらかの計測器によって証明するのは可能であり、いつの日か必ず証明されることになるでしょう。人間の体そのもの、および肉体の中にある生命体である魂は、外部の助けを借りずに自らを癒すことができるというのは事実です。それだけでなく、人間は他の人々を癒すことのできる光を引きつけ、それを他の人々に向けることもできます。
 しかし、すでに説明したように、病気の中にはその原因がきわめて皮相的であるため、表面的な治療で簡単に直せるものもあります。ねぶとなどは、磁力による、または霊的な力による治療よりも、湿布で治療したほうがずっと簡単です。
 また、それぞれの心霊中枢には、体の一器官が接続していることも発見されるでしょう。例えば、一定の色の光線、それは一つの波動にすぎないのですが、その光線で喉の中枢を治療すれば、反応が出てくるのは、喉ではなく胃なのです。強迫観念や精神錯乱を治療する場合には、脳下垂体の中枢を治療しなければなりません。

  アイヴァン・クック編『コナン・ドイル 人類へのスーパーメッセージ』
    (大内博訳)講談社、1994年、pp.267-268

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 17-k[23-zd] (てんかんは患者の霊体の調整ができて初めて直る)

 てんかんは長い間、医学関係者を悩ませてきました。この病気は、子供が母親の体内に宿ったとき、両親の霊的な不調和が原因となって、子供の霊体に不適応が生じたのが原因であると聞けば、なるほどと思う人は多いかもしれません。
 親の責任がどれほどのものか、私たちははたしてわかっているのでしょうか。父親の罪は、子供の三代四代までもついてまわると、俗にいわれています。確かにそうであるとしても、この諺にはそれよりもさらに深い意味が込められています。もっと正確にこれを言うならば、“人の罪は三番目、四番目の輪廻転生にまでついてくる”ということになるかもしれません。まさに、私たちのこれまでの輪廻転生の人生は、今後に続く人生の“父親”となるのです。
 それでは、てんかんはどうすれば治療できるのか、という疑問がここで湧いてくることでしょう。てんかんに苦しむ人は一生この病気に苦しまなければならず、この病気は曖昧なままに放置されるしかないのでしょうか。じつは脳下垂体と松果体を接続することによって可能となる、患者の霊体の調整ができて初めて、てんかんは直ります。この二つの器官の間に裂け目が生ずるとき、てんかんの症状が起きるのです。もっと簡単に言うと、ネジが緩んでいるのです。ネジが緩んだときに、てんかんの症状が現れるのです。ネジを閉めてください。つまり、霊体を完全な形に調整してください。そうすれば、てんかんは直ります。

  アイヴァン・クック編『コナン・ドイル 人類へのスーパーメッセージ』
    (大内博訳)講談社、1994年、pp.268-269

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 17-l (病気を4つのグループにわけて適切な治療法を提案する)

 ここで、病気を土、空気、火、水のそれぞれのサインにグループ分けして、さらにそれぞれのサインには、鉱物、動物、野菜の三つの部分があることを考慮に入れながら、適切な治療を提案したいと思います。

●空気のサイン このグループに所属する人たちは、霊の中枢を通して暴れる神経系の病気に悩まされるでしょう。頭と腰が最も頻繁に影響を受けるでしょう。治療に対して最も効果的な霊の中枢は脊柱の基底部です。
●火のサイン このグループに属する患者は感情的で、強迫観念、精神病、炎症、高熱を患う可能性が強いでしょう。治療は、脳下垂体、松果体を通して行なうとよいでしょう。
●土のサイン 粘液質の人、全体的に動作が緩慢で、エネルギーの流れに澱みがあるため毒素を蓄積しがちな人たちが、このグループに属します。粘膜に炎症が現れ、その結果、血液に毒素が生じたり、原因を同じくするその他の病気が出るでしょう。
●水のサイン 奇妙に思われるかもしれませんが、水のサインは体の下半身、脚・足に影響を及ぼします。これは流動性の強いサインであるため、このサインに属する人たちは、心霊的な、磁力による治療が最も効果的です。

 火のサインの人は色彩光線による治療に最もよく反応します。空気のサインの人は、霊的・秘跡的な治療、土のサインの人はクリスチャンサイエンスが行なっているような、食事と精神的な治療が効果的です。
 これらのヒントに従うならば、(注意してほしいのですが、これはあくまでもヒントにすぎません)、そしてまた、厳密さを欠いた、思惑的な現代の医学に惜しみなく投入されている実験や研究活動のほんのわずかでも、この研究に注ぐならば、普遍的な癒しの、厳密で科学的な方法がもたらされることでしょう。その方法は人間の肉体の性質、心霊的な性質、霊的な性質に基づいたものとなるに違いありません。もし人がそう望むなら、その癒しは確実で厳密な手法を確立できるでしょう。

  アイヴァン・クック編『コナン・ドイル 人類へのスーパーメッセージ』
    (大内博訳)講談社、1994年、pp.269-271

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 17-m[29-j] (子供の喘息は母親のはりつめた神経組織が一因)

 薬草の治療について、さらに説明をしたいと思います。体の一二の部分のそれぞれに、波動と色彩が呼応する薬草を入手することが可能です。そして、火、水、土、空気のいずれに属するかを知れば、それに応じた、適切な薬草を選ぶことができます。適切な薬草を用いれば、いずれの場合もきわめて効果的ですが、間違った薬草を用いると害になる場合もあります。
 薬草は一定の法則のもとに生長します。薬草の生長は、気候とか季節にだけ依存するのではなく、地上の鉱物界、野菜界、動物界の生命を支配する一定の光線に基づいて、その形および性質を形成します。したがって、ヒーラーは占星術からみた患者の性質を理解していなければなりません。なぜなら、すべての薬草は、黄道帯のそれぞれのサインをもっているからです。
 薬草は病気の性質、病人の性質に一致するものを選ばなければなりません。例えば、獅子座の上昇するサインの人には、それにふさわしい数と光線の薬草をあげるべきで、べつな光線を与えてはいけません。薬草による治療を、かなりの厳密さと正確さをもって分類することは可能であるはずです。
 薬草による治療は、すべての病気に対応することはできません。患者はそのサイン、気質によって治療する必要があります。喘息は神経組織を原因とする病気です。この種の神経の反応、つまり体のリズムの乱れは、青あるいは緑の光線によって、効果的な治療を行なうことができます。喘息は他の神経系統の病気と同じく、心霊的な原因に起因していると思われます。ときには、磁力を用いた方法が治癒力をもつでしょう。治療すべき中枢は太陽叢です。消化不良の問題もあるかもしれないので、食事にも注意を払うべきでしょう。
 喘息の発作の多くは、この種の不注意によって引き起こされますが、そもそもの原因は心配事や心の悩みであることが多いようです。心の悩みを解決すれば、喘息は直るでしょう。このようなわけですから、喘息に関しては、ブルーの光線、つまり、心を穏やかにし、心の平和を回復してくれるこの光線が必要であることがおわかりいただけると思います。
 ある種の薬を飲むということは、単に症状を治療しているにすぎないのです。その根本原因までつきとめなさい。喘息の場合それは心霊的な混乱であって、多くの場合、太陽叢を中心とした混乱です。この病気に苦しむ子供は大体の場合、母親のはりつめた神経組織が原因です。あなた方はこれを即座に否定することでしょうが、しかし、事実なのです。いずれにせよ、この霊の浄化という治療を受ければ、この病気が再発することはけっしてないというのは、元気づけられることではないでしょうか。

  アイヴァン・クック編『コナン・ドイル 人類へのスーパーメッセージ』
    (大内博訳)講談社、1994年、pp.271-272

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 17-n[36-h] (人は前世の罪を払拭する手段として癌を選ぶこともある)

 癌は場合によっては土のサインで現れることがありますが、常にそうであるとは限りません。というのは、癌はときとして、前世のある段階で、きわめて神聖な法則を破ったことに起因していて、患者がその罪を払拭する手段の一つとして癌を選ぶということもありうるからです。
 医学界は、癌の治療法とはじつは患者のエーテル体の治療だということを発見するときが来るでしょう。この治療は、特定の薬または薬草によってエーテル体に根気強く働きかけるのです。薬草としては、“リンドウ”が最も効果的でしょう。光線による治療も効果を発揮するでしょう。真珠色の光線は、エーテル体の浄化の光線として最も効果的です。
 霊体を構成するエーテルの物質が、薬草または光線の働きによってリラックスしてゆったりとすると、肉体に居すわっていた癌は分散して消えるでしょう。癌はふつう、体の特定の部分に現れますが、常に一定の場所に特定できるとは限りません。手術をすると、刺激物だけがあるというような例がよくあるのです。この刺激物は、血液の中を駆け回って、べつなところに居すわったりするのです。

  アイヴァン・クック編『コナン・ドイル 人類へのスーパーメッセージ』
    (大内博訳)講談社、1994年、pp.272-273

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 17-o[29-k] (人間のすべての病気を癒すことが可能である)

 ときには、霊のヒーラーが患者の治療をしているのを私たちが見守ることもあります。しかし、患者は治療に反応せず、治療は失敗に終わりそうに思われることもあります。場合によっては、わが子のごとく人類の面倒を見ている偉大なマスターたちですら、干渉しないこともあります。それは、自分自身の努力と苦労で、自我を克服することによってのみ、人間の魂は自らの暗黒の遺産を転換できるのだということを知っているからです。
 そのような罪人に向かって、キリストはこう言われました。「あなたの罪は許されました。行きなさい。これからは罪を犯さないようにしなさい」。過ちを犯した魂であっても、自らを克服して神を獲得しようとさえすれば、キリストの力と存在によって、このような救済は可能なのです。
 すべての病気を癒すことが可能です。そして、実際、人類が自らの自由意思と合意によって、生ける神の宮殿に足を運び、永遠の存在の心から流れ出る、そして生命の泉そのものである、あの純粋な白い光、あの真実、あの生ける愛を受けとるならば、すべての病気は癒されるでしょう。そのとき、人間の泣き叫ぶ声、嘆き悲しむ声は聞かれなくなり、完全な人間だけが存在することになるでしょう。

  アイヴァン・クック編『コナン・ドイル 人類へのスーパーメッセージ』
    (大内博訳)講談社、1994年、pp.273-274

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 17-p[29-l] (すべての病気はリズムや波動の乱れが原因である)

 すべての人間は、火、空気、土、水の四つのグループに分けることができると述べました。ホロスコープによって患者がどのグループに属するか、正確に判断することが可能です。もちろん、ヒーラーは直感によって患者のグループ分けをすることもできますが、より科学的な方法を用いれば用いるほど、より厳密な出生の光線を見つけることができるでしょう。
 数か月前、皆さんは私がどのような光線の下で生まれたか、という情報を受けとりました。このさまざまな色の組み合わせがふつうのものではなかったため、私の人生において、また死んだ直後に、困難が生ずる原因となりました。これは皆さんも覚えておられると思います。
 すべての病気は、基本的には、リズムの狂い、または波動の乱れが原因である、といってもよいかと思います。一二の光線が、いうなれば鉄の輪のように、しっかりと人類を押さえているのです。一二の光線に人間の健康の秘訣が隠されています。これらの光線についての知識が得られるにつれて、人間の生活は簡略化されることになるでしょう。生活の緊張やストレスは消えてなくなり、医師を悩ませてきた原因不明の病気もなくなるでしょう。これらの病気は、人類を包んでいる磁力や宇宙の力と人間との関係の調和が乱れたことが原因なのです。
 人によっては、今私が申しあげていることをあざわらって、こう言うかもしれません。「ばかばかしい。私たちは人間の体がどのようなものか理解しているし、治療の仕方もわきまえている」と。しかし、皆さんはわかっていないのです。人間の肉体がそもそもどのようなものか、初歩的なことすら理解していないのです。
 現代の医学は今のあり方をずっと飛び越えて、門を広く開放しなければなりません。たしかに、外科手術は見事な技術を発達させ、それによって素晴らしい癒しがもたらされています。事故のため体に裂傷を負ったり、骨折をしたような場合には、外科手術が役にたちます。現在はたしかにその通りですが、将来は、外科手術すら別な手段に取って代わられるときがくるでしょう。

  アイヴァン・クック編『コナン・ドイル 人類へのスーパーメッセージ』
    (大内博訳)講談社、1994年、pp.275-276

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 17-q[36-g] (病苦を体験する覚悟をしてこの世に誕生する幼児)

 これまで、伝染病を除いて、すべての人間に共通した病気について述べてきました。多くの病気は前意識にその源を発しているということから考えてみると、なんの原因も理由もなく、伝染病がまるで野火のように、あっというまに広がっていくというのは理解しがたいかもしれません。しかし、この場合でも、相当多くの人々は伝染病に罹患しません。クリスチャンサイエンスを実行している人々はその一例です。つまり、人間の意識的な心は、このような問題に関しても、ある程度のコントロールができることを実証しているのです。
 クリスチャンサイエンティストが守っているのは自分自身の精神の活動だけではありません。伝染病にかかるという特定の体験をする必要がないところまで彼らは進化しているのです。伝染病にかかる人々は、この体験をする機が熟した人々であり、それによって教訓を学ぶことになっている人々だとも考えられます。
 これに同意する人は、ほとんどいないかもしれません。そしてこう聞くでしょう。「なぜ幼い子供が伝染病にかからなければならないのでしょうか。子供は純真無垢なのに、どうして守られないのでしょうか」
 どんな肉体の病気であっても、その背後に横たわっている原因を明らかにしようとすれば、広い領域を扱わなければなりません。ここで再び繰り返しますが、子供たちは、病気や苦しみ、あるいは健康や幸せ、その他もろもろの、人間生活を構成し、かつ人格の形成に資する人生の浮き沈みを体験する覚悟をして、この世に生まれてくるのです。
 しかし、伝染病は必要悪ではありません。そのうち、霊の法則がよく理解されるようになるにつれて、伝染病はなくなるでしょう。現在でも、どうすれば自分を守れるかということをわかっていれば、伝染病にかかる必要はないのです。意識的な心、および無意識の心によって支配されている肉体の細胞の生命が、伝染病の侵入を許しているとも言えるのです。もしも意識的かつ無意識的な思考の活動によって十分な抵抗をするならば、肉体の細胞は伝染病を退けることができるのです。
 したがって、子供は初めから、正しいものの考え方の訓練を受ける必要があります。子供の教育は七歳から始めるのではなく、生まれたときから始める必要があります。親も看護婦も、幼児はまわりの環境から、両親や看護婦、親戚の人々、友達が漂わす雰囲気から、良い考えであれ、悪い考えであれ、吸収するのです。肯定的な思いを与えられた子供は健康の息吹を与えられたのであり、肉体的にも、精神的にも、霊的にも、生き生きと元気よくなり、あらゆる原因による病気に対して抵抗力をもつことでしょう。
 子供の健康と幸福についての真実は、徐々に理解されるでしょう。まもなく、人類は自分の任されている幼い魂への責任に目覚め、この目覚めを通して、地球全体への責任に目覚めることでしょう。

  アイヴァン・クック編 『コナン・ドイル 人類へのスーパーメッセージ』
    (大内博訳)講談社、1994年、pp.276-278

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 17-r (治らない病気は一生に一度しかない)

 医者にかかっても、治らない病は治らない。こういっても医者は決して侮辱されたとは思わないはずだ。「そうだ!」ときっと思うに違ない。なぜなら、治らない病は、一生に一遍しかないからだ。一生のうちに治らない病は二度も三度も四度もありはしない。もしあるなら、二度も三度も死ななきゃならない。寿命が尽きたときの病は、どんな名医が来ても治りはしない。しかし、それまでは、その度に死にはしないんだから安心しなさい。だから、病になったら、医者にかかるもよし。医者にかかった以上は医者に任せなさい。医者にかかっていながら、医者よりも病のことを心配している患者がいやしないか。そういう患者が、心ある医者としては一番困るのだ。欲張りの、銭儲けの好きな医者にとっては、そういうのはいいお得意だ。神経過敏の患者だと半年薬を飲めばよいものを、一年も薬を飲んでくれるし、一年で治る病も、三年もかかってくれる。医者としては銀行預金が増えて結構な患者だ。
 しかし、よく考えてみよう。この世の中に、医者の預金を増やすために生まれてきたのでもなければ、売薬屋の株を大きく配当させるために生まれてきたのでもない。病になったならば、病をむしろ忘れるくらいな気持ちになりなさい。
 病は忘れることによって治る。

  中村天風『運命を拓く』講談社、1994年、pp.129-130

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 17-s[10-j] (自分自身を愛し他人の言うことを気にしてはならない)

 自分自身を愛しなさい。他の人の言うことを気にしてはいけません。もし、本当に人の申し出や義理を断りたかったら、はっきりと断りなさい。それをし損なうと、怒りがしのび寄って来ます。あなたはそれにかかわり合ったことに怒りを感じ、それを押しつけた人を恨むようになります。必要な時にはノーと言い、やりたい時にはイエスと言ったほうが良いのです。したくないことを断れずにいると、病気になることがよくあります。なぜなら、病気になるのは、より「受け入れやすい」ノーという方法だからです。なぜなら、自分の体が「ノー」とあなたの代わりに言っているのですから、断るしかなくなるのです。自分の気持ちをはっきり言う方が、ずっと健康的です。Tシャツに、これをおもしろおかしく一言で書いてあるのを、私は見たことがあります。
 「ストレスとは、心がノーと言っているのに、口が勝手に開いてイエスと言っている時のことです」(Stress is when your mind says no, but your mouth opens up and says yes.)

  ブライアン・L・ワイス『魂の療法』(山川紘矢・亜希子訳)
     PHP研究所、2001年、pp.102-103

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 17-t (慢性的なストレスが有害な生理的変化をもたらす)

 全米で圧倒的に質が高い一般向けの医療雑誌とされている『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』は1998年の1月号で、慢性的ストレスが人間の体に及ぼす様々な損傷について特集しています。
 この記事によれば、精神的なストレスが起こると、体の中に様々なホルモンや化学物質が分泌されるのだそうです。こうしたホルモンが急速に不活性化されないと、ストレスが長引き、もし、体がずっとこうした化学物質を生産し続けると、体内の沢山の器官が有害な状況にさらされます。ストレスは脈拍、血圧、血糖値に影響を与え、さらに強力な自然のステロイドホルモンであるコルチゾールの分泌を増加させます。
 ストレスはまた、胃酸、アドレナリンなどの、特別の限られた時にしか沢山生産されてはならない強い化学物質の分泌の仕方も、変えてしまいます。なかでも最悪なのは、ストレスが免疫組織の機能を低下させて、ガンやエイズなどの感染症や慢性病と願う能力を衰えさせてしまうことでしょう。
 慢性的なストレスが有害な生理的変化をもたらすと、この記事は結論しています。こうした変化の中には、心臓病、記憶喪失、免疫不全、骨租しょう症などが含まれています。
 記事に取り上げられている医学研究者の一人は、「医者やその他の医療関係者は、患者がストレスとの上手なつき合い方を学び、自分の限界を認め、リラックスできるように指導することによって、彼らのストレスから来る問題を減らすことができるだろう」と述べています。

  ブライアン・L・ワイス『魂の療法』(山川紘矢・亜希子訳)
     PHP研究所、2001年、p.129

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 17-u (瀕死の患者が抱いている切迫感を無視してはならない)

 ランゲンタール時代にいちばん悲しかった日は、いちばん忙しい日でもあった。朝、ドアをあけたときから、待合室は満員だった。ある女児の脚の裂傷を縫合しているとき、セップリ(義弟)から電話があった。ささやくような、かすれた声だった。縫合のとちゅぅだった女児が泣きわめき、話ができる状態ではなかった。セップリは「たのみがある」といった。すぐきてくれというのである。とてもいけそうにはなかった。待合室はいっぱいで、おまけに何件かの往診にもいかなければならなかった。電話がなくても、セップリの病院にはいくつもりでいた。「あさっていくからね」元気づけるように、わたしはいった。「きっといくわ」
 悲しいことに、死はわたしの都合を斟酌するほど寛大ではなかった。だからこそ、セップリは電話をしてきたにちがいない。もう時間がなかったのだ。死の床にあり、無慈悲にもこの世からつれ去られることを覚悟した人がたいがいそうであるように、セップリも別れを告げるための貴重な時間が残っていないことを悟っていた。案の定、翌日の朝早く、セップリは息をひきとった。
 セップリの葬儀を終えてもどってくると、わたしはランゲンタールの起伏のある草原をひとりで歩きまわった。澄みきった空気には色とりどりに咲く春の花の香りが漂っていた。セップリがすぐそばにいるような気がしてならなかった。みえないセップリに話しかけていると、しだいに気分が落ちついてきた。それでも、死に目に会えなかった自分をゆるすことはできなかった。
 瀕死の患者が抱いている切迫感を無視してはならない、そのことをわたしは学んだ。辺地の医療は助けあいによってなりたっていた。病人のそばには、つねに祖父母、父母、おじ、おば、いとこ、子ども、近所の人たちがいた。患者が重体のときも、臨終のときも同じだった。友人、一族、隣人の全員が駆けつけた。それが当然のことだと考えられていた。実際、新任の医師としていちばんやりがいを感じたのは、診療所での診察や往診のときよりもむしろ、仲間を必要としている孤独な患者をたずねては励まし、いっしょに数時間をすごしたときだった。
 医学校では教えられないことだが、医学にはおのずから限界がある。もうひとつ、医学校で教えられないのは、慈悲のこころがほとんどすべてを癒すということだ。その診療所での数か月の経験によって、わたしはすぐれた医師であることと解剖や手術や処方とはなんの関係もないということを確信するようになった。医師が患者にあたえうる最大の援助は、やさしく、こまやかで、感受性に富み、情のこもった人間でいるということなのだ。

  エリザベス・キューブラー・ロス『人生は廻る輪のように』
    (上野圭一訳) 角川書店、1998、pp.127-128

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 17-v (死はそんなに怖いものじゃないって言ってあげる)

 こんにちサナトロジー(死生学) として知られている分野の揺藍期にあった当時、わたしの最高の師はひとりの黒人の掃除婦だった。名前も知らなかったが、夜も昼も、病院の廊下でその女の姿をみかけていた。わたしの注意を惹いたのは、重体の患者におよぼすその女の影響力だった。死の床にある患者の部屋から女がでていったあと、きまって患者の表情があきらかに変化していることに、わたしは気づいていたのである。
 秘密が知りたかった。どうしても知りたくて、ハイスクールもでていないが大きな秘密をにぎっている女を迫って、文字どおりスパイもどきの尾行をした。
 あるとき、廊下で女とすれちがった。とつぜん、いつも学生たちに教えている「聞きたいことがあったら、その場で聞け」という格言を実行する気になった。勇気をふるい起こして掃除婦に近づいた。まなじりを決して近づいてくる医師に女が怖じ気づくことにも気づかず、わたしはだしぬけに「あなたは患者になにをしているの?」とたずねた。
 当然のことながら、女は身がまえた。「床のお掃除をしているだけです」礼儀正しくそう答えると、女は去っていった。
 「そんなことを聞いているんじゃないの」といったが、遅すぎた。
 それから二週間、わたしたちはたがいに疑惑のまなざしで監視しあっていた。まるでゲームのようだった。ある日の午後、また廊下ですれちがった。女はわたしをナースステーションの裏の小部屋につれていった。白衣を着た白人の精神科助教授がつつましい黒人の掃除婦に袖をひかれていく図はちょっとした光景だった。あたりに人影がないことをたしかめると、女は身の上ばなしをはじめた。その悲惨な人生と女のたましいのゆくえは、わたしの想像をこえるものだった。
 シカゴのサウスサイドのスラムに生まれた女は貧困と悲惨のなかで育った。アパートには電気もガスも水道もなく、子どもたちは栄養失調で病気がちだった。貧しい人たちがたいがいそうであるように、女も病気や飢えをふせぐ手段をもたなかった。子どもたちは粗悪なオートミールで飢えをしのぎ、医者にかかることは特別な贅沢だった。あるとき、女の三歳になる息子が肺炎で重体になった。地元の病院につれていったが、一〇ドルの借りがあったために診てもらえなかった。女はあきらめずにクック郡立病院まで歩いていった。そこなら貧窮者でも診てもらえるはずだった。
 不幸なことに、待合室は女と同じような深刻な問題をかかえた人たちであふれ返っていた。待つように指示された。三時間、じっと待ちながら、女は小さな息子が喘鳴し、あえぐのをみていた。息子は女があやす腕のなかで息絶えた。
 嘆くなといってもとうてい不可能なその経験を淡々と語る女の態度にわたしは胸を打たれた。深い悲しみをうちに秘めながらも、女は否定的なことばを吐かず、人を責めず、皮肉も怒りもあらわさなかった。その態度があまりにも人並みはずれていたので、まだ未熟だったわたしは思わず「なぜそんな話をするの? それと瀕死の患者とが、どんな関係があるというの?」と口走りそうになった。女はやさしく思いやりのある黒い瞳でじっとわたしをみつめ、まるでわたしのこころを読んだようにこう答えた。「いいですか、死はわたしにとって、なじみ深いものなんです。古い古いつきあいですからね」
 わたしは師をみあげる生徒になっていた。「わたしはもう死ぬことが怖くありません」女は静かだがはっきりとした口調でつづけた。「死にそうな患者さんの部屋に入っていくと、患者さんが石のように硬くなっていることがあります。しゃべる人がだれもいないんです。だから、そばにいくんです。ときには手をにぎって、心配することはない、死はそんなに怖いものじゃないって、いってあげるんです」そういうと、女は口を閉ざした。
 それからまもなく、わたしはその掃除婦を自分の第一助手として採用した。その助手は、ほかのだれにもまねができない細やかさで、わたしを助けてくれた。そのことだけでも、学ぶべき教訓になった。名のあるグル(導師)やババ(尊者)などいなくても、人は成長できる。人生の師は子ども、末期患者、掃除婦など、あらゆるかたちをとって目の前にあらわれる。だれかを助けるということにかんするかぎり、世のいかなる学説も科学も、他者にたいしてこころをひらくことを恐れないひとりの人間の力にはかなわないのだ。

  エリザベス・キューブラー・ロス『人生は廻る輪のように』
    (上野圭一訳) 角川書店、1998、pp.178-180

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 17-w (母が倒れて私はスイス語と英語で神をののしった =1=)

 家庭生活は「もって瞑すべし」という境遇にめぐまれていた。一九六九年、わたしたちはアッパークラスの居住区フロースムーアにある、フランク・ロイド・ライト設計の美しい家に移った。庭園はひとりでは手にあまるほど広大で、マニーと子どもたちがわたしの誕生日に小型トラクターを贈ってくれたほどだった。マニーは新しい研究に意欲を燃やし、新居には豪華なステレオシステムを設置した。おかげで、わたしは夢のように便利なキッチンであれこれをしながら、好きなカントリー音楽をたのしむことができた。子どもたちは名門の公立学校で学んでいた。
 だが、めぐまれすぎた境遇にわたしは不安を感じていた。いずれはさめる夢をみているような気がしていた。そしてある朝、目がさめると、不安の原因に思いいたった。豊かな国に住み、これ以上望むこととてない生活だったが、ひとつだけ足りないものがあった。それは、少女時代にいちばんたいせつにしていたことを、まだ子どもたちに伝えていないということだった。夜あけとともに起きて丘や山を歩くことがどんなに貴重な経験かを、子どもたちに知ってほしかった。草花やバッタや蝶の多様さと美しさを脳裏に刻みつけてほしかった。昼には野の花々や色あざやかな石を集めて歩き、夜には満天の星のしたではてしない夢を描いてほしかった。
 思いついたら待ってはいられなかった。思案はわたしの趣味ではなかった。すぐさまケネスとバーバラを学校からつれだし、三人でスイスに飛んだ。母とはツェルマットで落ちあった。自動車の通行が禁じられ、一〇〇年前の生活がそのまま残されているアルプスの魅力的な村である。子どもたちにその村をみせたかったのだ。雲ひとつない快晴だった。子どもたちといっしょにハイキングをした。山にのぼり、渓流に沿って走り、野生動物を追いかけた。花を摘み、きれいな石を集めた。日焼けした子どもたちの頬が輝いていた。忘れがたい経験だった。
 しかし、あとでわかったことだが、忘れがたかったのはハイキングのせいではなかった。最後の夜、母とわたしは子どもたちを寝かしつけた。母がなごり惜しそうにいつまでも子どもたちにキスをしては抱擁しているあいだ、わたしはバルコニーにでた。斧で刻んでつくった粗削りの古いロッキングチェアに座って揺らしていると、寝室につうじる引き戸があいて、母が夜の新鮮な空気を吸いにでてきた。
 ふたりとも陶然と月をみあげていた。月がマッターホルンのうえを漂流しているようにみえた。母がとなりの椅子に座った。わたしたちはいつまでも黙ったまま、それぞれの思いにふけっていた。想像以上に有益な旅になった。これ以上の幸福はない、とわたしは思っていた。これほどのすばらしい景色をみようとしない世界中の都市の住人たち、テレビをみて、アルコールを飲むことで時間をつぶしている人たちのことを考えずにはいられなかった。母もこのひとときに、自己の人生に、満足しきっているようだった。
 どれほどの時間が流れたのかはわからない。ふたりとも黙ったまま、ただ相手の存在を身近に感じて充足していた。ようやく母がぽつりとつぶやきをもらした。それはまったく思いがけない、およそその場にふさわしくないことばだった。「エリザベス、人間は永遠に生きることはできないわ」。人がなにかをするには、それなりの理由がある。しかし、よりによってそんなときに、そんなことばを吐く母の気持ちがわからなかった。空のひろさに圧倒されたせいか、あるいは一週間のハイキングですっかり力がぬけてしまったのかと考えた。
 あるいは、いまではそう確信しているように、母はなにかを予感しているのかもしれないとも考えた。
 わたしの臆測をよそに、母はつづけてこういった。「あなたは一族でたったひとりのお医者さんだから、いざというときはお願いするわよ」
 いざというとき? 七七歳とはいえ、母はわたしたちといっしょに平気で山歩きをこなしていた。健康に問題があるはずはなかった。
 なんと答えていいか、わからなかった。母を怒鳴りつけたい衝動にかられた。しかし、母の表情にはそれをゆるさない、思いつめたものがあった。冥府をみつめているような一途さがあった。「もしわたしが植物状態になったら、あなたの手で息の根をとめてちょうだいね」。苛立たしさがつのり、「そんな話、やめてよ」といいたかったが、母はもう一度、同じ話をくり返した。どんな理由があれ、母がそのすばらしい夜を、休暇そのものを台なしにしようとしていることはたしかだった。「ばかなことはいわないでよ」わたしは嘆願するようにいった。「そんなこと、起こるはずがないじゃない」
 母はわたしのことばに耳を貸そうとしなかった。母がぜったいに植物状態にならないという保証がないことは事実だった。じれったさを感じながら黙るしかなかった。しばらくして、わたしは母と向きあうように座りなおし、自殺には賛成できない、だれであれ、自殺を幇助するようなことはぜったいにできないと告げた。まして、自分を生み育ててくれた、愛する母の息の根をとめるなど、どんなことがあってもできるはずがなかった。「もしママに万が一のことがあっても、自分の患者にすることと同じことをするわ」わたしはいった。「死が自然におとずれるまで、ママを助ける」
 わたしたちはどうにかこのむずかしい会話からの出口をみつけだした。それ以上いうことはなにもなかった。わたしは椅子から立ちあがり、母を抱きしめた。ふたりの頬を涙が伝って落ちた。夜も更けて、寝る時間だった。翌日にはチューリッヒに帰らなければならなかった。将来のことではなく、いまの幸福のことだけを考えたかった。

  エリザベス・キューブラー・ロス『人生は廻る輪のように』
    (上野圭一訳) 角川書店、1998、pp.195-198

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 17-x (母が倒れて私はスイス語と英語で神をののしった =2=)

 三日後、自宅にいるときに、エヴァから電話がかかってきた。母が浴室でたおれているのを郵便配達人がみつけたということだった。脳卒中の発作だった。
 つぎの飛行機でスイスに飛び、その足で母の病院にいった。身動きもできず、ことばもしゃべれない母はわたしをじっとみつめ、万感の思いを目で語っていた。絶望と苦痛と恐怖を宿したその目が、あることを訴えていた。それがなにかはすぐにわかった。しかし、母の要求に応えるわけにはいかなかった。いかなる理由があろうと、母の死に手を貸すことはできなかった。
 数日間、つらい日がつづいた。病床に座り、変化を待ち、一方的に母に話しかけた。からだがまったく動かない母は、まばたきで返事をした。まばたき一回がイエス、二回がノーだった。ときには左手でわたしの手をにぎり返すこともあった。その後も軽い発作が二、三回あり、とうとう膀胱のコントロールが失われた。その時点で、植物状態とみなされることになった。「気分はいいの?」まばたき一回。「この病院に入院していたい?」まばたき二回。
 「愛してるわ」
 母はわたしの手をにぎった。
 つい先週の休暇旅行のときに母が心配していたとおりの状態だった。母はあのとき、すでに通告をすませていた。「もしわたしが植物状態になったら、あなたの手で息の根をとめてちょうだい」バルコニーでいった母のことばが脳裏にこだましていた。こうなることを母は知っていたのだろうか? 予感があったのか? そんなことって、ほんとうにありうるのだろうか?
 わたしは自問した。「残された時間を少しでも楽にすごしてもらうには、どうすればいいの? 少しでもたのしくすごすには?」
 疑問はたくさんあった。答えはほとんどなかった。
 もし神が実在するのなら、とわたしは胸のうちで何度もつぶやいた。いまこそ母の人生を総点検してほしいものだ。母は私心ひとつなく家族を愛し、四人の子どもたちを一人前の、りっぱな人間に育てあげてきた。わたしは夜ごと、神に話しかけつづけた。ある日の午後には教会までおもむき、十字架に語りかけた。「神さま。あなたはどこにいるのですか?」わたしは苦々しい思いでたずねた。「わたしのことばが聞こえてるんですか? 第一、あなたは実在するんですか?母はひたむきで、汚れを知らない、骨身を惜しまない人でした。その母がほんとうにあなたを必要としているいまというときに、あなたはなにを考えておいでなのですか?」。返事は返ってこなかった。なんのしるしもなかった。
 沈黙があるだけだった。
 肉体というさなぎにつつまれた母が絶望と苦痛のうちに衰弱していく姿をみながら、わたしは天のしわざにたいして大声で叫びたい気持ちになっていた。胸のうちでは、なにかしなさい、いますぐしなさいと、神に命令さえしていた。だが、たとえ神がわたしのことばを聞きとったとしても、その神が急いでいるようには思えなかった。わたしはスイス語と英語で神を口汚くののしった。それでも神はなんの反応も示さなかった。

  エリザベス・キューブラー・ロス『人生は廻る輪のように』
    (上野圭一訳) 角川書店、1998、pp.198-200

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 17-y (母が倒れて私はスイス語と英語で神をののしった =3=)

 病院の医師団や外部の専門家たちと話しあったが、選択肢がふたつしかないことはあきらかだった。ひとつはこの教育研究病院にとどまることだった。わずかでも回復する可能性はほとんどなかったが、ここならあらゆる治療を試みることができた。もうひとつは、病院ほどお金のかからない老人ホームに移すことだった。そこなら手厚い看護が受けられるが、延命のための人工的な処置はとられないはずだった。つまり、人工呼吸器もなにも使わないということである。
 妹たちと相談をした。はてしのない、感情的な会話だった。三人とも、母がどちらを選ぶかはわかっていた。わたしの母を第二の母だと考えていたマニーも、長距離電話で専門的な見解を伝えてきた。幸いなことに、エヴァがバーゼルにほど近いリーへンという町でプロテスタントの尼僧が経営しているすばらしいホームをみつけてきた。エヴァはその町に家を建て、再婚した夫とともに暮らす計画を立てていた。まだホスピスがない時代だったが、尼僧たちは死が迫った患者の看護に献身しているということだった。
 病院からもらった休暇も期限がきていたが、わたしは母をチューリッヒからリーへンまで移送する救急車に同乗することにきめた。母とわたし自身の元気づけのために、コニャックとスパイスをミックスしたエッグノッグ(卵と牛乳でできた甘味飲料)の大きなびんを救急車にもちこんだ。もうひとつ、もちこんだものがあった。それは母が愛した所蔵品の短いリストと、親戚や母の知人、とくに父の亡きあとに母を助けてくれた人たちのリストだった。そのリストはかなり長いものだった。
 移動のとちゅう、わたしたちは所蔵品のそれぞれをふさわしい人にふり分けていった。わたしたちがニューヨークから贈ったミンクのマフラーと帽子など、ひとつひとつをだれにあげるかをきめるのは時間のかかる作業だった。ぴったりの人がみつかるたびに、わたしたちはコニャック入りのエッグノッグで祝杯をあげた。けげんな顔をしていた救急隊員に、わたしは「いいのよ。わたしは医者だから」といった。
 母のやり残した仕事が片づいたということもあってか、老人ホームに着くころ、わたしたちは上機嫌になっていた。母は庭に画した部屋で看護を受けることになった。日中は小鳥の鳴き声が聞こえ、夜には星をみることができる部屋だった。別れのあいさつをするとき、わたしは母のかろうじて使えるほうの手に、香油をしみこませたハンカチをにぎらせた。ふだん、母はよくそんなハンカチを手にしていた。いのちの質を高めることが最優先されるその場所で、母はくつろぎ、満足しているようだった。

  エリザベス・キューブラー・ロス『人生は廻る輪のように』
    (上野圭一訳) 角川書店、1998、pp.200-201

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 17-z (母が倒れて私はスイス語と英語で神をののしった =4=)

 なぜかはわからないが、神はそんな状態のままの母を、それから四年間も永らえさせた。統計学的にはありえないことだった。妹たちは母が快適にすごし、孤独にならないように、交互に見舞いにいった。わたしも頻繁に見舞った。わたしの思いはいつもあのツェルマットの夜に帰っていった。植物状態になったらいのちを絶ってと懇願する母の声が耳の奥で響いていた。母はたしかに予感していたのだ。そして、恐れていたとおりの状態になっていた。悲劇というほかはなかった。
 とはいえ、わたしはそれで終わったわけではないことを知っていた。母は依然として愛を感じ、愛をあたえていた。自分だけのやりかたで、母は成長をつづけ、学ぶべき教訓を学んでいた。そのことはすべての人に知ってほしい。人は学ぶべきことをすべて学んだときに人生を終えるのだ。そう考えると、母に懇願されたように、わたしの手で息の根をとめることなど、以前にもましてできるはずがないと思うようになった。
 母がなぜそのような終わりかたをするのか、それが知りたかった。神はこの愛すべき女性にどんな教訓をあたえようとしているのか、わたしはたえずそう自問しつづけた。
 しかし、延命装置なしに生存をつづけているかぎり、母を愛すること以外に、すべきことはなにもなかった。

  エリザベス・キューブラー・ロス『人生は廻る輪のように』
    (上野圭一訳) 角川書店、1998、pp.201-202

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 17-za (講演活動等の過労が惹き起こした突然の病 =1=)

 スイスでの二日間はせいいっぱいたのしむことにきめた。エヴァが高級レストランで家族のパーティーをひらいてくれた。家族が一堂に会することはめったになかったので、お祭りのようなにぎやかさになった。「家族はこうでなくっちゃ」わたしはいった。「みんなが生きているうちに祝っておくべきよ」
 「そのとおりね」エヴァがいった。
 「たぶん将来は、だれかが人生を卒業したら、みんなで祝うようになると思う。人が死んで泣きわめいたり、ばかげた儀式をやるなんてことはなくなると思うわ」わたしはつづけた。「悼んで泣くんだったら、だれかが生まれてきたときに泣くべきよ。またこの愚劣な人生を最初からぜんぶやりなおさなくちゃならないんだから」
 それから二四時間後、寝る支度をしながら、わたしは妹に「あしたの朝は食事も用意しないでね」といった。コーヒーを飲んで、煙草を喫ってから、空港に向かう。それでじゅうぶんだった。翌朝、目ざまし時計で起き、階下のダイニングルームに降りた。エヴァはとっくに起きていて、食事の準備をしていた。テーブルには自慢の白いクロスが敷かれ、センターピースには美しい花が飾られていた。コーヒーを飲もうとして椅子に座り、エヴァに「かまうな」と文句をいおうとしたとき、だれもが恐れていたことが起こった。
 打ちつづいたストレスと俗務、過密スケジュールの旅行、コーヒー、煙草、チョコレート―そのすべて―が、とつぜん、わたしの襟首をつかんだ。沈んでいくような、奇妙な感覚に襲われた。からだの力がぬけた。周囲のものすべてが渦巻きはじめた。意識から妹が消え、身動きができなくなった。それでも、なにが起ころうとしているかは正確にわかっていた。
 このまま死ぬ。
 瞬時にそう思った。最期の瞬間をむかえる無数の人たちを助けてきたわたし自身に、ついに死がおとずれようとしていた。前夜、レストランで妹に語った自分のことばが、予言のように思われた。少なくとも、わたしは祝福とともに逝こうとしていた。農場の風景がよぎった。収穫の時期をむかえた野菜たち、牛、豚、羊たち、そして動物の赤ん坊たち。それからエヴァの顔をみた。エヴァは正面に座っていた。仕事のことでも、ヨーロッパ旅行でも、農場のことでも、エヴァはいつもわたしの味方になってくれた。死ぬ前にエヴァになにかお返しがしたいと思った。
 その余裕はありそうもなかった。たとえば冠動脈の閉塞なら秒単位で死ぬ可能性もあった。そのとき、いいことを思いついた。
 「エヴア、わたし、死ぬわ」そういった。「お別れに、プレゼントをあげたいの。これから、患者の視点で、死ぬときは実際にどんな感じなのかを実況する。こころづくしの贈り物よ。だって、いままでだれもそんなことしてないから」
 エヴァがなにかをいいだす前に―すでに妹の顔はみえなかったが―、わたしは身に起こっていることを正確に、詳細に報告しはじめた。「まず、爪先からはじまった。爪先がお湯につかっているような感じ。しびれるような、でも、鎮静的な感じ」自分のしゃべる声が、競馬中継のアナウンサーみたいに、どんどん早くなっていくように聞こえた。「それが上昇してきて、脚にひろがり、いまは腰のあたりを通過した」
 「恐怖は感じない。思っていたとおりの感覚。快感よ。とても気持ちがいい」
 わたしは起こっている変化の速いペースについていこうと必死になっていた。
 「からだの外側にいる」わたしはつづけた。「後悔することはないわ。ケネスとバーバラに、さよならっていってね」
 「ただ愛しなさいって」
 残り時間はもう、一秒か二秒しかないという気がした。猛スピードでスキーのジャンプ台を滑降して、いよいよ飛び立つ寸前のようだった。行く手にまぶしい光がみえた。両腕をのばし、まっすぐ光の中心部に飛びこんでいく体勢をとった。いきおいをつけ、コントロールをたもつために腰を落とす、競技スキーの姿勢はからだが覚えていた。意識は明瞭だった。最後の荘厳な瞬間がおとずれたことがわかった。その啓示的な一瞬一瞬を享受していた。「いよいよ卒業だわ」わたしは妹にそういった。そして、目の前の光をまっすぐにみつめた。ぐいぐいひっぱられる感じだった。気がつくと両腕を大きくひろげていた。「いくわよ!」わたしは叫んだ。

  エリザベス・キューブラー・ロス『人生は廻る輪のように』
    (上野圭一訳) 角川書店、1998、pp.338-341

     *****


 17-zb (講演活動等の過労が惹き起こした突然の病 =2=)

 つぎに気がつくと、エヴァのダイニングテーブルのうえに横たわっていた。高級な白いテーブルクロスにコーヒーの大きな染みができていた。きれいに活けた花があたり二面に散乱していた。もっと悪いことに、エヴアが茫然自失していた。気が動転した妹は、わけもわからずにわたしをテーブルのうえにひきずりあげていた。そして、救急車を呼ぶのも忘れていたことを詫びた。「ばかなこと、いわないで」わたしはいった。「救急車なんか呼ぶ必要はないわ。離陸に失放したんだもの。また、もどってきちゃった」
 エヴアが「なにかしなくちゃ」といい立てるので、「空港まで送って」とたのんだ。良識に反する、とエヴアが逡巡した。「良識なんて地獄に堕ちればいいのよ」わたしは笑いとばした。空港に向かう車のなかで、わたしがあげた贈り物についてたずねてみた。死ぬ人の視点からの離陸の実況報告をどう聞いたかが知りたかったのだ。エヴアは返答に窮したようすだった。わたしがおかしくなり、すでに飛行機に乗ったと錯覚しているのではないかと疑っていたのかもしれない。エヴァに聞こえたのは、「わたし、死ぬわ」と「いくわよ」だけだった。カップや皿が割れる音を除けば、そのあいだは完全な静寂だったらしい。
 三日後、わたしはその症状が心臓の軽い細動だったと自己診断した。あるいは別の病名がつけられたかもしれないが、いずれにせよ深刻なものではなかった。勝手に問題なしと宣言した。しかし、問題はあった。一九八八年の夏の干ばつは深刻だった。記録的な熱波がつづくなかで、わたしはヒーリングセンターに使う円形建築のしあげを監督し、またヨーロッパで講演し、六二歳の誕生日に、エイズ感染児を養子にした家族のための盛大なパーティーをひらいた。七月も終わるころに、疲労は極限に達していた。
 それも無視して働いた。八月六日、オーストラリアからきていた女医のアンと、看護婦で元助手のシャーロットを乗せて、わたしは農場のうえの急な下り坂を運転していた。とつぜん、あたまがぎゅっと縮むような感じがした。針で刺されたような痛みが起こり、電気にふれたようなしびれが右半身に走った。左手であたまをおさえ、強く圧迫した。右半身の力がじょじょにぬけていき、麻痺してきた。助手席にいたアンのほうを向いて、わたしは静かな声でいった。「いま、脳出血が起こったわ」
 三人とも、一瞬だけ黙りこんだ。しかし、だれひとり狼狽はしなかった。その三人以上に冷静で有能な女性をみつけるのはむずかしいほどだった。なんとかごまかしながら坂道を運転していき、農場に着いてブレーキを踏んだ。「どんな状態?エリザベス」ふたりがたずねた。正直なところ、わからなかった。そのころには、すでに発語が困難になっていた。舌がもつれて、唇がぼろ雑巾のように垂れさがった感じだった。右腕が自由にならなかった。
 「病院にいかなくちゃ」アンがいった。
 「たわごとを」もつれる舌で、わたしはかろうじてそういった。「脳卒中にどんな手を打つというの? 連中は手をこまねくだけよ」

  エリザベス・キューブラー・ロス『人生は廻る輪のように』
    (上野圭一訳) 角川書店、1998、pp.341-343

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 17-zc (講演活動等の過労が惹き起こした突然の病 =3=)

 といったものの、最低限、基本的な検査が必要だと考えなおし、ヴァージニア大学メディカルセンターに運んでもらった。夕食をつくるつもりが、一転して、救命救急室に寝かされることになった。その部屋でコーヒーと煙草を要求した患者はわたしだけだった。病院がほどこしてくれた最高の配慮は、煙草をやめなければ入院を拒否するという医師をよこすことだった。「やめないわ!」わたしはにべもなくいった。医師は偉そうに腕を組み、正当性を誇示していた。その医師が脳卒中病棟の医長だとは知らなかった。医長だとしても事情は変わらなかった。「わたしの人生よ」そういってやった。
 笑いながらふたりの口論を聞いていた若い医師が、「最近、脳卒中病棟にきた大学のお偉方の奥さんがいましてね。コネを使って入った個室で煙草を喫ってるようですよ」といった。「ルームメイトが入ってもいいかどうか、聞いてちょうだい」わたしはいった。大学幹部夫人は仲間がふえてよろこんでいた。知的でとても愉快な七一歳のルームメイトとわたしは、ドアを閉めて煙草に火をつけた。ふたりともいたずら盛りのティーンエイジャーのようだった。廊下に足音が聞こえると、わたしが合図を送り、煙草をもみ消した。
 わたしも理想的な患者ではなかったが、受けた治療も理想的とはいえなかった。まともな生活歴や病歴をとった医師はひとりもいなかった。完全な精密検査もしなかった。毎晩、一時間おきに看護婦がやってきて、わたしの目に懐中電灯の光を直接あて、「眠ってますか?」と聞いた。
 「眠れやしないわ」わたしは不平がましくいった。退院の前夜、看護婦に「どうせ起こすんなら音楽で起こして」とたのんだ。「できません」看護婦が答えた。「じゃ、口笛は? 歌を歌ってもいい」そう提案した。「それもできません」
 病院で聞いたのはそれだけだった。「それはできません」
 うんざりだった。入院三日目の朝八時、わたしは―ルームメイトをしたがえて―よろよろとナースステーションに向かい、退院を宣言した。「それはできません」看護婦たちがいった。
 「本気なの?」わたしはいった。
 「でも、できないんです」
 「わたしは医師ですよ」
 「いいえ、あなたは患者さんです」
 「患者にも権利があるわ」わたしはいった。「書類にサインします」
 農場にもどると、わたしは急速に回復していった。そのペースは入院しているときよりも早いはずだった。夜もぐっすり眠れ、食事もいいものを食べた。自己流のリハビリ計画を立てた。毎朝、着がえるとすぐに農場の裏手にある大きな丘に向かった。巨大な木や岩の陰に熊や蛇が隠れているような、手つかずの野生が残っているところだった。両手と両膝を使い、痛みをこらえながら、ゆっくりと、丘の道を四つん遭いになってのぼった。一週間もたつと、まだ不安定ではあったが、つえを使って立てるようになった。丘にのぼるたびに、大声でヨーデルを歌った。それがいい運動になった。野生動物が調子っぱずれのヨーデルに恐れをなして近づいてこないという利点もあった。
 主治医の悲観的な予後を裏切って、一か月後には歩くこともしゃべることもできるようになった。幸いなことに、脳の出血は「軽い」もので、わたしはまた庭仕事、畑仕事、執筆、料理、旅行など、以前と同じような生活をはじめた。減速しろというメッセージは忘れていなかった。だが、人間がまるくなったわけではなさそうだった。一〇月、入院していた病院の医師を対象に講演したとき、二か月前の、自分の判断で退院したときの経験にふれた。「あなたたちが治してくれたんです」わたしは冗談めかしてそう強調した。「わずか二日で、あなたたちは入院を希望するというわたしの病気を治してくれました。入院はほんとうに緊急なときでたくさん!」

  エリザベス・キューブラー・ロス『人生は廻る輪のように』
    (上野圭一訳) 角川書店、1998、pp.343-345

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 17-zd (素晴らしい死もそれが引き伸ばされれば悪夢になる =1=)

 一九九五年五月一三日、母の日の前日の夜更け、わたしは自著のドイツ語版を担当している編集者の客人を相手に、砂漠がいかに思索に適した環境であるかを語っていた。翌朝、電話が鳴る音で目がさめた。片目をあけて時計をみると、七時だった。知人なら、そんな時間に電話をかけてくるはずがなかった。客人あての、ヨーロッパからの国際電話かもしれない。受話器をとろうとしたとき、おかしなことに気がついた。からだが動かないのだ。どうしても動かない。電話は鳴りつづけていた。動けという脳の命令に、からだがついてこなかった。
 やっと問題に気がついた。「また脳卒中だよ」わたしはつぶやいた。「こんどは大量出血だ」
 電話が鳴りやんだ。編集者はのんびりと散歩にでたにちがいない、と思った。ということは、自分ひとりだ。脳卒中による麻痺がきたにちがいないが、麻痺はほとんど左半身に局限しているように思われた。それにしても、まったく力が入らなかった。右腕と右脚が少し動くだけだった。ベッドから起きて玄関までいき、助けを呼ぶことにした。床までたどりつくのに一時間近くかかった。からだが溶けたチーズのようにへなへなだった。転ばないようにと、それだけを考えていた。股関節はわたしの弱点だった。卒中のうえに脱臼か骨折でもしたら、たまったものではない。
 床に降りてから玄関まで這っていくのに、また一時間かかった。ドアにたどり着いたが、ノブまで手がとどかずに、あけられなかった。鼻とあごを使ってようやくあけるまでに、また時間がかかった。玄関から顔をだすと、編集者が庭にいる気配がした。しかし、遠すぎて、か細い声をだしても聞こえなかった。客人が救助をもとめるわたしの声を聞いたのは、それからまた三〇分後のことだった。ケネスの家に運ばれた。そこで、病院へいくかいかないかで、また息子とひと悶着した。わたしはいきたくなかった。「退院したら、また煙草が喫えるようになるさ」息子がいった。
 なにがあっても二四時間以内に退院させるという条件を承諾させて、近くの病院に運ばせる許可をだした。左半身は不随になっていたが、病院に着いてもまだ、わたしはぐずぐずと文句をいい、煙草をほしがっていた。理想的な患者とはいえなかった。医師はCTスキャン、MRIなどで基礎的な検査をしたが、脳幹卒中というわたしの自己診断を確定しただけだった。
 わたしにかんするかぎり、脳幹卒中の苦痛など、現代の医療がもたらす苦痛にくらべればものの数ではなかった。薄情な看護婦の態度からはじまったその苦痛は悪化の一途をたどっていった。入院してすぐ、看護婦がわたしの左腕をまっすぐにのばそうとした。左腕は屈曲したままで硬直し、息を吹きかけても飛びあがるほどに痛かった。その腕をつかまれたとき、わたしはまだ使える右手で看護婦に空手チョップを食らわした。看護婦は応援を呼びにいき、ふたりの看護婦にわたしを押さえつけさせた。
 「気をつけて。この人、闘争的だから」最初の看護婦が応援部隊にいった。

  エリザベス・キューブラー・ロス『人生は廻る輪のように』
    (上野圭一訳) 角川書店、1998、pp.364-365

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 17-ze (素晴らしい死もそれが引き伸ばされれば悪夢になる =2=)

 だが、看護婦はわたしの闘争心を甘くみていた。というのも、わたしが翌日に退院したからである。その手の治療に唯々諾々としてしたがうつもりは毛頭なかった。ところが不幸なことに、その一週間後、わたしは尿管感染で病院に舞いもどることになった。安静にしていて水分をとらなかったのが原因だった。三〇分ごとに排尿しなければならなかったので、やむなく看護婦の手を借りて室内便器を使うはめになった。二日目の夜、病室のドアは閉じられたままだった。ナースコール用のボタンは床に落ち、看護婦は完全にわたしの存在を忘れていた。
 暑い夜だったが、冷房装置は故障していた。膀胱が破裂しそうだった。快適な夜とはいえなかった。ナイトテーブルのうえにあるカップに目がとまった。天からの贈り物のようにみえた。それを使って急場をしのいだ。
 翌朝、ひな菊のようにはつらつとした看護婦が笑顔を浮かべながらやってきた。「ごきげんはいかが?」看護婦がたずねた。わたしは錆び釘のような笑顔で応えた。「これ、なに?」カップをみながら、看護婦がいった。「おしっこよ」わたしは答えた。「一晩中、巡回にこなかったから」
 「そう」悪びれることもなくそういうと、看護婦はでていった。
 自宅介護は多少ましだった。生まれてはじめて政府の医療保障である「メディケア」の世話になって、多くのことを学んだ。ろくでもない制度であるということが、よくわかった。向こうの都合で選んだ知らない医師を指定された。たまたま有名な神経学者だった。ケネスに車椅子を押してもらって、その医師の診察室にいった。
 「どんな具合ですか?」医師がたずねた。
 「麻痺」と答えた。
 その医師は血圧測定も機能検査もせずに、処女作以降どんな本を書いたのか、とわたしにたずねた。そして、最近作を一冊、できればサイン入りでほしいという意向をほのめかした。医師を変えたいと申しでたが、メディケアはみとめてくれなかった。しかし、一か月後、わたしは呼吸困難を起こし、往診をたのまなければならなくなった。世話になっている腕のいい理学療法士が三度、その医師に電話をしてくれたが、三度とも応答がなかった。最後にわたしが電話をすると、秘書がでてきて、先生は手があけられません、と気の毒そうにいった。「でも、なにかご質問があれば、わたしに聞いてください」秘書は甲高い声で、愛想よくそういった。
 「受付が必要なら、あなたにたのむけど」わたしはいった。「必要なのは医者なの」
 その医師とはそれが最後だった。つぎに指定された医師は、わたしの友人のグラディス・マクギヤリーだった。グラディスはほんとうによくしてくれた。週末でも往診をしてくれた。町を離れて留守にするときは、あらかじめ通知をくれた。話をよく聞いてくれた。わたしが期待する医師像そのままだった。

  エリザベス・キューブラー・ロス『人生は廻る輪のように』
    (上野圭一訳) 角川書店、1998、pp.365-367

     *****


 17-zf (素晴らしい死もそれが引き伸ばされれば悪夢になる =3=)

 医療体制の官僚主義はわたしの期待などおかまいなしだった。指定されたソーシャルワーカーがやってきたが、ワークをする気など毛頭ない連中だった。自分の保険の適用範囲について質問したわたしを無視して、担当の女は「息子さんにまかせなさい」としかいわなかった。どうでもいいようなクッション事件もあった。看護婦がわたしの尾骨保護用にと、メディケアにクッションを注文した。一日一五時間も座ったままなので、尾骨に痛みを感じるようになっていたからだ。クッションが配達されてきた。メディケアの請求書は四〇〇ドルになっていた。二〇ドルもしないしろものである。わたしはすぐに郵便で送り返した。
 二、三日後、電話があり、郵便での返品はみとめられないといってきた。宅配便の係員に直接手わたさなければならないというのだ。メディケアはそのぼろクッションをまた送ってくるという。「いいわよ。送りなさい」信じられないという思いで、わたしはいった。「尻に敷いてやるわ」
 医療体制の不備は笑いごとではない。脳卒中の発作から二か月後、まだ痛みと麻痺がつづいているというのに、親切な理学療法士はわたしの保険会社から治療打ち切りの指示を受けた。「ロス先生。申しわけありませんが、もうこられないんです」療法士はいった。「支払い期間終了ですって」
 患者の健康という点からいえば、それ以上に恐ろしいことばがあるだろうか? わたしの医師としての感受性は致命的に傷つけられた。あれこれいってみても、わたしは医学の世界に呼ばれた人間だった。戦争の犠牲者たちを治療することに名誉を感じた。絶望的といわれた患者たちのケアをしてきた。医師や看護婦にケアと慈悲のこころをもってもらうための教育に、生涯の大半を捧げてきた。三五年間、ひとりの患者からも治療費を受けとったことはなかった。
 そのわたしがいま、「支払い期間終了」を告げられていた。
 これが現代の医療なのか? 意思決定はその患者を診たこともないだれかによってなされていた。患者への関心はいつのまに事務処理にとって代わられたのか?
 わたしにいわせれば、価値観が完全に狂っている。
 現代の医学は複雑で、研究にお金がかかるのはたしかだが、その一方で、保険会社やHMO(健康維持組織)の首脳たちが年収何百万ドルも稼いでいるのはなぜなのか? また一方では、エイズ患者が必要な薬を買うお金に困っている。がん患者は「実験用だから」という理由で新しい治療法が受けられない。救命救急室はどんどん閉鎖されている。なぜそんなことが黙認されているのか? 希望を否定する権利がどこにある? ケアを否定する権利が?
 そのむかし、医療は管理ではなく、癒しにかかわるものであった。医療はもういちど、その使命を負わなければならない。医師、看護婦、研究者は、聖職者が人間性のたましいであるように、自分が人間性の心臓であることに気づかなければならない。かれらは、同胞― 貧富を問わず、肌の色を問わず― への援助を最優先しなければならない。診療報酬として「ポーランドの祝福された土」をもらったことのある、このわたしを信じてほしい。世の中にそれ以上の報酬などないのだ。
 死後の生の入り口では、だれもが同じ問いに直面する。どれほど奉仕してきたか? 助けるためになにをしたか?
 そのときに答えればいいと思っていたら、手遅れになる。

  エリザベス・キューブラー・ロス『人生は廻る輪のように』
    (上野圭一訳) 角川書店、1998、pp.367-369

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 17-zg (素晴らしい死もそれが引き伸ばされれば悪夢になる =4=)

 死そのものはすばらしい、肯定的な経験だが、わたしのようにそれがひきのばされた場合、死にいたる過程は悪夢になる。それは人間のあらゆる能力、とくに耐える能力や平静でいる能力をしぼりとる。一九九六年の一年間、わたしはたえまない痛みと麻痺による運動制限に苦しめられた。二四時間、だれかの看護に依存するようになった。玄関のベルが鳴っても、応答ができなかった。そして、プライバシーは? それは過去のものだった。五〇年間、だれにも依存せずにやってきた者にとって、依存は学ぶことの困難な教訓である。人がきては去っていく。わが家はときに、ニューヨークのグランドセントラル駅のような混雑を呈する。かと思えば、だれひとりいなくなる。
 いったいどんな人生なのか? 惨めな人生。
 一九九七年一月、この本を書いている時点で、正直なところ、もう卒業したいと痛切に願っている。体力はすっかりおとろえ、たえず痛みがあり、すべてを人にたよっている。「宇宙意識」の教えによって、辛辣で、怒りっぽく、病気を愚痴る態度を捨て、この「いのちの終わり」にただ「イエス」といいさえすれば、からだを離れ、もっとましな世界で、もっとましな暮らしができるようになることはわかっている。しかし、あまりにも頑固で反抗的なわたしは、まだこのような最後の教訓を学ばなければならない。すべての人と同じように。
 しかし、そのような苦しみのなかにあってもなお、わたしは安楽死装置を使うキヴォキアン医師のやりかたには反対である。キヴォキアンは、苦痛だから、不快だからという理由だけで、安易に患者を安楽死にみちびいている。患者が卒業する前に最後の教訓を学ぶ機会を、自分が患者から奪っていることに気づいていないのだ。わたしはいま、辛抱すること、従順になることを学んでいる。どんなにむずかしい教訓であろうと、創造主には計画があることを、わたしは知っている。蝶がさなぎから飛翔していくように、わたしがからだから離れるときをきめるのは創造主であることを、わたしは知っている。
 いのちの唯一の目的は成長することにある。偶然というものはないのだ。

  エリザベス・キューブラー・ロス『人生は廻る輪のように』
    (上野圭一訳) 角川書店、1998、pp.369-370

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 17-zh[2-zb] (死にゆく者への最大の贈り物は安らかに死なせてやること)

 たとえば病人がいて、山をも動かすような信念をもっていて、きっと良くなると信じ、口にもしていたのに・・・・・・六週間後に亡くなったという場合はどうなんですか? これはその前向きのプラス思考、積極的な行動にあてはまるんですか

 「山をも動かす」信念の持ち主が六週間後に死んだのなら、そのひとは六週間、山を動かしたのだ。彼にとっては、それで充分だったのだろう。彼はその最期の日の、最期の時間に、「オーケー、もう充分だ。つぎの冒険に進もう」と決めたのではないか。本人が言わなかったので、あなたはそれを知らないかもしれない。じつは、彼はずっと前に―何日も、何週間も前に―決意していたのだが、話さなかったのかもしれない。おそらく誰にも話さなかったのだろう。
 あなたがたは、死ぬのはよくない、という社会を創りあげた。死んでもいいなんて言ってはいけない、そんな社会だ。あなたがたは死にたくないから、どんな環境あるいは状況でも、死ぬことを望んでいる者がいるなんて想像できない。
 生きているより死んだほうがいい、という状況はたくさんある。少しでも考えれば、想像がつくはずだ。だが、自ら死を選んだひとの顔を見ているとき、あなたがたはその真実には気づかない。それほど、わかりやすくはないから。死にゆくひとは、まわりのひとが死を受け入れたがらないことを知っている。部屋にいるひとたちが、自分の決意をどう受けとるかを感じる。
 部屋に誰もいなくなってから死ぬひとが多いのに、気づいたことがあるだろうか?愛する者に「さあ、向こうへ行きなさい。何か食べていらっしゃい」とか「行って少し眠ってきなさい。わたしはだいじょうぶだから。明日の朝、また会おう」と言う者さえいる。そして、親衛隊が去ると、魂はまもられていた身体から離れる。
 もし、「わたしはもう死にたい」と言ったら、集まった家族や友だちは、「まさか、本気じゃないでしょう」とか「そんな言い方をしないでください」「がんばって」「わたしを置いていかないで」などと言うだろう。
 医療専門家はみんな、ひとが安らかに、尊厳をもって死ねるようにするのではなく、ひとを生かしておくように訓練されている。
 医師や看護婦にとって、死は失敗なのだ。友人や親戚にとって、死は災いだ。ただ、魂にとってだけ死は救い、解放だ。
 死にゆく者への最大の贈り物は、安らかに死なせてやることだ。「がんばれ」とか、苦しみつづけろだの、本人にとっての人生最大の転機に、まわりのことを、心配しろだのと要求しないほうがいい。
 まだ生きると言い、まだ生きられると信じていると言うひと、生きたいと祈っているひとでさえ、魂のレベルでは「気が変わっている」ことがしばしばある。魂が身体を捨てて自由になり、べつの探求の旅に出る時がきた、と決意したら、身体が何をしても決意をひるがえすことはできない。精神が何を考えても、変えることはできない。死ぬときに、身体と心と魂のうちのどれがものごとを動かしているのかがわかる。
 一生を通じて、あなたは身体が自分だと思っている。ときには精神が自分だと思うこともある。ほんとうの自分は何者かを知るのは、死ぬときだ。

  ニール・ドナルド・ウォルシュ『神との対話』
    (吉田利子訳)サンマーク出版、1997、pp.109-111

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 17-zi[5-k] (魂の健康なくして肉体の健康はありえない)

 肉体的な健康、あるいは病気を示唆するどんな肉体症状の背後にも、つねに魂のエネルギーが存在する。魂の健康なくして、真の意味での肉体の健康はありえない。そもそも、人間として生きることの真の目的は、魂の健康を得ることなのである。そして、すべての出来事、すべての体験が、究極的には、その目的の達成に貢献する。

  ゲーリー・ズーカフ『魂との対話』坂本貢一訳
     サンマーク出版、2003、p.207

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 17-zj (精神的なストレスがガンの引き金になる)

 心霊治療家にはガン患者に対して何ができるかということになるが、最も有効なことは、予防医学を教えてあげることである。
 人体の細胞は一生のうち七年ごとに再生を繰り返している。一つたりとも十年前と同じものはないのである。再生された時きちんと元の細胞と同じ形態になっている。それが時として元どおりにならず反乱″を起こすことがある。それがガンという病気である。
 英語のdiseaseという単語に注目していただきたい。語原的にはdis(非・無を意味する接頭語)とease(安心・楽)とに分けることができる。つまりガンの根本原因は安心の欠如、平穏と落着きの欠如ということになる。
 いろいろ考えた末の私の結論として、ガンの直接の引き金となっているのは精神的なストレスであると思う。むろんストレスだけが原因だとは言わない。間違った食事、タバコの吸いすぎ、空気の汚染もそれぞれに原因となっている。が、最後の引き金となっているのがストレスなのである。

  M.H.テスター『現代人の処方箋』(近藤千雄訳)
    潮文社、1988、pp. 163-164

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 17-zk (ストレスによるガンの誘発は医学的にも事実である)

  今日ではガンがストレスによって誘発されることは医学的にも事実として認められている。とくに女性の乳ガンは感情を抑えてしまう人に多い。キッセン博士が男性のヘビースモーカーに見出した“ビン詰め”の姿勢と同じものが乳ガンの女性患者に見られるのである。
   憤まん、感情のビン詰め、その他、現代の生活環境への異常反応が免疫グロブリンAを異常に生産させる。これは乳房の中で製造される。その異常が乳ガンの共通した主要因である。
  健康な細胞の再生を妨げる異常な生理的反応は他にもいろいろある。が、それらもみなストレスが引き金となっているのである。
  ということは、男性にしろ女性にしろ、ストレスの中にあっても平穏で落着いた精神状態を保てる人はガンにかかる危険性が低いということになる。そうした精神的な姿勢が保てるということは霊的成熟度の尺度でもあるのである。

        M.H.テスター『現代人の処方箋』(近藤千雄訳)
          潮文社、1988、p. 165

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 17-zl (健康とは人体のあらゆる部分のバランスが保たれている状態)

 人間の身体はきわめて複雑なメカニズムをしている。これまで人類が発明した機械工学、電子工学のすべてが体内に収められているといってもよい。現代の花形のコンピューターなども人体のコンピューターに比べればまるでオモチャのようなものである。それほど精巧なコンピューターが人体を支配している。
 が、その働き、つまり人体の機能について、人間はいまだに驚くほど無知である。それでも、はっきりしていることは幾つかある。ホルモン等の分泌物のバランスが精密に保たれていること、糖分が過剰になると糖尿病になること、赤血球が不足すると貧血を起こし、血圧が下がりすぎると死亡する、血液の凝固が高まりすぎると血栓症をひきおこす、等々。
 人体のこうした生理上のバランスは化学物質のように過敏である。首すじが硬直すると頭痛をひきおこす。筋肉を被っている皮膜がけいれんを起こすとリューマチになる。要するに人体のあらゆる部分のバランスが保たれている状態が健康なのであって、少しでもそれが崩れると何らかの病的症状が現われる。

   M.H.テスター『背後霊の不思議』(近藤千雄訳)
     潮文社、2010 、pp.12-13

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 17-zm (病気になる大半の原因はあなたの心構えが悪いからである)

 (胃かいようなどがそのもっとも良い例である)心の不安定が胃液の分泌を狂わせ、胃酸が出すぎて絶えず胃壁を刺戟するために次第にただれてくる。これを胃かいようというのである。
 こうした感情によってひき起こされる病気が全体の何パーセントを占めるかは正確には言い難いが、ある医者は九五パーセントという数字を出している。
 以前わたしは胃病の臨床記録を見せてもらったことがある。一般開業医から送られてきた細かい診察記録を分析したものであるが、それによると、胃の病気の七五パーセントが感情的な原因から来ていることがわかった。また、頭痛とか倦怠感、便秘、めまい、ノドの炎症、腹痛、首すじや背中の痛みなどは殆どが感情的なものに起因しているといっていいらしい。
 はっきりとした数字を出す専門家もいる。疲労倦怠感は九〇%、便秘は七〇%、頭痛は八五%、ノドの炎症は九〇%、胃の膨満感(ガスの発生)は九九・五%が感情によるという。
 医大などで使用するテキストにはほぼ千種類に及ぶ病名が記載されており、学生はこれをマル暗記させられるのであるが、病名はそんなにあっても、その大半の原因はただ一つ感情だというわけである。
 要するに精神の不安定が生理的なバランスを崩し、それがさまざまな病的症状を生んでいく。痛む、むかつく、疲れやすい、関節が凝る、そのほか、できもの、機能不全、便秘、ノイローゼにも似た不快感、といったような日常聞き慣れた症状が次々と出てくる。
 が、誰が悪いのでもない。何が悪いのでもない。あなた自身の心構えが悪いのである。

    M.H.テスター『背後霊の不思議』(近藤千雄訳)
      潮文社、2010 、pp.17-18

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 17-zn (失敗への後悔は体内の調和を乱す悪感情である)

 人間だれ一人として過ちを犯さない人はいない。それ自体は少しも悪いことではない。否、むしろ失敗とは、いわば人生勉強を自学自習しているようなものであって、その意味で失敗のない人には進歩はないといってもよいであろう。
 が、失敗してそこから何ものかを学び取る態度と、失敗をくやみ、ふさぎ込んでしまうのとでは大いに違ってくる。失敗への後悔、失敗から生ずる不安と恐怖、こうした感情は体内に複雑な不調和音を鳴りひびかせ、正常なコンピューターの働きを徐々に狂わせていく。
 調和を乱す悪感情は他にもまだまだ沢山ある。うぬぼれ、どん欲、肉欲、いやしさ、ねたみ、怠惰。これに前に述べた怒りを加えて、神学では七つの大罪〃と呼んでいるが、何も神学流にむずかしく考えることはない。要するに自然への反逆と考えればよいわけで、これらの不自然の繰り返しが病気という不自然な結果を生む。

    M.H.テスター『背後霊の不思議』(近藤千雄訳)
      潮文社、2010 、pp.21-22

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 17-zo (病気の多くは精神的なストレスが加わって悪化する)

 概してわれわれは肉体そのものの健康管理にあまり真剣でなはない。運動らしい運動をしない。よくないといわれる食べ物でも平気で食べる。衛生観念もまだまだ低い。生活環境がきわめて不自然である。こうした悪条件の中で肉体機能が健全に働くはずはない。
 昔の人のように、仕事で馬を乗りまわすことがない。筋肉労働が少ない。旅行をするにも自動車か汽車の中でじっと坐っているうちに目的地に着くので、歩くということがない。こうした生活は次第に人体の背骨の下部を弱めるので、少し立ち続けたり、たまの休みに遊び過ぎると、すぐに腰の部分に痛みを覚えるようになる。
 単なる筋肉の痛み程度ならまだよいが、これが進行するといわゆるヘルニアとなる。これも日常生活の自然な動きで元に戻ることが多いが、精神上のストレスが重なると筋肉に異常な緊張を与え、背骨の並びに狂いが生じてくる。するとこれが座骨神経を圧迫する。いわゆる座骨神経痛というのがこれである。この神経は脚から足の先まで通っているので、悪化すると足の先がマヒするようになる。
 病院へ行くときまってやってくれるのが、背骨をひっぱる治療法である。背骨をひき伸ばしているうちに、はみ出ている骨が元に戻るという理屈でやるわけであるが、なかなか理屈どおりにはいかない。やがて手術というコースをたどることになるが、手術しても一向に治らない場合が多い。
 ヘルニアは最近急激に増えてきた病気で、外科的な病気としてそれなりの療法がいろいろと試みられているが、その要因は精神的なストレスにあるのであるから、初期の段階において、そのストレスつまり精神上のしこりを取り除いてやることが一ばん大切である。
 私も治療家の一人としてこの種の患者を扱うことが多く、今ではちょっとした専門家のような恰好になっているが、私の診たところでは純粋に外科的なもの、たとえばゴルフなどで腰をひねりすぎるといった原因から来るものも皆無ではないが、大ていはそういった外因に精神的なストレスが加わって悪化させている。

  M.H.テスター『背後霊の不思議』(近藤千雄訳)
    潮文社、2010 、pp.25-27

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 17-zp (病気の大半は感情によって誘発されている)

 病気の大半は感情によって誘発されている。感情が動揺すると体内のコンピューターが指令を発して、生理作用を調節しようとする。この作用は意識的にやろうとしても出来るものではない。これは体内の持殊な暗号によって行なわれるのである。
 ではその暗号とは何か。それがあなたの心の姿勢〃なのである。
 かりにあなたが恐れ〃の姿勢をとると、コンピューターは「休め」の状態から、大急ぎで「防御体制」の指令を発し、みるみるうちに生理現象が変化する。腹を立てた場合も同じである。みるみるうちに顔が赤くなり、目がつり上がり、唇がふるえ出す。
 うっかり口をすべらした事柄や中傷によって相手を激怒させることもあるし、自分が中傷されている状態を心の中で勝手に想像しただけでもムラムラと憎しみを覚え、身体が熱くなることもある。そうした激しい感情による生理変化は驚くほど早い。最近こんな例があった。
 それはそれは仲むつまじい夫婦があった。ことに旦那さんは奥さんが可愛くてしかたがなく、生活のすべてが奥さん中心に動いているといってもよかった。
 ところがその奥さんが、事もあろうに、ほかの男性とかけ落ちしてしまった。「永久に戻る気持ちはありません」と書き置きがしてあった。その日まで日焼けして見るからにたくましい頑健そのものだった旦那が、その書き置きを読むなり全身の力が抜けてしまい、寝込んでしまった。やがて病院へ運び込まれた。
 診察してみると、驚いたことに早くも全身に病的症状が現われていた。まず胃がひどいけいれんを起こす。何一つ食べられない。水を一口のんでも七転八倒の苦しみとなる。ひどい頭痛が続く。四十度近い体温が一向に下がらない。血圧は一三五の正常値から二四〇までバネ上がっている。大小便の失禁が続く。全身に発疹が出る。もう死んでしまいたいと思う。現に死にそうなところまで行った。
 何がこの男をこんな無残な状態に追い込んだか。ほかでもない。死ぬほど愛していた妻に裏切られたという精神的ショックが一瞬のうちに健康な生理的バランスを打ち崩してしまったのである。精神的ショックによる反動は実に早い。今の今まで頑健そのものだったこの男も、妻に裏切られたと思ったホンの数秒のうちに、重病人となってしまったのである。
 がしかし、崩れるのも早いが回復するのもまた実に早い。

  M.H.テスター『背後霊の不思議』(近藤千雄訳)
    潮文社、2010 、pp.30-32

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 17-zq (よろこびが一瞬のうちに生理作用を変えてしまう)

 ある女性が勤め先から疲れ切って帰ってきた。仕事が気に入らないし、毎日毎日同じことばかりさせられてウンザリしている。今日もまた、クシャクシャ気分で帰ってきた。早く風呂に入り、軽い食事をとって一刻も早く寝床に入りたいと思っているところへ電話が鳴った。ボーイフレンドからである。コンサートへ行こうという。彼女の大好きな俳優によるショーもある。コンサートのあとパーティがあって、その俳優に会うこともできるから、ぜひ行こうという。三十分後に彼氏がさそいに来てくれることになった。
 コンサートは素敵だった。パーティでは、大好きな俳優とダンスができた。夢見る心地である。パーティは夜中の二時まで続いた。帰宅した時もまだ興奮がさめやらず、一晩中踊っていたい気持ちであった。
 何という変わりようであろう。昨日の夕方、疲れ切って帰宅し一刻も早く寝たいと思っていた彼女に、何がこんな元気を吹き込んだのだろう。どこから舞踏会へ行くエネルギーを得たのであろうか。
 カラクリはいたって簡単である。要するに心の姿勢が変わったのである。彼女は今の今まで疲れ切っていた。そんな時の体内のコンピューターは「疲れているから早く休息しろ」という指令を発している。これを受けた神経中枢は代謝速度を落とし、温かい風呂と軽い食事のあとすぐに寝る態勢を整えている。そこへ彼氏から電話がかかり、パーティへ誘ってくれた。そのよろこびが一瞬のうちに生理作用を変えてしまった。
 それまでの疲れと憂うつと不満が一変して、興奮と期待とよろこびになった。表情に生気が満ちあふれている。コンピューターが「疲れているから休息しろ」の指令から「楽しい場所へ行くからスタミナと笑顔を用意しろ」に切りかわっているのである。その指令に従って代謝が活発となり、夜中の二時まで踊り続けても疲れを感じなかったわけである。

  M.H.テスター『背後霊の不思議』(近藤千雄訳)
    潮文社、2010 、pp.32-34

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 17-zr (健康への鍵は唯一つあなたの心の姿勢にある)

 こうして例をみてもわかるように、健康へのカギはただ一つ、あなたの心の姿勢″にあるのである。身体のコンピューターは頭脳で操作するのではない。願いによっても操ることはできない。うれしいとか悲しいとか面白いといった、きわめて原始的な感情によって左右されているのである。
 悲しい知らせで病気になり、うれしい知らせでいっぺんに元気になる。
 一例をあげると、自分の投資している会社が倒産したという知らせで床に伏すかと思うと、宝くじが当ったという知らせで病気などどこかへふっ飛んでしまう。
 かりに今、あなたが家でソワソワしながら知らせを待っているとしよう。やがて電報が届いた。不幸な知らせである。とたんに胃のあたりがキリリと痛みはじめ、脚の力が抜けてソファに坐り込んでしまうだろう。
 反対にうれしい知らせ、たとえば「長男無事誕生」といった知らせであれば、大の男が飛び上がって「バンザイ」を叫ぶかも知れない。世の中が急に明るくなったような気がして、何をやっても楽しくてしかたがない。
 こんな風に悪感情は身体機能の不調和をもたらし、それが病気の原因となる。ところが反対に、明るい感情は調和を保ち、あるいは乱れた調和を回復させる。その状態が健康というわけである。

    M.H.テスター『背後霊の不思議』(近藤千雄訳)
      潮文社、2010 、pp.34-35

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 17-zs (気持ちの動揺を落ち着かせる最上の方法)

 何かあるとすぐに動揺し、自分で自分がコントロールできなくなる人は、次に簡単な精神養法をお教えするからぜひ実行していただきたい。
 ホンの数分間でいいから静かにしていられる部屋を選び、上着をとって横になる。安楽椅子に腰かけるのもよい。男性はネクタイをゆるめ、ベルトをはずす。女性であれば、身体をしめつけるような肌着をとる。次に明るさは大なり小なり刺戟性があるのでカーテンで部屋を薄暗くする。左右の手を重ね、足を交叉させ、目を閉じ、眼球の力を抜いて動きにまかせる。
 この状態で深呼吸をする。ゆっくりと吸い込み、ゆっくりと吐き、吐いたあと、次に吸い込むまで少し問をおく。これを数分問くり返す。以上である。
 これが精神を落ち着かせる最上の方法である。というのも、こうした所作によって身体のコンピュータは休め〃の司令を発し、生理機能が調和を取りもどすのである。
 これで、あなたはいわば落ち着いた冷着な人間のマネをしたわけである。それでよいのである。これを必要と思った時に、何回でも繰り返すことである。そのうちこれが習性となり、本当に落ち着いた人間になっていく。
 もともと人間の身体というのは自然に回復するようにできているのである。これを自然治癒力とか自然良能といっている。外科治療の一切と内科治療のほとんど全部が、この自然治癒力の存在を前提として成り立っている。たとえば外科医が手術をする時、あとで切り口を縫い合わせれば必ずもとのようにひっつくことを信じているからこそ、安心してメスを入れることができるのであって、これがもしも確かでないとしたら外科医術は根底から崩れてしまう。
 内科とて同じである。大部分の病気は患者をベッドに寝かせ、ストレスをできるだけ少なくし、気を使わせないように、そして身体が冷えないようにしてやるなど、自然治癒力の働きやすいようにしてやるだけのことであって、薬は補助的にその治癒力を促進させたり症状を軽くすることを目的としたものである。薬そのものが治すのではない。
 この自然良能は、驚くほどの潜在能力をもっている。病気がなかなか良くならない場合は、その働きを妨げているものがあるからであって、障害を取り除いてさえやればメキメキとよくなる。

  M.H.テスター『背後霊の不思議』(近藤千雄訳)
    潮文社、2010 、pp.45-46

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 17-zt (明るく積極的な心の姿勢が自然治癒力を発揮させる)

 その端的な例が傷口の治癒である。ケガをすると、その傷口を治療するために身体自身が万全の処置をとるようにできている。血球その他、その治癒に必要な化学物質が瞬時のうちに生産されてドシドシ現場に送られる。その際、人間にしてやれることと言えば傷口を清潔にして有毒な細菌の感染を防いでやることぐらいであって、人体に具わっている自然良能のしくみは遠く人知の及ぶところではない。
 かりに熱が出たとすれば、それは毒素を燃焼させるためである。肝臓や腎臓も老廃物を取り除いたり解毒したりする仕事を四六時中絶え間なく行っている。こうした自然治癒力をスムーズにそして最大限に発揮させる条件が、肉体的には生理的バランス、精神的には明るく積極的な心の姿勢だというのが私の主張なのである。

  M.H.テスター『背後霊の不思議』(近藤千雄訳)
     潮文社、2010 、pp.46-47

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 17-zu[57-p] (延命治療では寿命が延びているわけではない)

 霊的視点からいうと、延命治療には意味はあまりありません。
 今は医療技術が発達していますから、肉体を永らえさせる方法はたくさんあるでしょう。けれど、それはただ肉体が機能している、というだけで、たましいはもう肉体を離れたがっているのです。
 人は肉体とたましいが重なって生きています。二つをつないでいるのは、肉眼では見えないシルバーコードと呼ばれる霊的物質です。霊視すると薄い半透明のコードのようなものに視えます。死ぬときは、このシルバーコードが切れて、肉体からたましいが離れるのです。西欧の伝説に出てくる死神が大きなカマを手にもっているのは、そのカマでシルバーコードを断ち切るためだといわれています。
 延命治療をしているときは、シルバーコードはつながったまま、たましいがふわりと浮かんでいる状態です。ふるさとに戻ろうとしているたましいに、足かせをつけて引っ張っているようなものなのです。
 延命治療をして、何日か命が永らえたとしても、寿命が延びているわけではありません。厳しいようですが、回復する見込みはほとんどないのです。現世側から見ても、霊的世界の側から見ても、将来的な発展性は少ないのではないでしょうか。
 延命治療をする理由は、ただひとつ。残される側の執着です。
 本人が望んで延命治療をしているケースは、ほとんどないでしょう。残される側が、なんとか助かってほしい、死んでほしくない、そう思ってしまうから、もう無理だとわかっていても、できる限りの手を尽くすよう病院側に頼んでしまうのです。民間治療にすがって、何も食べられない病人に大量のサプリメントを飲ませたりする場合もあります。
 医療側も、末期だとわかっていると、もう家族を止めません。それが患者の負担にしかならないとわかっていても、気のすむようにさせてしまうのです。また、「少しでも長く生き延びさせることが医者の腕」と考えている人も少なくないかもしれません。
 けれど、くり返しますが、死は決して不幸なことではありません。定められた寿命が来たというだけのこと。亡くなる本人にとっては安らぎなのです。
 残された人は、その人と自分とのかかわりを噛みしめ、その死が伝えようとするメッセージに耳を傾けながら、命の終わりを、旅立ちのときを、ただ静かに見つめてください。
 むやみに執着することは、相手を本当に愛していることにはなりません。
 その人がいなくなる喪失感と寂しさに、自分が耐えられない、というだけなのです。それは相手への愛ではなく、自分への愛です。
 相手を愛しているつもりが、結果的に苦しめるだけになる。それは残される側が望んでいることでもないはずです。
 あきらめる、ということ。
 それは一見、冷たいように見えますが、実は相手のことを本当に思いやる愛です。その冷静さと強さが、残される側の人々に求められているのです。

     江原啓之『天国への手紙』集英社、2007、pp.46-48

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 17-zv (病気には肉体の病、運命の病、宿命の病の三種類がある)

 実は病気には、三種類あります。肉体の病、運命の病、宿命の病です。肉体の病は、疲労や不摂生から来る病気です。運命の病は「思い癖の病」とも言い、その人の現世での考え方、ものの見方からくるものです。宿命の病は、先天的に持っているハンィキャップなどで、その人が今生で克服する課題と関わっている病気です。
 今の時代に増えているのは、二番目の「思い癖の病」です。あくまでもスピリチュアルな視点から見た話なのですが、例えば、眼病は、ものを注意深く見ない現われです。扁桃腺が腫れるのはロを慎んでいない人、耳の病気は人の注意を受け入れていない人、吹き出物が出やすいのは不平不満が多い人です。このように病には意味があります。
 現在、女性に増えているのが子宮内膜症です。それにともなって、不妊症や子宮体がん、卵巣がんも増えていると言います。不摂生が原因であれば、肉体の病であると言えるでしょう。また、生まれつきもっている遺伝的体質から来る宿命の病の場合もあるでしょう。しかし、自らの役割をこなしていないことが原因である、つまり運命の病であることが最近は多いと私はみています。言い換えれば、「母性が足りない」「しっかりと母性を持ちなさい」というシグナルなのです。
 同様に、男性の場合でもED(勃起不全症)や無精子症が増えているのは、父性の欠如の現われです。また、男性には腰痛が持病の方は少なくありませんが、そうした方の場合には父性が足りないというシグナルかもしれません。腰というのは、文字通り身体の要です。ここにトラブルがあるのは、いざというときに、ふんばりがきかず、リーダーとしての素養に疑問符がついているからです。
 何を非科学的なことを言っているのかと思われるかもしれません。無精子症にしても環境ホルモン云々のせいだとか、いろいろと原因があげられます。しかし考えてみてください。同じ条件下でも、無精子症になる人とならない人がいます。その差はどこにあるのでしょうか。まさに神秘ではありませんか。
 父性や母性の話をすると、「それでは、子どもが授からなかった人はどうすればいいんですか」と尋ねる人がいます。しかし、学びにおいては、実際に子どもがいるかどうかは問題ではありません。子どもを持って得る父性もあれば、持たずに得る父性もある。母性も同様です。子どもを持つことで父性や母性を得ることがすべてではありません。子どもを持たない人のほうが、ある意味で学びの多いカリキュラムをこなしているとも言えるのです。
 本当に子どもの好きな人ならば、よその子でも好きでしょう。母性のある人は花でも動物でも可愛く思えるはずです。また、男の人ならば、子どもがいなくても、会社の先輩や上司として父性を発揮する機会もあるでしょう。「自分は出世もできないし、リーダーシップを発揮できる立場にいない」という男性ならば、試しに犬を飼ってみてはいかがですか。犬は必ずボスに従います。犬が飼い主をボスと認めなければ、言うことを聞いてくれません。今の日本は、犬すらまともに飼えない男性が多いのではないかと思います。まずは、そこから自分の学びを直視しなければならないかもしれません。

   江原啓之『日本のオーラ ― 天国からの視点』新潮社、2007、pp.39-41

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 17-zw (延命治療で使用される人工呼吸器は本当に必要か)

 延命治療で使用される人工呼吸器といった機器は、本当に必要なものなのでしょうか。呼吸器は、末期がんなど不治の病で、回復の見込みがなく、最後に意識が混濁してしまっているようなケースに使うことが多いように思われます。つまり、もう手の施しょうもない状態です。そうであれば、自然な死を迎えさせてあげたほうがいいのではないかと思うのです。
 病気によっては人工呼吸器のおかげで、助かったというケースもあるでしょう。何が何でも人工呼吸器がダメだと言うつもりはありません。しかし、先ほど臓器移植の話でも触れたように、スピリチュアル的には一概に「命が助かったからよかった」とは言えないものなのです。
 また、人工呼吸器を一回つけてしまうと、今度はいつ外すのかが問題になります。患者の家族の承諾があっても、「人工呼吸器を外したら殺人になる」と悩む医師も多いようです。しかし、悩むぐらいだったら、最初から人工呼吸器をつけないという選択もできるはずです。
 人工呼吸器をつけるときも、医師は患者の家族に「人工呼吸器をつけますか、どうしますか」「つけたら外せませんよ」ときちんと説明して確認を取っているのでしょぅか。そういう説明をしてくれる医師のいる病院では、人工呼吸器を拒否して、そのまま安らかに死なせて欲しいと望む家族が多いように思えます。
 ですから、延命治療よりも、もっと研究するべきは緩和ケア(治癒の見込みのない患者の疾患の痛みや心理的問題、社会的問題など全人的にケアしていくこと)ではないかと私は考えています。医学界では「どうしたら患者を助けられるか」を医学として考えています。しかし、その一方で、「どうしたら安らかに死なせられるか」を考える緩和医療のほうも(以前よりは発展しているとは言うものの)、もっと発展してほしいと思うのです。

  江原啓之『日本のオーラ  ― 天国からの視点 』新潮社、2007、pp.100-102