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  ちょっと一息いれてアメリカのジョークを〔47〕  (2017.03.31)

 
 判事:「あんたは自分を信頼してくれている人をどうして騙せるんだ?」

 囚人:「だって、判事さん。自分を信頼してくれていない人なら騙しようがないじゃありませんか」


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 Judge: "How could you swindle people who trusted you?"

 Prisoner: "But Judge, people who don't trust you can't be swindled!"





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   H.P.のカウンターのエラーについて    (2017.03.05)


 一昨日と昨日、このホームページのカウンターのエラー表示が出たりして、見苦しい画面になりました。ご覧いただいていた方々には、お詫び申し上げます。

 2003年3月に、私の講演を熱心に支えてくれていた佐々木薫さんにホームページの開設を勧められ、佐々木さんがこのようにデザインしてくれたのですが、彼女はそれ以来いろいろと技術的な面倒をみてくれていました。

 佐々木さんは、優しさと思いやりの気持ちの深い人で、まわりの多くの人々に好かれていましたが、昨年7月7日にガンで亡くなられました。実は、その佐々木さんがこのカウンター表示の費用を自分のカードで自動引き落としにしていたことを私は知りませんでした。カウンターのエラーサインが出た原因を調べているうちに、そのことがわかったのです。

 たいへん有難いことで、今度もこのような形で、彼女のあたたかさに触れています。カウンターは二日分休んで、また動くようになりました。佐々木さんのご厚意に応えるためにも、もう少し、このホームページを続けていくように心がけたいと思っています。



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  ちょっと一息いれてアメリカのジョークを〔46〕  (2017.03.01)


 若者のフィリップは、農業大学を出て帰ってきたばかりだった。
 彼は近くで働いている農夫に、自分の知識をひけらかすように言った。
 “あんたの栽培のやり方は古すぎるよ。あんな木からは10ポンド分のリンゴも取れないと思うよ。”

 農夫のプットニイーは答えた。
 “それはそうだろうよ。あそこにある木は、梨の木なんだから。”


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 Young Philip had just come back from an agricultural college.
 He was showing off to the neighboring farmer.
“Your farming methods are so old-fashioned,” he said.
“Why, I bet you don’t get ten pounds of apples from that tree.”


 “I daresay you’re right,” said Farmer Putney.
 “That there's a pear tree.”





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   希望に満ちた生活を送るために     (2017.01.11)


 M. K. 様

 メールを拝見して、私にどのような返信ができるだろうかと、しばらく考えていました。私が妻と子を亡くした半年後の状況を思い出してみますと、悲嘆の底に沈みながら、私は人に会うのも避けて、ひとり固い殻に閉じこもっていました。妻の友人であった霊能者のAさんから、「あと二、三年は苦しまれるでしょうね」と言われたことは覚えていますが、私の場合は、「二、三年」ではすまなかったように思います。二、三年であろうが四、五年であろうが、失われた命が返ってこない来ない以上、絶望しかないわけで、生きていくのもつくづくいやになっていました。「時が癒してくれる」などのような言葉には、嫌悪感しか感じませんでした。

 そのような33年前の私の姿は、いまのあなたと大きな違いがあります。あなたは、仏教や神道はともかく、すでにシルバー・バーチを学んでおられます。あなたが知りたいこと、――最愛の奥様のこと、将来の奥様との再会への展望、死後の世界のことなど、十分にシルバー・バーチから教えてもらうことができます。私の場合は、死後の世界のことなど何もわからず、何年にもわたって数十人の霊能者といわれるような人々に会っても、まだ納得できず、結局、7年も経ったあと、ロンドンの大英心霊協会でアン・ターナーの協力やシルバー・バーチの著作を読むことによって初めて心の底から納得し、生き返ることができました。長い間、深い山中に迷い込んで、下山する道を見いだせず、一人で悩み続けていたようなものです。

 あなたの場合は、いわば、ご自分でシルバー・バーチのような類まれな道案内人をみつけられました。あとは安心して、その道案内人に従っていけばよいのではないでしょうか。間違いなく無事に下山できますし、やがて光に照らされた大道を安らかな気持ちで歩くことになるでしょう。この信頼できる道案内人がいるのといないのとでは大きな違いです。通常は、道案内人と称する人々から不当な金銭を要求されるようなこともありますし、未熟な道案内で、下山できずに迷い続けることもあります。ただ、いろいろと迷い続けることにもそれなりの意味はあるのかもしれません。迷い続けているうちに、真実の「道案内」とはどういうものか、少しずつでもわかってくるからです。

 繰り返しになりますが、悲しみの果てに何があるかもわからず悩み続けるのと、いまは悲しくとも、学びを深めて霊的真理が理解できれば、やがては穏やかなこころの平安に至ることを知っているのとでは、大きな違いです。私がよく「知らないことは恐ろしい」というのも、私自身が霊的真理のようなものは何も知らず、近寄ろうともしなかったために、何年も苦しみから抜け出せなかったからです。だから、大切なことは、正しい道案内人を見つけて、安心して従うことでしょう。それまでは、いろいろと、道案内人の素質や言っていることが本当に正しいのかどうか、疑ってかかることがあってもかまわないかもしれません。疑っても疑っても、十分に批判に耐え、光り輝いてくるのが真理です。

 シルバー・バーチも、どんな高位霊のことばであっても、「理性が納得しなければ拒絶せよ」と言っています。そして、これはもうご承知のことと思いますが、シルバー・バーチは、愛する家族が亡くなったのを「悲しむのは間違っている」、とも言いました。私は、1月1日の随想にも書きましたが、妻と子を亡くして何年も経ったころ、優れた霊能者のA師から、「喜んでください」と言われたこともあります。狭いこの世的な視野で捉えれば、このような言葉は極めて非情に響きますが、しかし、永遠の生命の尺度で捉え直せば、このような言葉にも、真実の重みと救いがあります。あなたが、希望に満ちたこれからの生活を送っていくためにも、このようなことばを理解され、生と死の真理を、さらに奥深く学び続けていかれることを心からお祈りしています。




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   野に咲く花のような笑顔を偲びつつ      (2017.01.10)


 冒頭、このHPにたどり着いていなければ、もっと迷い、もっと苦しんだと思います。ですので、これからも、暗闇を歩く人たちへ、一条の光でお導き下さい。

 非常にご多忙の中、そして、過去のメールにて交信されていることをつぶさに読めば答えが得られるであろうと思い、ずっとメールをお送りするのを躊躇っていましたが、この先に機会が閉じられてしまう可能性もあると思い、往信メールをお送りさせて頂きます。日本列島の「へそ」にあたる湖国に住むM.Kと申します。昨年、7月にうつ病だった妻を46歳(私は55歳)で亡くし、苦しみの中、ここへ辿り着きました。

 妻は十数年前より免疫系の難病を患い、年中微熱が出るような状況で家にいるようになり、そのことでパニック障害やうつ病などを併発しました。妻の家庭は両親の関係に冷えたものがあり、そんな子供時代があったからか、常々「人は幸せになるために生まれてきたんやで」と言い、人一倍、幸せになることを望んでいました。そのような妻ですが、自分の幸せよりも常に周囲に気を配り、自分のことは後回しにするような性格で、誰からも好かれ、野に咲く花のような笑顔は誰からも愛され、僕にとっても何物にも代えがたい存在でした。

 妻の母とは双子のような親子で、実家の近さもあり、常に連絡を取ったり、行き来したりしながら、結婚後も互いに励ましあいながら生きていたのですが、性格や体質も非常に似ていて、同時期にうつ病に罹患され、同じ病院通っていました。6月に僕が仕事へ出た後に一人で家にいるのが不安だということで、実家へ戻り、両親と生活を送っていたのですが、7月の実家のお母さんがうつで自死され、そのお葬式を出した翌々日、ほんの少し目を離した間に、同じ行為に及び、後を追うように逝ってしまいました。

 お母さんのショックも冷めやらぬうちの出来事だけに、気が狂わんばかりの数日と後を追うかと考えたりする日々を過ごした後、武本先生と同じような体験、生きる屍のような数日を過ごした後、あまりの苦しさを脱する模索として、哲学や仏教・神道・キリスト教・スピリチュアル関連・心理学等の本を乱読し、そのどれもに決定的な救いがない中で、「魂は永遠に生き続ける」という自身が最も得たいキーワードで探し歩き、シルバーバーチの霊訓を経て、先生の講演集・HPにたどり着きました。

 シルバーバーチの言葉にあるように、「魂というものはその奥底まで揺すぶられ、しかも物的なものでは一縷の望みさえ繋げない状況下」をまさしく経験し、誰にすがっても、どこへ行って何をしても苦しさの渦が深くなるばかりでしたが、その中で、生きていたころの妻がよく言っていた「人間は死んだら終わりやないねんで」「この世は魂の修行やからどんなに苦しくても行きなあかんねんで」という言葉を思い出し、 いま、なんとか霊について、魂について先生のHPなどから必死に学んでいる所です。

 「信じる」よりも確信的な「知る」という、無知から既知へと自らを推し進めて行きたいと願っているのですが、心の未熟さもあって、独居(子供がいない夫婦でしたので)、悲しみや生きることの虚しさに心が占められていて、「より良く生きる」ということ、自らが神性を発揮して、魂を高めていくということがなかなか実行できず、この先20年ほどの人生をどう前向きに生きていけるのか、魂の永遠性も含めて確信が持てずにいます。

 愛する妻に一日も早く会いたい。いや、先生の言葉を借りれば、「自分で自分の愛する家族を取り戻す」ということの真理に本当に目覚めることをせねばならないのですが、やはり毎日僕の目に触れていた妻の姿が家のどこにも、庭先にも、一緒に出かけたどの場所にもいないという現実の悲しみから抜け出せずに苦しんでいます。せめて、共に過ごした楽しかった思い出や、霊的にも素晴らしい人だった妻と今世で共に暮らしたという喜び、そして、愛し合っていたのであれば(いま、彼女がどう思ってくれているかも不安です)また必ず再会できるという確かな期待を持てれば、この先の人生を一人きりでも頑張って生きられるのにと思う所です。

 ミーディアムのような人たちを介して会話できれば、確信が得られるのでしょうが、実際的には「魂の喜び」が得られるような他利の生き方、小我から大我の生き方を実践していくことが本来の生き方なのでしょう。ただ、そこへ没頭できるだけの、愛する妻との繋がり、今も愛が繋がっているという確信だけが、今の僕の望みですが、どうすればよいのか、ご教授賜れば幸いです。




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   新年のご挨拶にお礼申し上げます  (2017.01.02)


 昨日の元旦には、このホームページを読んでくださっている方々から、いろいろな新年のメールをいただきました。海外を含めて、国内各地からお送りくださったメールに対して、衷心よりお礼を申し上げます。

 私は、新年のご挨拶のなかで、「このホームページで果たす役割は、ほぼ終えつつあるのではないかと思ったりもしています」と書きましたが、これに対しても、いろいろとお心遣いのおことばを頂戴して恐縮しております。有難うございます。

 メールをお送りいただいた方々に、重ねて厚くお礼申し上げます。




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   明けまして おめでとうございます   (2017.01.01)


 このホームページも今年の3月で、開設14年目を迎えようとしています。開設の頃を振り返ってみますと、「死後の生」とか「生まれ変わり」なども、その当時は、いまよりは珍しく、新鮮に受け止められていたような気がします。このH.P.宛のメールも、ほとんど毎日のように届けられて、お返事を差し上げるのにも忙しい思いをしていました。

 13年が過ぎた現在は、霊的真理に関する本も書店に沢山並ぶようになり、霊能者たちがテレビ番組にも当たり前のように登場するようになって、霊とか霊界の存在も、かなり「普通に」感じられるようになってきたのではないでしょうか。「普通に」感じるのと霊的真理を受け入れる「魂の準備が整う」のとの間には、距離はありますが、「死後の生」や「生まれ変わり」についての情報が以前よりは広く行き渡っているのはいいことだと思われます。

 一方、この地球上の環境問題や、世界の政治情勢、人々の貧富の格差増大などは、改善されるどころか、むしろ悪化の一途を辿っているように思えてなりません。私たちが、本来は霊的存在であることを想起して、モノから心への転換を図らねばならないのではないかという思いで、新春はじめの「随想」に「私たちはなぜ生まれてきたか」を書きました。お読みいただければ幸いです。

 いつの間にか、このホームページも、皆様からのアプローチが約67万5千回になって新年を迎えました。ホームページとしては特に多い方ではありませんが、私にとっては、決して少ない数字ではありません。そして、少ない数字なりに、私は自分のこのホームページで果たす役割は、ほぼ終えつつあるのではないかと思ったりもしています。この機会に、改めて、このホームページに付き合ってきて下さった国内外の読者の皆様に厚くお礼を申し上げます。

 新しい年のはじめにあたり、どうか今年も佳い年でありますように、皆様のご健勝とご多幸をこころからお祈り申しあげます。







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