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    気功で飛ばされていく人を見る      (2017.01.18)


 東京大学医学部教授の矢作直樹氏が書いた『人は死なない』(パジリコ株式会社、2013)には、矢作氏が平成六年(1994)の十月、北京気功ツアーに参加した時の体験談が述べられている。そのなかで氏は、気功でパーキンソン病を治してもらった70代の男性患者のことに触れている。これは「学びの栞」B59-f に引用しておいたが、気だけで病気を治すというのは、医者である氏がいうように、現代医学では解明できないことで奇跡というほかはない。氏はここで、対気で手から気を送れば、人に触れなくても飛ばすことができることについても、つぎのように自分の体験を紹介している。

 《まず、外気功の大家である黄震寰先生。航空工学の教授で六一歳とのことでしたが、見た目には四〇歳代にしかみえない。黄先生は、最初に踊りのように流れる気功の演武を披露された後、三人のお弟子さんを相手に対気を行いました。お弟子さんたちは、それこそ黄先生の体に触れるか触れないかくらいのタイミングで飛ばされていました。試しに私は、そのコロコロと飛ばされていたお弟子さんの一人と対気をしてみましたが、手刀一押しであっという間に飛ばされてしまいました。中健次郎先生のときと同じで、まるで岩と対峠したようでした。》 (pp.36-38)

 この対気で人が飛ばされるのも事実である。これについては、私も体験して知っている。むかし私は友人から聞いて、渋谷にある西野流呼吸法を教えている西野塾に半年ほど通ったことがあった。西野流呼吸法というのは、西野皓三氏が創始したもので、呼吸法で「身体の60兆個の細胞の一つ一つに働きかけ、健康で若々しい身体をつくる画期的なメソッド」であるといわれている。ここで対気が行われていたが、氏や弟子たちが手をかざして気を送るだけで気を浴びた人は後ろに飛ばされていた。矢作氏が中国で見たことを、私は渋谷で何度も見て体験している。

 20014月に私は中国の古都・西安を訪問したことがあった。その時に立ち寄った西安市西影路66号の中国人民解放軍第35医院でも私はちょっと不思議な体験をした。中年の女医から中国の気功の話が出て、たとえば、紙幣で箸を切ることも可能だという。私は、部屋にあった中国製の太い骨の箸を一本手に取って、これでも切れるかと聞くと彼女は、切れると答えた。私は、財布の中から日本の古い千円札一枚を抜き取って彼女に手渡し、長い箸の両端を両手で握って彼女の前に差し出した。彼女はしばらく千円札の皺を伸ばしたあと、気を集中してさっと千円札を振り下ろすと、箸は真っ二つに切れた。信じない人がいるかもしれないが、しかし、これも事実である。





   霊的真理から最も遠い人たち          (2017.02.01)


 「今日もっとも必要なのは簡単な基本的真理――墓場の向こうにも生活があること、人間は決して孤独な存在ではなく、見捨てられることもないこと、宇宙のすみずみにまで神の愛の温もりをもった慈悲ぶかい力が行きわたっていて、一人一人に導きを与えていること、それだけです」とシルバー・バーチは言っている。そして、さらに続けて、「これは人間のすべてが知っておくべきことです。また誰にでも手に入れることのできる掛けがえのない財産なのです。そうした基本的な真理さえ知らない人間が何百万、何千万、いや何億といる以上、われわれはまず第一にその人たちのことから考えようではありませんか。それがわれわれにとって最も大切な義務だと思うのです」とも教えてくれている。(『シルバー・バーチの霊訓(3)』p.68)

 実は、「そうした基本的真理さえ知らない人たち」には、いわゆる高学歴の学者、研究者、科学者などが特に多い傾向がある。知らないだけではなく、はじめから頑なに忌避して、近寄ろうとはしないのである。私自身もかつてはそうであった。大学とは真理探究の場であると口にしながら、死後の世界とか霊的真理に対しては、頭から拒否反応を示していた。おそらく今でも、霊とか霊界など「科学的に証明できない」ことを書いたり話したりすれば、大学にいることもできなくなるようなことがあるかもしれない。なぜそのようなことになるのであろうか。かつて講演のなかでも触れたことがあるが、「大般涅槃経」のなかには、つぎのような「盲人と象」のたとえ話がある。

 《昔、ひとりの王があって、多くの盲人を集め、象に触れさせて、象とはどんなものであるかを、めいめいに言わせたことがある。象の牙に触れた者は、象は大きな人参のようなものであるといい、耳に触れた者は、扇のようなものであるといい、鼻に触れた者は、杵のようなものであるといい、足に触れた者は、臼のようなものであるといい、尾に触れた者は、縄のようなものであると答えた。ひとりとして象そのものをとらえ得た者はなかった。》

  これは、大変わかりやすいたとえ話である。牙に触れたり、耳に触れたり、鼻に触れたりしているが、それだけでは、象の実像に迫ることは出来ない。しかし、例えば、耳に触れている盲人Aは、自分が確かに象に触っているのだから、象とは、扇のようなものだと固く信じて疑わないであろう。同様に、尾に触れた盲人Bは、実際に手に触れた感触で、縄のようなものだと思っているわけだから、その判断の正しさには盤石の自信を持つかもしれない。この場合、盲人AもBも、彼らの立場では確かに正しいのである。しかし、それらはあくまでも象の一部であって、象の実像からはほど遠く、結局、彼らの見方は間違いであることになってしまう。部分としては確かに正しいが、しかし、やはり間違っているのである。

 この象の実像を、仮に「真理」と置き換えて考えてみることにしよう。その真理を捉えるのには、どういう見方をすればよいであろうか。少なくとも、視野を広げなければならないことはわかる。象の実像を捉えるためには、牙や耳や鼻だけに触れて、それだけで結論を出してしまうのではなく、目が見えないのであれば、なおさら、大きな頭や腹やお尻に至るまで、できるだけ多くの場所を触ってみる必要があるだろう。そのうえで、全体像を組み立てれば、かなり実像、つまり「真理」に近づくことができるはずである。言い換えれば、象=牙、象=耳、象=鼻・・・・・ではなくて、象=(牙+耳+鼻+尾+脚+頭+腹・・・・・)ということになる。

 真理の探究というのは、学問の目的であり、学者の本分でもあるが、しかし、往々にして、学者は自分の専門領域だけを深く見つめ掘り下げているうちに視野が狭くなって、その小さな自分の世界に閉じこもりがちになる。 広大な宇宙の中では米粒ひとつほどの大きさにもならないちっぽけな地球の上で、科学で説明できないものは真理ではない、と広言しているような科学者がいるとすれば、ちょっと滑稽な気がしないでもない。盲人と象のたとえでは、象の尻尾だけを繰り返し触り続けて研究し、毛の数から色、匂い、成分まで知り尽くして、それで象の実像を理解している権威であると錯覚してしまうようなものである。そして、本当に象の全体が見える人から、象というのはもっと複雑な存在で頭も腹も足もある巨大な動物だと聞いても、そんなものは無学の徒の迷信だと一笑に付してしまうのであろう。

 たとえば、脳科学者と称しているM氏は、脳科学者から見た「死後の生」について、「私は、人間が死んだら無だと思っている。つまり、時間の流れの中で、私という人間にもし死ぬ時がきたとしたら、その後には、私という人間の心を支えていた物質的基盤はすべてなくなってしまい、それで終わりだということだ。いわゆる死後の世界があるとは思わない」と言っている。これは盲人が象の尻尾を熱心に触ってみて、象とはひものようなもので、それ以外は実像ではない、と断言してはばからないのと同じである。大宇宙の霊的真理のなかで、いまも現に生きているシルバー・バーチがこのM氏の「断言」を聞けば、「シミほどの知識しか持たない」無知な小人の妄言だというかもしれない。「基本的な真理さえ知らない」人たちの中でも、高学歴の学者、研究者、科学者などは、しばしばこのように、霊的真理からは最も遠い人たちといえそうである。





   現実味を帯びてきた地球外生命の存在   (2017.02.15

 
 去る1月17日のNHK「クローズアップ現代」で、「地球外生命を追う」(宇宙から謎の信号?)が放映された。ご覧になった方も多いと思うが、いま地球外知的生命の存在は、専門の研究者の間では極めて現実的に受け止められているようである。その一つの要因は、中国で建設されたばかりの直径500メートルに及ぶ世界最大の電波望遠鏡やアメリカ、オーストラリア、ロシアなどのものを含めて、世界各国での電波望遠鏡による観測技術が格段に進歩していることと、もう一つは、地球と同じような環境が備わっていて生命が存在すると思われる星が数多く見つかっているからだといわれている。そのなかでも、現在、観測の標的にされているのが、昨年2016年8月に発見された太陽系に最も近い系外惑星「プロキシマb」で、4光年という「至近距離」にあるという。

 「至近距離」といっても、秒速30万キロの光の速さで測って4年かかるのだから、地上の尺度では想像もつかないような遠距離であるが、現在その探査機の開発が構想されているようである。小指の先ほどの小さな探査機本体のまわりに1メートル四方くらいの帆を広げて、それを地上からの強力なレーザー光線で集中照射すると、光速の20パーセント程度にまで加速できるらしい。その探査機の開発に20年、「プロキシマb」に到達するまでの時間が20年、さらにデータが地球まで送られてくる所要時間が4年で、早ければ44年後には、地球外知的生命の画像が見られるかもしれないという。理論物理学者のスティーブン・ホーキング博士も「今こそ地球外生命を見つけると公約すべき時が来ました」とまで言っているくらいだから、地球外知的生命の存在も、単なる夢物語ではないようである。

 ただ、私たちはこの宇宙や地球外知的生命の存在について、シルバー・バーチからすでにいろいろと学んできた。シルバー・バーチは、「あなた方に見えている星の彼方にも無数の星があります。惑星の彼方にもあなた方がまだご存知ない別の惑星、別の生活の場があります」と言っている。現代の量子物理学の先端的研究が、時に霊的真理への接近を示唆することがあるように、地球外知的生命の存在についての探求は、霊的世界への接近を意味することにもなるのかもしれない。シルバー・バーチはつぎのようにも言っているが、これは、宇宙と生命をみつめる私たちの視野について、貴重な教えになっているように思われる。このなかでは、宇宙に無数に存在する有機的生命は、必ずしも私たちが見慣れている形体をとるわけではないことが述べられている。それは例えば、映画の「E.T.」の世界を想像すれば、その一端が理解できるのであろうか。そのシルバー・バーチのことばは、こうである。

 《地上世界の知識もまだまだ限界に到達しておりませんが、私たちの世界にいたっては遙かに限界からほど遠い状態です。宇宙には最高界の天使的存在から、意識がようやく明滅する程度の最低の魂にいたるまでの、さまざまな意識的段階にある生命が無数に存在します。意識的生命が地球だけに限られていると思ってはなりません。地球は数かぎりなく存在する天体のうちの、たった一つにすぎません。無限なる叡智をもつ宇宙の大霊が、無限なる宇宙において無限なる意識的段階にある無数の生命に無限の生活の場を与えることができないはずがありません。有機的生命の存在する天体は無数にあります。ただし、その生命は必ずしもあなたがたが見慣れている形体をとるわけではありません。》 (『シルバー・バーチの霊訓(6)』潮文社、1986、p.170)





   40光年先に存在する地球に似た惑星       (2017.03.08)


 前稿で、「現実味を帯びてきた地球外生命の存在」を書いたばかりだが、その一週間後には、「地球に似た惑星 七つも確認」という記事が出た。(「朝日」2017.02.23) 地球から約40光年離れた恒星の周囲を、地球に似た七つの惑星が回っていることがベルギー・リエージュ大学などの国際チームによる研究で明らかになった、と書かれている。質量や大きさが地球とほぼ同じで、地表に海が存在する可能性も指摘されていた。米航空宇宙局のスピッツァー宇宙望遠鏡などで「トラピスト-1」という恒星を観測していた時に、恒星を横切る惑星が少なくとも七つ存在することを突き止めたのだという。昨年2016年8月に発見されたのが太陽系に最も近い系外惑星「プロキシマb」であったが、これは4光年彼方にあるというからかなり近い。「トラピスト-1」までの距離は40光年だから、その10倍の距離にある。しかし、チームの研究者は、「今回の惑星は、地球外生命を探すうえで最も可能性の高いものだ」と言っているらしい。

 果てしなく広がる宇宙の大きさをはかる尺度として私たちは「光年」を用いるが、1光年とは、いうまでもなく、秒速30万キロの光の速さで一年かかる距離である。1秒間に地球を7回半回ることができる速さでも1年かかるということである。この秒速30万キロを、時速に直すと約10億8000万キロになる。これに1日24時間の24倍をかけてさらに365倍すれば、およそ9兆4600億kmになり、これが1光年である。前稿では、私は「プロキシマb」の4光年を「至近距離」と書いたが、それをあえてキロに直せば、37兆8400キロとなり、もう地球の尺度ではとても理解が追い付かない。しかし、それでも宇宙の尺度では、それが「至近距離」である。アンドロメダ銀河(M31)は、肉眼でも満月の約5倍の大きさで見ることのできる最も遠い天体だが、地球から約250万光年の距離に位置している。つまり、私たちが見ているアンドロメダ銀河は、見えるまでに250万年かかっている。言い換えれば、そのアンドロメダ銀河は250万年前の姿であって現在の姿ではない。現在の姿を見ようとすれば、この地球上では、私たちはあと250万年も待たねばならないのである。

 しかし、広大無辺な宇宙ではそのアンドロメダ銀河でさえも、それほど遠い距離ではない。宇宙望遠鏡で捉えられている最も遠い銀河が105億光年、最も遠い天体が133億光年などと聞かされると、もう想像を絶するとでもいうほかはない。「あなた方に見えている星の彼方にも無数の星があります。惑星の彼方にもあなた方がまだご存知ない別の惑星、別の生活の場があります。宇宙は無限に広がっているのです」とシルバー・バーチは言う。(『霊訓 (8)』、p. 101) 私たちは、この宇宙のなかでは米粒一つにもならないようなちっぽけな地球に住みながら、あまりにもそのことに慣れきってしまって、地球以外の星には思いが及ばない。だから、「あなた方の地球は無数に存在する生活の場の一つにすぎません」とシルバー・バーチから言われても、なかなか実感が湧かないのである。近頃になってようやく、地球外生命の存在が現実味を帯びてきているとはいえ、この広大な宇宙には、地球外生命が存在する星が無数にあっても、もともと少しも不思議ではないのであろう。

 ただ、地球はあまりにも小さすぎる。直径で約13,000キロしかない。そして宇宙はあまりにも広すぎる。4光年という「至近距離」にある「プロキシマb」でさえ、光速の20パーセント程度にまで加速できる探査機をあと20年かけて開発できても、その探査機で辿り着くまでの時間は20年、さらにデータが地球まで送られてくる所要時間が片道で4年もかかるから、地球外知的生命の画像が見られるのは、早くても44年後になるということであった。それが、40光年の「トラピスト-1」の場合は、いかに地球外生命を探すうえで最も可能性が高いとはいえ、時速が光速の20パーセントの探査機で飛んで行っても(それも無事に20年でその探査機の開発が成功すればの話だが)、到達までに要する時間は200年、到達して映像が送られてくる所要時間が片道40年ということになってしまうから、やはり私たちの思慮の及ぶところではない。宇宙の創造主の偉大さの前に、私たちはただ、ひれ伏すしかないように思われる。





    伊勢神宮参拝で起こる奇跡的な現象      (2017.03.22)


 『新樹の通信』(「霊界通信集」A30-33)に新樹氏が霊界の伊勢神宮へ参拝した時の様子を和三郎先生に報告している場面があります。二度目の参拝の折には、守護霊も一緒でした。新樹氏が守護霊に、「何卒天照大御神様の御姿を、ちょっとでも拝ましていただくよう、あなたからお願いしてください」と頼みますと、守護霊は了承して、姿勢を整え、瞑目して祈念をこめます。しばらくすると、お宮の内部の奥の方に天照大御神のお姿が現われました。その時の様子を、新樹氏は、「綺麗といっては失礼かもしれませんが、全く綺麗な、そして気高い女神さんで、お体はあまり大きくないように拝しました。御服装は袖の長い・・・・・ちょうど平袖のような白衣をお召しになり、お腰の辺には、白い紐みたいなものを捲いて、前面で結んでおられました。御手には何も持ってはおられないようで、しかしお頸には、たしか頸飾のようなものを下げておられたようにお見受けしました……」と述べ、「僕はうれしいやら、有り難いやら、また恐れ多いやらで、胸がいっぱいでした」と感激していたことを伝えています。

 この世の伊勢神宮でも、拝殿でお祈りを捧げるとき、奇跡的な現象が起こることがあるようです。ダライラマ法王が伊勢神宮を参拝された時、拝殿の前に垂れている御帳が風もないのにふうっと上がったといわれていますが、小林正観さんも、かつて、霊能者でなくても感謝の気持ちを捧げることで天照大御神は反応を示されることを自分の体験として語っていました。小林さんはもう亡くなられましたが、「私は何百という神社にお参りをし、ありがとうをずっと伝えてきました。その神社、神宮の中で、ありがとうという感謝の言葉、感謝の念に一番大きな反応を示してくださるかたが、どうも天照大神さんのような気がしています」と述べていました。拝殿の御帳に向かって手を合わせて、「ありがとうございます、ありがとうございます」を3分ほど唱えていると、多くの場合、この御帳が90度ぐらい、風もないのに上がって、ずっと向こう側が見えたりもしたのだそうです。

 小林さんの場合は、多くの仲間たちと参拝をくり返していましたので、そのような奇跡的な現象を見た人は600人にもなるそうです。小林さんは、神社・仏閣は、要求・要望をするところではなく、お礼を言いに行くところだと述べていました。そこで、「ありがとう詣で」と称して、毎年、仲間たちとお参りするときには、だれもお願いごとをせず、ただ、お礼だけをくり返してきたのだといいます。小林さんは、「お願い事をせず、有難うございます、とお礼だけを申し上げるというのは、天照大神さんにとっても初めてのことだったかもしれません。それで少し驚いて、さらに喜んで、御帳が上がってしまったのかもしれません。御帳は下のほうが数枚に分かれていますが、このときはまったくひらひらせず、まるで鉄板がそのまま電動で上がっていくかのようでした」などと、書いています。そういうことがあって、多くの人がまた来年も、その次の年もという形で「ありがとう詣で」が続いてきたのだと、述べていました。(小林正観『幸も不幸もないんですよ』マキノ出版、2010、pp.244-247)





   地球上の生命体が滅亡する危険性       (2017.04.05)


 十数年前、宇宙物理学者・ホーキング博士は、東京での講演で、「地球のような高度の文明をもった惑星は宇宙に200万個ほどあろうが、そうした星は、文明の悪影響で、自然の循環が狂って宇宙時間からすると瞬間的に生命は失われてしまうだろう」と言ったことがある。高度の文明を持つ惑星は、ほかならぬその高度の文明の故に瞬間的に滅びてしまう危険性を博士は、このように何度か警告してきた。この「瞬間的」とは、地球時間でいうと、100年くらいと博士は考えているようである。この地球についても、「人為的大災害により地球上の生命体が滅亡する危険性は増え続けている。人為的大災害とは突然勃発する核戦争や、遺伝子操作されたウイルス、またその他の脅威のことだ」と語ったこともあった。

 人間はこの地球で高度の文明を発達させてきたが、その成果とは裏腹に、深刻な過ちも冒してきている。中でも核の問題は根が深く、その脅威は戦争だけに限らない。平和利用と称してもてはやされた原子力発電においてさえ、スリーマイル島やチェルノブイリのような大事故が起きたし、日本でも福島での原発の大事故はいまも深刻な後遺症を残している。フロンガスによるオゾン層の破壊や、硫黄酸化物・窒素酸化物による大気汚染も世界中で進行し、発展途上国の南米や東南アジアの国々における熱帯雨林の伐採や、焼畑農業による潅木の焼失は、自然が持つ大気の浄化能力を著しく低下させてきた。それに追い打ちをかけてきたのが中国、米国をはじめとする先進国の工場や、クルマが吐き出す大量の炭酸ガスがもたらす地球の温暖化であった。長い間この地球上で保たれてきた自然のバランスや動植物の相互依存の生体系は、いま大きく崩れはじめ、世界各地で、自然破壊が元凶と思われる異常気象と、それがもたらす歴史的規模の大災害が現実に起こるようになってきているのである。

 このような地球の危機的背景があるにもかかわらず、最近の新聞記事では、「核兵器禁止条約」交渉に日本が不参加を表明したことや、アメリカのトランプ大統領が目先の利益を追求するために、これまで進められてきた温暖化対策を見直して環境規制緩和へ転換する大統領令に署名したことが大きく紙面に載せられている。それになりふり構わぬ中国の軍備増強、北朝鮮のミサイル発射やさらなる核実験強行の姿勢なども繰り返し報道されるようになった。一方では、中東戦争の余波は衰えず、テロ組織の国際的な広がりの中でシリア内戦は現在も多くの市民に犠牲を強いている。かつてのホーキング博士の警告は、いま、一段と現実味を帯びてきているのは否めない。日本は世界で唯一の被爆国で、広島、長崎の原爆を体験してきた。その日本がトランプ政権に遠慮して、「核兵器禁止条約」交渉に不参加を表明していいものであろうか。温暖化対策の見直しは、確実に人間の生存環境を破壊していくことが十分に分かっているのに、それでも、「世界の温暖化なるものはたわけたデマゴーグでしかない」というトランプ大統領の暴言を看過していいものであろうか。考えさせられることの多い今日この頃である。





   金子みすずの詩の英訳             (2017.04.19)


 金子みすず(1903-1930)は、現在の山口県長門市仙崎で生まれた。書店で働きながら童謡を書き、その優しさと多様性を認める感性が詩人の西城八十に賞賛されたが、家庭的には夫に詩作を禁じられるなど恵まれず、1930年に26歳で自ら命を絶っている。その彼女の作品と生涯を伝える絵本が、昨年9月に米シアトルの出版社から 「ARE YOU AN ECHO? (こだまでしょうか)」というタイトルで出版されたという。(「朝日」2017.03.14夕刊)

 本欄でも「金子みすずの詩を読み返す」(2015.01.26)で、いくつかの詩を取り上げてきたが、そのなかの「私と小鳥と鈴と」は、小学校の国語教科書にも載せられたりして、広く知られているようである。「みんなちがって、みんないい」には共感させられる。

  私が両手をひろげても、
  お空はちっとも飛べないが、
  飛べる小鳥は私のように、
  地面を速く走れない。

  私が体をゆすっても、
  きれいな音はでないけど、
  あの鳴る鈴は私のように、
  たくさんな唄は知らないよ。

  鈴と、小鳥と、それから私、
  みんなちがって、みんないい。

 このような金子みすずの詩は、アメリカでは『星の王子さま』を思わせる作品などと称賛されているらしい。全米英語教師協会が子ども向けに勧める20冊の詩集にも入っているという。編集者は、「国や時代を越え誰の心にも響く。わかりやすい言葉の扉を開けると、おおきな宇宙が見えると感じた」と評した。「アメリカ・ファーストが叫ばれる国で、やさしく相手を思いやるみすずの心が人々に届いたのがうれしい」とも語っている。つぎの「大漁」も、そのような作者の気持ちがよく表れている詩である。

  朝焼け小焼けだ大漁だ
  大羽鰮の大漁だ
  浜はまつりのようだけど
  海のなかでは何万の
  鰮のとむらいするだろう

 詩を英訳するのは楽ではないが、上記の「ARE YOU AN ECHO?」では、この「大漁」は、つぎのように表現されているようである。新聞の記事では、「しみいる英訳」という大きな見出しがつけられていた。

    BIG CATCH
  At sunrise, glorious sunrise
  It’s a big catch!
  A big catch of sardines!
  On the beach, it’s like a festival
  but in the sea, they will hold funerals
  for the tens of thousands dead.





   地球温暖化と生存環境の破壊         (2017.05.11)


 4月26日の朝日新聞夕刊に、ロシア・ヤマル半島に出現した巨大な穴を上空から撮影した写真が掲載されていた。永久凍土が解けて、メタンガスの圧力が地中で高まり爆発したという説があるようだが、広大な大地にえぐられた巨大な穴の状況はショッキングであった。シベリヤなど極地のほか北海道などにもある永久凍土は、土壌の温度0度以下が2年以上続いている状態である。これが解けると、内部のメタンや二酸化炭素が放出され、危険な病原体が出ることなども危ぶまれている。ロシア北極圏の気温は毎年0.12度ずつ上昇しているといわれるが、永久凍土の上に築かれたロシアのいくつかの街では、既に建物崩壊の危機の兆候が出始めているらしい。

 同新聞によると、地球の平均温度が1度あがると、面積約330万平方キロメートルのインドよりも広い、約400万平方キロメートルの永久凍土が溶け出すという試算を、英国、スウェーデン、ノルウェーの研究者がまとめた。対策としては、まず、昨年発効した温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」を各国が守ることが何よりも重要であると指摘されている。パリ協定は、産業革命前からの地球の平均気温上昇を2度か、できれば1.5度未満に抑えるのが目標とされている。しかし、この2度目標を達成しても、現在の永久凍土の40パーセント以上が減ると推定され、1.5度なら、200万平方キロメートルの凍土が解けるのを防げるという。つまり、パリ協定でさえ、現在の地球温暖化による危機の回避は十分ではないということである。地球温暖化による生存環境の破壊は、じわじわと、しかし確実に進んでいるといってよい。

 地球温暖化による、海面上昇の深刻さもすでに指摘されてきて久しい。北極の氷はこの30年間で100万平方キロメートルも融けてしまったという。これは、ノルウェー、スウェーデン、デンマークをあわせたのと同じくらいの広さになるらしい。現在では、毎年3mm以上の速度での海面上昇が観測されているというが、このままでいくと、今世紀中にメートル単位の海面上昇が起こる可能性があり、その影響は特に、ヴェネツィアなどの海抜が低い都市、オセアニアなどの小さな島国などで、すでに深刻な問題となっている。仮に海面が1m上昇するとマーシャル諸島は国土の80パーセントが沈没し、バングラデシュでは、国土の18パーセントにあたる2万6,000平方キロ、岩手県と青森県を合わせた面積に相当する低地が海中に没するといわれている。東京沿岸部の海抜ゼロメートルに近い一部の地域も危機にさらされることになるであろう。地球温暖化防止に向けての対策に世界中が積極的に取り組まねばならないのは、いまや待ったなしの差し迫った課題である。

 日本でも、温暖化対策の一環として、最近、宅配便の再配達を減らして二酸化炭素の排出を抑える取り組みが始まろうとしている。現在、宅配便の配達は、年間35億7千万個にもなっているらしい。このうち再配達される荷物の割合は23.5パーセントで、それに伴う二酸化炭素の排出量は、年42万トンという。環境省によると、この42万トンの二酸化炭素を植物に吸収してもらおうとすると、JR山手線内の面積の2.5倍の杉林が必要になる計算だそうである(「朝日」2017.4.25夕)。再配達分だけでも42万トンというのは、たいへんな排出量だが、それにしても、私たちの生活に、年間35億個を超える宅配便が本当に必要なのであろうか。宅配便は確かに便利な時もある。しかし、宅配便には、包装から、仕分け、配達などの、労力、時間、エネルギーの余分の浪費がつきまとう。私たちは、自分で歩いていけば簡単に店で買えるものまで、あまりにも安易に宅配便に頼りすぎてはいないだろうか。それよりも、私たちのまわりは大多数の家庭ですでにモノがあふれているのである。買わなくてもいいものまで、惰性的に買いすぎていることはないであろうか。宅配便の問題一つを取り上げてみても、私たちの生活には、自然との調和とバランスからかけ離れた「異常」が増幅されてしまっているように思えてならない。





   12歳の殉教者ルドヴィゴ・茨木の信仰           (2017.05.31)


 もう13年も前になるが、2004年11月に私は、長崎県西端の五島列島を訪れたことがあった。その折に、隠れキリシタンの史跡をいくつか見学して、長崎の西坂の丘の日本二十六聖人記念碑の前にも立った。豊臣秀吉によるバテレン禁止令が出されたのは1587年であったが、その後に続いた江戸幕府による禁教令で、キリシタンは厳しい弾圧を受けるようになっていた。そして、1597年、宣教師や修道士ら26人が、初めてこの長崎西坂の丘で処刑されたのである。26人のうち日本人は20名、スペイン人が4名、メキシコ人、ポルトガル人がそれぞれ1名であった。この殉教者の中にルドヴィゴ茨木という少年がいた。殉教者の中では最年少で12歳であった。

 殉教者たちは、京都で捕縛され、左の耳たぶを切り落とされて、市中引き回しとなった。その後、長崎で処刑せよという命令を受けて、歩いて長崎へ向かうことになった。これが1月10日である。厳冬期の旅を終えて長崎に到着した一行を見た責任者の寺沢半三郎(当時の長崎奉行であった寺沢広高の弟)は、一行の中にわずか12歳の少年ルドヴィコ・茨木がいるのを見て哀れに思い、「キリシタンの教えを棄てればお前の命を助けてやる」とルドヴィコに持ちかけたが、ルドヴィコは毅然としてその申し出を断った。「(この世の)つかの間の命と(天国の)永遠の命を取り替えることはできません」と言ったという。

 当時、日本に滞在していたイエズス会の神父、ルイス・フロイス(1532-1597)は、この事件について詳細にローマに報告している(ルイス・フロイス『日本二十六聖人殉教記』(結城了悟・訳、聖母の騎士社、1997)。それによってこの殉教者たちのことは、西欧諸国でもひろく知られるようになった。上智大学のアルフォンス・デーケンさんはドイツ生まれで、たまたま12歳の子供の頃、教会の図書室で、この長崎の二十六聖人殉教者の話に出会ったらしい。彼の記憶では、このルドヴィコ・茨木は、刑場へ引かれていく途中で一人の侍に、「信仰を捨てなさい。そうすれば赦して頂いて養子にしよう」と言われたが、ルドヴィコ・茨木はその侍に向かって「あなたがクリスチャンになって一緒に天国へいらしてください」と答えた、ということになっている。そのルドヴィコ・茨木との邂逅について、デーケンさんは、司馬遼太郎との対談の中で、つぎのように言っている。

 《私は、日本人は偉い、どうしてそんなことを十二歳の少年が言えるのかと驚きました。そしてさらに十字架につけられてからも、最期まで聖歌をうたい続けていたというのです。もちろん天国に入って永遠の生命に与かるという強い信仰があったからこそ、十字架上で聖歌をうたうこともできたのでしょうが、それにしても、烈しい肉体的な苦痛の中でも、なお心の至福と喜びを味わうことができたという神秘的なパラドックスに触れて、私は大変感動しました・・・・・。不思議なことですが、その時から私は、将来戦争が終わったら必ず一度は日本に行き、ルドヴィコ・茨木の殉教の地長崎を訪れたいと決心しました。三百四十七年前の日本のキリシタン史上に残された十二歳の少年の行動が、はるかなヨーロッパの私にインスピレーションを与えたのです。私はそれまで日本人には一人も会ったことがなかった。ただ本を通して、その中で日本人が私にすごい勇気を与えたのです。》(司馬遼太郎『八人との対話』文春文庫、2000、pp.398-401)

 12歳というのは、いまの小学校の6年生の年齢である。その12歳の時にルドヴィコ・茨木は京都にあったフランシスコ会の修道院で、病人の世話をしていたといわれているが、捕らえられ、耳を切られて激痛に耐えながらも、最後まで信仰を捨てずに毅然として処刑場への道を歩んだ姿は感動的である。処刑当日の1597年2月5日、長崎市内では混乱を避けるために外出禁止令が出されていたにも関わらず、4000人を超える群衆が西坂の丘に集まってきていたと伝えられている。群衆が見守る中、ルドヴィコ・茨木を含む26人が、槍で両脇を刺し貫かれて絶命したのは午前10時頃であった、と記録されている。処刑終了後、彼らの遺骸はローマ・カトリック教会の伝統により多くの人々の手で分けられ、日本で最初の殉教者の遺骸として世界各地に送られて崇敬を受けたという。後に、1862年6月8日、この26人の殉教者は、ローマ教皇ピウス9世によって列聖され、聖人の列に加えられた。





    宇宙の広がりに思いを馳せる        (2017.06.14)


 天の川銀河ともいわれる銀河系は、人類の住む地球・太陽系を含む銀河の名称であるが、かつてはこれが宇宙そのものと考えられていた。しかし、アメリカの天文学者エドウィン・ハッブル(Edwin Hubble, 1889-1953)が、1923年にアンドロメダ星雲を発見して、これが銀河系の外にある別の銀河であることを突き止めて以来、宇宙の広がりは一挙に加速した。現在では、宇宙全体に存在する天の川銀河規模の銀河の数は、およそ1000億個であるといわれている。

 天の川銀河は直径およそ10万光年で、秒速30万キロの光でさえ、天の川銀河の端から端まで渡るのに10万年かかる計算になる。しかし、その大きさでも宇宙全体から見れば銀河集団の1000億分の1であるにすぎない。これらの1000億個の銀河には、それぞれ2000億個ほどの恒星があるといわれている。恒星はいわば星の家族のことで、恒星(親)のもとには、惑星(子ども)があり、衛星(孫たち)も付属している。そうすると宇宙には、星の家族だけで1000億の2000億倍もあることになる。それだけの星々が宇宙空間に浮かんでいるのである。これだけ大きな数字になるともう想像を絶するといわざるを得ないが、一説では、その数は、地球上に存在する砂粒一つ一つを全部を合わせた数よりはるかに多くなるらしい。

 アメリカで、1990年4月にスペースシャトル ディスカバリー号によって打ち上げられたハッブル宇宙望遠鏡によって、この宇宙観測の精度は飛躍的に増進した。この望遠鏡は、長さ13.1メートル、重さ11トンの筒型で、内側に反射望遠鏡を収めている。打ち上げ当初は、直径2.4メートルの主鏡に不具合があって、鮮明な画像を結ばなかったが、1993年12月に打ち上げられたスペースシャトルの宇宙飛行士による修理で奇跡的な回復を成し遂げた。それ以来、数度のスペースシャトルの打ち上げで、近赤外カメラや多天体分光器なども取り付けたりして、驚異的な精度での天体観測が可能になった。

 新しい星の誕生や、古い星が爆発して終焉を迎える状況も鮮明な映像で明らかになった。宇宙誕生直後の130億光年彼方の僅かな光も捉えられるようになり、様々な星までの距離を測ることにより、宇宙が急速に膨張していることも証明されている。この「宇宙の膨張の加速」の研究テーマに対しては、カリフォルニア大学のパールミュッター博士など3人の研究者に、2011年度のノーベル物理学賞が贈られている。膨張している宇宙は、逆にいえば、過去に向かっては収縮していることになる。その収縮の極限がビッグバンで、ビッグバンによる宇宙の始まりが137億年前であることも突き止められた。これがハッブル宇宙望遠鏡の大きな成果の一つであるとされている。

 しかし、この宇宙の膨張は新たな疑問を生み出すことになった。宇宙の膨張を加速させているエネルギーをダークエネルギーと呼ぶらしいが、これは何であるかわかっていない。1000億個もある銀河が宇宙でどのように形成されてきたかというのも未知のままである。その大きな謎を解くためには、ブラックホールの実態が明らかにされなければならないという。ブラックホールは、それぞれの銀河の中心にあることがわかっているが、あまりにも重力が大きく、光でさえそこからは逃げ出すことができない。目には見えないが、ブラックホールの近くの物質の動きを調べることでその存在はわかるらしい。ハッブル宇宙望遠鏡は、質量が太陽の20億倍もあるというブラックホールの存在を銀河M87の中心部で捉えているといわれるが、「太陽の20億倍」などと聞かされても、あまりの巨大さに、私たちには想像もつかない。

 このハッブル宇宙望遠鏡は現在、地球の上空600キロを時速2万7千キロで飛び続けているが、2030年ごろには寿命が尽きるようである。アメリカでは、その後の宇宙望遠鏡として、ハッブル宇宙望遠鏡より3倍の大きさのジェームズ・ウエッブ宇宙望遠鏡を開発中と伝えられている。この新しい宇宙望遠鏡が宇宙の観測を始めるようになれば、宇宙膨張のメカニズムや、ブラックホール、ダークエネルギーなどの実態の解明がさらに進められることが期待されている。しかも、期待されているのはそれらの謎の解明だけではない。たまたま見ていたNHK教育テレビの番組で、アメリカの天文学者の一人が、「私たちは何者であり、生命はどのようにしてこの宇宙に誕生したのか。その答えをこの新しい宇宙望遠鏡が導いてくれるであろう」と言っていたのが、印象的であった。

 ともあれ、私たちは。このような宇宙の中にいま生きている。夜空に見上げる星の数も、1000億の2000億倍以上もあることを知っている。その広大な宇宙のなかでは、私たちが住むこの地球も、砂粒一つにもならないような、可憐な存在であることも教えられてきた。137億年の宇宙の歴史の中では、地球が生まれてからは46億年が経過している。この46億年を一年のカレンダーに置き換えて俯瞰してみると、どのように見えてくるであろうか。まず、1億年前に地球全体が温暖化し始めるのが、1年のカレンダーでは12月24日で、12月25日ごろには恐竜が全盛期を謳歌していることになる。そして、現生人類(新人=ホモ・サピエンス)が誕生したのが12月31日で、時間にすれば 午後11時37分になる。ホモ・エレクトスの一部がアフリカで進化して現生人類 (新人=ホモ・サピエンス)が誕生したのが20万年前であったが、これは1年のカレンダーでは、12月31日の午後午後11時37分にあたる。1年も終わろうとする年の暮れになって、私たちの祖先はやっとこの地上に姿を現した。

 さらに、人類が農耕牧畜を始めたのが1万年前で、これは1年のカレンダーでは、12月31日の午後11時58分52秒にあたる。産業革命が午後11時59分58秒 で、私たちの20世紀が始まり、そして終わったのが、午後11時59分59秒であった。そして、現在の私たちは、1年のカレンダーの中では、大晦日の最後の、その1秒の中で生きていることになる。昔は、日本でも「人生50年」といった。いまでは、「人生100年」に近づきつつある。しかし50年も100年も、宇宙の中では「一瞬」であることにはかわりはない。私たちは、その一瞬をこの地上で生きて、あとは、霊界で生き続けることになるのであろう。霊界で生きるということは、或いは、宇宙で生きるということ、といってもいいのかもしれない。この46億年の地球に生きてきて、やがて137億年の宇宙に私たちは還っていく。しかし、さらにいえば、宇宙は膨張し続けているから、137億年前の宇宙の果ては、その光が地球に届くまでの間に、もう470億光年の彼方に遠ざかっているのだともいわれている。そうすると、私たちは、この小さな、砂粒一つにもならない地球という棲み家から離れる時には、470億光年のひろがりへ移っていくことになる。私たちはみな、その壮大な旅への準備を、峻厳な天の摂理に導かれて、この地上で進めていることになるのであろうか。





   幸せを手に入れるための努力はいらない   (2017.07.14


 もう17年も前になりますが、このHPの随想(15)で、私は「おばあちゃんの教え」を書きました。当時、山口県の萩女子短大・副学長をしておられた河村とし子さんが、NHKの「こころの時代」という番組で、ご自分のおばあちゃんのことを紹介しているお話です。おばあちゃんは、学校に通ったことはなく読み書きもできませんでしたが、み仏への信仰心が厚い人でした。六人いた息子娘たちのうち、四人までを次々に亡くしていましたが、「私たち浄土真宗のご門徒は、先にお浄土へ還らせていただいた愛しい子供たちとも、お念仏のなかで出おうたり話したりできるから幸せじゃのう」とよく言っていたそうです。

 そのおばあちゃんは、すべてのものに有り難いと感謝して拝んでいるような人でした。朝、目を覚ましても、「ああ、今日も目が見えてくださる。手が上がってくださる。足が動いてくださる。有り難いことじゃのう」と何度もひとりごとのように繰り返していたといいます。おばあちゃんのその時の年齢を超えている私は、そのことをいまよく思い出します。また、仏教の教えには「求不得苦」ということばがありますが、それをおばあちゃんは、「無いもんを欲しがらんで、有るもんを喜こばしてもらおうよのう」という言い方をしていました。そのうえで、人に対してはいつも穏やかに、にこにこと笑顔を絶やさなかったと、河村さんは述懐しています。私は、おばあちゃんの、「無いものを欲しがらないで、あるものに感謝しよう」というこのことばも、よく思い出すことがあります。

 私たちは、自分が持っていないもの、足りないものを次から次へと頭に描いて、それらを手に入れることが幸せなんだ、と思いがちです。しかし、本当は、おばあちゃんが言っていたように、すでに持っているものにまず感謝することが、幸せへの第一歩なのかもしれません。目が見えて、耳が聞こえて、歩くこともできる。食べるものがあり、寝るところがあり、体が不自由ではないということだけでも、本当は、たいへん幸せなことなのでしょう。小林正観さんには、『幸も不幸もないんですよ』(マキノ出版、2010)という本がありますが、その中にも、小林さんが、この身の回りの、すでに「有る」幸せについて述べている件があります。すでに有るものを幸せだと思えば、幸せを手に入れようとする努力はいらないというのです。それを、小林さんは、こう書いています。

 「例えば、宅配便の人が今日物を届けてくれた、これも幸せの一つです。郵便局の人が手紙を届けてくれた、これも幸せの一つです。テレビの電源を入れたら、番組表の予定どおり番組がやっていた、これも喜びと幸せの一つでしょう。国によっては地域によっては、電源を押してもテレビが映らないところもあり、電波が乱れるところもあり、思うように画像が映らない、音が出ないというところもあるのです」――このように見ていきますと、なるほど、私たちの身の回りには、幸せが無数にあることがわかります。テレビどころか、電気や水道さえ通っていないようなところが、世界中には決して珍しくはありません。小林さんは、さらにこう続けています。

 《すでにいただいている9990個のものに、私たちはただ気がつけばよいのです。手に入れる必要はありません。すでにもう手に入っているのですから、手に入れようとする努力はいらないのです。すでにいただいているものに対して、ただ気がつくこと。自分がとても恵まれていることに、気がつくこと。それに気がついたら、毎日1個ずつ、あるいは毎日10個ずつ感謝をしていったとしでも、9990個に感謝し終わるにはずいぶんと時間がかかります。足りないものを挙げ連ねるよりも、恵まれていることを挙げ連ねていって、それを数え上げるはうがはるかに楽しくて幸せです。》 (同書、pp.280-282)





    古代のエルサレムへの遥かな想い         (2017.07.28


  もう何年も前になるが、高い霊能力をもつ知人のTさんから、「一度エルサレムへ行かれたらいかがですか」と言われたことがあった。私は、イスラエルのエルサレムへは行ったことがなかった。その後も気になっているうちに機会を逸して、いまはもう体力も衰えているから、海外渡航も無理である。Tさんが、エルサレムへ行くことを私に勧めたのは、およそ2千年前、ポンテオ・ピラトがローマ帝国の第5代ユダヤ属州総督としてエルサレムに君臨していたころ、Tさんも私も、エルサレムに住んでいたことがあるから、という理由であった。Tさんは、いくつもの過去生を詳細に思い出すことができる稀有の才能を持っている。

 Tさんによれば、当時のエルサレムでは、彼はロバを引いて日用雑貨を売って歩いていた。何年も行商を続けて、2千年前のエルサレムの街の詳細はいまも頭の中にある。何年か前にTさんがエルサレムを訪れた時には、地元の人たちも知らない昔の街の道路の状況などをいろいろと話して案内者を驚かせたという。前世のTさんは、日用雑貨を行商する許可を得るために、ピラトの居る総督府にも出かけたことがあったが、その総督府には前世の私が居て、今でいう司法長官のような役職であったらしい。Tさんは、私と直接話し合ったことはなかったというが、私が、厳格で「融通の利かない」性格であることは、街のうわさ話として耳に入っていた。

 私は霊感は鈍い方だから、そういうことをTさんから聞かされても、何も感じることはない。ただ、エルサレムへ出かければ、もしかしたら、少しは懐かしいような感情が湧き出ることがあるのかもしれない、と思ったくらいである。Tさんは、エルサレムの街は隅々まで歩き回っていて、当時は、たまたまエルサレムへ来ていたイエスの説教も聞いたことがあるという。人々が大勢集まり始めているので、自分もついて行ってみたら、イエスの説教の場面に遭遇した。「あんなことを言っていたら、いまに大祭司カヤバ一派の反感を買い、捕らわれてしまうのではないか」と思ったそうである。やがてその危惧は現実となって、イエスは捕らえられ、カヤバの官邸へ連れていかれた。

 このTさんからの前世の話は、世間では荒唐無稽な妄想として一笑に付されるかもしれないが、もちろん彼が根拠もなくいい加減な創作をしているわけではない。それだけに、彼から聞かされて私が気になっていたのは、大祭司カヤバの訴えを受けて、総督のポンテオ・ピラトがイエス・キリストの処刑に関わっていたことである。聖書などによれば、彼はイエスの無罪を知りながら、無知な大衆を満足させるために不当な死刑判決を認めたことになっている。Tさんの言うように、当時の私がもし彼の下で「法務長官」を務めていたのであれば、おそらく私もイエスの逮捕から処刑に至る状況についても何も知らなかったはずはなかったであろう。私はいまでも、そのことを考えるたびに、何か後ろめたい、複雑な気持ちにさせられてしまうのである。





    世界幸福度ランキング         (2017.08.16)


 豊かさの度合いを示すものとして、よくGDPが取り上げられる。GDP (国内総生産)とは、国内の生産活動による商品・サービスの産出額から原材料などの中間投入額を控除した付加価値の総額である。これを2016年度の数字で世界の国別にランキングした表では、世界1はアメリカで、18兆5691ドルである。2位は中国で、11兆2182億ドル。日本は、4兆9386億ドルで、アメリカ、中国に次いで世界3位である。このように、アメリカは世界一の経済大国で、中国と日本も、世界の経済大国といってよい。しかし、これを一人当たりのGDPに換算してみると、様相が変わってくる。世界1はルクセンブルクで、103,198ドル、2位は、スイスの79,242ドル、3位はノルウェーの70,391ドルである。以下、4位、マカオの67,079ドル、5位、アイルランドの62,562ドルと続く。

  GDP1位のアメリカの人口は、約3億1905万人で、国内総生産をこの数字で割ると、一人当たりのGDPは、57,436ドルになる。これは世界では8位である。中国は人口約13億6782万人で世界一多い。だから一人当たりにすると8,113ドルに下がって、世界のなかでは73位になる。日本は人口約1億2706万人である。GDPは一人当たり38,917ドルで世界22位となっている。世間では、人間の幸福度は、しばしば、資産の多寡で考えられる傾向があるから、こういう経済指標はその幸福度を測るうえでの有力な根拠にされることも少なくはない。これに対して、このような数字とは別に、それぞれの国の国民が主観的に、「自分が幸福と思っているかどうか」だけを基準にして、幸福度をランキングした調査がある。NHKテレビ「これでわかった! 世界のいま――世界幸福度ランキング」(2017.04.02)は、そのような調査を伝えた番組であった。

 この番組によると、「あなたは幸せですか」と聞いてまわって、「幸せ」と答えた人の割合から「不幸」と答えた人の割合を差し引いて、幸福度を割り出しているのだそうだが、毎年、その調査が世界中で行なわれているらしい。その結果、昨年度(2016年)で1位、今年度は2位と、常に1、2位に挙げられるのが、南米のコロンビアである。因みに、今年度(2017年)の幸福度1位は、フィジーであった。フィジー共和国は、オセアニアの国家で、南太平洋のフィジー諸島と北に500km程離れた保護領のロツマ島に位置する300余の火山島と珊瑚礁からなる島国である。幸福度が1位であっても、2016年度のGDPは、46億4000万ドルで、世界190か国中では150位であった。一人当たりのGDPに換算すると95位で、5,181ドルだけである。幸福度2位のコロンビアは、GDPが28億2360万ドルで世界43位、一人当たりでは、5,792ドルで世界89位であるにすぎない。

 中南米のコロンビアは、しかも、治安は悪く、殺人、麻薬、誘拐、爆発事件などが多発する。アメリカで摘発されるコカインなどの麻薬の95パーセントはコロンビア産で、殺人では、日本の100倍もの発生率というから、他は推して知るべしであろう。ただ、国民性はもともと底抜けに明るい。約4,900万人の人々が日本の3倍くらいの国土に住んでいて、中南米のなかでも最も移民の多い国である。しかし、移民はみなアミーゴ(友だち)として受け入れられ、偏見や差別はない。世界で最もお祭りの多い国としても知られ、ミス・コロンビアを選ぶ美人コンテストなどでは、国中をあげて熱狂する。お祭りの間は、殺人や誘拐は起こらないともいわれているらしい。それにしても、これほど治安が良くない国で、なぜ幸福度が世界1、2になるのであろうか。

 テレビ番組では、コロンビアの首都、ボゴタに住む、ダニエル・モヤさんの家を訪問した時のことを映しだしていた。モヤさんは、50代とみえる男性で、妻と子供3人の5人家族である。それに、親戚の子や孫たちも集まって部屋の中は乱雑でありながら賑やかで、明るい。住んでいるのも、日本では「あばら家」としかいえないような粗末な家である。段ボールや廃材を回収してまわって、それらを売って生計を立てているが、収入は月3万円ほどで、コロンビアでも最低賃金レベルであるという。そのモヤさんが言う。「通りからごみを無くす仕事をしていて、皆が満足してくれることに喜びを感じます。」 モヤさんの奥さんも大勢の子供たちに囲まれて、「家族が集まるとき、家族が分かち合うとき、それが私たちの幸せになるのです」と言っていた。街の人の声を聞いても、家族の絆を大切にし、大勢の友人たちと賑やかに過ごすことに楽しみと幸せを感じているようであった。

 ところで、この世界幸福度ランキングでは、世界一の経済大国アメリカのランキングは、69か国中、34位であった。GDP世界第二の経済大国の中国は、フィリッピンと共に、幸福度第3位。しかし、同じ中国でも、一国二制度のもとに自由経済を認められている香港などは、近頃は中国本土からの締め付けが強まり、将来に希望が持てないという理由で、69か国中68位に落ちてしまっている。そして3番目の経済大国・日本の幸福度は、世界で26位である。この幸福度ランキングで、日本より上位の国々は、インドネシア・ベトナム(5位)、アルゼンチン・メキシコ(11位)、パキスタン(13位)、エクアドル・アイスランド・モンゴル(14位)、ペルー(17位)、タイ(18位)、ポーランド(20位)、オーストリア・ブラジル(21位)などが並んでいる。さらに、日本より下位の国々では、上記アメリカ(34位)に続いて、イギリス(36位)、ベルギー・ドイツ(38位)、オーストラリア・ウクライナ(43位)、フランス(45位)、チェコ・韓国(50位)、フィンランド・イタリア(53位)、イラン・トルコ(64位)と続き、最低は、いまも紛争の渦中にあるイラクの69位である。

 幸せとは何か、どのような人が幸せなのか、を考える場合、社会・経済的基盤や金銭だけでは、幸福度は測れないことを、これらの数字は示している。「人は思った通りになる」というが、やはり、本当に幸福な人とは、自分が幸福だと思っている人のことなのだ、と考えていいのかもしれない。





    霊魂の存在について否定的な僧侶たち


 むかし、立命館大学・国際平和ミュージアム館長で超自然現象を批判的に研究する「ジャパン・スケプティクス」という会の会長でもあった安斎育郎氏が、京都周辺の仏教各派に対して霊魂の有無について照会したことがあった。いろいろな宗派から返事が返ってきたが、それによると、「霊は存在しない」(仏光寺・浄土真宗)から、「霊は実体を持った存在」(金剛峰寺・真言宗、延暦寺・天台宗)まで、大きな差があることがわかった。同じ真言宗系の寺院でも、「霊は実体を持った存在」、「霊は観念であって実体ではない」、「霊は存在しない」など多様性が見られたという。(「朝日」2000.09.13)

 このなかで、「霊は存在しない」と主張する浄土真宗・仏光寺の僧侶とは、上記「ジャパン・スケプティクス」の会員で工学博士でもある日野英宣氏である。日野氏は、「霊魂とは、煩悩が生む妄念妄想にすぎない。その作用は、自分自身が原因なのに霊に責任を転嫁する、未知への不安を霊に託して安心する、脅迫や報復の手段として悪用する、の三つに分類できる」とする。そして、「釈尊自身は、古代インドの輪廻転生観や霊魂存在説を否定されたが、その後、さまざまにねじ曲げられた。ブッダとは目覚めた人の意味であり、本来の仏教はそうした妄想からの自由を目指している」 とも述べている。

 安斎氏は、「結局、霊に関する見解は多様で、十三宗百四十派を超えるといわれる日本の仏教では、どの宗派のどの僧侶に出会うかによって、霊に関する理解に大きな差が生じることが示された」と述べている。そして、「たたり」についても、「あるはずがない」から「人間は前世における業の報いを受けて生きる」まで宗派の見解がいろいろと分かれていることを紹介した後、「仏教界はこの混乱をどう見るか?」と、問題を提起していた。 この「混乱」の状況は、おそらく今も変わっていないだろう。私たちが、寺院の僧侶からの、「霊魂はない」とか「仏陀は霊魂の存在を認めていなかった」などの見解を読んだり聞いたりすることは、最近でも決して珍しいことではない。宗派により、僧侶によって違いはあるが、なぜ僧侶が霊魂を否定するのであろうか

 明治維新までの日本仏教では、一般に霊魂はあるという考え方であったといってよいであろう。しかし、近代化が進んでいくにつれて、欧米の科学的な方法論を取り入れた「仏教学」が導入されるようになると、霊魂はないとか、仏陀もその存在を否定したというような「学説」が現れてくるようになる。現在の大学仏教学部でも、将来の僧侶候補者たちに、そのように教えているらしい。だから若い僧侶が、「霊魂なんてものはありません」と言ったりする。先祖代々持ち続けてきた一般庶民の信仰がゆらぎ、お寺からも離れていく傾向が出始めたのは、そのためもあるかもしれない。

 宗教学者の正木晃氏によれば、仏陀は霊魂の存在を認めていなかったという説は、「無我説」とか「非我説」とよばれる仏陀の教えが曲解されたものだという。本来、これが自分だとか、自分のものとして把握できるものは何もないという意味であったものが、近代合理主義に立脚しようとする宗教哲学者たちによって、霊魂の否定にまで拡大解釈されてしまったものであるらしい。(正木晃『いま知っておきたい霊魂のこと』(NHK出版、2013、pp.110-111) 学問の目的である「真理探究」は、あくまでも科学で立証できることが前提である。つまり、科学で立証できないものは真理ではない。だから、大学で教える「仏教学」などでも、霊魂の存在などは容認できないのである。しかし、「霊的真理」はもともと科学的に立証できるのではない。仏教についても、近代合理主義のなかで把握しようとするのは、根本的に間違っているのではないか。





   「便利すぎる社会」についてのアンケート 


 「いま自分が暮らしているのは『便利すぎる社会』だと思うことがありますか?」というアンケートの結果が「朝日新聞」(2017.09.10)に出ていました。そのアンケートでは、男性で「よくある」と答えている人が63.5パーセント、「たまにある」と答えている人が18.0パーセントで、この二つを合わせると、81.5パーセントの人々が、今の日本を「便利すぎる社会」だと考えていることになります。「まったくない」と答えた人は、18.5パーセントでした。女性では、「よくある」が71.9パーセント、「たまにある」が8.8パーセントで、「まったくない」が9.4パーセントで、合計90.7パーセントの人々が、「便利すぎる社会」だと考える傾向にあるようです。

 この傾向に対して、ある50代の女性は、「便利すぎると思う。東京でコンビニ店長をしている今、サービスは日々増え、物も、情報も増え、選択肢も増え、時間は24時間変わらず。ストレス社会は犯罪など負を生むから、もっと、ゆったりとした時間が流れるようになればよいのになと、思います」という感想を述べています。「人間本来の考えたり、手足を動かす機会を徐々に減らしてきているように思う・・・・人類は便利さを追求することで、自らの能力を使い磨かず、退化の道を歩んでいくと思います」と書いた60代男性もいました。牧場を経営している40代の男性からは、「時々小学校の子供たちを受け入れるのですが、『コーヒー牛乳を出す牛はどれですか?』なんていう質問がでたりします。動かなくなったカブト虫を見て『電池が切れている』と言ったりするのを見るにつけ、世の中、便利すぎていないかな、と思ってしまう」という感想も寄せられていました。

 このアンケートで、私が少し驚いたのは、「むしろ日本は不便」という意見があることでした。「海外に住んでいればいかに日本が“不便”であるかがわかる。お粗末なATMサービス(24時間利用できない、外国のカードはセブンイレブンなどを除いて使えない)、デビットカードが普及していない、役所などのいまだにオンラインではない申請など、いくつかの基本的な点において日本は非常に不便な最後進国である」と「海外、40代男性」が書いています。おそらくこの人は、アメリカの大都会に住んでいるのでしょう。確かにアメリカは、コンビニでもATMなどでも日本より一歩先に進んできました。しかし、少なくとも私の体験では、アメリカに較べても「日本は非常に不便な最後進国」とは思えません。この男性は、さらに、「もう少し日本の外に出て、もっと多くの日本人が日本の不便な点も認識できるようになるべきである」とまで言っているのですが、もしかしたら、これは、海外体験が浅い人の気負いかな、と思ったりしました。

 アメリカの都会は犯罪が多いので、ATMには常に監視の目が光っていますし、コンビニのレジには防御用のピストルを忍ばせたり、戸外の自動販売機などは、頑丈な鉄の檻で囲ったりします。ヨーロッパ諸国などでも、コンビニや自動販売機などは、日本に較べてもかなり少ないのではないでしょうか。イギリスのロンドンや地方都市などでは、自動販売機などはあまり目につきません。看板でさえ出さないことも多いくらいですから、自動販売機を目立つように戸外に設置する感覚はイギリス人にはないようです。彼らには、一般に、便利なことが必ずしもいいことだとは思っていないようなところがあります。ロンドンのタクシーが、いまだに自動ドアをつけていないのもその一例です。手で開ければいいものをなぜわざわざ自動にしなければならないのかと、彼らは思っているのかもしれません。


















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