(日付の新しいものから順にならべてあります)








    ちょっと一息いれてアメリカのジョークを〔51〕      (2017.08.04)


 パーカー夫人が新しく雇ったメイドに向かって:
  「マギー、これらの陶器の皿を落とさないように気を付けてね」

 マギー: 「どうぞご心配なく、奥様。これくらいの軽い皿なら、もしも落とすようなことがあっても、
        私の足を傷つけることはありませんから」


          ==========

 Mrs Parker, to the new maid:
    "Be careful not to drop those china dises, Maggie."

 Maggie: "Don't you worry, ma'am.
        If they did fall they're too light to hurt my feet!"



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   生と死の真実を知ることの大切さ     (2017.07.29)


 Y. K. 様

 メールを拝見して、改めて生と死の真実を知ることの大切さを実感しています。私自身も、長い間、霊的真理については無知のままに過ごしてきて、そのために耐え難い苦しみと絶望を経験してきました。いまでは、家族に死なれてなぜあれほどまでに苦しんだのだろうと、冷静に振り返ることもできますが、やはり、生きている家族をも死んだことにしてしまうのは、無知の恐ろしさであるというほかはありません。

 私は、『天国からの手紙』のなかで、「救われたい一心で、迷信にすがるのは論外である。新興宗教に凝って、幻想の中で生きるのは惨めである。豪華に着飾って権威を印象づけようとする『教主』や『救世主』たちの、あやしげな法力に縋るつもりも、さらさら、ない」などとも書きましたが、それも、シルバー・バーチによって生と死を学ぶことができたお陰です。仏教に「無上甚深微妙の法は百千満劫にもあい遇うこと難し」といういい方がありますが、私にとっては、シルバー・バーチの教えこそが「無上甚深微妙の法」でした。

 あなたが、お父上を亡くされて、「不思議と寂しさを感じないでいられる」と書いておられるのを拝見して、私も気持ちが安らぎます。『シルバー・バーチの霊訓』は、現代の奇跡ともいえる貴重な文献ですが、その気にさえなれば誰でも簡単に手に入れることができます。しかし、そのことにまったく気が付かない人もいますし、気が付いても、近寄ろうともしない人も大勢います。真実を受け入れる魂の準備ができていない人が多いからこそ、「百千満劫にもあい遇うこと難し」となるのかもしれません。お互いに、これからもシルバー・バーチの教えについて学びを深めていきたいものと思います。




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   シルバーバーチの教えに救われる      (2017.07.29)


 武本先生、初めてお便りさせて頂きます。私事ですが先日、父親を亡くしました。三人家族でずっと今まで暮らしてきておりましたが、ある理由から、そのうちの一人でも、もし死んだりしたなら、うちはどうなってしまうのかと、思い煩いながら今まで暮らして、云わば恐れて生きてきました。

 そんな日々の中、仕事で知りあった、老人ホームのご婦人からいただいた、先生の著書、『天国からの手紙』を読ませていただき、それをきっかけに、シルバーバーチを知ることになり、どれほど救われたかわかりません。それ以来、周りに同じように悩む人、理不尽に家族を失った人がいれば、少しでも役にたてるよう、武本先生の貴重なご経験とシルバーバーチの教えを伝えております。

 愛する家族が亡くなった時、それこそパニックを起こすのではないかと思っておりましたが、不思議と寂しさを感じないでいられるのは、本当の意味で人は死んでいないという、シルバーバーチの教えとそれを伝えていただいた武本先生のお陰と感謝しております。本当に有り難うございました。

  Y. K.


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   霊界の愛する家族と共に安らぐ   (2017.07.10)


 I. T 様

 メールを繰り返し読ませていただきました。あなたの妹さんに対する強い愛情と、そのかけがえのない妹さんを突然に失った深い悲しみの気持ちが伝わってきて、胸を打たれています。ただ、あなたのお気持ちをお察し申し上げるだけで、お慰めすることばもありません。しばらくは、時が過ぎていくのを待つほかはないのではないかと思ったりもしています。

 私のことで申し上げますと、かつての私は、この「時が癒してくれる」といういい方を激しく嫌っていました。亡くなった者がもう帰ってこない以上、絶望しかなく、誰からの、どんな慰めのことばも耳に入りませんでした。藁にも縋る思いで、意味もわからないままに「阿弥陀経」などを読み始め、そこで述べられている極楽浄土の存在にかすかな希望をつないだりしていましたが、そのような無明の状態が何年も続いてしまいました。私の『天国からの手紙』にも書いた通りです。

 今ではわかりますが、悲嘆の底に沈んでいる私を見ていた「亡くなった者」たちは、私以上に悲しんでいたと思います。夢にも現れたりして私に少しでも真実の世界についてわからせようとしていました。私が当時のS教団や、G教団などへ通うようになったのもそのためです。そして最後には、アンターナーとの邂逅になりました。すべて霊界から導かれていたのだと思います。生きている者をも死んだことにしてしまう壮大な勘違いや、死後の世界について何も知らなかった「無知」の恐ろしさを身に染みて感じさせられるようになったのは、それ以来です。

 「もしアン・ターナーに出逢っていなかったとしても、知識を重ね、あの世を確信出来たと思われますか」というお尋ねですが、私はそう思います。アンターナーと逢う前から私はシルバー・バーチの重大性に気づき、その教えの一部を和訳したりしていました。『霊訓』の和訳者の近藤千雄さんと文通を始めたりしていました。私は霊界だとか死後の世界などというものは大学教授として関わるべきものではないという世間の偏見に浸っていましたから、ずいぶん回り道をして時間がかかってしまいましたが、今では、霊的真理を学び確信するためには、シルバー・バーチの霊訓だけで十分だと思っています。身近な具体例としては、『新樹の通信』を付け加えてもいいでしょう。だから、私は、このHPでも、シルバー・バーチの霊訓の紹介に力を注ぎ、『新樹の通信』の現代文訳も載せてきました。

 愛する肉親を失って、悲しみのあまり、迷信に陥ったり、怪しげな霊感商法に縋ったりするのは惨めです。しかし、霊的真理を知らず、知ろうともせず、いつまでも悲しみ続けるのは、もっと惨めだと思います。無知のために自分が苦しむばかりでなく、霊界の愛する家族たちをも苦しめることになるからです。そういうことも私はシルバー・バーチから教えられました。シルバー・バーチは、「語りかける霊がいかなる高級霊であっても、いかに偉大な霊であっても、その語る内容に反撥を感じ理性が納得しない時は、かまわず拒絶なさるがよろしい」と言っています。人間には自由意志が与えられていますから、シルバー・バーチの教えを受け入れるのも、拒絶するのも一人ひとりの自由ということになるでしょう。私も、シルバー・バーチの教えを伝えることは、私に与えられた義務だと思っていますが、あとはその教えを受け取る人の問題です。自分の生死や愛する家族のいのちの真実を知ることは何物にも代えがたい貴重な知的財産になることを、一人でも多くの方々に知っていただきたいと願うばかりです。




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  苦しみのなかから何とか光を見つけるために    (2017.07.09)


 武本昌三先生

 HPの更新、いつもとてもとても楽しみにしています。時間を見つけては、先生の以前の記事を読ませて頂いております。

 2ヶ月前、最愛の妹を突然亡くしました。前日には、楽しくおしゃべりして、お茶を飲んで笑って過ごしたのに…。私は49歳、妹47歳。もちろんもういい大人ですが、それでも妹は、私にとっていつまでも小さい頃のかわいいイメージのまま。それでいて、私をすっかり追い越して成長している部分や感性に驚く事、助けて貰う事もあったり、とても大切な妹であり、親友であり、いろんな事を一緒に乗り越えてきた同士でもありました。

 大好きで、かわいくてたまらなかった妹。いつも明るくて周囲の人を思いやり、妹がいると場がパッと華やかに楽しい雰囲気になりました。そんな妹が…。あまりにも突然過ぎて、まだ受け入れる事ができずにいます。妹は、体の悪い母と2人暮らしでした。子どもに先立たれる程辛い事はないと言うので…母の気持ちを思うと心が激しく痛みます。私自身も辛くて辛くて、悪夢の中にいる様な毎日、ただひたすら眠りたい。その時だけは苦しみからひととき逃れられ、妹に会える時もあります…。

 救いを求めて、あの世に関する色んな本を読みました。先生の『天国からの手紙』を拝読し、あんなに苦しい思いをされた先生の言葉だからこそ心に沁み入り、あの世を信じる事が出来ました。他にも色んな本を読み、やはりあの世をあるのかもしれない、きっとあると思える様になりました。信じようとはしていますが、確信したいです。霊能の先生にも会いに行こうと思っていますが、却って不信感が出てしまうのではと言う怖さもあります。それに、あまりに急な事だったので、自分の死を認められず、いつも母の事を気遣い母の事ばかり考えていた為、心がこちらに残っているのではないか…それも心配でなりません。アン・ターナーの様な方に巡り会えれば、良いのですが、とても稀な気がしてしまいます。

 知識を深めようと、書籍をインターネットで検索していても、あの世を否定する人のあまりの多さに心が打ちのめされる思いです。実際周囲にも否定派が多く、私があの世の事を口にしたり、本を読んでいる事を知ると、怪訝な顔で見られてしまいます。母の為にも、自身も悲しみの中にありながら私と母を支え様としてくれる夫の為にも、自分を取り戻さなければいけない。大切な妹の為にも、妹の死を不幸な事、マイナスの事で終わらせたくありません。

 先生は、もしアン・ターナーに出逢っていなかったとしても、知識を重ね、あの世を確信出来たと思われますか? この苦しみが、魂を磨く為の物なら、何とか光を見つけたいと思っています。

 I. T



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    ちょっと一息いれてアメリカのジョークを〔50〕      (2017.07.07)


       ドーラ: 「あなたのお兄さん、どこにいるの?」
       コーラ: 「入院しているわ。ガールフレンドが彼を投げ飛ばしたのよ。」

       ドーラ: 「そんなことぐらいで入院しなければならなかったの。」
       コーラ: 「そうよ、でもガールフレンドが兄を投げ飛ばしたのは崖の上からだったの。」



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      Dora: "Where is your brother?"
    Cora: "He's in the hospital ―― his girl threw him over."

    Dora: "That shouldn't have made him go to a hospital."
    Cora: "Yes, but this girl threw him over a cliff."



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   死の真実を知ることによる心の安らぎ        (2017.06.30)


 Y. F. 様

 メールを拝見しました。お母さんが急逝された際も、あまり取り乱したりもせず、淡々とあちらの世界に送ることができましたと書かれているのを読んで、私も安らかな気持ちになりました。お母さんも、霊界からそのようなあなたの姿をご覧になっていて、こころから安心されていたと思います。私の知人で優れた霊能者であるTさんは、お母さんを亡くされた後の葬儀の時にも、お母さんと普通に「話して」いて、まわりの人たちが涙を流していても、特に悲しむようなことはなかったと言っていました。そのことも、いま思い出しています。

 やはり、死の真実を知るというのは大切ですね。シルバー・バーチや、身近なところでは『新樹の通信』などにより、死後の生や、霊界での生活がこれほど明らかにされているのに、それでも、それを理解できている人は決して多いとはいえませんが、そのなかであなたのような存在は私たちに希望をあたえてくれます。あなたが言われるように、こちらの世界では、こちらでしか体験できないような「教材」がいろいろとあります。苦しみや悲しみが多く、五濁悪世ともいわれたりしますが、それだけに学ばなければならないことも多いということでしょうか。

 H.P の「身辺雑記」(93〜96)にも書いてありますように、私は昭和30年4月から1年間、新潟県立栃尾高校の教員を務めたことがありました。都会育ちの私には、栃尾の田園風景のなかで生徒たちと過ごした一年間は、いまも忘れられないなつかしい思い出です。生徒たちはみな純朴で、私の厳しい授業にもよくついてきてくれました。はじめの数か月は、生徒寮に住んで、日夜、生徒たちと生活を共にしながら、週末などには、よく城山(栃尾城跡)を登ったりしたことも、昨日のことのように思い出します。あなたのメールで、いま改めて、最初の職場でひたむきに生きていたあの頃のことを胸に蘇らせています。こころ温まるメールをどうも有難うございました。




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  母が急逝した際もあまり取り乱したりはせず     (2017.06.29)


 武本昌三 様

 こんばんは。武本さんの著書を、だいぶ前(多分7年以上前だったかと思います)に読ませていただき、その後、このサイトに出会い、時々拝見しておりました者です。今日は、1年以上の時間を経ての再訪となります。こちらのサイト内で、武本さんがお若い頃、新潟県の栃尾高校にお勤めされていたことがあると書かれていて、私の実家が栃尾であることから、とても驚き、その際に、ぜひ、お便りしたいと思ったのですが、アカウントの取得方法がよくわからず、断念しておりました。

 武本さんが栃尾高校に勤務されていたのは、昭和30年代頃だったのでしょうか? 私はまだ、生まれておりませんでしたが、父も母も、叔父も叔母も、家族や親せきの多くが同校の出身で、もしかしたら、叔父は同じ頃に在校していたかもしれません。栃尾は現在、長岡市となり、栃尾と長岡の間は便利な道やトンネルができて、通勤通学が割と楽にできる状況になったため、多くの学生が長岡市内の高校に進学するようになりました。そのため、現在、総合学科が3クラスのみ、一学年120名ほどの小さな高校になりました。

 また、以前は繊維産業が盛んな地域で、街のあちこちから「はたの音」が聞こえておりましたが、今では大きな企業もなくなり、全国の中山間地域同様に、人口が年々減っております。そんな中でも、自然だけは今も豊かです。ようやく雪が解けた今の季節は一年で一番良い頃で、栃尾の住民も、この季節が一番好きだと言う人が多いです。野には柔らかく瑞々しい緑が日に日に溢れてきて、遠くにはまだ雪を被った「守門山」が見え、町の中央を流れる2本の川、「西谷川」「刈谷田川」が、雪解けの水で水量を増しながら流れる様子は、昔とほとんど、変っていないと思います。

 私はあるきっかけから、スピリチュアルな世界に興味を持ち、色んな方に出会い、お話を聞いたり、一緒にスピリチャルなテーマで旅をしたり、本を読んだりしながら、今では目に見えない世界があることを、当たり前に思って生活しています。3年半ほど前に母が急逝した際も、突然の出来事だったにも関わらず、あまり取り乱したりもせず、淡々とあちらの世界に送ることができましたし、亡くなっても、返って来て、こちらが思う時はいつもそばにいて、相談相手になってくれたり、時には指示を出してくれたりしているような気がしております。

 私もこの先、どのくらい、こちらの世界で過ごすのかわかりませんが、肉体を持ったこちらの世界でしか体験できないことも沢山あるようですので、やりたいことは、やれるうちにチャレンジしたいと思っています。今は、長年、いつかきちんとやりたいと、積み残してきた「英語の勉強」を再開しておりまして退職したら、少しの間でも、英語圏で生活してみたいと思っています。

 まとまりのない文章となってしまいましたが、ご縁あって、本を読ませていただき、サイトを拝見していた武本さんが、栃尾で生活されていたということに驚き、とても身近に感じられたことから、お便りしてみたいと思っていたことが、今日、ようやく実現したということでございます。また、時々、サイトを拝見したいと思っております。お体に気を付けて、これからもお元気でご活躍されますよう、お祈り申し上げます。

 Y. F.



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   レベルの高い課題に取り組んでいく魂      (2017.06.26)


 R. I 様

 メールを拝見しました。あなたはラムサも読まれているようで、それに、「生まれてくる前に事前に自分自身で計画を立てて、それを体験すべくこの世界にやって来た」ことも、よく理解しておられます。また、「自分たちは神そのもので、全てはひとつであり、この世は舞台劇なのだから、ひとつひとつの出来事を受け止めつつ、それでもなお自身の喜びに忠実に生きていける日が来るはずだと信じて、わたし自身の生を生きて行きたいと思います」とも書いておられますから、それに対して私のような者が付け加えることは何もないでしょう。生まれては死に、死んでは生まれる。このような輪廻転生を繰り返しているがゆえに、人間の一生も、今生だけでは判断できないことも、あなたはよくご存じのように思われます。

 そのようなあなたに対して、まともな返事が出来そうもありませんが、つぎのような仮定の話を考えてみました。人生は学校のようなものだとよくいわれます。学校にはいろいろとレベルの差があって、学ぶ科目も、小学校レベルから大学院レベルまで難易度が上がっていきます。高校や大学で成績優秀であった者は、さらに大学院へ進んで、より難しい課題に取り組むことを選ぶかもしれません。仮に、そのような大学院の学生の一人が、なぜ自分だけがこんな難しい問題を与えられているのだと思っているとしたら、それをどのように受け止めていけばいいのでしょうか。殆ど遊んでいても楽に課題を仕上げることができるような、レベルの低い中学や高校の段階をうらやましいと思うでしょうか。

 大学のレベルでも十分学んできて大学院へ自ら志望して進学したはずなのに、大学院の課程が難しすぎると考えて「ネガティブな思考」に陥るようなことがあれば、大学院へ進むことを決意した初心を思い出してみる必要がありそうです。しかし、人によっては、その初心をなかなか思い出せないこともあるかもしれません。その場合でも、一つはっきり明らかなことは、客観的にみても、その人は、高校、大学のレベルを超えた優秀な素質を持っているということです。生まれてくる時には、自ら親や生活環境を選ぶということについては、ワイス博士も退行催眠で実証していますが、博士は、「魂は時には、特別に厳しい人生を選びますが、これは自らの霊的な成長を促進するためか、または同じように困難な人生を生きている他の人々を助け、導き、元気づけるための行動です。困難な人生は罰ではなく、むしろチャンスなのです」(『魂の療法』p.86)と言っています。このような真実のことばも、一緒に考えていくことができれば、と思っています。




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  なぜこんな人生の計画を自分で立てたのか   (2017.06.25)


 初めまして。今回ラムサのことを調べていてこちらのHPに辿り着いたのですが、以前にも何度かお邪魔したことがありました。と言うのも、実家が機能不全な家庭だったために、子供の頃から自殺願望があったり、でも怖くて死ねずに仏教に関する本を読んでみたり、精神世界の本の中に何か答えがないものかと探し続けておりましたので。

 武本様の場合は、愛するご家族を亡くされたと言うことですが、わたしには正直に申し上げて家族に愛されたこともないし、家族を愛したこともありません。飼っていた猫は愛していましたが。ですので、こちらにメールをお送りするのは何か場違いのような気がしたのですが、どのような形の苦しみであれ、生まれてくる前に事前に自分自身で計画を立てて、それを体験すべくこの世界にやって来たのだという点では共通しているのかなと思い、こうしてお便りを送らせていただいた次第です。

 多くのスピリチュアルリーダーや臨死体験をした方などが、我々が本当は神の一つの表現であって神そのものであり、この現実は幻想に過ぎない、というようなことを言っています。ですが頭では理解しても、すぐにこの世界のドラマに引き戻されてしまいます。実家で全人格を否定されて育ったため、ともするとネガティブになりがちで、自分なんかいなくなればいい、自分の居場所などない、という思考の癖から抜け出すのが殆ど不可能に思えるほどです。

 こんな人生の計画を自分で立てたのかと、しばしば呆れるのですが、そうしたところでどうやら人生は続いて行くようです。何故母があんなにもわたしを忌み嫌ったのか、一体どんな因果で親子となったのかを知りたいです。母は既にもうあちらの世界にいるので、わたしもアン・ターナーさんのような方にお会いできれば、母に何か手掛かりを教えて貰えないものかと思うのですが…

 ところで、わたしは以前YouTubeで見掛けた、こちらのリッチさんという方のお話にすごく共感しています。https://www.youtube.com/watch?v=_W-PLmMwl2o&sns=em 自分たちは神そのもので、全てはひとつであり、この世は舞台劇なのだから、ひとつひとつの出来事を受け止めつつ、それでもなお自身の喜びに忠実に生きていける日が来るはずだと信じて、わたし自身の生を生きて行きたいと思います。

 纏まらない文章で申し訳ありません。こういった内容のお話を身近で出来る友人も知人もおらず、時折こころが押し潰されそうになっていて、ご迷惑かとは思いつつご連絡差し上げました。ありがとうございます。

 R. I.




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  ちょっと一息いれてアメリカのジョークを〔49〕  (2017.05.26)


 サンディ: 「安い洋服かけを一つ欲しいんだけど。」
 店員: 「これが安くて3セントです。」

 サンディ: 「3セントもするの。もっともっと安いものはないかな。」
 店員: 「あちらの二つ目の通路の左側にくぎ売り場がありますが。」



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 Sandy: "I want a cheap coat hanger."
 Salesperson: "Here's one for three pence."

 Sandy: "Three pence !  I want something much cheaper."
 Salesperson: "The nail department is down two aisles to the left."







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   スピリチュアリズムから学ぶべきこと     (2017.05.17)


 O. M 様

 あなたが言われているように、子どもにとって両親の影響が大きいというのは事実だと思います。良かれ悪しかれ子供は両親から大きな影響を受けます。しかし、ダメな家に生まれると「進みたい方向に進めず、人生の途中で鬱になって、一時的に破滅する」というのは、必ずしも、そうとは言えないのではないでしょうか。そうならない人が昔も今もたくさん居るからです。それから、「ずっと惨めな状況が続いて、それで自殺したり、投げやりな人生を歩むことになっても個人のせいなのでしょうか」という疑問に対しては、やはり、「個人のせい」というように考えなければならないと思います。

 ものを考える場合、狭い視野では見えないことでも、広い視野では見えてくることがあります。短い時間で捉えたものが、長い時間の中では、全く違って見えることもあります。さらに、「スピリチャリズム」も、もし正しく理解していなければ、重大な勘違いは解消せず、悩みや苦しみから脱却する道には繋がらないかもしれません。

 私たちは、この世で、日本という国の中で、数十年だけを生きているのではないでしょう。この地球上で、何千、何万年もの間、生と死をくり返してきました。そのなかでは、王侯貴族、奴隷、将軍、兵士、富豪、貧民、賢者、愚者、善人、悪人等々、ありとあらゆる種類の身分や職業や、生き方をそれぞれに経験してきているはずです。「自分の歴史の理解の中にあるすべてのものに、あなたはなった経験がある」とラムサも言っています。それらの経験の中では、幸せの絶頂であったこともあり、不幸のどん底に陥ったこともあったでしょう。殺人や自殺も、一再ならず経験しているかもしれません。ですから、そのうちのどこかの一瞬だけを捉えて、その人の幸・不幸や、運・不運を決めてしまうことはできないのではないでしょうか。

 これは、「随想」No.111「私たちはなぜこの世に生まれてきたか」にも書いていますが、私たちは輪廻転生を繰り返しながら、霊性の向上を目指して永遠の旅を続けています。霊性の向上のためには、自ら厳しい過酷な環境を選んで生まれてくることもあるのです。シルバー・バーチも言っているように、何も知らずに誕生してくるのではありません。ただ、「実際に肉体に宿ってしまうと、その肉体の鈍重さのために誕生前の自覚が魂の奥に潜んだまま、通常意識に上がって来ないだけの話」なのです。「惨めな人生が待っている可能性の高い両親の元に、何故、神は子供を授けるのでしょうか」というような疑問が起こる余地ははじめからないといってよいでしょう。

 私たちはみんな、親を選んで生まれてきます。人格円満で豊かな両親を何度も選んできた人は、今度は、人格劣悪で貧乏な両親を選んで生まれてくるかもしれません。逆に、今まで人格劣悪な貧乏な両親を選んできた人は、来世では、人格円満で豊かな両親を選んで生まれてくることもあるでしょう。自分の霊性向上のためにどちらがいいかを考えて、生まれるときには、その都度、自分で選ぶのです。メーテルリンクの『青い鳥』に出てくるチルチル・ミチルの話にもあるように、魂の発展のためには、病気や早死にを選んで生まれてくることもあります。自ら、身体障碍者となることを選んで生まれてくることもあります。そういう生命の真実を知ることが何よりも大切ではないでしょうか。

 ここでひとつ付け加えておきたいのは、この世で「人格円満で豊かな人」も、あるいは「人格劣悪で貧しい人」も、短い視野での刹那的な捉え方であるかもしれません。この世だけをみれば、社会的地位・身分の上下や貧富の格差など不公平や、不平等だらけですが、永遠の視野の中では、そのような地位・身分の上下も、不平等も、不公平もありません。ただ、永遠の霊的向上の歩みの中で、いくらか歩みの速い人と遅い人との差があるだけでしょう。私たちはみんな、親も子も、兄弟も、宇宙の摂理のなかで、神に見守られながら、霊的巡礼の旅を続けている旅仲間と言ってよいと思います。もともとはみんな「他人」ですが、霊的に見れば、一般の他人も含めて「人はみな兄弟」ということになります。スピリチュアリズムから、そういう霊的真理も学んでいただければ、と思います。




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  苦労で霊的成長が得られるとは思えない     (2017,05,16)


 初めまして、O.M と言います。突然の質問で申し訳ありません。お答えいただけると幸いです。スピリチャリズムでは、個人の因果応報と霊的成長を説いてますが、疑問に思う点がありますので、質問したいのです。

 人間として生まれてくると、両親の影響は大きいです。例えば、両親の人格が優れていて家庭円満の家に生まれてくる人と、両親の人格劣悪で、貧乏な家に生まれてくる人とでは、大差があると思います。幾ら個人が努力しても、ダメな家に生まれると進みたい方向に進めず、人生の途中で鬱になって、一時的に破滅する気がします。

 そこからリカバリー出来れば、その不幸も意味のあった苦労だと言えると思いますが、そのまま立ち直れず、ずっと惨めな状況が続くとするならば、どんなに元気で明るかった人でも、暗くて自信のない投げやりな人間になる気がします。それで自殺したり、投げやりな人生を歩むことになっても個人のせいなのでしょうか?

 親がダメで子供が貧乏したり愛情が受けれないという因果は、親がした因果を子供が摘み取っている気がします。そうして子供のする因果は、さらにその子供や世間の人たちが受けている気がします。要は、上から下に因果が流れている気がします。勿論、ダメな因果だけでなく、良い因果もです。本当に、個人で因果は完成しているのでしょうか?

 あと、そんな悪い両親に、なぜ神は良い方向に向くよう指導を与えてくれないのでしょうか? 小さい頃、両親のせいで惨めな思いを沢山し、そのせいで、普通以下の生活しか出来ない人間になって、挙句、その両親の老後の世話をするとしたら、あまり理不尽な気がします。良き家に生まれて、明るく楽しく生きれている人との差はどこに原因があるのでしょうか?

 普通以下の生活と言うのも、お金やモノだけでなく、下の方の仕事しか出来ない人間になると、日々付き合う人間や仕事の内容も、理不尽な物が多いのです。お金が少ししか貰えない仕事だから楽だとは限らず、また、非常識で嫌な人間との接触も増えるのです。そういう生活から小さい頃から抜け出せず、自殺したり、投げやりになる事は、本当に個人のせいなでしょうか?

 苦労をすると、霊的成長が得られるとスピリチャリズムでは言いますが、そうは思えないのです。苦労の後に、普通の生活、幸せが待ってないと、ダメになると思います。普通の生活が出来るようになって初めて、あの時色々しんどい事があったけどと、過去の苦しみを教訓として明るく生きられると思いますが、惨めな事が何十年と続くと、ついにダメな生活と人格に染まり、抜け出せなくなると思います。惨めな生活だけの人生になんの意味があるのかわかりません。

 そういう惨めな人生が待っている可能性の高い両親の元に、何故、何もかもご存じである筈の神は、子供を授けるのでしょうか?最低水準を満たしている親にだけ、子供を授ければ、徐々に世の中、良くなると思うのですが? 長々と書きましたが、この疑問に答えてくださるのならば、嬉しく思います。よろしくお願いします。



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  安らかに生きていくための真理の言葉       (2017.05.07)


 N. K. 様

 メールを拝見しました。「行きつ戻りつの心の揺れ」と書いておられるのを読み返しながら、私にもかつてそういうことがあったことを思い出しております。

 私は今月の随想No.113「不老不死の願望と永遠の生命」のなかでもいくつか引用していますが、シルバー・バーチの、「死は霊の第二の誕生です・・・・。あなたは死のうにも死ねないのです。生命に死はないのです」などのことばは、極めて重大で、私たちにとっては金銭に変えられない貴重な教えです。しかし、いくら重大で貴重な教えであっても、それを素直に受け取れるようになるには、やはり、これもシルバー・バーチがいう「霊的真理を受け入れる魂の準備」が必要なのでしょう。私たちは、「行きつ戻りつの心の揺れ」を経験しながら、「魂の準備」を整えていることになるのかもしれません。

 いろいろと多くの本を読み漁ったり、考え続けたりしてきても、結局は、シルバー・バーチの数行のことばに帰っていく。それでいいのではないでしょうか。その数行のことばを持っていることが大切で、私たちはそれによって、安らかな生き方ができるのだろうと思います。



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  シルバー・バーチの言葉を頼りに生きる       (2017.05.07)

 初めまして。

 毎日とは申しませんが、度々拝読させていただいております。この世の真実を、人生の後半になってから思い知らされ「シルバー・バーチ」の翻訳された多数の本の中に自分への戒めと教訓を見つけ、たった5行の言葉を頼りに生きております。

 何度自分に言い聞かせても、行きつ戻りつの心の揺れをこちらのホームペイジで癒し、バランスを保っていられることは私にとって感謝の一言でございます。武本様の深く悲しい経験があればこその、この場所ですね。時代に合ったメッセージが届けられるとはまさにこういう事だと思います。

 お身体をご自愛下さいませ。これからも訪れて、この場でやすらぎたいと思います。

 N. K.



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  ちょっと一息いれてアメリカのジョークを〔48〕  (2017.05.03)


 農夫:  「おい君、その木の上で何をしているんだ?」

 男の子: 「おじさんの木からりんごが一つ落ちたので、
        もとの所へ戻そうとしているんだよ!」


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 Farmer: "What are you doing up in that tree, young fellow?"

 Boy: "One of your apples fell down, and I'm trying to put it back!"





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  ちょっと一息いれてアメリカのジョークを〔47〕  (2017.03.31)

 
 判事:「あんたは自分を信頼してくれている人をどうして騙せるんだ?」

 囚人:「だって、判事さん。自分を信頼してくれていない人なら騙しようがないじゃありませんか」


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 Judge: "How could you swindle people who trusted you?"

 Prisoner: "But Judge, people who don't trust you can't be swindled!"





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   H.P.のカウンターのエラーについて    (2017.03.05)


 一昨日と昨日、このホームページのカウンターのエラー表示が出たりして、見苦しい画面になりました。ご覧いただいていた方々には、お詫び申し上げます。

 2003年3月に、私の講演を熱心に支えてくれていた佐々木薫さんにホームページの開設を勧められ、佐々木さんがこのようにデザインしてくれたのですが、彼女はそれ以来いろいろと技術的な面倒をみてくれていました。

 佐々木さんは、優しさと思いやりの気持ちの深い人で、まわりの多くの人々に好かれていましたが、昨年7月7日にガンで亡くなられました。実は、その佐々木さんがこのカウンター表示の費用を自分のカードで自動引き落としにしていたことを私は知りませんでした。カウンターのエラーサインが出た原因を調べているうちに、そのことがわかったのです。

 たいへん有難いことで、今度もこのような形で、彼女のあたたかさに触れています。カウンターは二日分休んで、また動くようになりました。佐々木さんのご厚意に応えるためにも、もう少し、このホームページを続けていくように心がけたいと思っています。



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  ちょっと一息いれてアメリカのジョークを〔46〕  (2017.03.01)


 若者のフィリップは、農業大学を出て帰ってきたばかりだった。
 彼は近くで働いている農夫に、自分の知識をひけらかすように言った。
 “あんたの栽培のやり方は古すぎるよ。あんな木からは10ポンド分のリンゴも取れないと思うよ。”

 農夫のプットニイーは答えた。
 “それはそうだろうよ。あそこにある木は、梨の木なんだから。”


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 Young Philip had just come back from an agricultural college.
 He was showing off to the neighboring farmer.
“Your farming methods are so old-fashioned,” he said.
“Why, I bet you don’t get ten pounds of apples from that tree.”


 “I daresay you’re right,” said Farmer Putney.
 “That there's a pear tree.”





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   希望に満ちた生活を送るために     (2017.01.11)


 M. K. 様

 メールを拝見して、私にどのような返信ができるだろうかと、しばらく考えていました。私が妻と子を亡くした半年後の状況を思い出してみますと、悲嘆の底に沈みながら、私は人に会うのも避けて、ひとり固い殻に閉じこもっていました。妻の友人であった霊能者のAさんから、「あと二、三年は苦しまれるでしょうね」と言われたことは覚えていますが、私の場合は、「二、三年」ではすまなかったように思います。二、三年であろうが四、五年であろうが、失われた命が返ってこない来ない以上、絶望しかないわけで、生きていくのもつくづくいやになっていました。「時が癒してくれる」などのような言葉には、嫌悪感しか感じませんでした。

 そのような33年前の私の姿は、いまのあなたと大きな違いがあります。あなたは、仏教や神道はともかく、すでにシルバー・バーチを学んでおられます。あなたが知りたいこと、――最愛の奥様のこと、将来の奥様との再会への展望、死後の世界のことなど、十分にシルバー・バーチから教えてもらうことができます。私の場合は、死後の世界のことなど何もわからず、何年にもわたって数十人の霊能者といわれるような人々に会っても、まだ納得できず、結局、7年も経ったあと、ロンドンの大英心霊協会でアン・ターナーの協力やシルバー・バーチの著作を読むことによって初めて心の底から納得し、生き返ることができました。長い間、深い山中に迷い込んで、下山する道を見いだせず、一人で悩み続けていたようなものです。

 あなたの場合は、いわば、ご自分でシルバー・バーチのような類まれな道案内人をみつけられました。あとは安心して、その道案内人に従っていけばよいのではないでしょうか。間違いなく無事に下山できますし、やがて光に照らされた大道を安らかな気持ちで歩くことになるでしょう。この信頼できる道案内人がいるのといないのとでは大きな違いです。通常は、道案内人と称する人々から不当な金銭を要求されるようなこともありますし、未熟な道案内で、下山できずに迷い続けることもあります。ただ、いろいろと迷い続けることにもそれなりの意味はあるのかもしれません。迷い続けているうちに、真実の「道案内」とはどういうものか、少しずつでもわかってくるからです。

 繰り返しになりますが、悲しみの果てに何があるかもわからず悩み続けるのと、いまは悲しくとも、学びを深めて霊的真理が理解できれば、やがては穏やかなこころの平安に至ることを知っているのとでは、大きな違いです。私がよく「知らないことは恐ろしい」というのも、私自身が霊的真理のようなものは何も知らず、近寄ろうともしなかったために、何年も苦しみから抜け出せなかったからです。だから、大切なことは、正しい道案内人を見つけて、安心して従うことでしょう。それまでは、いろいろと、道案内人の素質や言っていることが本当に正しいのかどうか、疑ってかかることがあってもかまわないかもしれません。疑っても疑っても、十分に批判に耐え、光り輝いてくるのが真理です。

 シルバー・バーチも、どんな高位霊のことばであっても、「理性が納得しなければ拒絶せよ」と言っています。そして、これはもうご承知のことと思いますが、シルバー・バーチは、愛する家族が亡くなったのを「悲しむのは間違っている」、とも言いました。私は、1月1日の随想にも書きましたが、妻と子を亡くして何年も経ったころ、優れた霊能者のA師から、「喜んでください」と言われたこともあります。狭いこの世的な視野で捉えれば、このような言葉は極めて非情に響きますが、しかし、永遠の生命の尺度で捉え直せば、このような言葉にも、真実の重みと救いがあります。あなたが、希望に満ちたこれからの生活を送っていくためにも、このようなことばを理解され、生と死の真理を、さらに奥深く学び続けていかれることを心からお祈りしています。




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   野に咲く花のような笑顔を偲びつつ      (2017.01.10)


 冒頭、このHPにたどり着いていなければ、もっと迷い、もっと苦しんだと思います。ですので、これからも、暗闇を歩く人たちへ、一条の光でお導き下さい。

 非常にご多忙の中、そして、過去のメールにて交信されていることをつぶさに読めば答えが得られるであろうと思い、ずっとメールをお送りするのを躊躇っていましたが、この先に機会が閉じられてしまう可能性もあると思い、往信メールをお送りさせて頂きます。日本列島の「へそ」にあたる湖国に住むM.Kと申します。昨年、7月にうつ病だった妻を46歳(私は55歳)で亡くし、苦しみの中、ここへ辿り着きました。

 妻は十数年前より免疫系の難病を患い、年中微熱が出るような状況で家にいるようになり、そのことでパニック障害やうつ病などを併発しました。妻の家庭は両親の関係に冷えたものがあり、そんな子供時代があったからか、常々「人は幸せになるために生まれてきたんやで」と言い、人一倍、幸せになることを望んでいました。そのような妻ですが、自分の幸せよりも常に周囲に気を配り、自分のことは後回しにするような性格で、誰からも好かれ、野に咲く花のような笑顔は誰からも愛され、僕にとっても何物にも代えがたい存在でした。

 妻の母とは双子のような親子で、実家の近さもあり、常に連絡を取ったり、行き来したりしながら、結婚後も互いに励ましあいながら生きていたのですが、性格や体質も非常に似ていて、同時期にうつ病に罹患され、同じ病院通っていました。6月に僕が仕事へ出た後に一人で家にいるのが不安だということで、実家へ戻り、両親と生活を送っていたのですが、7月の実家のお母さんがうつで自死され、そのお葬式を出した翌々日、ほんの少し目を離した間に、同じ行為に及び、後を追うように逝ってしまいました。

 お母さんのショックも冷めやらぬうちの出来事だけに、気が狂わんばかりの数日と後を追うかと考えたりする日々を過ごした後、武本先生と同じような体験、生きる屍のような数日を過ごした後、あまりの苦しさを脱する模索として、哲学や仏教・神道・キリスト教・スピリチュアル関連・心理学等の本を乱読し、そのどれもに決定的な救いがない中で、「魂は永遠に生き続ける」という自身が最も得たいキーワードで探し歩き、シルバーバーチの霊訓を経て、先生の講演集・HPにたどり着きました。

 シルバーバーチの言葉にあるように、「魂というものはその奥底まで揺すぶられ、しかも物的なものでは一縷の望みさえ繋げない状況下」をまさしく経験し、誰にすがっても、どこへ行って何をしても苦しさの渦が深くなるばかりでしたが、その中で、生きていたころの妻がよく言っていた「人間は死んだら終わりやないねんで」「この世は魂の修行やからどんなに苦しくても行きなあかんねんで」という言葉を思い出し、 いま、なんとか霊について、魂について先生のHPなどから必死に学んでいる所です。

 「信じる」よりも確信的な「知る」という、無知から既知へと自らを推し進めて行きたいと願っているのですが、心の未熟さもあって、独居(子供がいない夫婦でしたので)、悲しみや生きることの虚しさに心が占められていて、「より良く生きる」ということ、自らが神性を発揮して、魂を高めていくということがなかなか実行できず、この先20年ほどの人生をどう前向きに生きていけるのか、魂の永遠性も含めて確信が持てずにいます。

 愛する妻に一日も早く会いたい。いや、先生の言葉を借りれば、「自分で自分の愛する家族を取り戻す」ということの真理に本当に目覚めることをせねばならないのですが、やはり毎日僕の目に触れていた妻の姿が家のどこにも、庭先にも、一緒に出かけたどの場所にもいないという現実の悲しみから抜け出せずに苦しんでいます。せめて、共に過ごした楽しかった思い出や、霊的にも素晴らしい人だった妻と今世で共に暮らしたという喜び、そして、愛し合っていたのであれば(いま、彼女がどう思ってくれているかも不安です)また必ず再会できるという確かな期待を持てれば、この先の人生を一人きりでも頑張って生きられるのにと思う所です。

 ミーディアムのような人たちを介して会話できれば、確信が得られるのでしょうが、実際的には「魂の喜び」が得られるような他利の生き方、小我から大我の生き方を実践していくことが本来の生き方なのでしょう。ただ、そこへ没頭できるだけの、愛する妻との繋がり、今も愛が繋がっているという確信だけが、今の僕の望みですが、どうすればよいのか、ご教授賜れば幸いです。




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   新年のご挨拶にお礼申し上げます  (2017.01.02)


 昨日の元旦には、このホームページを読んでくださっている方々から、いろいろな新年のメールをいただきました。海外を含めて、国内各地からお送りくださったメールに対して、衷心よりお礼を申し上げます。

 私は、新年のご挨拶のなかで、「このホームページで果たす役割は、ほぼ終えつつあるのではないかと思ったりもしています」と書きましたが、これに対しても、いろいろとお心遣いのおことばを頂戴して恐縮しております。有難うございます。

 メールをお送りいただいた方々に、重ねて厚くお礼申し上げます。




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   明けまして おめでとうございます   (2017.01.01)


 このホームページも今年の3月で、開設14年目を迎えようとしています。開設の頃を振り返ってみますと、「死後の生」とか「生まれ変わり」なども、その当時は、いまよりは珍しく、新鮮に受け止められていたような気がします。このH.P.宛のメールも、ほとんど毎日のように届けられて、お返事を差し上げるのにも忙しい思いをしていました。

 13年が過ぎた現在は、霊的真理に関する本も書店に沢山並ぶようになり、霊能者たちがテレビ番組にも当たり前のように登場するようになって、霊とか霊界の存在も、かなり「普通に」感じられるようになってきたのではないでしょうか。「普通に」感じるのと霊的真理を受け入れる「魂の準備が整う」のとの間には、距離はありますが、「死後の生」や「生まれ変わり」についての情報が以前よりは広く行き渡っているのはいいことだと思われます。

 一方、この地球上の環境問題や、世界の政治情勢、人々の貧富の格差増大などは、改善されるどころか、むしろ悪化の一途を辿っているように思えてなりません。私たちが、本来は霊的存在であることを想起して、モノから心への転換を図らねばならないのではないかという思いで、新春はじめの「随想」に「私たちはなぜ生まれてきたか」を書きました。お読みいただければ幸いです。

 いつの間にか、このホームページも、皆様からのアプローチが約67万5千回になって新年を迎えました。ホームページとしては特に多い方ではありませんが、私にとっては、決して少ない数字ではありません。そして、少ない数字なりに、私は自分のこのホームページで果たす役割は、ほぼ終えつつあるのではないかと思ったりもしています。この機会に、改めて、このホームページに付き合ってきて下さった国内外の読者の皆様に厚くお礼を申し上げます。

 新しい年のはじめにあたり、どうか今年も佳い年でありますように、皆様のご健勝とご多幸をこころからお祈り申しあげます。







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