学びの栞 (B) 


 53. 催眠術・退行催眠


 B53-a (ワイス博士の退行催眠)

 彼女の頭がゆっくりと左右に揺れ始めた。何かの情景を調べているようだった。彼女の声がまたしわがれた大声になった。
 「神はたくさんいる。なぜなら、神は我々一人ひとりの中にあるからだ」
 私(ワイス博士)はこの声は中間生から来ているのだと思った。しわがれた声になり、メッセージが急に確信に満ちた霊的な調子になったからだ。次に彼女の口から発せられた言葉に、私は息が止まり、心臓が引っくり返ってしまった。
 「あなたのお父様がここにいます。あなたの小さな息子さんもいます。アブロムという名前を言えば、あなたにわかるはずだと、あなたのお父様は言っています。お嬢さんの名前はお父様の名前からとったそうですね。また、彼は心臓の病気で死んだのです。息子さんの心臓も大変でした。心臓が鳥の心臓のように、逆さになっていたのです。息子さんは愛の心が深く、あなたのために犠牲的な役割を果したのです。彼の魂は非常に進化した魂なのです。・・・・・彼の死は、両親のカルマの負債を返しました。さらに、あなたに、医学の分野にも限界があること、その範囲は非常に限られたものであることを、彼は教えたかったのです」
 キャサリンは話すのをやめ、私はおごそかな沈黙の中にすわり込んでいた。そして、ぼんやりした頭で、必死で考えようとしていた。部屋の中が氷のように冷たく感じられた。
 キャサリンは私の個人的な生活については、ほとんど知らなかった。私の机の上には赤ん坊の娘の写真が飾ってあった。娘は幸せそうに笑って、下の二本だけ生えた歯がのぞいていた。息子の写真がその隣りにあった。それ以外は、キャサリンは私の家族も、私の個人的なできごとについても、本当に何一つ知らなかった。私は伝統的な精神療法のテクニックをしっかりと教え込まれていた。患者が自分の感情や考えや態度を投影することができるように、精神科医は白紙のようなものであるべきだとされていた。そうすれば精神科医は、投影されたものを患者の心を拡大しながら、分析することができるのだ。だから私は、意識的にキャサリンとの間に、距離を置いてきていた。彼女は私をただ、精神科医として知っているだけで、私の過去や個人的な生活については、何一つ知らなかった。私は自分の学位証書ですら、診察室に飾っていなかった。
 私の人生最大の悲劇は、一九七一年に起こった。私の初めての息子が、生まれてたった二十三日で死んでしまったのだ。その子の名前はアダムと言った。赤ん坊を家へ連れ帰ってから十日ほどたった頃、彼は呼吸困難を起こし、さかんに吐くようになった。診断をつけるのはきわめて難しかった。「心房隔壁欠損を伴う肺の静脈排血異常」だと言われた。一千万人に一人の異常だそうだ。肺静脈、すなわち、酸素を取り入れた血液を心臓へ送り返すはずの血管が、誤って心臓の逆の方へつながってしまっていたのだ。ちょうど、心臓が後ろの方へ引っくり返ったようになっていた。本当に、ごくごくまれなケースだった。
 思いきって開胸手術をしてみたが、それもアダムの命を救うことはできず、彼は数日後に亡くなった。私達は何カ月も嘆き悲しんでいた。夢も希望も打ち砕かれた思いだった。一年後に息子のジョーダンが生まれ、私達の傷をやっといやしてくれたのだった。
 アダムが亡くなった頃、私は精神科医になろうと決心したことがよかったかどうか、迷っていた。内科のインターンの仕事は楽しかったし、内科の研修医にならないかと誘われていた。アダムが死んで、私ははっきりと、精神科医を自分の仕事としようと決心したのだった。近代医学がその最新の知識と技術をもってしても、私のけなげな小さい息子の命を救えなかったことに、私は腹を立てていた。
 私の父は一九七九年のはじめに、六十一歳でひどい心臓発作に見舞われるまでは、健康そのものだった。最初の発作はどうにか持ちこたえたものの、心臓の壁が回復不可能なほどだめになり、三日後に亡くなった。これは、キャサリンの最初の診察の約九カ月前のことであった。
 私の父は宗教心の厚い人だったが、精神的なことよりは、儀式を重んじる方だった。彼のへプライ名はアブロムと言い、英語名のアルビンより、ずっと彼には似合っていた。彼の死後、四ヶ月たって、娘のエイミイが生まれた。彼女の名前は、父のアブロムにちなんで命名されたのだった。
 今、一九八二年、私のうす暗い静かな診察室で、隠されていた秘密の真実が、耳をろうする滝の如く私の上に降り注いでいた。私は霊的な海を泳いでいるような思いがした。水は心地よかった。鳥肌が立つ思いだった。こうした情報をキャサリンが知っているはずがなかった。どこかで調べることができるようなことでもなかった。父のヘブライ名、一千万人に一人という心臓の欠陥のために死んだ息子のこと、私の医学に対する不信感、父の死、娘の命名のいきさつ、どれもあまりにも個人的なプライバシーに関する事柄ばかりだった。しかも、どれも正確だった。この何も知らない検査技師の女性は、超自然的な知識を伝える導管なのだ。もし、彼女がこんな事実を明らかにできるのであれば、他にどんなことがわかるのだろうか? 私はもっと知りたかった。
 「誰?」。私はあわてて言った。「誰がそこにいるのですか?誰がこんなことをあなたに教えてくれるのですか?」
 「マスター達です」と彼女は小声で言った。
 「マスターの精霊達が私に教えてくれます。彼らは私が肉体を持って八十六回、生まれていると言っています」
 キャサリンの呼吸が遅くなった。彼女の頭の揺れが止まった。彼女は休息していた。私はもっと続けたかったが、彼女が言ったことの意味が気になっていた。本当に、彼女に八十六回の前世があったのだろうか? ”マスター達” とは、一体、何者なのだろう? こんなことがあり得るのだろうか? 我々の人生は、肉体を持たないが、すばらしい英知をもっている精霊達によって、導かれているのだろうか?神へ近づくための段階があるのだろうか? これは現実なのだろうか? 彼女が明かしたことから考えると、疑うのは難しかったが、それでもまだ、私はなかなか信じられなかった。何年間もの間、プログラムされてきた考え方を、私はくつがえさなければならなかった。しかし、私の頭も心も体も、彼女の言っていることは正しいと知っていた。彼女は真実を語っているのだ。

  ブライアン・ワイス『前世療法』(山川紘矢・亜希子訳)
   PHP研究所、1996、pp.56-60

     
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 53-b[41-m] (医者が臨死体験の事実を公表することを恐れる理由)

 こうした患者の臨死体験や体外遊離体験の話は、他にも沢山の医師から聞いています。それは医学や生理学的見地からも、この現象を下らないと言って片づけることはできません。彼らは高度の教育を受け、論理的で懐疑的で、医科大学で厳しく訓練された医者なのです。その彼らがみな、疑う余地もなく、自分達の患者は意識がない間に体を脱け出して、遠くで起こった出来事を見たり聞いたりしたと、私に話しているのです。
 もう、こうした出来事は珍しくはないのだと思います。ほとんどの患者は医者に話したがりません。幻覚を見たのだと言われたり、おかしい、異常だと医者に思われるのではないかと怖れているからです。どうしてそんな危険を冒しましょうか?
 そしてなぜ、医者はこうした体験を人々に話す危険を冒すべきなのでしょうか? 多くの精神分析医は、退行催眠で自分が体験したことを公に話すのを怖がっています。私は電話や手紙を何百人もの精神分析医から(そして何千もの電話や手紙を心理学者、ソーシャルワーカー、催眠療法士、看護婦、その他のセラピストから)もらっています。その中で彼らは、過去生退行を「私の部屋でこっそりと」、「仲間には話さず秘密裡に」この数年間、時には二十年間も行なってきたと言っています。そこには何千何万という治療例が隠されているのです。それこそ、大切なデータ、真実の宝庫です。これらは臨床記録であり、その多くは有効性を確認できるでしょう。手紙には過去生の記憶、患者が思い出した名前、日付、他の都市、国、大陸での過去生の詳細などについて、詳しく書かれています。今生では聞いたことも、ましてや訪ねたこともない場所の公的記録に、自分の「昔の」名前を発見した患者も何人もいます。自分の墓を見つけた人もいます。
 こうした記録を公表する時の危険性は、かなり高いものです。医師は自分が苦労して得た評判、仕事、家族の安全、社会的な立場などが、すべて危うくなるのではないかと、怖れています。私はこの恐怖を理解できます。自分の発見を公表する勇気が出るまで、私も何年もかかったのです。

  ブライアン・L・ワイス『魂の療法』(山川紘矢・亜希子訳)
     PHP研究所、2001年、pp.243-244

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 53-c (英語が話せない中国人医師が退行催眠で英語を話す)

 二回ほど、私は中国から来た医者を退行させる機会を持ちました。二人とも、エネルギーワークとヒーリングの専門家でもありました。
 一人目の医者は、ニューヨーク大学の物理学科で研究対象になっていました。ニューヨーク大学は、私に連絡係になるよう依頼して来ました。私の本がベストセラーになったので、私は中国ではよく知られていたからです。
 中国人医師は英語を話しませんでしたので、通訳を伴っていました。若い頃に彼が師事した大先生のやり方と、私のやり方が同じかどうか知りたくて、彼は退行を試してみたいと、私に頼みました。彼は深い催眠状態へと入って、とても興味深い過去生の記憶を体験しました。
 あとで、私のやり方は彼らの方法と同じだった、と彼は言いました。そして、同じ映画を一緒に見ている時のように、私も彼の過去生の場面を見て、しかも体験していたかどうか、彼はたずねました。
 「いいえ」と私は答えました。「時々、何が起こるか予感がありますが、あなたの心の中で起きていることを、実際に見てはいません」
 「残念ですね」と彼は通訳を介して答えました。「私の先生はできました」
 もう一回の時は、高名な中国の医者がマイアミに私を訪ねて来て、強力な気功によるヒーリングを実演してくれました。お返しに、彼女は過去生退行をして欲しいと言い、私は同意しました。彼女も英語を話しませんでしたが、通訳を伴って旅行をしていました。
 彼女はとても深い状態に入りました。二、三分すると、非常に鮮明に、彼女は百年以上前の、サンフランシスコの過去生を思い出しました。その記憶を思い出している間ずっと、彼女は流ちょうな英語で話していました。
 通訳は訓練を受けたプロでしたが、すぐにそれに応じました。彼は私の方を向くと、すかさず中国語に通訳し始めたのです。私は一瞬、彼を見つめていましたが、やっと、その必要はないと彼に伝えました。彼のびっくりした表情を見て、彼がやっと理解したことがわかりました。
 彼は彼女が一口も英語をしゃべれないのを、知っていたのです。

  ブライアン・L・ワイス『魂の療法』(山川紘矢・亜希子訳)
     PHP研究所、2001年、pp.246-247

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 53-d (なぜ多くの医師やセラピスト達は退行療法を拒否するか)

 多くのセラピストは、退行療法、特に過去生への退行の利用を、考えることすら拒否しています。でも、多くの臨床医がすでにくり返し発表しているように、心理的・身体的な改善、軽減、治癒などが、劇的な速度で数多く起きています。一回の退行であれ、十回の退行であれ、退行セラピーの効果は永続的であり、人生を変えてしまいます。霊的な成長、知恵、内的な平和も、一般に症状の改善に伴って生じます。
 医師や心理セラピスト達が、この比較的早く効果が出る、安価で安全なやり方を受け入れることはおろか、評価しようともしないのには、二つの理由があると思います。第一の理由は怖れです。第二は経済的な理由です。
 未知への恐怖が人々の心を閉ざしてしまうことは、よく知られています。みんな、ほどほどの危険を冒すのも、新しいことを試すのも、嫌がるようになります。この新しいテクニックが、ずっと効率的で経済的で早いにもかかわらず、それを習うのを怖れているセラピストは、患者と自分自身に対して、大変な損失を与えているのです。怖れによって、人々を助けようとする本能が歪んでいるのです。そして真の問題はまだ残っています。彼らはなぜ、怖れているのでしょうか?
 経済的問題は、結果が早く出て、しかも治癒が永続的であることから生じます。心の健康をビジネスにおとしめるのは恐ろしいことですが、治療回数や再発率の低下は、収入の減少を意味するのです。

  ブライアン・L・ワイス『魂の療法』(山川紘矢・亜希子訳)
     PHP研究所、2001年、pp.251-252

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 53-e (心を静め相手の持ち物に触れて感応する力を養う)

 私はこの実習を、普段は二人のグループで行なっています。まず、参加者は自分が持っている小さな物を何か、互いに交換します。指輪、時計、ブレスレット、鍵などです。選んだ物は、主としてその持ち主が触れ、使っているものでなければいけません。
 この実習は短いリラクゼーションを行なってから始めます。そうすると、参加者は集中し、心を静めやすいからです。リラックスした姿勢で目を閉じて、二人とも相手の持ち物をそっと手に持ちます。そして、思い、感情、印象、感覚など、自分に起こることに注意するようにします。
 浮かんで来るものは、心理的なもの(感覚、気分、感情など)、身体的なもの(体の感覚)、心的なもの(ビジョン、メッセージ、思考、子供時代や過去生の場面)または霊的なもの(他の次元からのメッセージやイメージ)などがあります。
 五分ほどたってから、相手について体験したことをすべて話し合うように、グループに指示します。どんなに馬鹿げていても奇妙でも、すべての感覚や思考、印象を話すことが、とても大切です。こうしたことが、しばしば、最も正確で強力な「当たり」になるからです。そのような奇妙な印象の正しさがすぐにわかったり、深い意味があったりすることが多いのです。
 情報を伝えやすくしているのが、手に持った物のエネルギーか、それともリラックスした心の集中力なのかはわかりません。いずれにしろ、結果は大きな気づきと、私達みんなが持っている直観能力の証明です。
 この実習は安全で、簡単で、ためになって、しかも、とても楽しいゲームです。

  ブライアン・L・ワイス『魂の療法』(山川紘矢・亜希子訳)
     PHP研究所、2001年、pp.313-314

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  53-f (自分と相手のエネルギーの場に気づくための練習)

 あなたが感じる印象や感覚は、どんなものもみな大切です。この実習では、想像力を自由に使って下さい。これはみな、学びと成長のためです。
 二人一組になる前に、まず、参加者は自分のエネルギーの場に気づく練習をします。目を軽く閉じ、体をリラックスさせます。そして、両手の平を向い合わせて六〇センチほど開きます。それから、両手をゆっくりと近づけてゆきます。両手が近づくにつれ、手の平のむずがゆい感覚や、温度の変化、かすかな抵抗感などに気がつきます。実際に手がくっつく前に、柔らかな壁があるような感じです。この実習を何回かくり返します。
 二人一組になったら、「受け手」がパートナーの体をゆっくりと調べます。その間、パートナーは静かに立つか、すわるかしています。調査は相手の体から一〇センチほど離れた所で、両手で行ないます。「受け手」はパートナーの体に触れてはいけません。
 体全体、あらゆる方向から調べます。そして「受け手」は暖かい所と冷たい所などの、温度の変化に注意して下さい。思い、感覚、印象などがあれば全部、覚えておきます。エネルギーの場に変化があれば、それも記憶します。
 数分たったら、役割を交代します。「受け手」は静かにしている「対象」となり、最初に「対象」だった人は、「受け手」になります。同じプロセスをくり返した後、二人で数分間、自分が観察したことをすべて含めて、今の体験を話し合います。
 この実習中に、驚くほど正確な病状の診断がつけられることがよくあります。秘密にしている情報が、なぜか、「受け手」に伝わるのです。この短い実習の間に、私達の直観能力は非常に活性化されます。

  ブライアン・L・ワイス『魂の療法』(山川紘矢・亜希子訳)
     PHP研究所、2001年、pp.314-315

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 53-g (催眠術とは何かに焦点をあてて集中することにすぎない)

 催眠術は、何かに焦点をあてて集中することにすぎません。不思議なことでも、不吉なことでもありません。目を閉じて、大きくてみずみずしいレモンにかぶりついていると想像して下さい。すベての感覚を使いましょう。レモンを味わって下さい。においを感じましょう。よく見て下さい。もっと、がぶっとかぶりついて下さい。
 この実習をすると、口をとんがらせて「すっぱい顔」をする人がよくいます。彼らはレモンを味わっているのです。私はその人達の口にレモンを突っ込んでいるわけではありません。みんな、自分の記憶庫から思い出しているのです。
 もし、あなたがレモンを味わったとしたら、それは催眠術にかかっていたのです。
 手の平を上に向けて、両腕をまっすぐに前に伸ばして下さい。ひじを曲げないようにします。
 目を閉じてから、私が大きな重い本を、あなたの左手に置いたと想像して下さい。そしてまた、二冊目の重い本をあなたの左手にのせます。それから、私が大きなヘリウム入りの風船を、あなたの右手に結びつけていると想像して下さい。三冊目の重い本が、左手に置かれ、次に二つ目のヘリウム入り風船が右手に結びつけられます。腕を今の位置に保ったまま、目を開いて下さい。
 心と同じように体も、催眠のプロセスに引き込まれるのです。

  ブライアン・L・ワイス『魂の療法』(山川紘矢・亜希子訳)
     PHP研究所、2001年、pp.315-316

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 53-h[52-e](私達はみなお互いにつながり合っている同じものである)

 ある時、とても衝撃的でしかもわかりやすいイメージによって、人は自分達を別々の存在だと思っているが、本当は、私達はみな、互いに永遠につながっているのだということを、はっきりと見せられました。まず、小さな四角い氷で一杯の大海原が見えました。四角い氷は一つひとつ別個で、お互いの間にははっきりとした境界があります。それでも、みんな同じ凍りそうな水に浮かんでいました。すぐに水が暖かくなり、四角い氷は溶けました。みんな水なのです。どの四角い氷も、海の中の他の四角い氷とつながっていました。そして熱がさらに加えられ、水は沸騰し始め、水蒸気に変わりました。間もなく全部が音もなく、目にも見えない水蒸気になりました。でも、水蒸気は、かつて水だったもの、四角い氷だったものを含んでいます。氷、水、水蒸気の間の唯一の違いは、分子の振動エネルギーだけなのです。
 人間は自分自身を、四角い氷のように、物質的に分離したものと考えています。しかし実は、私達はみなお互いにつながり合っている、同じものなのです。

  ブライアン・L・ワイス『魂の療法』(山川紘矢・亜希子訳)
     PHP研究所、2001年、p.320

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 53-i[23-zi] (退行催眠以外の方法で過去生体験をする)

 退行催眠以外の方法でも、過去生体験をすることができます。私の最初の二回の過去生への旅は、ボディワークをしてもらっていた時と夢の中で起こりました。
 最初の体験は、指圧の治療を受けている時に、自然に起こりました。鮮明なイメージが現れ、私は古代の僧侶である自分を見つけました。現在の私よりも背が高くてやせていました。私は上が平らで側面がスロープになっている、奇妙な形の幾何学形をした建物の中に立っていました。ジグラートという言葉が、ずっと心の中で聞こえていましたが、その時はそれが何を意味するのか、知りませんでした。
 その僧侶は絶大な権力を持っていましたが、自分の地位を霊的真理を教えるために使わずに、より一層の権力と富を得ることに夢中でした。彼の後半の人生を見ても、彼の価値観は霊的なものには移りませんでした。僧侶は王族の要求をきちんと満たしている限り、霊的な真理を教えるのは自由だったのに、そうしなかったのでした。
 私は少しずつ、いつもの意識に戻ってゆきました。その日、家に帰ってから、私はジグラートという言葉を探し、百科事典の中に見つけました。バビロニアの時代、紀元前一〇〇〇年に、私がビジョンで見たのと同じ幾何学形をした寺院が、ジグラートと呼ばれていたのでした。
 二、三年後、私は二度目の過去生体験を、今度は夢の中でしました。それは私が教えていた専門家向けの五日間トレーニングの二日目の晩に起こりました。参加者は全員同じホテルに泊り、トレーニングの厳しさに、みんなへとへとでした。
 何もかも覚えているほどに鮮明な夢の中で、私はまたもや僧侶でした。今回は数世紀前のヨーロッパのどこかで、カソリックの神父でした。私は地下牢にいました。片方の腕は後ろの壁に鎖でつながれていました。私は異教的な禁じられている事柄を教えたとして、拷問にかけられたあと、殺されました。
 私は目が覚めたものの、催眠状態のままで、夢はしばらく続いていました。真っ暗にした部屋のベッドの上に横になった私は、まだそのイメージを見て、感じることができました。そして、心の声か、もしくはメッセージに気づきました。
 「真理を教えるチャンスがあった時、お前は教えなかった」
 これが霊的な真理を教えなかったバビロニアの僧侶のことであるのは、すぐにわかりました。
 「チャンスがない時に、お前は教えた。お前は……この間題を強行したのだ」
 カソリックの神父は、愛と思いやりについて、安全に教えることができたはずです。当時の冷酷な政府にたてついて、殺される必要はなかったのでした。
 「今回は、うまくやりなさい」と声は柔らかく諭しました。
 私は眠りに戻ることができませんでした。仕方なく、朝食を食べに行きました。私のコースを取っている参加者の一人に、有名大学の高名な精神科教授がいました。
 「お加減が悪そうですね」私の隣りに立って、彼女が言いました。
 「ええ」と私が答えました。「昨夜、よく眠れなかったのです」
 「知ってますわ」と彼女は答えました。「私はあなたの夢をのぞいたのですよ!」
 私はそんなことができるとは信じませんでした。私の疑問を感じて、彼女は説明しました。
 「私の家族は母方の系統に何代にもわたって、霊媒能力が伝わっています。私もその能力を持っているのです」
 私はすぐ興味を持って、彼女が何を見たか、たずねました。
 「あなたが何世紀も前のスコットランドで、カソリックの神父だったのを見ました。あなたの右腕は後ろの壁に鎖でつながれ、あなたは輪廻転生を教えた廉で、拷問を受け、殺されました」彼女は、私よりももっと詳しく知っていたのです。
 それだけではありませんでした。
 「注意して下さいね。あの人達の何人かは、今また、戻って来ていますからね」と彼女はつけ加えたのでした。
 だから、私は目をしっかり開いているのです。

  ブライアン・L・ワイス『魂の療法』(山川紘矢・亜希子訳)
     PHP研究所、2001年、pp.320-323