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    気功で飛ばされていく人を見る      (2017.01.18)


 東京大学医学部教授の矢作直樹氏が書いた『人は死なない』(パジリコ株式会社、2013)には、矢作氏が平成六年(1994)の十月、北京気功ツアーに参加した時の体験談が述べられている。そのなかで氏は、気功でパーキンソン病を治してもらった70代の男性患者のことに触れている。これは「学びの栞」B59-f に引用しておいたが、気だけで病気を治すというのは、医者である氏がいうように、現代医学では解明できないことで奇跡というほかはない。氏はここで、対気で手から気を送れば、人に触れなくても飛ばすことができることについても、つぎのように自分の体験を紹介している。

 《まず、外気功の大家である黄震寰先生。航空工学の教授で六一歳とのことでしたが、見た目には四〇歳代にしかみえない。黄先生は、最初に踊りのように流れる気功の演武を披露された後、三人のお弟子さんを相手に対気を行いました。お弟子さんたちは、それこそ黄先生の体に触れるか触れないかくらいのタイミングで飛ばされていました。試しに私は、そのコロコロと飛ばされていたお弟子さんの一人と対気をしてみましたが、手刀一押しであっという間に飛ばされてしまいました。中健次郎先生のときと同じで、まるで岩と対峠したようでした。》 (pp.36-38)

 この対気で人が飛ばされるのも事実である。これについては、私も体験して知っている。むかし私は友人から聞いて、渋谷にある西野流呼吸法を教えている西野塾に半年ほど通ったことがあった。西野流呼吸法というのは、西野皓三氏が創始したもので、呼吸法で「身体の60兆個の細胞の一つ一つに働きかけ、健康で若々しい身体をつくる画期的なメソッド」であるといわれている。ここで対気が行われていたが、氏や弟子たちが手をかざして気を送るだけで気を浴びた人は後ろに飛ばされていた。矢作氏が中国で見たことを、私は渋谷で何度も見て体験している。

 20014月に私は中国の古都・西安を訪問したことがあった。その時に立ち寄った西安市西影路66号の中国人民解放軍第35医院でも私はちょっと不思議な体験をした。中年の女医から中国の気功の話が出て、たとえば、紙幣で箸を切ることも可能だという。私は、部屋にあった中国製の太い骨の箸を一本手に取って、これでも切れるかと聞くと彼女は、切れると答えた。私は、財布の中から日本の古い千円札一枚を抜き取って彼女に手渡し、長い箸の両端を両手で握って彼女の前に差し出した。彼女はしばらく千円札の皺を伸ばしたあと、気を集中してさっと千円札を振り下ろすと、箸は真っ二つに切れた。信じない人がいるかもしれないが、しかし、これも事実である。





   霊的真理から最も遠い人たち          (2017.02.01)


 「今日もっとも必要なのは簡単な基本的真理――墓場の向こうにも生活があること、人間は決して孤独な存在ではなく、見捨てられることもないこと、宇宙のすみずみにまで神の愛の温もりをもった慈悲ぶかい力が行きわたっていて、一人一人に導きを与えていること、それだけです」とシルバー・バーチは言っている。そして、さらに続けて、「これは人間のすべてが知っておくべきことです。また誰にでも手に入れることのできる掛けがえのない財産なのです。そうした基本的な真理さえ知らない人間が何百万、何千万、いや何億といる以上、われわれはまず第一にその人たちのことから考えようではありませんか。それがわれわれにとって最も大切な義務だと思うのです」とも教えてくれている。(『シルバー・バーチの霊訓(3)』p.68)

 実は、「そうした基本的真理さえ知らない人たち」には、いわゆる高学歴の学者、研究者、科学者などが特に多い傾向がある。知らないだけではなく、はじめから頑なに忌避して、近寄ろうとはしないのである。私自身もかつてはそうであった。大学とは真理探究の場であると口にしながら、死後の世界とか霊的真理に対しては、頭から拒否反応を示していた。おそらく今でも、霊とか霊界など「科学的に証明できない」ことを書いたり話したりすれば、大学にいることもできなくなるようなことがあるかもしれない。なぜそのようなことになるのであろうか。かつて講演のなかでも触れたことがあるが、「大般涅槃経」のなかには、つぎのような「盲人と象」のたとえ話がある。

 《昔、ひとりの王があって、多くの盲人を集め、象に触れさせて、象とはどんなものであるかを、めいめいに言わせたことがある。象の牙に触れた者は、象は大きな人参のようなものであるといい、耳に触れた者は、扇のようなものであるといい、鼻に触れた者は、杵のようなものであるといい、足に触れた者は、臼のようなものであるといい、尾に触れた者は、縄のようなものであると答えた。ひとりとして象そのものをとらえ得た者はなかった。》

  これは、大変わかりやすいたとえ話である。牙に触れたり、耳に触れたり、鼻に触れたりしているが、それだけでは、象の実像に迫ることは出来ない。しかし、例えば、耳に触れている盲人Aは、自分が確かに象に触っているのだから、象とは、扇のようなものだと固く信じて疑わないであろう。同様に、尾に触れた盲人Bは、実際に手に触れた感触で、縄のようなものだと思っているわけだから、その判断の正しさには盤石の自信を持つかもしれない。この場合、盲人AもBも、彼らの立場では確かに正しいのである。しかし、それらはあくまでも象の一部であって、象の実像からはほど遠く、結局、彼らの見方は間違いであることになってしまう。部分としては確かに正しいが、しかし、やはり間違っているのである。

 この象の実像を、仮に「真理」と置き換えて考えてみることにしよう。その真理を捉えるのには、どういう見方をすればよいであろうか。少なくとも、視野を広げなければならないことはわかる。象の実像を捉えるためには、牙や耳や鼻だけに触れて、それだけで結論を出してしまうのではなく、目が見えないのであれば、なおさら、大きな頭や腹やお尻に至るまで、できるだけ多くの場所を触ってみる必要があるだろう。そのうえで、全体像を組み立てれば、かなり実像、つまり「真理」に近づくことができるはずである。言い換えれば、象=牙、象=耳、象=鼻・・・・・ではなくて、象=(牙+耳+鼻+尾+脚+頭+腹・・・・・)ということになる。

 真理の探究というのは、学問の目的であり、学者の本分でもあるが、しかし、往々にして、学者は自分の専門領域だけを深く見つめ掘り下げているうちに視野が狭くなって、その小さな自分の世界に閉じこもりがちになる。 広大な宇宙の中では米粒ひとつほどの大きさにもならないちっぽけな地球の上で、科学で説明できないものは真理ではない、と広言しているような科学者がいるとすれば、ちょっと滑稽な気がしないでもない。盲人と象のたとえでは、象の尻尾だけを繰り返し触り続けて研究し、毛の数から色、匂い、成分まで知り尽くして、それで象の実像を理解している権威であると錯覚してしまうようなものである。そして、本当に象の全体が見える人から、象というのはもっと複雑な存在で頭も腹も足もある巨大な動物だと聞いても、そんなものは無学の徒の迷信だと一笑に付してしまうのであろう。

 たとえば、脳科学者と称しているM氏は、脳科学者から見た「死後の生」について、「私は、人間が死んだら無だと思っている。つまり、時間の流れの中で、私という人間にもし死ぬ時がきたとしたら、その後には、私という人間の心を支えていた物質的基盤はすべてなくなってしまい、それで終わりだということだ。いわゆる死後の世界があるとは思わない」と言っている。これは盲人が象の尻尾を熱心に触ってみて、象とはひものようなもので、それ以外は実像ではない、と断言してはばからないのと同じである。大宇宙の霊的真理のなかで、いまも現に生きているシルバー・バーチがこのM氏の「断言」を聞けば、「シミほどの知識しか持たない」無知な小人の妄言だというかもしれない。「基本的な真理さえ知らない」人たちの中でも、高学歴の学者、研究者、科学者などは、しばしばこのように、霊的真理からは最も遠い人たちといえそうである。





   現実味を帯びてきた地球外生命の存在   (2017.02.15

 
 去る1月17日のNHK「クローズアップ現代」で、「地球外生命を追う」(宇宙から謎の信号?)が放映された。ご覧になった方も多いと思うが、いま地球外知的生命の存在は、専門の研究者の間では極めて現実的に受け止められているようである。その一つの要因は、中国で建設されたばかりの直径500メートルに及ぶ世界最大の電波望遠鏡やアメリカ、オーストラリア、ロシアなどのものを含めて、世界各国での電波望遠鏡による観測技術が格段に進歩していることと、もう一つは、地球と同じような環境が備わっていて生命が存在すると思われる星が数多く見つかっているからだといわれている。そのなかでも、現在、観測の標的にされているのが、昨年2016年8月に発見された太陽系に最も近い系外惑星「プロキシマb」で、4光年という「至近距離」にあるという。

 「至近距離」といっても、秒速30万キロの光の速さで測って4年かかるのだから、地上の尺度では想像もつかないような遠距離であるが、現在その探査機の開発が構想されているようである。小指の先ほどの小さな探査機本体のまわりに1メートル四方くらいの帆を広げて、それを地上からの強力なレーザー光線で集中照射すると、光速の20パーセント程度にまで加速できるらしい。その探査機の開発に20年、「プロキシマb」に到達するまでの時間が20年、さらにデータが地球まで送られてくる所要時間が4年で、早ければ44年後には、地球外知的生命の画像が見られるかもしれないという。理論物理学者のスティーブン・ホーキング博士も「今こそ地球外生命を見つけると公約すべき時が来ました」とまで言っているくらいだから、地球外知的生命の存在も、単なる夢物語ではないようである。

 ただ、私たちはこの宇宙や地球外知的生命の存在について、シルバー・バーチからすでにいろいろと学んできた。シルバー・バーチは、「あなた方に見えている星の彼方にも無数の星があります。惑星の彼方にもあなた方がまだご存知ない別の惑星、別の生活の場があります」と言っている。現代の量子物理学の先端的研究が、時に霊的真理への接近を示唆することがあるように、地球外知的生命の存在についての探求は、霊的世界への接近を意味することにもなるのかもしれない。シルバー・バーチはつぎのようにも言っているが、これは、宇宙と生命をみつめる私たちの視野について、貴重な教えになっているように思われる。このなかでは、宇宙に無数に存在する有機的生命は、必ずしも私たちが見慣れている形体をとるわけではないことが述べられている。それは例えば、映画の「E.T.」の世界を想像すれば、その一端が理解できるのであろうか。そのシルバー・バーチのことばは、こうである。

 《地上世界の知識もまだまだ限界に到達しておりませんが、私たちの世界にいたっては遙かに限界からほど遠い状態です。宇宙には最高界の天使的存在から、意識がようやく明滅する程度の最低の魂にいたるまでの、さまざまな意識的段階にある生命が無数に存在します。意識的生命が地球だけに限られていると思ってはなりません。地球は数かぎりなく存在する天体のうちの、たった一つにすぎません。無限なる叡智をもつ宇宙の大霊が、無限なる宇宙において無限なる意識的段階にある無数の生命に無限の生活の場を与えることができないはずがありません。有機的生命の存在する天体は無数にあります。ただし、その生命は必ずしもあなたがたが見慣れている形体をとるわけではありません。》 (『シルバー・バーチの霊訓(6)』潮文社、1986、p.170)





   40光年先に存在する地球に似た惑星       (2017.03.08)


 前稿で、「現実味を帯びてきた地球外生命の存在」を書いたばかりだが、その一週間後には、「地球に似た惑星 七つも確認」という記事が出た。(「朝日」2017.02.23) 地球から約40光年離れた恒星の周囲を、地球に似た七つの惑星が回っていることがベルギー・リエージュ大学などの国際チームによる研究で明らかになった、と書かれている。質量や大きさが地球とほぼ同じで、地表に海が存在する可能性も指摘されていた。米航空宇宙局のスピッツァー宇宙望遠鏡などで「トラピスト-1」という恒星を観測していた時に、恒星を横切る惑星が少なくとも七つ存在することを突き止めたのだという。昨年2016年8月に発見されたのが太陽系に最も近い系外惑星「プロキシマb」であったが、これは4光年彼方にあるというからかなり近い。「トラピスト-1」までの距離は40光年だから、その10倍の距離にある。しかし、チームの研究者は、「今回の惑星は、地球外生命を探すうえで最も可能性の高いものだ」と言っているらしい。

 果てしなく広がる宇宙の大きさをはかる尺度として私たちは「光年」を用いるが、1光年とは、いうまでもなく、秒速30万キロの光の速さで一年かかる距離である。1秒間に地球を7回半回ることができる速さでも1年かかるということである。この秒速30万キロを、時速に直すと約10億8000万キロになる。これに1日24時間の24倍をかけてさらに365倍すれば、およそ9兆4600億kmになり、これが1光年である。前稿では、私は「プロキシマb」の4光年を「至近距離」と書いたが、それをあえてキロに直せば、37兆8400キロとなり、もう地球の尺度ではとても理解が追い付かない。しかし、それでも宇宙の尺度では、それが「至近距離」である。アンドロメダ銀河(M31)は、肉眼でも満月の約5倍の大きさで見ることのできる最も遠い天体だが、地球から約250万光年の距離に位置している。つまり、私たちが見ているアンドロメダ銀河は、見えるまでに250万年かかっている。言い換えれば、そのアンドロメダ銀河は250万年前の姿であって現在の姿ではない。現在の姿を見ようとすれば、この地球上では、私たちはあと250万年も待たねばならないのである。

 しかし、広大無辺な宇宙ではそのアンドロメダ銀河でさえも、それほど遠い距離ではない。宇宙望遠鏡で捉えられている最も遠い銀河が105億光年、最も遠い天体が133億光年などと聞かされると、もう想像を絶するとでもいうほかはない。「あなた方に見えている星の彼方にも無数の星があります。惑星の彼方にもあなた方がまだご存知ない別の惑星、別の生活の場があります。宇宙は無限に広がっているのです」とシルバー・バーチは言う。(『霊訓 (8)』、p. 101) 私たちは、この宇宙のなかでは米粒一つにもならないようなちっぽけな地球に住みながら、あまりにもそのことに慣れきってしまって、地球以外の星には思いが及ばない。だから、「あなた方の地球は無数に存在する生活の場の一つにすぎません」とシルバー・バーチから言われても、なかなか実感が湧かないのである。近頃になってようやく、地球外生命の存在が現実味を帯びてきているとはいえ、この広大な宇宙には、地球外生命が存在する星が無数にあっても、もともと少しも不思議ではないのであろう。

 ただ、地球はあまりにも小さすぎる。直径で約13,000キロしかない。そして宇宙はあまりにも広すぎる。4光年という「至近距離」にある「プロキシマb」でさえ、光速の20パーセント程度にまで加速できる探査機をあと20年かけて開発できても、その探査機で辿り着くまでの時間は20年、さらにデータが地球まで送られてくる所要時間が片道で4年もかかるから、地球外知的生命の画像が見られるのは、早くても44年後になるということであった。それが、40光年の「トラピスト-1」の場合は、いかに地球外生命を探すうえで最も可能性が高いとはいえ、時速が光速の20パーセントの探査機で飛んで行っても(それも無事に20年でその探査機の開発が成功すればの話だが)、到達までに要する時間は200年、到達して映像が送られてくる所要時間が片道40年ということになってしまうから、やはり私たちの思慮の及ぶところではない。宇宙の創造主の偉大さの前に、私たちはただ、ひれ伏すしかないように思われる。





    伊勢神宮参拝で起こる奇跡的な現象      (2017.03.22)


 『新樹の通信』(「霊界通信集」A30-33)に新樹氏が霊界の伊勢神宮へ参拝した時の様子を和三郎先生に報告している場面があります。二度目の参拝の折には、守護霊も一緒でした。新樹氏が守護霊に、「何卒天照大御神様の御姿を、ちょっとでも拝ましていただくよう、あなたからお願いしてください」と頼みますと、守護霊は了承して、姿勢を整え、瞑目して祈念をこめます。しばらくすると、お宮の内部の奥の方に天照大御神のお姿が現われました。その時の様子を、新樹氏は、「綺麗といっては失礼かもしれませんが、全く綺麗な、そして気高い女神さんで、お体はあまり大きくないように拝しました。御服装は袖の長い・・・・・ちょうど平袖のような白衣をお召しになり、お腰の辺には、白い紐みたいなものを捲いて、前面で結んでおられました。御手には何も持ってはおられないようで、しかしお頸には、たしか頸飾のようなものを下げておられたようにお見受けしました……」と述べ、「僕はうれしいやら、有り難いやら、また恐れ多いやらで、胸がいっぱいでした」と感激していたことを伝えています。

 この世の伊勢神宮でも、拝殿でお祈りを捧げるとき、奇跡的な現象が起こることがあるようです。ダライラマ法王が伊勢神宮を参拝された時、拝殿の前に垂れている御帳が風もないのにふうっと上がったといわれていますが、小林正観さんも、かつて、霊能者でなくても感謝の気持ちを捧げることで天照大御神は反応を示されることを自分の体験として語っていました。小林さんはもう亡くなられましたが、「私は何百という神社にお参りをし、ありがとうをずっと伝えてきました。その神社、神宮の中で、ありがとうという感謝の言葉、感謝の念に一番大きな反応を示してくださるかたが、どうも天照大神さんのような気がしています」と述べていました。拝殿の御帳に向かって手を合わせて、「ありがとうございます、ありがとうございます」を3分ほど唱えていると、多くの場合、この御帳が90度ぐらい、風もないのに上がって、ずっと向こう側が見えたりもしたのだそうです。

 小林さんの場合は、多くの仲間たちと参拝をくり返していましたので、そのような奇跡的な現象を見た人は600人にもなるそうです。小林さんは、神社・仏閣は、要求・要望をするところではなく、お礼を言いに行くところだと述べていました。そこで、「ありがとう詣で」と称して、毎年、仲間たちとお参りするときには、だれもお願いごとをせず、ただ、お礼だけをくり返してきたのだといいます。小林さんは、「お願い事をせず、有難うございます、とお礼だけを申し上げるというのは、天照大神さんにとっても初めてのことだったかもしれません。それで少し驚いて、さらに喜んで、御帳が上がってしまったのかもしれません。御帳は下のほうが数枚に分かれていますが、このときはまったくひらひらせず、まるで鉄板がそのまま電動で上がっていくかのようでした」などと、書いています。そういうことがあって、多くの人がまた来年も、その次の年もという形で「ありがとう詣で」が続いてきたのだと、述べていました。(小林正観『幸も不幸もないんですよ』マキノ出版、2010、pp.244-247)





   地球上の生命体が滅亡する危険性       (2017.04.05)


 十数年前、宇宙物理学者・ホーキング博士は、東京での講演で、「地球のような高度の文明をもった惑星は宇宙に200万個ほどあろうが、そうした星は、文明の悪影響で、自然の循環が狂って宇宙時間からすると瞬間的に生命は失われてしまうだろう」と言ったことがある。高度の文明を持つ惑星は、ほかならぬその高度の文明の故に瞬間的に滅びてしまう危険性を博士は、このように何度か警告してきた。この「瞬間的」とは、地球時間でいうと、100年くらいと博士は考えているようである。この地球についても、「人為的大災害により地球上の生命体が滅亡する危険性は増え続けている。人為的大災害とは突然勃発する核戦争や、遺伝子操作されたウイルス、またその他の脅威のことだ」と語ったこともあった。

 人間はこの地球で高度の文明を発達させてきたが、その成果とは裏腹に、深刻な過ちも冒してきている。中でも核の問題は根が深く、その脅威は戦争だけに限らない。平和利用と称してもてはやされた原子力発電においてさえ、スリーマイル島やチェルノブイリのような大事故が起きたし、日本でも福島での原発の大事故はいまも深刻な後遺症を残している。フロンガスによるオゾン層の破壊や、硫黄酸化物・窒素酸化物による大気汚染も世界中で進行し、発展途上国の南米や東南アジアの国々における熱帯雨林の伐採や、焼畑農業による潅木の焼失は、自然が持つ大気の浄化能力を著しく低下させてきた。それに追い打ちをかけてきたのが中国、米国をはじめとする先進国の工場や、クルマが吐き出す大量の炭酸ガスがもたらす地球の温暖化であった。長い間この地球上で保たれてきた自然のバランスや動植物の相互依存の生体系は、いま大きく崩れはじめ、世界各地で、自然破壊が元凶と思われる異常気象と、それがもたらす歴史的規模の大災害が現実に起こるようになってきているのである。

 このような地球の危機的背景があるにもかかわらず、最近の新聞記事では、「核兵器禁止条約」交渉に日本が不参加を表明したことや、アメリカのトランプ大統領が目先の利益を追求するために、これまで進められてきた温暖化対策を見直して環境規制緩和へ転換する大統領令に署名したことが大きく紙面に載せられている。それになりふり構わぬ中国の軍備増強、北朝鮮のミサイル発射やさらなる核実験強行の姿勢なども繰り返し報道されるようになった。一方では、中東戦争の余波は衰えず、テロ組織の国際的な広がりの中でシリア内戦は現在も多くの市民に犠牲を強いている。かつてのホーキング博士の警告は、いま、一段と現実味を帯びてきているのは否めない。日本は世界で唯一の被爆国で、広島、長崎の原爆を体験してきた。その日本がトランプ政権に遠慮して、「核兵器禁止条約」交渉に不参加を表明していいものであろうか。温暖化対策の見直しは、確実に人間の生存環境を破壊していくことが十分に分かっているのに、それでも、「世界の温暖化なるものはたわけたデマゴーグでしかない」というトランプ大統領の暴言を看過していいものであろうか。考えさせられることの多い今日この頃である。





   金子みすずの詩の英訳             (2017.04.19)


 金子みすず(1903-1930)は、現在の山口県長門市仙崎で生まれた。書店で働きながら童謡を書き、その優しさと多様性を認める感性が詩人の西城八十に賞賛されたが、家庭的には夫に詩作を禁じられるなど恵まれず、1930年に26歳で自ら命を絶っている。その彼女の作品と生涯を伝える絵本が、昨年9月に米シアトルの出版社から 「ARE YOU AN ECHO? (こだまでしょうか)」というタイトルで出版されたという。(「朝日」2017.03.14夕刊)

 本欄でも「金子みすずの詩を読み返す」(2015.01.26)で、いくつかの詩を取り上げてきたが、そのなかの「私と小鳥と鈴と」は、小学校の国語教科書にも載せられたりして、広く知られているようである。「みんなちがって、みんないい」には共感させられる。

  私が両手をひろげても、
  お空はちっとも飛べないが、
  飛べる小鳥は私のように、
  地面を速く走れない。

  私が体をゆすっても、
  きれいな音はでないけど、
  あの鳴る鈴は私のように、
  たくさんな唄は知らないよ。

  鈴と、小鳥と、それから私、
  みんなちがって、みんないい。

 このような金子みすずの詩は、アメリカでは『星の王子さま』を思わせる作品などと称賛されているらしい。全米英語教師協会が子ども向けに勧める20冊の詩集にも入っているという。編集者は、「国や時代を越え誰の心にも響く。わかりやすい言葉の扉を開けると、おおきな宇宙が見えると感じた」と評した。「アメリカ・ファーストが叫ばれる国で、やさしく相手を思いやるみすずの心が人々に届いたのがうれしい」とも語っている。つぎの「大漁」も、そのような作者の気持ちがよく表れている詩である。

  朝焼け小焼けだ大漁だ
  大羽鰮の大漁だ
  浜はまつりのようだけど
  海のなかでは何万の
  鰮のとむらいするだろう

 詩を英訳するのは楽ではないが、上記の「ARE YOU AN ECHO?」では、この「大漁」は、つぎのように表現されているようである。新聞の記事では、「しみいる英訳」という大きな見出しがつけられていた。

    BIG CATCH
  At sunrise, glorious sunrise
  It’s a big catch!
  A big catch of sardines!
  On the beach, it’s like a festival
  but in the sea, they will hold funerals
  for the tens of thousands dead.





   地球温暖化と生存環境の破壊         (2017.05.11)


 4月26日の朝日新聞夕刊に、ロシア・ヤマル半島に出現した巨大な穴を上空から撮影した写真が掲載されていた。永久凍土が解けて、メタンガスの圧力が地中で高まり爆発したという説があるようだが、広大な大地にえぐられた巨大な穴の状況はショッキングであった。シベリヤなど極地のほか北海道などにもある永久凍土は、土壌の温度0度以下が2年以上続いている状態である。これが解けると、内部のメタンや二酸化炭素が放出され、危険な病原体が出ることなども危ぶまれている。ロシア北極圏の気温は毎年0.12度ずつ上昇しているといわれるが、永久凍土の上に築かれたロシアのいくつかの街では、既に建物崩壊の危機の兆候が出始めているらしい。

 同新聞によると、地球の平均温度が1度あがると、面積約330万平方キロメートルのインドよりも広い、約400万平方キロメートルの永久凍土が溶け出すという試算を、英国、スウェーデン、ノルウェーの研究者がまとめた。対策としては、まず、昨年発効した温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」を各国が守ることが何よりも重要であると指摘されている。パリ協定は、産業革命前からの地球の平均気温上昇を2度か、できれば1.5度未満に抑えるのが目標とされている。しかし、この2度目標を達成しても、現在の永久凍土の40パーセント以上が減ると推定され、1.5度なら、200万平方キロメートルの凍土が解けるのを防げるという。つまり、パリ協定でさえ、現在の地球温暖化による危機の回避は十分ではないということである。地球温暖化による生存環境の破壊は、じわじわと、しかし確実に進んでいるといってよい。

 地球温暖化による、海面上昇の深刻さもすでに指摘されてきて久しい。北極の氷はこの30年間で100万平方キロメートルも融けてしまったという。これは、ノルウェー、スウェーデン、デンマークをあわせたのと同じくらいの広さになるらしい。現在では、毎年3mm以上の速度での海面上昇が観測されているというが、このままでいくと、今世紀中にメートル単位の海面上昇が起こる可能性があり、その影響は特に、ヴェネツィアなどの海抜が低い都市、オセアニアなどの小さな島国などで、すでに深刻な問題となっている。仮に海面が1m上昇するとマーシャル諸島は国土の80パーセントが沈没し、バングラデシュでは、国土の18パーセントにあたる2万6,000平方キロ、岩手県と青森県を合わせた面積に相当する低地が海中に没するといわれている。東京沿岸部の海抜ゼロメートルに近い一部の地域も危機にさらされることになるであろう。地球温暖化防止に向けての対策に世界中が積極的に取り組まねばならないのは、いまや待ったなしの差し迫った課題である。

 日本でも、温暖化対策の一環として、最近、宅配便の再配達を減らして二酸化炭素の排出を抑える取り組みが始まろうとしている。現在、宅配便の配達は、年間35億7千万個にもなっているらしい。このうち再配達される荷物の割合は23.5パーセントで、それに伴う二酸化炭素の排出量は、年42万トンという。環境省によると、この42万トンの二酸化炭素を植物に吸収してもらおうとすると、JR山手線内の面積の2.5倍の杉林が必要になる計算だそうである(「朝日」2017.4.25夕)。再配達分だけでも42万トンというのは、たいへんな排出量だが、それにしても、私たちの生活に、年間35億個を超える宅配便が本当に必要なのであろうか。宅配便は確かに便利な時もある。しかし、宅配便には、包装から、仕分け、配達などの、労力、時間、エネルギーの余分の浪費がつきまとう。私たちは、自分で歩いていけば簡単に店で買えるものまで、あまりにも安易に宅配便に頼りすぎてはいないだろうか。それよりも、私たちのまわりは大多数の家庭ですでにモノがあふれているのである。買わなくてもいいものまで、惰性的に買いすぎていることはないであろうか。宅配便の問題一つを取り上げてみても、私たちの生活には、自然との調和とバランスからかけ離れた「異常」が増幅されてしまっているように思えてならない。





   12歳の殉教者ルドヴィゴ・茨木の信仰           (2017.05.31)


 もう13年も前になるが、2004年11月に私は、長崎県西端の五島列島を訪れたことがあった。その折に、隠れキリシタンの史跡をいくつか見学して、長崎の西坂の丘の日本二十六聖人記念碑の前にも立った。豊臣秀吉によるバテレン禁止令が出されたのは1587年であったが、その後に続いた江戸幕府による禁教令で、キリシタンは厳しい弾圧を受けるようになっていた。そして、1597年、宣教師や修道士ら26人が、初めてこの長崎西坂の丘で処刑されたのである。26人のうち日本人は20名、スペイン人が4名、メキシコ人、ポルトガル人がそれぞれ1名であった。この殉教者の中にルドヴィゴ茨木という少年がいた。殉教者の中では最年少で12歳であった。

 殉教者たちは、京都で捕縛され、左の耳たぶを切り落とされて、市中引き回しとなった。その後、長崎で処刑せよという命令を受けて、歩いて長崎へ向かうことになった。これが1月10日である。厳冬期の旅を終えて長崎に到着した一行を見た責任者の寺沢半三郎(当時の長崎奉行であった寺沢広高の弟)は、一行の中にわずか12歳の少年ルドヴィコ・茨木がいるのを見て哀れに思い、「キリシタンの教えを棄てればお前の命を助けてやる」とルドヴィコに持ちかけたが、ルドヴィコは毅然としてその申し出を断った。「(この世の)つかの間の命と(天国の)永遠の命を取り替えることはできません」と言ったという。

 当時、日本に滞在していたイエズス会の神父、ルイス・フロイス(1532-1597)は、この事件について詳細にローマに報告している(ルイス・フロイス『日本二十六聖人殉教記』(結城了悟・訳、聖母の騎士社、1997)。それによってこの殉教者たちのことは、西欧諸国でもひろく知られるようになった。上智大学のアルフォンス・デーケンさんはドイツ生まれで、たまたま12歳の子供の頃、教会の図書室で、この長崎の二十六聖人殉教者の話に出会ったらしい。彼の記憶では、このルドヴィコ・茨木は、刑場へ引かれていく途中で一人の侍に、「信仰を捨てなさい。そうすれば赦して頂いて養子にしよう」と言われたが、ルドヴィコ・茨木はその侍に向かって「あなたがクリスチャンになって一緒に天国へいらしてください」と答えた、ということになっている。そのルドヴィコ・茨木との邂逅について、デーケンさんは、司馬遼太郎との対談の中で、つぎのように言っている。

 《私は、日本人は偉い、どうしてそんなことを十二歳の少年が言えるのかと驚きました。そしてさらに十字架につけられてからも、最期まで聖歌をうたい続けていたというのです。もちろん天国に入って永遠の生命に与かるという強い信仰があったからこそ、十字架上で聖歌をうたうこともできたのでしょうが、それにしても、烈しい肉体的な苦痛の中でも、なお心の至福と喜びを味わうことができたという神秘的なパラドックスに触れて、私は大変感動しました・・・・・。不思議なことですが、その時から私は、将来戦争が終わったら必ず一度は日本に行き、ルドヴィコ・茨木の殉教の地長崎を訪れたいと決心しました。三百四十七年前の日本のキリシタン史上に残された十二歳の少年の行動が、はるかなヨーロッパの私にインスピレーションを与えたのです。私はそれまで日本人には一人も会ったことがなかった。ただ本を通して、その中で日本人が私にすごい勇気を与えたのです。》(司馬遼太郎『八人との対話』文春文庫、2000、pp.398-401)

 12歳というのは、いまの小学校の6年生の年齢である。その12歳の時にルドヴィコ・茨木は京都にあったフランシスコ会の修道院で、病人の世話をしていたといわれているが、捕らえられ、耳を切られて激痛に耐えながらも、最後まで信仰を捨てずに毅然として処刑場への道を歩んだ姿は感動的である。処刑当日の1597年2月5日、長崎市内では混乱を避けるために外出禁止令が出されていたにも関わらず、4000人を超える群衆が西坂の丘に集まってきていたと伝えられている。群衆が見守る中、ルドヴィコ・茨木を含む26人が、槍で両脇を刺し貫かれて絶命したのは午前10時頃であった、と記録されている。処刑終了後、彼らの遺骸はローマ・カトリック教会の伝統により多くの人々の手で分けられ、日本で最初の殉教者の遺骸として世界各地に送られて崇敬を受けたという。後に、1862年6月8日、この26人の殉教者は、ローマ教皇ピウス9世によって列聖され、聖人の列に加えられた。





    宇宙の広がりに思いを馳せる        (2017.06.14)


 天の川銀河ともいわれる銀河系は、人類の住む地球・太陽系を含む銀河の名称であるが、かつてはこれが宇宙そのものと考えられていた。しかし、アメリカの天文学者エドウィン・ハッブル(Edwin Hubble, 1889-1953)が、1923年にアンドロメダ星雲を発見して、これが銀河系の外にある別の銀河であることを突き止めて以来、宇宙の広がりは一挙に加速した。現在では、宇宙全体に存在する天の川銀河規模の銀河の数は、およそ1000億個であるといわれている。

 天の川銀河は直径およそ10万光年で、秒速30万キロの光でさえ、天の川銀河の端から端まで渡るのに10万年かかる計算になる。しかし、その大きさでも宇宙全体から見れば銀河集団の1000億分の1であるにすぎない。これらの1000億個の銀河には、それぞれ2000億個ほどの恒星があるといわれている。恒星はいわば星の家族のことで、恒星(親)のもとには、惑星(子ども)があり、衛星(孫たち)も付属している。そうすると宇宙には、星の家族だけで1000億の2000億倍もあることになる。それだけの星々が宇宙空間に浮かんでいるのである。これだけ大きな数字になるともう想像を絶するといわざるを得ないが、一説では、その数は、地球上に存在する砂粒一つ一つを全部を合わせた数よりはるかに多くなるらしい。

 アメリカで、1990年4月にスペースシャトル ディスカバリー号によって打ち上げられたハッブル宇宙望遠鏡によって、この宇宙観測の精度は飛躍的に増進した。この望遠鏡は、長さ13.1メートル、重さ11トンの筒型で、内側に反射望遠鏡を収めている。打ち上げ当初は、直径2.4メートルの主鏡に不具合があって、鮮明な画像を結ばなかったが、1993年12月に打ち上げられたスペースシャトルの宇宙飛行士による修理で奇跡的な回復を成し遂げた。それ以来、数度のスペースシャトルの打ち上げで、近赤外カメラや多天体分光器なども取り付けたりして、驚異的な精度での天体観測が可能になった。

 新しい星の誕生や、古い星が爆発して終焉を迎える状況も鮮明な映像で明らかになった。宇宙誕生直後の130億光年彼方の僅かな光も捉えられるようになり、様々な星までの距離を測ることにより、宇宙が急速に膨張していることも証明されている。この「宇宙の膨張の加速」の研究テーマに対しては、カリフォルニア大学のパールミュッター博士など3人の研究者に、2011年度のノーベル物理学賞が贈られている。膨張している宇宙は、逆にいえば、過去に向かっては収縮していることになる。その収縮の極限がビッグバンで、ビッグバンによる宇宙の始まりが137億年前であることも突き止められた。これがハッブル宇宙望遠鏡の大きな成果の一つであるとされている。

 しかし、この宇宙の膨張は新たな疑問を生み出すことになった。宇宙の膨張を加速させているエネルギーをダークエネルギーと呼ぶらしいが、これは何であるかわかっていない。1000億個もある銀河が宇宙でどのように形成されてきたかというのも未知のままである。その大きな謎を解くためには、ブラックホールの実態が明らかにされなければならないという。ブラックホールは、それぞれの銀河の中心にあることがわかっているが、あまりにも重力が大きく、光でさえそこからは逃げ出すことができない。目には見えないが、ブラックホールの近くの物質の動きを調べることでその存在はわかるらしい。ハッブル宇宙望遠鏡は、質量が太陽の20億倍もあるというブラックホールの存在を銀河M87の中心部で捉えているといわれるが、「太陽の20億倍」などと聞かされても、あまりの巨大さに、私たちには想像もつかない。

 このハッブル宇宙望遠鏡は現在、地球の上空600キロを時速2万7千キロで飛び続けているが、2030年ごろには寿命が尽きるようである。アメリカでは、その後の宇宙望遠鏡として、ハッブル宇宙望遠鏡より3倍の大きさのジェームズ・ウエッブ宇宙望遠鏡を開発中と伝えられている。この新しい宇宙望遠鏡が宇宙の観測を始めるようになれば、宇宙膨張のメカニズムや、ブラックホール、ダークエネルギーなどの実態の解明がさらに進められることが期待されている。しかも、期待されているのはそれらの謎の解明だけではない。たまたま見ていたNHK教育テレビの番組で、アメリカの天文学者の一人が、「私たちは何者であり、生命はどのようにしてこの宇宙に誕生したのか。その答えをこの新しい宇宙望遠鏡が導いてくれるであろう」と言っていたのが、印象的であった。

 ともあれ、私たちは。このような宇宙の中にいま生きている。夜空に見上げる星の数も、1000億の2000億倍以上もあることを知っている。その広大な宇宙のなかでは、私たちが住むこの地球も、砂粒一つにもならないような、可憐な存在であることも教えられてきた。137億年の宇宙の歴史の中では、地球が生まれてからは46億年が経過している。この46億年を一年のカレンダーに置き換えて俯瞰してみると、どのように見えてくるであろうか。まず、1億年前に地球全体が温暖化し始めるのが、1年のカレンダーでは12月24日で、12月25日ごろには恐竜が全盛期を謳歌していることになる。そして、現生人類(新人=ホモ・サピエンス)が誕生したのが12月31日で、時間にすれば 午後11時37分になる。ホモ・エレクトスの一部がアフリカで進化して現生人類 (新人=ホモ・サピエンス)が誕生したのが20万年前であったが、これは1年のカレンダーでは、12月31日の午後午後11時37分にあたる。1年も終わろうとする年の暮れになって、私たちの祖先はやっとこの地上に姿を現した。

 さらに、人類が農耕牧畜を始めたのが1万年前で、これは1年のカレンダーでは、12月31日の午後11時58分52秒にあたる。産業革命が午後11時59分58秒 で、私たちの20世紀が始まり、そして終わったのが、午後11時59分59秒であった。そして、現在の私たちは、1年のカレンダーの中では、大晦日の最後の、その1秒の中で生きていることになる。昔は、日本でも「人生50年」といった。いまでは、「人生100年」に近づきつつある。しかし50年も100年も、宇宙の中では「一瞬」であることにはかわりはない。私たちは、その一瞬をこの地上で生きて、あとは、霊界で生き続けることになるのであろう。霊界で生きるということは、或いは、宇宙で生きるということ、といってもいいのかもしれない。この46億年の地球に生きてきて、やがて137億年の宇宙に私たちは還っていく。しかし、さらにいえば、宇宙は膨張し続けているから、137億年前の宇宙の果ては、その光が地球に届くまでの間に、もう470億光年の彼方に遠ざかっているのだともいわれている。そうすると、私たちは、この小さな、砂粒一つにもならない地球という棲み家から離れる時には、470億光年のひろがりへ移っていくことになる。私たちはみな、その壮大な旅への準備を、峻厳な天の摂理に導かれて、この地上で進めていることになるのであろうか。
















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