学びの栞 (B) 


 30. 霊界との通信


 30-a[29-n] (ブラジルの霊能者セリアのリーディング =1=)

 私は会場の前のほうにすわっていました。人々は自分の名前を紙に書いて、かごの中に入れます。セリアはその紙を手に取り、もみくちゃにしてから、中を見ずにいくつかの名前を呼びました。自分の亡くなった知人や親類の名前が呼ばれたことに気がつくと、その人々はセリアがすわっている小さな演壇に近づきました。一人で近づく人もいれば、夫婦で、時には家族全員が出てゆく人達もいました。
 この人々の顔に浮かんだ感情や体で表現された言葉は、純粋で自然でした。あらゆる社会階層を含む八百人以上の人々が集まっていました。いつ自分が呼ばれるか、誰も知りませんでした。
 私はセリアほど、速いスピードで仕事をする人を見たことがありません。正確な名前、体の特徴や性格について、すべてが滝のように注ぎ込まれました。どのようにその人が死んだかを知っているだけでなく、彼女は亡くなった人の人生の個人的なひみつを、引き出すことができました。それを聞いて、家族はとてもなぐさめられていました。その小さくてか細い、六十五から七十歳くらいと思われる体からは想像のできない力を、彼女の言葉は発していました。彼女の身長は一メートル五〇センチもなく、ぜん息を抑えるために、吸入薬を必要としていました。
 なかでも次の二つの物語は感動的でした。セリアが男の人の名前を呼ぶと、彼の両親姉妹が演壇のそばにやって来ました。セリアがその若者が死んだひどい自動車事故を鮮明に描写している間、一家は震えていました。セリアは家族に、その若者は今は元気であり、愛をみんなに送っている、それに一人きりではないと伝えました。その自動車に乗っていた他の二人の若者も、彼と一緒に死んでいました。セリアがさらに二つの名前を呼ぶと、他の二人の犠牲者の家族が演壇に近づきました。亡くなった若者の一人の父親は、直立して少しよそよそしい感じで、他の人達の後ろに立っていました。彼は気持ちを抑えようと闘っていました。他の人達は泣き崩れて、お互いに抱き合っていました。
 セリアは、みんなと離れている男の妻に向って言いました。
 「そんなに罪悪感を感じるのはやめなさい。みんな、今は魂になって元気なのですよ」この女性の息子が車を運転していて、その事故に責任があったために、この母親は特にたまらなく感じていたのでした。
 「三人は愛をあなた方に送っています」とセリアは続けました。それからさらに、個人的な事柄をいろいろと伝えました。

  ブライアン・L・ワイス『魂の療法』(山川紘矢・亜希子訳)
     PHP研究所、2001年、pp.279-28

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 30-b[29-o] (ブラジルの霊能者セリアのリーディング =2=)

 そのあと、セリアは他の人達の後ろに立っている頑な男性をじっと見つめました。彼女は演壇の上の小さな机の後ろに立ちました。他の人達は床の上に震えて立っていましたが、彼女の頭の高さは、他の人と変わりありませんでした。彼女はその男性をもっとはっきり見たかったのです。
 「あなたの息子は私に、あなたが今起きていることを受け入れられずにいる、そしてあなたがエンジニアであるのが、それをもっと難しくしている、と言っていますよ」その男性はこの言葉が正確であることを認めて、うなずきました。
 「息子さんは、もうカーペットのことを言うのはやめていい、と言っています。もう、それは重要ではありません」
 この瞬間、その男性は妻を抱きしめて、泣き崩れました。他の人は知らなかったのですが、彼と妻はある部屋のカーペットについて、ずっと言い争っていたのでした。父親はこのカーペットのほこりが、息子のアレルギーとぜん息の発作の原因だと主張しました。でも彼の妻は、大好きなカーペットのせいではないと言って、それを捨てようとはしなかったのでした。
 この非常に個人的な性質の話が、エンジニアの知性を打ち破って、彼の心に達したのです。彼はもはや、自分が体験していることを否定できませんでした。そして妻をしっかり抱きしめて、二人で泣きじゃくっていました。息子はまだ魂として生きている、私達の本質は体ではなく、決して死ぬことはないと、わかったのでした。

  ブライアン・L・ワイス『魂の療法』(山川紘矢・亜希子訳)
     PHP研究所、2001年、pp.280-281

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 30-c[29-p] (ブラジルの霊能者セリアのリーディング =3=)

 六十か七十人のリーディングが終ったあと、セリアは休憩を取りました。十人ほどの人々と一緒に、私は小さな部屋へと通されました。セリアはいすにすわって休んでいました。私は彼女に、輪廻転生や他の霊的なテーマについて講演をし、本を書いている有名なアメリカの医者だとして、紹介されました。私の仕事について彼女が質問した内容から察すると、セリアが私のことも、私の本のことも知らないのは確かでした。彼女は私の仕事を祝福し、私は彼女の能力を賞讃しました。そして、無条件の愛だけが大切であるという点で意見の一致をみました。
 突然、声も声の調子も変えずに、彼女は私にメッセージを伝え始めました。
 「あなたの息子さん、アダムがここにいて、彼の心臓は今は正しい位置になっていると、あなたに知って欲しいと言っています。彼は弟のジョーダンと、あなたのお父さんと同じ名前の妹を見守っています。また、お母さんのキヤロリーに愛を送っています。仕事を通してあなたに平和と静けさをもたらすために、彼の死は大切だったのです」
 ずっと前に亡くなっているキャロルの父とおじの二人だけが、彼女の名前をキヤロリーと発音していました。二人にとって、それが彼女の愛称だったのです。
 セリアの声の調子が少し変わり、もっと真剣になりました。
 「あなたの霊的な仕事は正しい仕事です。正しくて、すぐれています。自信を失ってはいけません。続けなさい。この仕事は、あらゆる所を助けています。向う側の世界をも助けているのです。これはもっと大きくなってゆくでしょう」
 セリアの言葉が私の心と胸にしみ入ると同時に、私は十七年前のキャサリンのメッセージと、感動的で私の人生を変えてしまった、私の父と息子のアダムからのメッセージを思い出していました。そして十七年後、またしても寒気が私の体を走り抜けました。
 セリアが私や家族のことを何一つ知らず、私の本も読んでいないことを、私は知っていました。彼女の言葉の正確さに、私は鳥肌が立ちました。
 あれから十七年もたつのに、私はまだ「奇跡」を当たり前だとは思っていません。

  ブライアン・L・ワイス『魂の療法』(山川紘矢・亜希子訳)
    PHP研究所、2001年、pp.282-284

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 30-d[29-q] (ジェームズ・ヴァン・プラグのリーディング =1=)

 小さな会議室は百五十人の人で一杯でした。そして霊媒のジェームズ・ヴァン・プラグが亡くなった人からの情報を伝える一言一言に、みんな聞き入っていました。どんな懐疑的な人でも、愛する人が生き続けている証拠を欲しがっている人々に彼が伝えるごく些細な事柄の正確さに、驚かずにはいられなかったでしょう。メッセージを受け取った人々は、その情報が正確であることを認めていました。その情報が個人的なものであればあるほど、私達はみなびっくりし、感動しました。
 キャロルと私は部屋の真ん中より少し後ろ寄りにすわっていました。どうしてジェームズがあんなに細かいことまでわかるのか、私は頭で理解できずにいました。「彼らが私に話すのです」というのが、いつも彼の答えでした。
 私の左隣りに、三十代半ばに見える女性がいました。ジェームズが男性の名前を告げると、彼女の左隣りにいた年配の女性が、震えながらいすから立ち上がりました。「私の母です」と私の隣りの女性が私に打ち明けました。
 ある人々が「証拠になるもの」と呼んでいる確認できる事柄が、ジェームズの口からその六十代の女性に向って、流れるように飛び出していました。
 「ええ……はい……ええ、はい!」彼女は答え続けました。その手は固く握りしめられていました。彼女の足はふらついていました。
 「彼はバラの面倒を見てくれてありがとうと言っています」とジェームズは続けました。
 「あなたが彼への愛からバラの面倒を見ていることを知っています。そして彼の愛をあなたに返しています」年配の女性はうなずき、涙が目から溢れていました。
 「それと、犬のことはあまり心配しないようにしなさい」とジェームズはユーモアをこめて、謎めかして言いました。
 彼女の娘が私に説明してくれました。「母は父のバラ園の手入れをしています。そうするように、駆り立てられているみたいです。そして、私達の犬が走り廻って庭をだめにしないかと、とても気にしているのです。本当にすごいですね!」彼女の目にも涙が溢れていました。この出来事に感動して、私はいくらかでも客観性と距離を保つのが難しいほどでした。
 すぐに、ジェームズは全員を泣かせてしまいました。
 「ここに彼のものを何か持って来てくれてありがとうと、彼は言っています」と言って、ジェームズはしばらく無言でいました。「それは彼の指輪です。彼が出て来るチャンスを多くするために、あなたはそれをここに持って来たのです」
 ジェームズが言い終ると、その女性はゆっくりと左腕を伸ばして、リーディングの間中、ずっと握りしめていた左手を開きました。その手の中には、彼女の夫の指輪がありました。その瞬間まで、彼女の二席横にいた私でさえ、それに気づいていませんでした。部屋の中にいる全員が深く感動しました。輝くようなほほ笑みが、老婦人の顔に広がりました。夫が自分と話をしにここまで来ているのを、彼女は知ったのでした。
 「母はあの指輪を持ち歩くことは絶対にありませんでした」私の物問いたそうな様子に彼女の娘が答えました。「何か役に立てばと思って、この会場に持って来たのです。とても役に立ったと思います」彼女のほおを、静かに涙が流れ落ちていました。

  ブライアン・L・ワイス『魂の療法』(山川紘矢・亜希子訳)
     PHP研究所、2001年、pp.292-294

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 30-e[29-r] (ジェームズ・ヴァン・プラグのリーディング =2=)

 フロリダ州フォートローダーデールのホテルに集まった六百人近くの人々を前にして、ジェームズはまた、参加者の中の特定の人々に向って話すように、「指示され」ました。七歳の娘を、白血病で亡くして悲しみに沈んでいる夫婦をジェームズが助ける様子を、私はそこで見ていました。
 「彼女は愛を送っています。そしておもちゃや人形やユニコーンの間に、彼女を置いていてくれることを、とても感謝しています」
 その時はそれが何の話か、私にはわかりませんでしたが、若い夫婦はすぐに反応を示しました。感動に震えながら、二人は娘を火葬にしたと説明しました。彼女の遺灰を入れた箱は、人形やおもちゃに囲まれて、彼女の寝室に置かれていたのです。ベッドのシーツと枕カバーは彼女のお気に入りだったユニコーンの柄がついたものでした。
 ジェームズはそれまで、この若い夫婦と会ったことも話したこともありませんでした。それに、彼が次に差し向けられた人が、私の知り合いの若い女性であることも、彼は知りませんでした。ジェームズはカリフォルニアから着いたばかりで、その女性と会ったことはありませんでした。
 「デイビッドがここにいます……デイビッド、どなたかの息子さんで、亡くなって今は霊になっています」とジェームズは始めました。
 二、三人の女性が立ち上がりました。デイビッドという名前は、珍しくないからです。でも、私の知人の若い女性は立ち上がりませんでした。彼女には子供がいません。彼女の夫の弟はデイビッドという名前でしたが、二年前、急に亡くなりました。でもその時はまだ、彼女が思い当たるほど、情報は特定されていなかったのです。
 「誰かパイロットはいますか?」その時、ジェームズがたずねました。「彼はパイロットのことを私に話しています。デイビッドと関係のあるパイロットの方です」
 立っていた女性達はみな腰をおろし、そのかわりに私の知人が震えながら立ち上がりました。
 「私には、デイビッドがいます」と彼女は言いました。「彼は私の義理の弟、夫の弟です。そして、二年前に亡くなりました。彼の母はパイロットです。飛行機で飛んでいます」
 やっと相手が見つかって、ジェームズは満足した様子でした。
 「彼は愛を彼女にあげたがっています」とジェームズは言いました。それから、誰かの声に耳を傾けるかのように、彼は上を見上げ、次に横を向きました。若い女性に視線を戻すと、今度は彼女の頭の上を見上げました。
 「赤いナイフがあなたの頭の上に見えます」と彼は彼女に言いました。「誰かがこのナイフを見て、きれいにしなければ、と考えているのが見えます」
 その女性は赤いナイフのことは何も知りませんでした。彼女も夫も、そんなナイフは持っていませんでした。彼女はこの情報を確認できませんでした。
 「覚えておいて下さい」とジェームズは言いました。そしてすぐに、次の「知らない人」に移りました。この会場にいる人はみな、彼にとっては「知らない人」だったのです。
 二、三日後、私はその若い女性と話しました。「こんな話、信じないでしょうね」と彼女は私に言いました。
 ワークショップが終って家に帰ると、彼女はペンシルバニアに住んでいる義理の母に電話をかけました。そして、義理の母、つまりデイビッドの母親に、ワークショップやジェームズのことを何も言わずに、質問を一つだけしました。
 「赤いナイフに何か思い当たることがありますか?」
 「あなたがそんな質問をするとは、おかしいわね」と義理の母は言いました。「昨日(ワークショップの前日)地下室を掃除していて、釣りの道具を動かしたの。デイビッドの古いスイス製のナイフが見えたので手に取ったのよ。このナイフをきれいにしなければ、と思ったのを覚えているわ」
 ワークショップの前日に赤いナイフを手にして、それをきれいにしなければならないと思った母親の気持ちに、ジェームズは気づいたのでした。参加者の中にいた若い女性は、このナイフも母親が思ったことも、まったく知りませんでした。しかも、これは一六〇〇キロ以上離れた所の地下室で起こったのでした。
 スイス製のナイフ、パイロット、ユニコーンの話は、偶然の一致や普遍性の一つと言うには、あまりにも特殊すぎます。

  ブライアン・L・ワイス『魂の療法』(山川紘矢・亜希子訳)
     PHP研究所、2001年、pp.294-297

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 30-f[29-s] (英国の霊能者ローズマリー・アルテアのリーディング)

 一九九七年八月末、私達はモーリー・ポヴイツチ・ショーの観客にまじってすわり、有名なイギリスのヒーラーであるローズマリー・アルテアが、愛する人を失って悲しみに沈んでいる人々に向って、とても個人的な情報を与えてゆく様子を見ていました。キャロルと私はニューヨークを訪問中で、その日の前日、私の出版エージェントであるジョニ・エバンスに挨拶をしに行きました。ジョニはローズマリーのエージェントでもあります。彼女は急に思いついて、ショーに私達を誘ってくれたのでした。ローズマリーは私達が行くのを知りませんでした。
 セリアやジェームズ・ヴアン・プラグと同様に、『鷹とバラ』の著者であるローズマリーは、向う側からのメッセージを伝える技術に熟達しています。自分の能力を世界のために使おうと、彼女はローズマリー・アルテア・ヒーラー協会、RAAHという非営利団体をイギリスで設立しています。私は彼女の本を楽しんで読み、テレビで彼女を見たこともありましたが、ローズマリー本人を見るのはこれが初めてのチャンスでした。正確ですぐれた超能力者はとても少ないので、私はこの機会に飛びつきました。
 残念なことに、アメリカのテレビでは、すべてが試しになってしまいます。ローズマリーは、まったく初めて会い、その人の人生について何一つ知らない人々の愛する故人について、正確な情報を伝えるように要求されていました。それも、スタジオの観客の前で行なって、それがすべてテレビに映るのです。
 プレッシャーで大変だろう、と私は思いました。こんな気の散る状態ではない所で、彼女は個人的にその人々と会うべきです。それでも、ローズマリーはそのやり方で大丈夫な様子でした。そして、テレビは人々の自然な反応を捉えようとしているのがわかりました。心の中で、私は彼女がこうした邪魔にもかかわらず、うまくやるように祈りました。これでは、彼女の能力の公平な科学的評価にはなりません。
 ローズマリーはこうした障害をすべて克服して、驚くほどの正確さで次から次へと、悲しんでいる家族に情報を伝えました。彼女がもたらしたなぐさめと希望、そして安堵は、誰の目にも明らかでした。観客全員がこの感動的で劇的な体験にあやかったのでした。
 私はローズマリーと一緒にステージにいる人々のうち、二人を知っていました。ラルフとキャシーのロビンソン夫妻は、その前年に行なわれた私のセミナーの一つに参加し、私達はかなり長い時間、二人の息子、ライアンの悲劇的な死について、語り合って過しました。ライアンは友人によって、誤って撃ち殺されたのでした。
 ライアンと彼の友人は、大人が監視していなかった十代の若者達のパーティーで、ロシアの拳銃を見つけました。拳銃には弾が入っていないと彼らは思い込みました。その拳銃は安全装置をかけたままで、引金を引いて、カチッと音をさせることができたからです。二人は何回も引金を引きましたが、一回も弾は発射しませんでした。でもなぜか、安全装置が知らない間にはずれたのです。弾倉には一つだけ、銃弾が入っていました。そして寒い十月の夜、十六歳の誕生日の直前に、ライアンは頭に銃弾を受けて死んだのでした。
 ロビンソン夫妻の世界は崩壊しました。二人は悲しみでやつれ果てました。
 私はライアンの死と彼の短い生涯について、かなり詳しく知っていました。何一つそれについて知らないローズマリーが、二人の方を見ました。
 「バン!」と彼女は大声で言いました。「彼はずっと、バン!と言い続けています」そして、この恐ろしい事故当時の周囲のにおいまで、描き出しました。そしてさらに、沢山の細かい事実を伝えたのでした。
 ライアンの両親は二人とも教養のある人達でしたが、とても感動している様子でした。ローズマリーとの出会いは、私が彼らに対してできたことよりも、ずっと二人を癒すために役立っていました。
 「彼はとても腕白でおちゃめね」とローズマリーがつけ加えました。ライアンはまさにその通りの少年でした。彼の母は心から同意して、うなずきました。
 二、三日後、ラルフが私に手紙をくれました。
 「制作陣がローズマリーに私達がライアンを亡くしたことを教えたか、または彼女がすごいか、どちらかでしょう。彼女は私達に対して、とても丁寧でした。ショーが始まる前に待合室にやって来て、私達一人ひとりと紹介し合って、どのようなことをするのか、教えてくれました。ショーの後でも、再び私達と一緒に過して、全員が満足できるように気を遣っていました。ともかく、これは大変に価値のある体験でした。二人とも参加したことをとても喜んでいます」
 ライアンの死とその後の体験で、ロビンソン夫妻は霊的に大きく成長しました。二人は、あとに遺された家族をサポートするための、全国組織を援助するプログラムを作りつつあります。
 私にとって、偶然はありません。ロビンソン夫妻は沢山の人々に愛を与えてきました。そして今、ローズマリーが何かを二人に返すことができたのです。そして私はそのプロセスのすべてを、目撃できたのでした。

  ブライアン・L・ワイス『魂の療法』(山川紘矢・亜希子訳)
     PHP研究所、2001年、pp.298-301

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 30-g[29-t] (誰にでも霊界からのメッセージは受け取れる)

 同じショーの間に、ローズマリーは「聞く」ということについて、すばらしい話をしました。私達はメッセージが欲しい、しるしが欲しい、交信したいと、頼んで頼んで頼んでばかりいる、と彼女は言いました。でも、私達はじっと耳を傾ける時間をめったにとろうとはしません。耳を傾けなくて、どうして聞くことができるのでしょうか? 聞くためには、時間がかかるのです。辛抱強くなければなりません。そして、特に、「偶然の一致」のメッセージを注意して聞く必要があります。
 今すぐ、しるしが欲しい、メッセージを欲しいと思うのは、自然で当たり前の望みです。でも、聞くことは技術であり、その技術をみがくには時間がかかります。
 心を静め、内へと入り、耳を傾ける時間を作り、心を傾けるスペースを創造する練習をしていれば、あなたにも聞こえて来るはずです。そして、しるしを見、メッセージを受け取るようになります。それと同時に、あなたは忍耐という能力も発達させることができるのです。

  ブライアン・L・ワイス『魂の療法』(山川紘矢・亜希子訳)
     PHP研究所、2001年、p.302

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 30-h (サンディエゴで霊的存在との会話を試みる =1=)

 一九七六年のはじめ、サンディエゴに住むジエイ・Bとマーサ・Bという夫妻から連絡があり、霊的存在に紹介したいといわれた。「あなたも霊と話ができるようになりますよ」とB夫妻は請けあった。「話しかければ答えてくれるんです」
 食指が動いた。電話で何度も話しあい、春にサンディエゴで講演をすることになった。空港で会った三人は、古くからの友だちのように抱きあった。
 もと航空機整備士のジエイ・Bと妻のマーサはわたしと同世代で、ごくふつうのミドルクラスのカップルにみえた。夫は禿げ、妻はまるまると太っていた。エスコンディードにある自宅に案内された。そこで夫妻はおもしろいことをしていた。その前年、Bの名前を冠した「天使の教会」を設立し、核になる一〇〇人ほどの信徒を育成していた。売り物は霊と交信するという、Bのチャネラーとしての能力だった。チャネラーとは、憑依状態またはトランス状態になって、高級霊や鬼籍にある賢者を呼びだし、その知識を得る人のことである。Bのセッションは自宅の裏にある、「暗室」と呼ばれる小さな建物のなかでおこなわれていた。「われわれは『物質化現象』といっているんですが」Bは早口でまくしたてた。「これまでにあたえられた教えをぜんぶお伝えするのは、とても無理ですね。どこからはじめていいか、わからない」
 わたしが期待しはじめたからといって、責められる人がいるだろうか? その日、わたしは年齢も職業もさまざまな二五人の参加者といっしょに、天井が低く、窓のない暗室に入った。全員が折りたたみ椅子に座った。Bはわたしを最前列の来賓席に案内した。照明が消され、グループが静かな声でリズミックにハミングをはじめた。声がだんだん大きくなり、力強い詠唱になっていった。その詠唱がBに、霊的存在と交信するために必要なエネルギーをあたえるということだった。
 期待はしていたものの、わたしはまだ懐疑的になる権利も留保していた。詠唱が別のものに変わり、ほとんど陶酔的な空気が暗室を支配しはじめると、Bがついたてのうしろに入っていった。とつぜん、わたしの正面に巨大な人影が姿をあらわした。文字どおり、影のような男だった。しかし、シュウォーッ夫人ほど透きとおってはいず、堂々とした存在感があった。身の丈は二メートルを優にこえ、荘重な声でしゃべった。「今夜の集まりが終わったとき、きみは驚き、混乱することになる」
 とっくに混乱していた。椅子の端に腰かけたまま、わたしはその男のこ惑的な呪文に圧倒されていた。信じられないことが起こっていた。それでもあたまの片隅で、自分が決定的な瞬間を経験しているのかどうか、それを検証していた。男は歌い、グループにあいさつし、またわたしのほうを向くと、正面まで近づいてきた。男の言動はすべて慎重で、理にかなっていた。男はわたしにイザベルと呼びかけた。違和感があったが、数分後には慣れてきた。「しばらくがまんしなさい」男はいった。わたしのソウルメイトがでてこようとしているというのである。
 「ソウルメイトとはなにか」と聞きたかったが、声にならなかった。男の姿が消え、薄闇のなかで長い沈黙がつづいた。やがて、まったく別の人影が物質化しはじめた。男は自分でセイレムと名乗った。最初の霊もそうだったが、セイレムもわたしが撮った先住民の男とは似ても似つかなかった。長身で、やせたからだに長く流れるようなロープをまとい、ターバンを巻いていた。かなり個性的だった。セイレムがわたしのほうに近づいてきた。わたしは内心でこうつぶやいた。
 「この男にさわられたら、死んじゃうわ」そう思った瞬間、セイレムがかき消えた。また最初の人影があらわれ、わたしの臆病さがセイレムを追い返したのだといった。

 エリザベス・キューブラー・ロス『人生は廻る輪のように』

(上野圭一訳) 角川書店、1998、pp.263-265

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 30-i (サンディエゴで霊的存在との会話を試みる =2=)

 五分が経過した。落ちつきをとりもどすにはじゅうぶんな時間だった。わたしのソウルメイトだというセイレムが、またすぐ目の前に姿をあらわした。わたしの想念に恐れをなして逃げだしたセイレムは、こんどは脚をのばして、自分の爪先でわたしのハーケンストックのサンダルを踏みつけ、わたしを試そうとした。それでも怖がらないことがわかると、セイレムは慎重に近づいてきた。わたしを怖がらせまいとして慎重に行動していることは理解できたが、その試みは失敗していた。慎重すぎて気味が悪い、もっとふつうに動けばいいのにと思ったとたん、セイレムは定位置をみつけたらしく、丁寧に自己紹介をして、「愛する妹、イザベルよ」と呼びかけた。そして、わたしをやさしく椅子から立たせ、ついたての裏の暗闇のなかへとみちびいた。セイレムとふたりきりになった。
 セイレムのふるまいは不気味で謎めいていたが、どこかに落ちつきと親しみを感じさせるものがあった。これから特別な旅に案内しようといって、セイレムは前世の説明をはじめた。イエスが生きていた時代、わたしはイザベルという名の、知恵のある、尊敬されていた教師だった、とセイレムはいった。つぎの瞬間、わたしたちはその時代にもどっていた。気持ちのいい午後の日差しのなかで、わたしは丘陵の斜面に座って、イエスが一群の人たちに説教しているのを聞いていた。
 その光景ははっきりとみえたが、イエスがなにをいっているのかはわからなかった。わたしはセイレムにたずねた。「あの人、なぜ、ふつうにしゃべらないのかしら?」そういったとたんに、瀕死の患者たちもイエスと同じように、寓話のような象徴言語で意思を伝えていたことを思いだした。その象徴言語に波長をあわせれば聞くことができる。あわせなければ聞き逃してしまう。
 その夜はさんざんだった。波長があわせられなかった。一時間後、わたしはぐったりと疲れていた。セッションが終わったとき、これでとにかく思考停止ができると思い、ほっとした。吟味しなければならないことがたくさんあった。その量は期待以上だった。翌日おこなった講演では準備してきた内容を変更し、前夜に起こったことを話した。ばかげたことをいうと批判される覚悟だったが、聴衆の拍手は鳴りやまず、スタンディング・オベーション(立ちあがっての喝采)を送ってくれた。
 その日の夜遅く、シカゴにもどる前に最後のセッションがあった。暗室に入ったのはBとわたしだけだった。もう一度体験して、ほんものなのかどうかを確認したいという思いもあった。そのときはBが霊と交信するまでにやや時間がかかったが、やがてセイレムが姿をあらわした。セイレムとあいさつを交わしたわたしは、母と父に一番小さかった娘がとうとうここまできたことを知らせたいと願いながら座っていた。とつぜん、セイレムが歌いだした。「いつまでも……きみを愛して……」。それがキューブラー家の愛唱歌であることは、マニーを除いてだれも知らないはずだった。
 「あの人にはよくわかっている」セイレムがいった。父のことをいっているのだ。「ちゃんとわかっている」

  エリザベス・キューブラー・ロス『人生は廻る輪のように』
    (上野圭一訳) 角川書店、1998、pp.265-267

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 30-j (サンディエゴで霊的存在との会話を試みる =3=)

 翌日、シカゴにもどったわたしは、マニーと子どもたちにすべてを話した。三人ともぽかんと口をあけたまま座っていた。マニーは批判もせずに聞いていた。ケネスは興味をそそられたようだった。一三歳のバーバラがいちばん懐疑的な反応をみせた。多少、怖かったのかもしれない。ともあれ、三人は理解を示してくれた。かれらにとっては突拍子もないことだったが、わたしはなにも隠さなかった。マニーが、できればケネスとバーバラが、このままこころを閉じずに、いつかはセイレム本人と会う日がくれば、と願った。
 それからの数か月は頻繁にエスコンディードの家にいき、セイレム以外の霊たちにも会っていた。マリオという名の天才的な守護霊にも会った。地質学、歴史学、物理学から水晶療法まで、わたしがどんな分野の質問をしても、マリオは雄弁に、明快に答えてくれた。しかし、わたしの係累はセイレムだった。ある晩、セイレムが「蜜月は終わった」といった。もっと重要な、哲学的な話をしようといっていることはあきらかだった。そのときから、セイレムとわたしはもっぱら、自然な感情と不自然な感情、子育て、悲嘆・怒り・憎しみを健全に表出する方法といったことがらについて話すようになった。そこで得た理論は、のちにワークショップに組みこまれることになった。

  エリザベス・キューブラー・ロス『人生は廻る輪のように』
    (上野圭一訳) 角川書店、1998、pp.266-268

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 30-k (死と死後の生を伝える使命を与えられて =1=)

 一年も二年も先の講演まできまっている多忙なわたしの生活ぶりを知った友人から、ものごとをどのようにきめているのかと聞かれたことがある。友人はわたしの返答にびっくりしていた。
 「期待されていることではなく、自分がいいと感じたことをやるだけ」と答えたのである。いまだに離婚した夫と会って話をしている理由も同じである。「あなたがわたしと別れたのよ。わたしは別れていない」というわけだ。シアトルへの講演旅行のとちゅうで、急に思いついてサンタバーバラに立ち寄ったのも同じ理由だった。とつぜん、むかしの友人に会いたくなったのだ。
 人びとに「毎日が人生最期の日だと思って生きなさい」と教えている女のすることは、およそこの手のことだと思ってもらえばいい。電話の向こうで、友人は歓声をあげた。わたしは、ちょっと立ち寄って歓談し、午後のお茶でもいただこうというつもりだった。しかし、空港にむかえてくれた友人の妹から、計画が変更になったと告げられた。
 「それだけを伝えて、あとはなにもいうなといわれているんです」妹は申しわけなさそうにそういった。謎はすぐに解けることになった。友人と著名な建築家の夫は、美しいスペイン風の家に住んでいた。玄関にむかえ入れられ、夫妻の抱擁を受けると、まず最初に「無事にここまでこられて安心したわ」といわれた。無事にこられない理由でもあったのだろうか? 問いただそうとする暇もなくリビングルームに案内され、追い立てられるように椅子に座らされた。友人の夫がわたしの正面の椅子に座り、椅子を前後にゆらしはじめると、すぐにトランス状態に入った。不審に思ってふり返ると、友人が「この人、チャネラーなの」といった。
 それを聞いて、不審な気持ちが消えていくのがわかった。そこで、意識を友人の夫に集中させることにきめた。目を閉じ、眉間に縦じわを寄せていた男に霊が憑依すると、男は急に一〇〇歳の老人になったようにみえた。「おまえを呼び寄せることができた」。声が変わっていた。切迫したような、奇妙な老人の声だった。「たいせつなことだ。もはや、ぐずぐずしてはおられん。『死とその過程』の仕事は完了した。いまや、第二の課題にとり組むときがきた」
 瀕死の患者やチャネラーのことばを聞くことには慣れていたが、語られた内容の理解には時間がかかることもある。「第二の課題って、なにかしら?」わたしはたずねた。
 「死が存在しないことを世界に伝えるときがきたのだ」男はいった。
 守護霊たちが個々人の運命の完遂と神との約束の遂行を助けることに専心してくれているとはいえ、納得できないこともあった。もっと具体的な説明が必要だった。なぜわたしを選んだのかを知る必要があった。なにしろわたしは、世界中に「死とその過程の女」として知られてしまっているのだ。そのわたしに宗旨がえをして、こんどは死が存在しないことを伝えろというのか?
 「なぜわたしなの?」と聞いてみた。「なぜ聖職者みたいな人を選ばないの?」
 霊はしだいに苛立ちをみせはじめた。わたしはあたまの片隅で、地上での今回の生涯の仕事は自分で選んだのだという自負を感じていた。「ときがきたといっているだけだ」男はいった。そして、その特別な任務にふさわしいのがほかならぬわたしであることの理由を、よどみなくつぎつぎとのべたてはじめた。「神学や宗教の人間ではなく、医学や科学の人間でなければならぬ。この二〇〇〇年間、神学者や宗教家はありあまるほどの機会にめぐまれながら、任務をはたしてこなかった。また、男ではなく、女でなければならぬ。そして、恐れを知らない者でなければならぬ。無数の人に手をさしのべ、そのひとりひとりと直接話しているように感じさせられる者でなければならぬ……」
 「そういうことだ。ときは満ちている」 霊との交信が終わろうとしていた。「おまえはこれから、よくよく考えなければならぬ」
 それには疑問の余地がなかった。お茶を飲んだが、友人とその夫とわたしは心身ともに消耗しきっていた。その日は三人とも、早めに寝ることにした。ひとりになると、自分がこの特別な理由のために呼ばれていたのだということがわかった。なにごとも偶然に起こることはなかった。あのぺドロもすでに「きみ自身の運命を受け入れ」たことに感謝していたではないか? ベッドに横たわりながら、わたしはこの課題についてセイレムはなんというだろうかと考えはじめた。

  エリザベス・キューブラー・ロス『人生は廻る輪のように』
    (上野圭一訳) 角川書店、1998、pp.275-277

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 30-l (死と死後の生を伝える使命を与えられて =2=)

 考えるまもなく、ベッドにだれかがいるのを感じた。目をあけた。
 「セイレム!」わたしは大声をあげた。
 部屋は暗かったが、上半身が物質化しているセイレムがみえた。「この家のエネルギーレベルがものすごく高かったから、すぐにでてこられた」とセイレムはいった。Bの手助けもなく、ひとりでセイレムを呼びだせたことに、わたしは驚異を感じていた。Bへの依存心が消えた瞬間だった。あきらかに、それはBだけの専有能力ではなかった。「イザベル。第二の任務をあたえられておめでとう」聞き覚えのある荘重な声で、セイレムがそういった。「きっと成功する」
 消える前に、セイレムはわたしの背骨をマッサージして、深い眠りにつかせてくれた。家に帰ると、それまでに生と死にかんして得たすべての知識と経験を整理し、統合しはじめた。それからまもなく、わたしははじめて「死と死後の生」というタイトルの新しい講演をおこなった。階段教室で最初にマーゴリン教授の代役をつとめたとき以来の、極度の緊張を感じていた。だが、反応は驚くほど好意的で、すすむ方向がまちがっていないことがわかった。ディープサウス(深南部)でも講演をおこなった。死に瀕した患者の公開面接を終えて、会場からの質問を受けているときだった。手をあげている、三〇代なかばの女性が目にとまった。「あなたが最後の質問ということにしましょうね」といって、その女性を指名した。女性は小走りにマイクのそばにいった。「子どもが死の瞬間にどんな経験をするものなのか、おわかりでしたら教えていただけますか?」
 講演をしめくくるには格好の機会だった。わたしは子どもも、おとなと同じく、蝶がさなぎから飛び立つように肉体からぬけだして、死後のいのちの各段階を通過していくことを説明した。そして、子どもの場合、聖母マリアに会うことが多いとつけ加えた。
 すると、その女性がステージのうえに駆けのぼってきて、二歳の息子のピーターの話をしはじめた。風邪をこじらせたピーターは小児科医が打った注射にアレルギー反応を起こし、検査室でショック死した。その部屋で、職場から駆けつけてくる夫の到着を、小児科医といっしょに、「永遠のように」長く感じながら待っていると、ピーターが奇蹟的に生還し、その大きな茶色の目をあけて、こういった。「ママ、ぼくが死んだら、イエスさまとマリアさまがきてくれたよ。とてもやさしかった。もう、もどりたくないって思ったんだ。そしたら、マリアさまが、まだ早すぎるっていうんだもの」
 ピーターが帰りたくないといいはると、マリアはピーターの手をとって、「帰らなければいけません。帰って、ママを火から救っておあげなさい」といった。
 その瞬間、ピーターは肉体にもどり、目をあけたのだった。

  エリザベス・キューブラー・ロス『人生は廻る輪のように』
    (上野圭一訳) 角川書店、1998、pp.277-279

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 30-m (死と死後の生を伝える使命を与えられて =3=)

 それから一三年間、わたしの講演を聞くときまで、母親はその体験をだれにもいえずにひとり悩んでいた。というのも、「地獄の業火から救え」といわれたとばかり思いこんでしまい、自分が「火」、つまり「地獄」に堕ちる運命にあると考えて、うつうつとした生活を送ってきたからだった。母親にはその理由がわからなかった。よき母、よき妻、そしてクリスチャンであるという自覚があった。「不公平ですわ」そういって泣きだした。「おかげで、わたしの人生は台なしになりました」
 たしかに公平ではなかった。しかし、ちょっとした説明をすれば、その母親がすぐに苦しみからぬけだすための手助けになることはわかっていた。霊的存在はみんなそうだが、聖母マリアも象徴的なことばを使う。「それが宗教の困ったところなのよね」わたしはいった。「ものがことばになると、解釈もされるけど、多くの場合、誤解もされるということです」。そして、これからそのことを証明してみせましょうといい、母親に「わたしの質問に、あたまで考えないで、すぐに答えて」と要求した。
 「マリアがピーターを生き返らせてくださらなかったら、どうなってたかしら?」
 母親は髪の毛をつかみ、恐ろしそうに「神さま。そうなったら、地獄で火に焼かれるような毎日だったでしょう」と答えた。
 「実際に火のなかを歩いたかもしれないということ?」
 「いいえ、それはことばの綾ですわ」母親がいった。
 「ほら、わかった?」わたしは聞いた。「マリアがピーターにあなたを火から救えといった意味が、これでわかったでしょ?」
 わかったのはその母親だけではなかった。それから数か月かけて、わたしの講演やワークショップが人気を高めていくにつれて、ますます多くの人たちが死後のいのちをみとめるようになっていった。当然ではないか? そこで得られたメッセージは肯定的なものだったのだ。数えきれない人たちが肉体から離れ、まぶしい光のなかへと旅をするという、同じ体験を分かちあっていた。自分の体験が異常なものではないと知って、その人たちは安心していた。それは人生を肯定する経験、いのちを肯定する経験だった。

  エリザベス・キューブラー・ロス『人生は廻る輪のように』
    (上野圭一訳) 角川書店、1998、pp.279-280

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 30-n (死んだ後に霊界からの合図を依頼する)

 空港に向かって出発する三〇分前、わたしがカリフォルニアにいるあいだに万が一のことがあった場合にそなえて、マニーと約束しておきたいと思った。死後の生にかんするわたしの研究結果が正しかったと判断したら、死んだあとにマニーから合図をしてほしいとたのんだ。正しくなかったと判断したら、なにもしなくていい。わたしは自分の研究をつづけるだけだ。マニーは当惑して、「どんな合図をすればいいんだ」といった。「なにか型破りの合図よ」わたしはいった。
 「よくわからないけど、あなたからしかくるはずがないとわかるような、なんらかの合図だわ」。マニーは疲労が激しく、気分もよくないようだった。「同意の握手をしてくれるまでは、ここを離れないわよ」わたしはせきたてた。マニーは少し考えてから同意し、わたしは意気揚々と出発した。マニーとはそれが今生の別れとなった。
 その日の午後、ケネスがマニーを食料品店につれていった。退院してから三週間ぶりの外出だった。その帰り道、マニーは花屋に寄って茎の長い赤い薔薇を一二本買うと、翌日に誕生日をむかえるバーバラあてに配送をたのんだ。それからケネスはマニーを家まで送りとどけた。ケネスが食料品を冷蔵庫に入れているとき、マニーはベッドに横になった。そのあと、ケネスは自分の家にひき返した。
 一時間後、ケネスが夕食の準備のためにもどってきた。マニーがベッドのうえで死んでいた。午睡のさなかに息をひきとったのである。
 その日の夜遅く、ホテルの部屋にもどったわたしは、メッセージがあることを知らせる電話機の赤いランプの点滅に気がついた。ケネスは何度もわたしにメッセージを残していたが、ようやく連絡がとれたのは夜中になってからだった。ケネスはシアトルにいるバーバラにも連絡をした。仕事から帰って知らせを受けたバーバラは、夜どおしケネスと電話で話をした。翌朝、親族への連絡をすませたバーバラは犬の散歩にでた。家にもどると、戸口のあがり段に、マニーから贈られた一二本の赤い薔薇が置いてあった。その薔薇に、早朝から降っていた雪が積もっていた。
 シカゴでおこなわれたマニーの葬儀のときまで、わたしはその薔薇のことを知らなかった。マニーとの和解もすませ、マニーが苦しみから解放されたことも知っていたわたしは、おだやかな心境だった。参列者が墓地に集まったとき、雪がいちだんと激しく降りだした。ふとみると、墓石のまわりの地面に一二本の薔薇が散らばっていた。薔薇がこのまま雪に埋もれていくのはみるにしのびなかった。そこで、その大輪の薔薇をひろいあげ、すっかりとり乱しているマニーの友人たちに差しだした。ひとりに一本ずつわたした。最後の一本はバーバラにわたした。バーバラはパパのお気に入りだった。バーバラが一〇歳ぐらいのときにマニーと交わした会話を思いだした。わたしの死後のいのちにかんする学説をめぐって議論をしていたときだった。議論のとちゅうでバーバラのほうをふり向くと、マニーはこういったのだ。「わかった。もしママの考えがほんとうだというのなら、パパが死んだあとに最初に降る雪の日に、雪のなかから赤い薔薇の花を咲かせると誓ってもいい」。長いあいだ、その誓約は家族だけにつうじるジョークになっていたが、いまや、それがほんとうになったのだ。
 わたしはよろこびでいっぱいになった。思わず笑みがこぼれた。空をみあげた。灰色の空からは大粒の雪が渦を巻きながら降りそそいでいた。それが祝福の紙吹雪のようにみえた。マニーがその向こうにいた。あぁ、マニーとバーバラ。わたしの偉大なふたりの懐疑論者たち。ふたりはともに笑いあっていた。そして、わたしも笑った。
 「ありがとう」マニーをみあげながら、わたしはいった。「確認してくれて、ありがとう」

  エリザベス・キューブラー・ロス『人生は廻る輪のように』
    (上野圭一訳) 角川書店、1998、pp.358-360

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 30-o (霊界との通信はどのように行なわれるか =1=)

 わたしは霊的知覚と霊視の才を利用する精神霊媒です。わたしは霊界に通じる電話にすぎないといつも会席者に説明します。日常、ごく普通に人の考えを受け取るのと同じで、わたしは霊界の人びとがわたしの意識に送りつけてくる想念の波長を鋭敏に感じ取るのです。わたしは自分の波長を高め、それに合わせて霊は波長を低く下げます。時にはこれがなかなかうまくいかない場合もあります。人間と普通に話すようなきちんとした文章では聞こえてこないものです。霊が「こんにちは、今日はどうだい」と言うと、それが「ちは、今日、どう」と聞こえたりするのです。
 依頼人と会う場合、重要なのは、部屋のエネルギーがその会席者とわたし自身の双方にとって調和しているかどうかです。わたしは交霊会を自宅で行なうほうが好きです。自宅なら雰囲気が安定していて、穏やかで静かで心地よいからです。会席者が部屋に入ってくると、その人が不安を感じているか、怒っているか、理解が早いか、怯えているか、瞑想的か、率直か、排他的か、そういったもろもろのことがすぐにわかります。要するに、会席者を取り巻くエネルギーが感じ取れるのです。必要とあれば、リラックスするために簡単な瞑想をしてもらいます。瞑想のあと、会席者がくつろいだところで、わたしはこれから行なう交霊会について説明します。依頼人はわたしとのセッションを録音することができます。

  ジェームズ・ヴァン・プラグ『もういちど会えたら』
    中井京子訳、光文社、1998、pp.55-56

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 30-p (霊界との通信はどのように行なわれるか =2=)

 わたしのまわりのエネルギーが敏感に反応を示すと、わたしはそこで全身の力を抜き、コミュニケーションを求める霊たちの想念に心を開きます。わたしは何も考えず、解釈も排除して、受け取ったとおりの言葉をそのまま会席者に伝えます。そうした想念はわたしには意味のわからないことでも、会席者には理解できるかもしれません。聞こえてくる内容を分析しないように努めますが、時には例外もあります。しかし、わたしにとっては無意味な言葉でも、会席者にはこのうえなく重大な意味を持つ場合もあるのだから、とたえず自分に言い聞かせるのです。
 さらに、霊的知覚者としてのわたしには、交信している霊の死の状況が感じ取れます。霊が現世の場に戻ってくると、物質界での最後の記憶に触れます。というのも、ほとんどの場合、最も鮮列な印象は死の状況だからです。たとえば、心臓発作で亡くなった霊だとすると、わたしは胸のあたりをわしづかみにされるような痛みとともにその存在を感じるのです。癌やエイズで亡くなった場合は、体に衰弱感を覚えます。殺害のような突然の死であれば体じゅうに激しい衝撃を受けるでしょう。自殺の場合はその方法によって感じかたが変わります。つまり、睡眠薬自殺であれば、胃が重く感じられ、不意の眠気に襲われます。銃を使ったのであれば、弾丸が入った場所に鋭い痛みを感じるのです。最初の印象は感情レベルで現われます。ですから、霊が感情的に動揺して泣き叫んでいれば、わたしはいきなり落ち込んで泣きだすかもしれません。反対に、大笑いして冗談を言うような霊なら、わたしも笑いだすでしょう。
 送られてくる感情や想念には必ずといっていいほど霊の個性が付随します。たとえば、現世で権威のあった霊の場合、わたしの話しかたは命令口調になるでしょう。毒舌家であればわたしもその特徴を引き継ぎます。非常に冷静で感情を表には出さず、自分を抑制するタイプの場合は、霊媒であるわたしのほうが感情がらみの内容を表現しようとしてかなり苦労するはめになるかもしれません。

  ジェームズ・ヴァン・プラグ『もういちど会えたら』
    中井京子訳、光文社、1998、pp.56-57

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 30-q (霊界との通信はどのように行なわれるか =3=)

 一般に、霊は会席者に理解しやすいメッセージを送ってきます。コミュニケーションが始まると、霊は自分の名前や住んでいた場所、あるいは、愛する人がそこに来ていることを会席者に証明するなにがしかの些細な事実を伝えます。たいていは会席者しか知らないちょっとした情報を打ち明けるのです。会席者の祖母が、会席者の家のソファに掛けてある花柄の毛布が気に入っている、と言うかもしれません。最近、会席者が何箱分もの本を出して書棚の二番めの棚に並べた、という話を持ちだしたりもするでしょう。
 まったく新しい存在領域についていくらでも話ができるのに、どうして霊はそんなありふれた情報を伝えてくるのか、とよく質問されます。答えは実に簡単です。霊が実在し、会席者と対話していることを裏づけるのはそうした単純な事実だからです。
 さらに、現世にいるあいだにある特別の趣味や活動に興味を持っていた霊であれば、リーディングのさいちゆうにそれを明らかにするかもしれません。一例を挙げましょう。依頼人の亡き夫が、裏庭の木に掛けてある小鳥用の黄色い給餌箱に忘れずに餌を入れてくれ、と念を押しました。依頼人は、「まあ、確かにあの人ですわ。毎朝必ず外に出て給餌箱に餌を入れてましたから。ほんと、信じられない。彼の言うとおりなんですよ。今週は餌をやるのをきれいに忘れてたんです。なにかと忙しかったもので」と言ったのです。ほかの人にとってはきわめて些細な情報かもしれませんが、会席者にとってみればこのおかげで、本当に夫と話をしているのだと確認できたのです。名前も確かに重要ですが、こういう細かな情報が示されてこそ、霊と会席者との対話が本物であると実感できます。霊がその本人であるという証拠が示されるわけです。
 ここでひとつ心に留めていただきたいのは、あちら側の世界に移ったからといって、宇宙のあらゆる神秘が体得できるわけではないということです。死によって肉体という殻がはずされます。古いコートを脱ぎ捨てるようなものです。しかし、個性じたいは前と同じで、好き嫌いや偏見や才能や態度もそっくりそのままです。いずれ魂が高い精神レベルまで向上し、啓蒙されていく場合もあるでしょうが、それは個々によってまちまちです。しかも、全般的に霊の知識はわれわれ現世の人間には理解しにくいということを忘れてはいけません。

  ジェームズ・ヴァン・プラグ『もういちど会えたら』
    中井京子訳、光文社、1998、pp.57-59

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 30-r (霊界との通信はどのように行なわれるか =4=)

 依頼人のなかには富や愛や仕事について霊に情報を求めようとする人が大勢います。期待はずれに終わるかもしれませんよ、とわたしはそういう依頼人にいつもひとこと言います。そうした情報を提供できる霊もいれば、提供できない霊もいるからです。霊がその答えを知っているか、なおかつ、答えを明らかにできる立場にあるか、すべてはそれにかかっています。教訓を学んだり霊的に向上するために現世に到来した魂であれば、自分が試される状況で霊から答えをもらう必要はないでしょう。霊には霊の掟があります。霊は他者の霊的もしくはカルマ的向上に干渉したり、感化しようとしてはいけないのです。ですから、ある種の情報については会席者に隠したり秘密にしておくかもしれません。霊はわたしたちを深く愛しているので決してわたしたちの成長を妨げたりはしないのです。
 霊的教訓についてさらに説明を続けましょう。
 マーシーという名の女性がわたしに会いに来ました。最初の質問は、これから子供が持てるかどうか、ということでした。彼女の祖父が現われて次のように言いました。
 「まず住むところを変えて、水辺から高く離れた場所に引っ越しなさい。そうすれば、男の子を授かる。それまでは無理だ!」
 彼女は答えました。「でも、わたしはもう四十代ですもの。どうすればいいんでしょう?」
 「それは神が決められることで、おまえの年齢とは無関係なのだ」
 さらにマーシーには転居と家族について情報が与えられました。いずれそのときが来たらすべてうまくいく、という内容でした。それから一年半後、マーシーがふたたび訪ねてきました。彼女は太平洋を見渡す家に引っ越して、現在は妊娠三カ月だということでした。

  ジェームズ・ヴァン・プラグ『もういちど会えたら』
    中井京子訳、光文社、1998、pp.59-60

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 30-s (霊界のガイドからのメッセージに耳を傾ける =1=)

 ガイドにはさまざまなタイプがありますが、わたしにとっては守護天使もガイドもまったく同じです。わたしたちは生まれる前に、人生の行程について克明な青写真を描いてきました。ですから、人生の道筋からそれるとガイドの助けで正しい進路に戻ることができます。個人の霊的な進展の度合いや地上での仕事に応じて、わたしたちは三つの異なるカテゴリーからヘルパーたちを招き寄せるのです。 
 第一のカテゴリーはパーソナル・ガイドです。前世や親しみを共有する中間生で知り合いだった人びとです。このガイドたちは霊的領域からわたしたちの心に働きかけ、わたしたちをある状況に関連づけようと誘導します。このような印象を受けたらそれが霊的ガイドからのサインです。たいていの場合、こうした指示は微妙でとらえにくく、気づかないで終わります。しかし、じっくりと耳を傾けながら一日を振り返れば、霊のメッセージが見えたり聞こえたりするようになるかもしれません。
 大半の人びとにとっては、霊からのガイダンスを感じ取ることは簡単ではありません。大天使ガブリエルが角笛を吹き鳴らすような、華々しい指令を望んだり期待してしまうからです。残念ですが、そんなふうにはいきません。メッセージやガイダンスは微妙で繊細な働きかけなのです。
 霊の交信がどのように行なわれるか、一般的な例をお話ししましょう。木曜日です。あなたにはビジネスのパートナーになるかもしれない人物と面会の約束があります。途中であなたは相手の住所を失くしてしまうか、あるいは、場所を捜しているうちに迷ってしまいました。土地勘のある街なのでこれは妙です。三十分ばかり車を走らせてようやく相手の建物を見つけましたが、今度は駐車場がありません。数ブロックも離れたところでやっと見つかりました。建物に到着すると、正面玄関に錠がかかっていたので、別の入口を捜します。警備員にドア開けてもらいました。エレベーターで目的の階に向かいます。エレベーターを降りるとオフィスは施錠されていて、別の階の別のオフィスを指示するメモがドアに貼りつけてありました。やっとのことでそのオフィスを見つけ、将来のビジネス・パートナーと会います。話の内容を聞きながら、そのあいだじゆう、胃にさしこむような不快感を覚えて仕方ありませんでした。何かを感じるのですが、それがなんなのかはっきりしません。それでも、あなたは彼とのビジネスを承諾してしまいます。数カ月後、貯金を全額投資したあげく、新しいパートナーにお金をすべて持ち逃げされ、結局は詐欺にひっかかったのだと気づくのです。
 ずいぶん極端な例を持ちだしてしまいましたが、霊のガイダンスの働きを端的に示したかったのです。この話にはひとつのパターンがあります― 道を違えたり方向が違っていたりドアが閉まっていたり。この微妙な手がかりを少し検討してみればきっと気づいたでしょう。誰かが何かを訴えようとしている! そうです、あなたの霊的ガイドが警告を送ろうとしていたのです!
 残念なことに、わたしたちは濃い霧に包まれて人生を送っているようなもので、頭をバットで一撃でもされないかざり、周囲の出来事にはなかなか気づかないものなのです。

  ジェームズ・ヴァン・プラグ『もういちど会えたら』
    中井京子訳、光文社、1998、pp.62-64

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 30-t (霊界のガイドからのメッセージに耳を傾ける =2=)

 一方、霊の交信がこんなふうにうまく働く場合もあります。あなたは前々から仕事を捜していますが、運には恵まれません。そんなとき、長らく音信不通だった友人から電話が入り、昼食に誘われました。手帳を調べてみると、彼女の指定した日は、唯一ほかに予定の入っていない日でした。彼女に会ってみると、ひさしぶりという感じがまったくしません。何もかも最高の気分です。求職中の苦しい身の上を話したところ、わたしも心当たりを捜してみるわ、と言ってくれました。その翌日、ふたたび電話がかかってきて、近くの部署で求人が出たと知らせてくれます。早速あなたは友人の紹介だと告げて面接を申し込みます。翌日には面接してもらえることになりました。あなたは充分にゆとりを持って面接に出向きます。面接のさいちゆう、いつもはいない部長がたまたま居合わせ、その場であなたに会います。彼女はあなたを気に入ってくれました。そして、あなたはめでたく就職できたのです。
 違いがおわかりですか?二番めの例ではすべてがとんとん拍子に運んでいきます。わたしは偶然とかツキといったようなものを信じません。霊的ガイドがわたしたちのふさわしいどこかへ導いてくれるのです。この求職中の女性は霊のサインに従って行動しました。友人に会わないという決断もできたのに、自分の意志で会うことを選んだのです。彼女のガイドがたえず働きかけていて、それに従う分別が彼女にはあったのです。あとは勝手に収まってしまったという感じですね。
 わたしもリーディングをしているときに同じような有益なメッセージをよく受け取ります。ある会席者に向かって、最近家を買いましたねと言うと、彼は「ええ」と答えました。その家じたいは申し分ないようですが、家を手に入れた経緯を振り返るといささか風変わりだったでしょう、とわたしは言いました。「購入を断念した人がいたか、あるいは、融資者のほうが懸命にあなたを助けてくれたようですね」またもや会席者は、「ええ、まったくそのとおりです」と答えました。亡くなった奥さんがずっとサインを送りながら、あなたに家を持たせようと助けていたんですよ、とわたしは言いました。彼いわく、「すべてが驚くほど順調に思えた」そうです。この人は自分では意識していなかったかもしれませんが、実は数々のサインに忠実に従っていたのです。
 かつてロサンジェルスで会った霊能者のひとりは非常に深遠なことを話してくれました。わたしは今でも鮮明に覚えています。それをここでご紹介しましょう。「何もかもが順調に運んでなんの不調もないようであれば、あなたは霊に心を開いてそのガイダンスに従っているのだ。反対に、何ひとつうまくいかないと思うなら、あなたはガイドに耳を傾けていないわけだから、結局は道を誤ってしまうだろう」まさにそのとおりです。

  ジェームズ・ヴァン・プラグ『もういちど会えたら』
    中井京子訳、光文社、1998、pp.64-65

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 30-u[74-h] (霊界のガイドからのメッセージに耳を傾ける =3=)

 パーソナル・ガイドはあなたがこの世で知っていた人物の場合もあります。たとえば、母親や父親、祖父母、伯父伯母、あるいは、すでに霊の世界に去った友人。人は亡くなってもあなたのことをずっと忘れません。現世でつちかわれた愛の絆は霊界でも続くのです。
 天国に行った霊はそこでみずからの人生を振り返り、生きているあいだにもっとあなたを助ければよかったと考えます。その機会がめぐってきたわけですから、霊はそれを最大限に活用してあなたを援助してくれるでしょう。日常の出来事や家族の心配事を助けてくれたり、あるいは、あなた自身の心の動揺や変化に支援の手を差しのべてくれるかもしれません。
 パーソナル・ガイドは、日常生活のなかでわたしたちを導こうと熱心に働きかけ、状況を改善する最良の方法をなんとか示そうと努力します。けれども、その一方で、現世のわたしたちはさまざまな教訓や難題を経験することによって学習したり向上したりするわけですから、最愛の霊といえどもそれに干渉することはできないのです。わたしたちの学習過程は決して容易ではありません。困難な状況や人生の試練からわたしたちが最大の恩恵を得られるように、ガイドたちがただ傍観し、わたしたち自身の決断を見守っている場合も多いのです。時には耐えがたい場合もありますが、そういうときこそわたしたちは最も大きなことを学び取るのです。
 そうしたガイドはいつもわたしたちのそばにいるのか、それとも、わたしたちのほうから手を伸ばして、来てくれるように頼まなければいけないのか、とたくさんの方から質問されます。わたしの答えはこうです。わたしたちは決してひとりではない。ガイドは常にわたしたちのすぐそばにいます。わたしたちを見守り、援助するのが彼ら霊の務めなのです。わたしたちが開わる課題に応じてガイドは時どき代わるかもしれません。けれども、わたしたちのほうから呼ぶ必要はないのです。彼らはわたしたちの求めをわかっていますし、いつでも喜んで手を貸してくれるからです。

  ジェームズ・ヴァン・プラグ『もういちど会えたら』
    中井京子訳、光文社、1998、pp.66-67

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 30-v[74-i](霊界のガイドからのメッセージに耳を傾ける =4=)

 第二のカテゴリーは熟練技能あるいは専門知識を持つヘルパーです。わたしたちが従事している活動や仕事に関して導いてくれる霊たちです。この専門ガイドはわたしたちが努力して取り組んでいる分野の専門知識を持っています。たいていは特定の知識分野でのエキスパートです。たとえば、あなたがミステリー小説を書こうと決心すると、同じ分野の著作活動に従事していたか、もしくは、専門としていた作家の霊がその決意に引き寄せられてきます。このガイドが、創作技術を高める方法や着想の活用法をあなたの心に吹き込んでくれるかもしれません。音楽家や芸術家、数学者、科学者、教師、ソーシャルワーカーといった人びとにもこれはあてはまります。あなたが助力を求めればその分野のガイドたちが来てくれるでしょう。印象やフィーリングをあるがままに受け入れれば受け入れるほど、有効なメッセージが伝わり、好結果が生まれます。これはすべての人にあてはまります。どれだけ受け入れられるか、その一点にかかっているのです。あらゆる作品、特に偉大な大家たちのそれは霊界から霊感を受けているのです。
 なぜガイドはわたしたちを助けたいのでしょうか? 答えは簡単。それが自然だからです。霊の世界に移ると、わたしたちはすべて平等なのだと強く意識するようになります。人類が成長し、学習し、同じ考えを分かち合い、向上できるように、なんとか助けたい。霊的ガイドは自分たちの想念を人間に伝え、援助することで、あらゆるものに内在する霊的エネルギーに人類が同調できるように助けるのです。繰り返しになりますが、わたしたちがどれだけ心を開いているかによって、畏敬の念を感じずにはいられないほどすばらしいインスピレーションがもたらされることもあるでしょうし、そうでなければ、霊は気づいてもらうまで辛抱強く待っているかもしれません。
 第三のカテゴリーに属するヘルパーは霊の教師あるいはマスターです。彼らは霊的にきわめて高い存在で、物質界には生きたことがないかもしれませんし、何度も転生を重ねながら、なんらかの霊的な仕事に携わっていたのかもしれません。ほかのガイドたちと同様、わたしたちの霊的な発達度や理解度に応じて引き寄せられてきます。霊の教師はわたしたちの霊的な進歩を助けたいと強く願っています。霊的な才能や可能性を与えようとする場合も多いのです。霊的啓蒙の途上にある者にとってこのガイダンスははかりしれない恩恵となります。
 転生を繰り返して魂を進化させていくわたしたちには、たいていひとりかふたりのマスターが一貫して付き添ってくれるでしょう。わたしたちの霊的自己に同調し、わたしたちが物質界で過ごすあいだは霊的な成長を助け、中間生でも援助してくれます。しかも、個々の生においてはそれぞれにマスター・ガイドが現われるでしょう。やはり、わたしたちの魂の進化の度合いに応じてガイドが惹きつけられ、重要な教訓や人格の諸相の改善を手助けしてくれます。たとえば、ガイドの導きで無条件の愛を学べるかもしれません。「生徒の心構えがととのうと教師が現われる」という言葉はまさに真実です。

  ジェームズ・ヴァン・プラグ『もういちど会えたら』
    中井京子訳、光文社、1998、pp.67-69

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 30-w[29-v] (愛する人の生存を知って無上の喜びに包まれる)

 わたしのもとを訪れる人びとが神経質になっていても仕方ないと思います。おそらく交霊術者を相手にするのは初めての体験でしょうし、せいぜい何かの本を拾い読みしたとか、映画やテレビで生半可な解説を聞きかじったという程度で、それ以外に何も根拠がないのでしょうから。不安と期待で心が揺れ動く依頼人を相手にした場合、まず手始めに、霊はわたしだけでなく依頼人のエネルギーも利用するのだということを理解してもらわなければなりません。エネルギーは電流によく似ていると説明します。依頼人が神経質になっていれば、この電線を通じて波動や細波のようなものが伝わり、せっかくの霊の想念もわたしにはわけのわからないたわごとにしか聞こえません。依頼人が落ちつけば、その分だけ交信状態がよくなり、わたしも霊の思いを聞き取りやすくなります。なによりも重要なのは依頼人の信頼を得るということです。ほかの誰も知らないような事柄を話しだすと、彼らにもわたしが本物だとわかり、身構えていた固さが少しずつ取れてきます。そこで、わたしは先へ進み、霊界の扉を開けて依頼人を未知の領域へ案内するのです。
 交霊会は、人物の名前や特徴をわたしが“つかむ”ところから始まるかもしれません。あるいは、こんなふうにあっさりと始まる場合もあります。「あなたのお父さんがここに来ています。彼は心臓発作で死んだと言っています」という具合に。依頼人がこの情報と霊の存在を認めた瞬間、部屋のなかのエネルギーが一変します。再会が実現したのです。興奮の感情が室内を満たします。依頼人には心の変化だけでなく、肉体の変化も現われます― 目を見開き、口をあんぐりと開け、額から玉の汗が噴きだし、心臓の鼓動が速くなります。このころになると、依頼人はもっと話を聞きたくなり、霊に直接話しかけるようになります。こういう場合、わたしは少し自制して落ちついてくださいと頼まなければなりません。霊はわたしと意思の疎通をしようと懸命に努めていて、過度の興奮が伝わると悪影響をおよぼすからです。
 依頼人は上機嫌で浮かれるだけでなく、感情的になって、泣きだすこともよくあります。この涙は悲しみと歓喜と満足感と安堵が入り交じったものです。わたしがその人物特有の癖や声の抑揚を伝えると、依頼人は理屈抜きで実感するのです。愛する人は決して死んではいないのだ! さらに、霊が室内に送り込む“愛”を肌で感じ取ります。詳細なメッセージが次から次へと伝えられてくると、どんなに疑い深い人でも懐疑の念を棄て、希望に胸をときめかせるようになります。嘆き悲しんでいた人もやがて無上の喜びと至福と満足に包まれます。そのうえ、数々の証拠を含んだメッセージが、墓地の向こうにも世界が存在することを示す証しとなるのです。そして、すべての人びとに深い影響を残します。

  ジェームズ・ヴァン・プラグ『もういちど会えたら』
    中井京子訳、光文社、1998、pp.196-197

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 30-x (愛する人びとは今もそばから家族を見守ってくれている)

 生者と死者の再会が果たされたとき、そこで初めて生きている側は、かつて家族や友人と現世で体験した愛は死によって奪われたわけではないと理解するのかもしれません。それどころか、愛する人びとは今もそばにいて、彼らの日常の出来事に熱い関心を寄せてくれているのです。しかも、いずれ自分が霊界に移るときが来れば、そのときは愛する人びとに出迎えてもらえると知って、生きている人びとも安らぎを感じています。彼らはもう以前と同じようには生きていけないことも自覚しています。すでに愛を実感し、向こう側の世界から証言を聞いてしまったのです。かつては未知だったものがもはや未知ではなくなりました。“死”が存在しないとわかって彼らは自由に生きていけるのです。悲嘆に打ちひしがれていた人生が一瞬にして変貌しました。日々、躍動感にみなぎり、一瞬一瞬が新しい発見に彩られる人生になったのです。
 新たな自覚を得た人びとは自分たちがこの地上に重要な貢献をしていることに気づき、残された貴重な時間をもはや無駄にはしたくないと考えます。わたしたち全員がひとつで、ひとりの人間に影響のあることはすべての人びとに影響をおよぼすのだと知って、人生を見つめなおすようになります。あらゆる思考、あらゆる行為を明確な責任感でとらえるようになるのです。なぜなら、やがて霊界で自分の行為が再現されることを、愛する人びとの霊を通じて知っているからです。さらに、再会の場はなにも地上だけではないと、わたしの依頼人たちは霊の身内から教えられました。彼らは古い昔の一族や旧友、クラスメートたちとも再会を果たしているのです。長い別離のあと、愛する人たちとひさびさの交流があちら側の世界で始まるのです。そこでは愛は永遠に途絶えることなく続きます。
 つまり、誰もひとりぼっちになることはないのです。

  ジェームズ・ヴァン・プラグ『もういちど会えたら』
    中井京子訳、光文社、1998、pp.198-199

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 30-y (霊界の妻と愛情で結ばれた地上の夫との会話 =1=)

 わたしは腰をおろすと、自分の仕事について説明しました。冒頭の祈りを唱え、それが終わってラリーの右隣りに目を向けると、そこに、四〇年代ふうのドレスを着た美しいブルネットの女性が見えました。「薄いピンク色のドレスを着たケイがあなたの横に立っていますよ。まるで女優さんのような印象だ」
 「実際、家内は女優でしたからね。わたしたちはバークレーの芝居で出会ったんです」
 「彼女があなたを“ラヴ”と呼んでいます。あなたの名前の代わりにラヴと言ってますよ」
 「すばらしい。わたしたちはいろんな呼び名で呼び合ってました。いやはや、わたしはこんなおじいちゃんになってしまって。すっかり白髪頭だ」
 「わたしはあなたの心と結婚したのであって、髪の毛と結婚したのではない、と彼女が言ってます」わたしとラリーは笑い声をあげ、そして、先を続けました。
 「ケイがこう言ってます。あなたは美しい声の持ち主だ、と。いつも歌を歌っている、と」
 「ええ、そのとおりです。週末にはいつもクリスチャンサイエンス教会に行って聖歌隊で歌ってるんですよ。やることがあるっていうのはいいですからね。みんな、とても親切にしてくれます」
 「今度はあなたがたの結婚式の話をケイがしていますよ。おふたりが結婚式をあげたのはカリフォルニアではなかったんですか? たとえば、ニューヨークとか?」
 「ええ、ニューヨーク・シティでした。家内は結婚した年を覚えてますか?」
 「一九四〇年だとおっしゃってますね」
 「そう、そのとおりです。教会はどうでしょう? 教会の名前がわかるでしょうか?」
 「ちょっと待ってください」わたしは数分ばかり待ちました。結局、わかったのは俳優の教会ということだけでした。
 ラリーが答えました。「そう、あの教会はちょうど通りの角にあって、周辺の劇場から俳優たちが通ったものです。わたしたちがどこに住んでいたか、家内は話してくれるでしょうか?」
 わたしはこの質問をラリーの妻に伝え、しばらくして口を開きました。「アップタウンについて話してますね。アッパー・ウエストサイドにある小さなアパートのようです」
 「おお、すごい、すごい。そのとおりです。ワシントン・ハイツというところでした。いやあ、これは興奮してきますな」
 「ラリー、彼女が何かフィラデルフィアについて話してます。フィラデルフィアについて思い当たることがありますか?」
 「はい」
 「汽車でフィラデルフィアまで行ったそうですよ。フィラデルフィアに親戚でもいらしたのかな? どうです、わかりますか?」
 「結婚したあと、わたしがフィラデルフィアの教会をやめてニューヨークの教会に移るまで、日曜ごとに向こうへ行かなきやならなかったんですよ」
 わたしは笑いながら手をたたいた。「なるほど、すごい、すごい。わかりました。では、先を続けましょう。ケイは亡くなったときにひとりだったと言ってます。自分がそれを望んだ、と。どうかそのことで悲しまないでほしい」
 「ああ、あんなつらかったことはないよ、ケイ。本当に、もう少し待ってくれたってよかったろうに」
 「いいえ、彼女はあのときに行かねばならなかったんですよ。奥さんはとっても素敵な方ですね。きれいな帽子をかぶっている。デザインから見て四〇年代のものらしい。帽子をかぶるのが大好きだったと彼女が話しています。よくあなたに言ったそうですね、これから帽子を買いにダウンタウンへ行ってくるわ、と」
 「ええ、そうなんですよ。いやはや、あれからずいぶんたったものだ。でも、ケイは帽子が大好きでした。まったく、あの帽子のコレクションはみごとだった。家内はとってもおしゃれでしてね。華やかな色彩が好きで、美しいものが好きだったな」
 「今でも好きですよ。ピアノについて話をしていますね」
 ラリーは笑いだし、ぜひピアノの話を聞かせてくれとケイに訴えました。
 「あなたの家にピアノがあるそうです。彼女はそれを弾くのが大好きだった。いつもピアノを弾いていた。ワグナーのことも何か言ってます。これはどういうことかわかりますか?」
 「ええ、もちろん。驚いたな! ケイのためにピアノを買って、それが今でもうちにあるんです。でも、ピアノを弾いたのはわたしで、家内は全然弾かなかった。ピアノの演奏はいつもわたし。家内はわたしと一緒に歌ったんです。編曲も立派なもんだったな。覚えてるかい、ケイ?ああ、わたしは今でもピアノを弾いてるよ。わたしの演奏を家内は見てくれているんでしょうか?」
 「ええ、確かに見ていますよ。左側の同じ場所に立ってます。昔のようにね。さっきのワグナーの話はなんなんですか?」 わたしはラリーに尋ねました。
 「それは、あのう、ちょっとお恥ずかしいんですが、わたしは古いレコードを集めてるんですよ。かなりのコレクションでしてね。特にクラシックが大好きで、このところ、ワグナーをかけてたんです。変わってるかもしれないが、一日じゅうかけっぱなしでね。落ちつくんです。べつにかまわんでしょう。人を傷つけるわけじゃないんだから」
 「ええ。プレーヤーの針が傷むだけですね」わたしたちはなごやかな笑い声を立てました。わたしはメッセージの残りを伝えました。

  ジェームズ・ヴァン・プラグ『もういちど会えたら』
    中井京子訳、光文社、1998、pp.200-204

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 30-z (霊界の妻と愛情で結ばれた地上の夫との会話 =2=)

 「ラリー、ケイがこう言ってますよ、さっき墓地であなたと一緒だった、と」
 「ああ、今日はわたしたちの結婚記念日なんです。今も愛してることを教えてやりたかった。あそこでケイのことを考えてました。じゃあ、知ってたんだね、ケイ?」
 「ええ、奥さんはあなたが来てくれたことをとても喜んでます。墓地に持ってきてくれたバラの花が気に入ったそうですよ」
 「いやあ、たいしたもんじゃない。気に入ってくれればと思っただけでね」
 「確かに気に入ってくれてますよ。彼女が地下の納骨堂を見せていますね。奥さんは納骨堂にいらっしゃるんですか?」
 「ええ、そうです。いずれわたしも家内の隣りに行きます」
 「奥さんが花を持ったあなたを示しています。変だな、彼女は手に棒のようなものを持っている。どういう意味かわからないな。あなたならわかりますか?」
 「ええ、たぶん。墓地へ行ったとき、家内の納骨棚の前に花を飾るために棒状の柱をつかまなきゃなりませんでしたから。家内の納骨棚は上段のほうなんですよ。彼女はそのことを言ってるんじゃありませんか?」
 「はい、そうです。ずっと上だといった話をしてますね」やがて、ケイが早口でメッセージを伝えてきました。わたしは上を見て、「なるほど……わかりました……ありがとう」と答えました。それからラリーに顔を向けました。「奥さんの納骨棚は奥のほうですか? なんだか、曲がりくねってますね。たどりつくまでが大変そうだ。奥に進んで、大理石の階段をおりて、それから横へ。彼女がそう伝えてきています」
 これはラリーにもよくわかりませんでした。わたしはケイのメッセージを解読しようとするうちにすっかり迷路に迷い込み、ラリーまでそこへ誘い込んでしまったようです。わたしは先を続けました。
 「ケイの隣りにご婦人が立っています。非常に特徴のある声だ。とても演劇的です。オペラも歌ったようですね。彼女もやはりピアノの話をしてますよ。どうしてかおわかりですか?」
 「ええ、もちろん。それはエスターです。すばらしい歌手でした。わたしたち三人はよく一緒に舞台の仕事をしました。何年もわたしのピアノの先生でしたしね。ああ、それにしても、彼女の話が聞けるなんて実にうれしい」
 「向こうには大きな演劇界があるのだとこのご婦人が話してますよ。ボイストレーナーや音楽の教師が大勢いるそうです。でも、違いがある、と彼女が言ってます。現世のような音楽ではない。もっと純粋だ。こちらでは完全なハーモニーがある。現世でもハーモニーの話はするが、真実には遠くおよばない」
 「すばらしい」
 リーディングはさらにしばらく続き、ラリーの妻と教師が地上で分かち合った過ぎ去りし日日の思い出を語りました。それはなんともすばらしい五十回めの結婚記念日でした。もう何も言うことなんてないのではなかろうか、とわたしは思いました。すると、ケイが言ったのです。
 「ラリー、パリについて何か知ってますか? つまり、あなたはケイとパリで過ごしたことがあるんですか?」
 「ええ、確かに。家内はなんて言ってるんです?」
 「パリのエッフェル塔にのぼったと話してますね。あのときは本当に幸せだった。これはどういう意味でしょう?」
 ラリーが涙を流しました。彼はティッシュを出して目頭をぬぐうと、わたしをまっすぐ見つめました。「わたしもあのときは本当に幸せでしたよ。ハネムーンの初日にエッフェル塔にのぼったんです」
 「あなたと一緒に暮らした人生そのものがハネムーンだった、とケイが言っています」
 ラリーが微笑を浮かべ、わたしはメッセージを続けました。
 「奥さんはこれからもずっとあなたと一緒ですよ。それに……待ってください、彼女がこう言ってます、家に帰って、わたしのためにピアノでラヴソングを弾いてほしい、と」
 それを聞いたラリーは笑顔で言いました。「そう、まさにこれはケイだ。彼女はしゃべりだしたら止まらないんです」
 「これからも奥さんはそのままですよ」とわたしは答えました。

  ジェームズ・ヴァン・プラグ『もういちど会えたら』
    中井京子訳、光文社、1998、pp.204-207

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 30-za (ラスキン夫妻はこのように霊界の息子と対話した =1=)

 それは一九九五年の六月でした。わたしはアパートメントの外にすわって次の依頼人を待っていました。予定表を確かめてみましたが、六時の予約客ドンとスウ・ラスキンという名前に心当たりはありませんでした。六時五分前、ひと組の男女が道を歩いてきました。ふたりを初めて見たときの印象は今でもよく覚えています。男性のほうは具合が悪そうでした。実際、病人に見えました。一緒の女性はてっきり娘だろうと思ったのですが、実は奥さんでした。
 冒頭の祈りを終えるとすぐさまわたしのまわりに数人の霊が現われました。女性のエネルギーも感じられましたし、非常に強力な男性のエネルギーもありました。わたしは感覚的に受け取った印象や情報を伝えながら、依頼人が交信を望んでいる人物たちの霊であればいいがと思ったものです。
 「あなたがそこの戸口から入ってらしたとき、若い男性が後ろに立っていたんですよ、ドン。若くして亡くなったようですね。息子さんがおありでしたか?」
 ふたりは驚いて互いに顔を見合わせました。そして、ドンがゆっくりとわたしのほうを振り向き、確かにそのとおりだと認めたのです。
 「はい」
 「彼は心から深くあなたを愛していると言ってますよ。あなたは何も恐れることはない、と。彼はあなたを本当に愛してるんですね。愛してる。彼は何度もわたしにそう言ってます。Aというイニシャルに何か心当たりは? 彼の知り合いにアダムという人物がいたでしょうか?」
 「さあ、いないと思いますけど」とスウが答えました。
 わたしはドンのほうを向いて彼の父親と母親について話しました。「あなたのお父さんとお母さんが今夜ここに来ている、と息子さんが言っています。ふたりは息子さんと手に手をとってやってきた。Mというイニシャルはわかりますか?」
 「ええ、それはわたしの父です。マイクが父の名前です」とドンが答えました。
 「女性もいますね、名前はリリーかミリーか、いや、エリーかな」
 スウが声をあげました。「それはわたしの姉です。姉ももう亡くなってますから」
 「彼女はバブズとも呼ばれてましたか?」
 「はい、特にその呼び名を」
 「お姉さんはおもしろい方ですね。彼女はあなたのお父さんと一緒になって笑いこけてますよ。うまが合うんだな。でも、息子さんが話したがっている。ぼくが今夜の主賓だって言ってます。彼は病院にいたんですか?」
 「ええ」
 「とてもつらかったそうです。それは思いがけない出来事だったんですか? みんながショックで呆然となった、と彼が話しています。予想もしていなかったことだ、と。何かの事故だったようですね。頭部にけがをしたんですか?」
 「はい、そのとおりです」
 ラスキン夫妻は互いに手を取ってきつく握りしめました。
 「息子さんは頭の痛みを訴えています。首も痛めたようだ。彼はヘリコプターに乗っていたんですか? つまり、彼にはヘリコプターに乗った経験があるようなんです」
 「ええ。息子はヘリコプターで病院に運ばれました」
 「彼は登山の感じを強烈に伝えてきています。山を見せてくれてますね。足をすべらしたか、転落したような感じも伝わってきます。どういうことかおわかりですか?」
 ラスキン夫妻はそろって泣きだし、この情報が正しいことを認めました。
 わたしは先を続けました。「いつかこういうことが自分の身に降りかかるのではないかと息子さんは日頃から思っていたそうです。いつも不安をかかえて生きていた。あなたがたにはどうすることもできなかった。その気になれば彼を引き止められたのではないかと思って、自分を責めるのはやめてほしい。息子さんはスカイダイビングについて考えたことがありますか? わたしにスカイダイビングを示しています。たとえ山で死ななくてもスカイダイビングで死んだだろう、と彼は言ってますよ」
 ドンが口を開きました。「息子は昔から冒険好きでした。次から次へといろんなことをやってましたよ」

  ジェームズ・ヴァン・プラグ『もういちど会えたら』
    中井京子訳、光文社、1998、pp.225-228

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 30-zb (ラスキン夫妻はこのように霊界の息子と対話した =2=)

 「写真も好きだったんですか? 世界じゅうのあちこちで写真を撮ったと言っています。息子さんはちゃんと知ってますよ、あなたがたが彼のアルバムを見ていたことを。でも、いくらアルバムの写真を捜しても、今いるところがわかるような写真は一枚もないそうです。この空の色ときたら……色彩がとても豊かだ。表現のしょうがない! 淡いバイオレットやピンクの色合いが何層にも重なっている。ぼくのことは心配しないで、と彼が言ってます。こっちで大きな冒険をしているから。タム、あるいは、タミーとは誰のことですか?」
 「彼の妹です」
 「では、息子さんからの愛を伝えてあげてください。妹さんの優しい好意、温かい思い、心からの祈り、そして、愛、すべてに感謝しているそうです。本当にうれしかった!」
 「ええ、必ず伝えます」
 「彼の姪御さんが彼に手紙かカードを送りましたか?」
 ドンが答えました。「ええ、そうです。葬儀の席で」
 「息子さんはとても喜んでいた、と彼女に伝えてください。息子さんはマークという人物についても口にしてますね。そういう名前の知り合いがいたんでしょうか?」
 「ええ、それは息子の親友です」
 「ダグからよろしくと言ってください。いつもそばにいる、これからもずっと親友だ、と伝えてほしいそうです」
 それからわたしはドンに顔を向けました。彼はとても体調が悪そうでした。悲しみで身も心もいっぱいなのだとわかりました。体はまるで抜け殻のようです。わたしは父親の健康を気づかう息子の思いを伝えました。
 「ドン、潰瘍に気をつけてほしいとダグが言ってますよ。それに、なかなか眠れないそうですね。医者に行ったんですか?」
 「ええ、つい先週。睡眠薬を処方してもらいました」
 「おふたりに伝えてほしいそうですよ、あなたがたのおかげで最高に充実した人生を送ることができた、と。いつも支えてくれた。いつも信じてくれていた。ふたりは最高だ。最高の両親だ、と彼が繰り返し言ってます。葬儀では息子さんの写真を飾りましたか?」
 「はい」
 「たくさんの写真を貼ったボードを彼が見せてくれています。そのまんなかに大きな写真が一枚ある。その中央の一枚を選ぶのに苦労なさったそうですね」
 ラスキン夫妻は笑い声を立て、そのあと、スウが答えました。「それこそありとあらゆる写真を見て選んだんですよ。ダグの写真はあちこち旅行したときのものがたくさんありましたから」
 「彼は満員の式場内を見ながら、あなたがたによけいな面倒や手間をかけたくないなと思ったそうです」

 「あれはわたしたちが望んでやったんだ。息子の人生の最後を飾る式典なんだから」
 「ダグは、あなたがたが葬儀に選んだ音楽の話をしています。スコットランドかアイルランドの趣がある曲だったようですね。たとえば、エンヤのような」
 「そう、そのエンヤを使ったんですよ!」とスウが言いました。
 わたしはドンのほうを振り向きました。ダグから次の質問を受けていたのです。
 「ドン、運動はしてますか? というのも、ダグが馬を見せています。おふたりで乗馬を楽しんではいかがでしょう?」
 ドンが答えました。「親友と一緒に乗馬にでかけてます。これはダグからもらったシャツなんですよ」
 「楽しんでよ、パパ。ぼくに代わって楽しんでほしい。気軽にね」

  ジェームズ・ヴァン・プラグ『もういちど会えたら』
    中井京子訳、光文社、1998、pp.228-230

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 30-zc (ラスキン夫妻はこのように霊界の息子と対話した =3=)

 このとき、非常に興味をそそる質問が伝えられてきました。その答えには今でも驚異を感じずにはいられません。
 「息子さんの写真の複写か、あるいは、加工された写真を持っていますか? まるで、秘密のジョークか何かのように、彼がその写真のことで笑ってるんですよ」
 「それはダグと一緒に旅行したときの写真です。うちの娘が気づいたんですが、写真の中央部に閃光のようなものが写っていて、それがハートの形の煙みたいなんですよ。そのハート形のなかに『愛してる』という文字が見えた。娘が引き伸ばしてもらったものなんです!」
 「ぼくがやったんだ、ってダグが言ってますよ。彼は大笑いしている。わかったかい?ぼくだったんだよ。ぼくからの贈り物だったんだ。天国からの絵葉書だと思ってほしいな」
 物質的存在さえも超越する愛の力がここでもまた示されたわけです。このあと交霊会にはドンの母親と父親、それに、ビー叔母さんが登場しました。ひとりひとりが幼い子供のころのドンを細かく物語りました。それからふたたびダグが現われてセッションの最後まで話を続け、死後生存の驚くべき証拠を示したのです。
 わたしはスウに尋ねました。「新聞記事をはさみで切り抜いていましたか?」
 「はい」
 「彼ら全員がその様子を見ていたそうですよ。それはいつでしたか?」
 「先週です。ダグの記事が新聞に大きく載ったものですから。彼の死についてなんですけど。単なる死亡記事ではなくて、富士山についての記事でした」
 「スクラップブックか、あるいは、思い出ノートのようなものを作ろうとしてるんですか?
 あなたがたがいろいろな記事を集めてるけど、まだしっかりと貼りつけていない、と彼が言ってます。軽く留めただけだ。ぼくはちゃんと知っている」
 ラスキン夫妻が微笑を見せました。わたしはさらに続けました。
 「キョウト。これはどういう意味ですか?」
 「日本の地名です。わたしたちも息子と一緒に京都にいました」
 「息子さんはバイク、そう、マウンテンバイクを持ってましたか? あなたがたはバイクについてご存じですか?」
 「あのバイクはわたしたちの家に送り返してもらいました」
 「彼は富士山のふもとで撮った写真がとても気に入ってるそうですよ。それをお持ちですか?」
 「いえ、登山隊の仲間が写真の現像をしてくれてるんですが、まだわたしたちのところへは届いていません」
 「では、このことを覚えていてくださいね」
 「ええ、もちろん」
 セッションはそれから十五分ばかり続きました。ラスキン夫妻は来たときとはまるで別人のような面持ちで帰っていきました。ドンの顔には、再生の道を歩みはじめた確かな証が現われていました。息子が今も生きているばかりか、いつも身近なところにいてくれるのだと、ふたりにはわかったのです。
 このダグ・ラスキンがただの平凡な息子ではなかったことが、あとになってわたしにもわかりました。どうやら、彼は天国から送られた天使だったようです。彼は数年間、海外を旅行しながら貧しい人びとを援助していました。貧しい人びとに届けるため、背中に食料を背負って急流を泳ぎきったことすらあったのです。彼は冒険心と情愛に満ち、彼とふれあいを持った人びとは誰もがその内なる光を感じ取ったのです。
 最初のリーディングから二カ月ほどして電話が鳴りました。スウ・ラスキンでした。ちょうど郵便を受け取ったところだそうです。ダグが所属していた登山隊から写真が送られてきたのです。彼女はこう言いました。「最初に手に取った一枚が、富士山のふもとに立ってうれしそうに笑っているダグの写真でした」

  ジェームズ・ヴァン・プラグ『もういちど会えたら』
    中井京子訳、光文社、1998、pp.230-233

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 30-zd[73-e] (霊たちも間違ったことを言ってくることがありうる)

 霊からこう言われたというだけでそれに従わないとバチが当たるような不安感に追いまくられて病気になるケースは実に多かろうと察せられる。が、霊の方は地上の習性から余計なおせっかいをしているだけなのである。
 交霊会などで霊の言葉に耳を傾けるのは結構なことである。霊の言いたがっていることは聞いてあげるがよい。ただ忘れてならないのは、霊の方も自分の考え″を述べているにすぎないこと、言い換えれば、彼らも間違ったことを言ってくることもありうるということである。

  M.H.テスター『現代人の処方箋』(近藤千雄訳)
    潮文社、1988、p. 87

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 30-ze(霊界からこの世の家族に懸命に伝えようとすること)

 さよならもいえず突然亡くなった人は、残された人に急いでコンタクトをとろうとするようだ。自分がまだ存続していること、あちらの世界へ行くと、我々が地上で想像しているような痛みや苦しみはないということを遺族に知ってもらおうと懸命な努力をする。
 亡くなった子供が愛していることを母に一刻も早く伝えたいと、なんとかコンタクトをとろうとする。母しか知りえないことを伝えたとき、憔悴しきった顔に浮かぶ喜びの表情を、私はどのように表現していいかわからない。
 あるいは朝出かけたきり二度と帰ってこなかった夫が、半分死んだようになっている妻をなんとか助けたいと願う。彼からの慰めや道しるべとなる言葉を伝えたら、妻はまた勇気をふりしぼって彼女の人生を歩き始めるのだ。

   ゴードン・スミス『霊的世界からの癒し』(ノーマン・テイラー邦子訳)
     徳間書房、2009、p.117