(日付の新しいものから順にならべてあります)








  生命の実相に迫るための視野と尺度を   (2019.05.23)


 M. K. 様

 メールを拝見しました。このメールであなたは、「夫が病気になり、しかも最初から余命宣告されるほどの状態になっていたのは、夫の生き方にどこか大きな間違いがあったということになります」と書いておられますが、それは違うのではないでしょうか。そうではなくて、あなたと同じように、私も、あなたのご夫君の生き方に間違いがあったとは全く考えません。ご夫君との別離のお悲しみはお察し申し上げますが、それでも、あえて申し上げれば、ご夫君はこの世の 61年間を精一杯に生きて、幸せな人生を全うされたのだと思います。

 愛する家族との死別に際しては、誰もが知っておかねばならない大切な「真実」があります。まず、愛する家族は霊界で元気に生き続けているということです。私たちは何度も生まれ変わりを繰り返しながら、修行を積んでいきますが、今生は、そのうちの一こまであるに過ぎません。ある人生では、私の長男のように21歳で他界したり、また別の人生では、壮年の働き盛りでこの世を去ったり、或いは、100年の長寿を生き永らえたこともあったかもしれません。みんなそれぞれに意味があってそのように生きてきたのです。何百回、何千回も生まれ変わってきた中で、そのなかの一こまだけを取り上げて、それがいのちのすべてであると考えてはならないのでしょう。

 そして、そのそれぞれのいのちの一こまの「長さ」が決められるのは、絶対に不公平のない宇宙の摂理の中で「神の管理」の下に置かれていることも知っておく必要があります。たまたま、いま載せている「菩薩界から来た人」(「参考資料28」)のなかでも中川昌蔵氏が述べているように、「本当の死は、三次元の肉体で決まるのではなく、四次元で決まる」といわれています。「生き方や思い方を変えることで奇跡的な治癒に至ったという例」も、もちろんないわけではありませんが、これらも、決して「神の管理」から離れた例外ではないのだと思います。さらに、それよりももっと大切なことは、その一こまである今生をどのように生きてきたか、ということだと思いますが、あなたのご夫君は、多くの人々から慕われ、頼りにされていて、「家族の誇り」でもあった立派な生涯を送られました。

 シルバー・バーチは、こういうことを言っていますね。「死ぬということは生命を失うことではなく、別の生命を得ることなのです。肉体の束縛から解放されて、痛みも不自由も制約もない自由な身となって地上での善行の報いを受け、叶えられなかった望みが叶えられる、より豊かな世界へ赴いた人のことを悲しむのは間違いです」。(『霊訓 (12)』p. 217) 今では、あなたのご夫君こそ、「善行の報いを受け」、元気溌溂として、地上で「叶えられなかった望みを叶えて」おられるのではないでしょうか。それを「悲しむのは間違いです」とシルバー・バーチは諭しています。さらにまた、「霊界へ旅立った愛する家族にとっての唯一の辛さは、地上に残した人々が自分のことで嘆き悲しんでいることです」とも言っています。(『霊訓(4)』p.44) どうか、これらのことばを真摯に受け止めてください。

 おそらく、この世の刹那的な尺度と狭い視野では生命の実相を捉えることはできないのでしょう。私たちはみんな本来が霊的な存在です。そして霊界が私たちの本来の棲み家です。霊的存在としての永遠の尺度と宇宙の視野を持つことで、一般に考えられているような生と死は全く違って見えることになります。悲しみを乗り越えて心穏やかに生きていくためにも、世間の世俗的な「常識」に惑わされることなく、これからも希望を持って、シルバー・バーチの教えについての学びを深めていっていただきたいと思います。




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  一所懸命に手を尽くしても報いられることなく   (2019.05.23)

 武本先生

 はじめてメールをいたします。私は昨年8月に夫(61歳)を亡くしました。病気が発覚してからわずか二ヶ月半後のあっという間の別れでした。結婚以来35年間、明るく前向きでものごとの良い面だけを見る性格の夫に全面的に助けられて生きてきました。子どもは三人おり、よい父親であったと思います。職業は教師でしたが、教え子や同僚の先生方からも慕われ頼りにされていたことが、亡くなった後に訪れてくださる方々のお話からも伺えました。身内のことではありますが、立派な人間であったと、家族皆で誇りに思っています。

 夫は100歳まで生きたい、やりたいことがたくさんあると、常々明るく話し、夢を語っていました。定年一年前に退職し、夫の言葉を借りれば「ある日突然、天から下りてきた」導きにしたがって、小さな店を開きました。開店して一年後に健康診断で異常を指摘され、いわば志半ばで去って行きました。夫が亡くなってから、私は夫がどうしてこういう形で死ななければならなかったのか、その理由と意味を知りたいと、夢中でさまざまな本やサイトを探し回るようになりました。そして、幸運にも先生のホームページにたどりつくことができました。シルバーバーチの「霊訓集」をはじめ、先生のサイトで知った方々の本などもかなり読みました。

 今はまだ心穏やかとはいきません。まだ頭で納得している段階であると思います。自分にはいわゆる霊感はありませんので、体感できればもっと違ってくるのかと思います。先生が素晴らしいミディアムに出逢われたことを羨ましく感じます。それでも、いつか自分にも、夫があちらの世界で元気に生きていることがはっきり分かる日が来ると希望を持っています。ほんとうはたくさんのサインを送ってくれているのに、鈍感な私が気づかないだけかもしれません。

 いま、一つ、大きな疑問があります。病気というのは、その人の生き方に無理が生じていることを知らせるサインだ、という話をいろいろなところで読みました。生き方や思い方を変えることで、奇跡的な治癒に至ったという例も読みました。とすれば、夫が病気になり、しかも最初から余命宣告されるほどの状態になっていたのは、夫の生き方にどこか大きな間違いがあったということになります。けれども、上に書いたように、私は夫の生き方に間違いがあったとは思えないのです。明るく朗らかでストレス解消も上手でした。見事な生き方であったと思っています。

 夫は主治医からきびしい見通しを示されたときも取り乱すことなく、良くなるために瞑想的なこともやろうとしていましたし、食生活も全面的に見直していました。家族もできうる限り、考え得る限りの手を尽くしたと思っています。しかし、病状は一度も好転することなく、最後は急激に悪化してあっけなく亡くなってしまいました。シルバーバーチの教えでしたでしょうか、寿命ならばどんなことをしても治らないし、寿命でなければどんなに悪い状態でも治る、なおかつ人は生まれる前に自分で寿命を決めてくるといわれます。

 あれほど手を尽くしてもまったく効果がなく一気に死に向かっていったのは、それが夫が自ら定めた寿命だったのだと私は考えています。いえ、そう考えたいのです。でなければ、治せなかったのは夫が生き方を直さなかったからだという解釈が成り立つことになります。そして、それを考えるとき、とても心が痛み、苦しくなります。なので、今の私は、がんなどを乗り越えた人の体験談は読みたくありません。それならどうして夫は治らなかったのか、なにが間違っていたのかとどうしても考えざるを得なくなるからです。そこでいつも自分のなかでの堂々巡りになります。先生はこの点についてどのようにお考えになりますか。

 私の文章そのものも堂々巡りになっていますね。長々と書き連ねてしまい申しわけありません。読んでくださるだけで満足です。最後に――。私が先生のホームページにたどりついたとき、ホームページを閉じるというお知らせが最初に目に入って焦りました。先生のサイトの存在が私の支えになっています。どうかこのままご無理のない範囲で続けてくださいますようにお願い申しあげます。

 M. K.



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    悲しみの果てに共感する希望の光     (2019.04.24)


 T. H. 様

 誕生日祝いのおことばを有難うございます。また、このホームページをご覧いただいていることを、こころから感謝申し上げます。

 ご主人を突然の病で亡くされて、さぞ辛い思いをされていたことであろうとお察し申し上げます。「死後の生」についての理解があっても、私たちにとって、愛する家族との死別はこの上ない悲しみであることには変わりはありません。あの空海でさえ、姉の子であり最初の弟子であった智泉が亡くなった時には、「悟りを開けば この世の悲しみはすべて迷いの生み出す幻にすぎないことはわかっています。それでも あなたとの別れには涙を流さずにはいられません」と言って、「悲しい哉 悲しい哉」と嘆き悲しみました。

 人間は生まれた以上、必ず死にますから、私たちはすべて、愛する家族との「死別の悲しみ」からは免れることができません。ただ、それをどう受け止めていくのかが問われることになります。死んだら終わりで無に帰してしまうのであれば、悲歎と怖れがあるだけで救いはありませんが、実は「死後の生」があって、私たちはみんな輪廻転生を繰り返しながら、長い霊界で生き続けていくことがわかれば、考え方も180度変わって希望の光が差し込んでくるようになります。この差は大きいですね。私自身が、その生と死の真実を知らずに、何年も苦しんできましたから、無知の恐ろしさを一人でも多くの方に知っていただきたいという強い思いが、いつもあります。

 私のH.P. は、先日の「寸感・短信」に書きましたように、「頑迷な無知の状態から、厳しい試練を経て霊界の真理へ目覚めていった歩みの記録」でもあります。このように私のすべてを曝け出して訴えていることに、あなたのような方からもお応えいただいていることがたいへん有難く、私も慰められています。私からも、重ねて厚くお礼申し上げます。




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   このホームページから慰めと勇気を       (2019.04.23)


 武本先生、お誕生日おめでとうございます。

 いつもH.Pを拝見させていただいております。私は 2015年に脳脳幹部出血で主人を突然失った時、昼夜ネットをさまよい苦しい日々を重ねておりました。その当時、先生のH.Pに出会ってどんなに慰められたかわかりません。

 その後もスピリチュアルの本を読みあさり、当時よりは幾らかこの世の独りにも慣れましたが、それでも不意に寂しさに覆われる時には、先生のページを開いております。ただただ感謝の気持ちをお伝えしたくてメールさせていただきました。

 H.P.では先生の人生についても記してくださり、たくさんの勇気をいただきました。本当にありがとうございました。

 T. H.


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  あなたのためにお祈り申し上げております  (2019.03.31)


 E. S. 様

 昨日のあなたからのメールにすぐ返信を差し上げたのですが、どういうわけか「配信不能」のサインが出てしまいました。今日また念のために送信してみましたが、やはり「配信不能」で、あなたには届いていないのではないかと思われます。やむをえず、お名前をイニシャルにして、この欄で返信させていただきます。

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 メールを拝見しました。重いご病気と闘いながら、挫けずに霊的真理の普及に努めたいというあなたのお気持ちに感動させられています。

 『叡智の言葉』と『霊訓原文』のPDF化と音声化、および「読書会」のHPから無償で閲覧・ダウンロードを可能とすることについては、差し支えありません。ご承知のように、「霊界文庫」でも一部、同様のご協力をいただいております。シルバー・バーチの教えが 1人でも多くの方々に届くように、私も微力を尽くしてきましたが、あなたにも仲間に加わっていただければ何よりです。

 むかしの私が、あなたのようなご病気のことを聞けば、悲しく、気が動転するだけで、それでも何もできずに、ただ、月並みなお見舞いのことばを繰り返していたかもしれません。しかしいまの私は、あなたがシルバー・バーチを読まれ、シルバー・バーチの近くに居られることで救いを感じています。

 お辛い時には、どうかシルバー・バーチの教えを何度でも読み返して下さい。そして、シルバー・バーチに祈ってください。それが、あなたが持っておられる本来の力強い自己免疫力を高めてくれるはずです。私もこころからあなたのためにお祈り申し上げております。



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   H.P.の公開継続で訴えていきたいこと       (2019.03.25)


 N. M 様

 メールを有り難く拝見しました。昨年10月21日のメールでは、あなたはお母様を亡くされたあと、今度はご自分が人々をケアする立場になり、「多くの方が信仰に関係なく天国での再会に希望を託されている事に驚かされます」と書いておられました。やはり、人々の大きな関心事は、死んだらどうなるのか、あの世で愛する家族に再開することはできるのか、というような死後の世界のことだと思いますが、その答えを見いだせずに、悲しんだり、苦しんだりしている人々が昔も今も数多く、跡を絶つことがありません。

 私は、それに対して、それを乗り越えることができる「たったひとつの方法」は、おそらく、霊的真理を理解すること以外にはないのではないか、と書いてきました。「人は死なない、死ぬことができない」「愛する家族とも会えないことは決してない」。そのことが本当にわかれば、そして心の底から納得できれば、死の恐怖も死別の悲しみも消えていくはずです。ですから、霊的真理を少しでも多くの方々と一緒に学んでいきたいという思いで、このホームページを更新し続けてきました。

 2017年12月には、ホームページの開設以来15年になるのを区切りに、「引退」を表明したのでしたが、その後も、いろいろと継続の要請や激励のお言葉をいただいたりして、結局、途中、「無断で停止させていただくこともあるかもしれない」ことのご了承をお願いしたうえで、公開そのものは継続することになりました。何よりも生と死の真実を知ることが大切で、私は自分で身に染みて体験してきた「知らない」ことの恐ろしさをこれからも訴えていきたいと思いますが、ただ、この「知る」ということはあまり簡単ではないのかもしれません。「真に価値のあるものは、苦しみや悲しみを味わうことなしには手に入れることができないのです」というシルバー・バーチの言葉を、私は近頃よく思い出したりしています。




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  また桜の花を美しいと思えるようになって     (2019.03.24)


 武本先生

 花の便りが聞かれる季節になりましたが、いかがお過ごしでしょうか。いつもHPの更新ありがとうございます。また、お礼が遅くなりました。この度はHPの継続をして頂けると知り大変喜んでいます。感謝致します。日本だけでなく海外にお住いの方々からもお喜びの連絡があったと聞き納得致しました。

 多分、連絡されていないだけで感謝されている方が大勢いらっしゃると思います。他の皆さんも同じだと思いますが、このHPが閉じずにあるだけで安心なんです。私にとってここは辛い時期に良く覗きに来ていた拠り所でした。どうか先生も無理されないで更新して下さい。

 桜の花がきれいな時期になりました。当時は全てがモノクロに見えていたのに、また桜を美しいと思える日が来るとは思いませんでした。もっと元気になってこちらのHPや武本先生をはじめ沢山の支えて下さった方々に恩返し出来る様に日々精進して行きたいと思います。本当にこの度はありがとうございました。季節の変わり目ですので、先生もどうぞご自愛下さい。

 N. M 



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   スピリチュアリズムの私設図書館開設 (紹介)    (2019.03.01)


 このホームページを読んでくださっている N さんが、ご自身のホームページ「霊界文庫」を開設されました。N さんは、スピリチュアリズムに出会った2年ほど前から、社会貢献活動の一環としてスピリチュアリズムの普及に努められるようになった方です。「シルバーバーチ読書会」にも参加されて、知り合いの方々も増え、毎日、充実した楽しい生活を過ごしておられるようです。

 この「霊界文庫」は、世界三大霊訓を代表とする正統派スピリチュアリズム図書を専門に取り扱うバーチャルの私設図書館です。電子書籍の無償ダウンロードや、図書の無料貸出サービスを利用することもできます。N さんは、また、スピリチュアリズムを知る一歩手前の人達を対象に、ヤフオクやYouTubeを利用した普及活動もされているとのことです。

 「霊界文庫」の一部として、私のホームページの「霊訓原文」も、その和訳部分を、バーチャルで視聴することができます。以下をクリックして、そのひと味違った趣をご堪能下さい。近いうちに、「霊界通信集」(A)の『新樹の通信』も視聴できるようになる予定です。
 

「霊界文庫」
http://reikaibunko.com/

「霊訓原文」和訳
https://youtu.be/WLCwKY6XwWc


 なお、この「霊界文庫」と「霊訓原文」和訳は、私のホームページの「リンク集」にも、加えておきます。いつでも自由にご視聴ください。




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  このHPを支えて下さっている方々にお礼を  (2019.02.23)


 2月20日に、このホームページの公開継続についてお知らせしましたが、その後、各地の読者の方々から、お心のこもったメールをいただきました。このホームページの公開継続でご助言をいただいてきた愛知の O教授からは、「大きな朗報です」というメールが届けられ、福岡のMさんは、「有難くて涙がでました」と書いてくださって、恐縮しました。「とてもうれしい変更です」と言ってくださったTさんからのメールなどのほか、オタワに在住してカナダ政府の翻訳局にお勤めの T さんからも、心温まるメールをいただき、このTさんが、大学時代に私の長男・潔典とバドミントン同好会で一緒であったという思いがけない「サプライズ」もありました。

 拙いホームページですが、このように支えて下さっている方々がおられる間は、私も公開継続に「可能な限り」努めていかねばならないと思っています。このホームページの公開継続にあたっていろいろとお労りやお励ましのご温情をお寄せくださいました方々に、ここに改めてこころからのお礼を申し上げます。有難うございました。




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  この H.P.の公開継続について (お知らせ)   (2019.02.20)


 昨年2月1日に、このホームページの終了をあと一年延期して、2019年の3月末まで公開を継続することをお伝えいたしました。その後もいろいろな方から、この件で、ご意見、ご要望、ご提案などをいただいてきました。特に、ホームページについて詳しい電子技術者のTさんからは、長文のお手紙で、対処の仕方などをご教示いただきました。皆様から寄せられたご温情に対して、こころから厚くお礼申し上げます。

 ささやかなホームページですが、2019年3月末で終了の予定を変更して、公開は可能な限り続けていきたいと思っています。シルバー・バーチの教えを中心に、いろいろと書いてきたことが、読者の方々に少しでもお役に立つことがあれば幸いです。ただ、今年4月以降は、更新は毎週1回程度にし、ホームページそのものの公開も、途中、無断で停止させていただくこともあるかもしれないことを、どうぞご了承ください。






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  「死後の生」の真実を体験できる幸せ     (2019.02.11)


 Y. R 様

 昨年の8月に最愛のお母様が急に亡くなられて、どんなにか悲しく辛いことであったろうとご心中お察し申し上げます。しかし、悲しみの中で、リーディングを受けられて、お母様が霊界でお元気で生きておられることを知ることができ、本当によかったですね。メールを拝見しながら、私も救われたような気がしました。あなたが「死後の生」の真実を知り、驚き、感動されたのも、優れた霊能者のお陰ですが、しかし何よりも、あなたの純真なこころが、このような「奇跡」を生み出したと私は思っています。それからまた、常にあなたの背後からあなたを見守り、導いてきた指導霊と守護霊のお陰であることも、心に留めておかねばならないと思います。

 30〜40年ほど前から、日本でもいわゆる「精神世界」の本が少しずつ出回るようになって、シルバー・バーチの教えなども多くの人たちに知られるようになりました。『シルバー・バーチの霊訓』翻訳者の近藤千雄さんはもう亡くなられましたが、1992年に新潮社選書として『コナン・ドイルの心霊学』が出版された時、彼はたいへん喜んで、「こんな本も新潮社から出版してもらえるようになりました」とサイン入りで献呈本を送ってくれたことがあります。2011年には、東大医学部教授であった矢作直樹さんが『人は死なない』を出版して大きな反響を呼び起こしましたこともありました。しかし、世間の学者や知識人といわれるような人たちの反応は一般に相変わらず冷淡で、評論家の立花隆氏なども、東大教授ともあろうものが、こんな本を書くのは「開いた口が塞がらない」などといって酷評していたのを思い出します。

 人間が霊的存在であることを知り、「死後の生」を理解するというのは、科学を超えた領域ですから、科学万能の世界に生きてきた人々にとっては、あるまじきことで、かつては私自身も大学教授の一人として、永遠の生命とか生まれ変わりなどには強い拒否反応を示してきました。やはりこの霊的真理の前に立ちはだかる厚い壁を乗り越えるには、厳しい魂の試練が必要なのでしょう。そして、シルバー・バーチも言っているように、その試練を通じて、真理を受け容れる魂の準備が出来た人だけが「死後の生」の真実を掴みとることができるのだと思います。私は無知頑迷であったために、「魂の準備」ができるのが遅れました。このHPにも何度か書いてきましたが、私が妻と長男の「生」に確信を持てたのは、27年前の今日、1992年2月11日に、大英心霊協会で、優れた霊能者のアン・ターナーに逢った時以来です。

 私は、霊界で愛する家族が元気に生きていることを知ってあげることが、何よりの家族への供養になると思っていますが、あなたは、悲しみの日々の後、早々とお母様のお元気な姿に接することができました。あなたが言われているように、あなたのお母様は、今もあなたたちのことを見守りながら、自分が元気に生きていることを知ってくれたあなたのことを誇りに思い、感謝してくださっていることでしょう。あなたの感動は、お母様の感動でもあったに違いありません。そしてあなたの喜びは、お母様の喜びです。どうかこれからも、あなたが明るく幸せに生きていくことで、お母様をも明るく幸せにしてあげてください。


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  愛する母は霊界で元気に生きている    (2019.02.10)


 突然のメールで申し訳ありません。昨年から武本様のブログを拝見し、救われた者です。ご自身の辛い経験、想像さえ出来ないほどの思いをされた事と思います。だからこそこんなにも胸を打つブログになり、それに出会えた事が私には奇跡であります。

 昨年8月に最愛の母を病気で亡くしました。母が73才、私は42才です。私は母子家庭で育ったのですが、母が亡くなるまで寂しさや孤独などを一切感じることなく生きてきました。それが当たり前のように・・・・ しかし、母の癌が見付かり1ヶ月と20日という短い時間で逝ってしまってから、当たり前だと思っていた日々が、とんでもない奇跡と幸せだったのだと思い知らされました。母は私の生きる糧でした。亡くなるまで離れた事のない私達母娘は、他界という経験により離別してしまったのだと泣かない日はありませんでした。

 私は結婚しているのですが、母子家庭の私の事を理解し、母との同居を許してくれた主人にも、主人の両親にも感謝しております。母は元気な頃から病院で死ぬのは嫌だと、家に居たいと希望しており、最期まで姉と自宅で看護出来ました。それでも、辛く苦しい日々に笑えない日も、冷たくあたる日もあり、毎日母に謝りたいと願うばかりでした。しかし武本様のこのブログにより、少しずつ母を探すという考えてもみなかった行動に出られるようになり、リーディングにも出会いました。そして確実に母だと思える存在に出会うことが出来ました。母と会えたのです。母は今も私達を思い、そして元気で確実に生きている。武本様が仰る通りでした。本当に驚き、感動しました。最初は怪訝に思っていた姉も、今は一緒に会いに行くまでになりました。

 支離滅裂ですみません。何度も書いては落ち着いてと自分に言い聞かせてきました。2019年3月でブログを終えられるとのことで、どうしてもお礼を申し上げたくメールさせて頂きました。武本様が、最愛のお二人と再会出来る日を想像するだけで涙が出そうです。生意気ですみません。私も精一杯、主人と愛犬たちを愛し、何時の日か、胸を張って母に会いに行こうと思います。武本様、どうぞお身体ご自愛ください。本当に本当にありがとうございました。

 Y. R.




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   明けまして おめでとうございます   (2019.01.01)


 私も何とか無事に越年し、新しい年を迎えることができました。改めて新年のご挨拶を申し上げます。

 このホームページも昨年暮れまでに、アクセス数が 82万1千回に達しました。生と死を考えるという重いテーマを中心に私なりの努力を重ねてきましたが、このささやかな試みを、日本各地や海外から支えて下さっている多くの方々に、衷心より厚くお礼を申し上げます。

 どうか今年が皆様にとって佳い年でありますように。皆様のご健勝とご多幸をこころからお祈り申しあげます。








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   お子さんからも褒められるあなたに    (2018.10.27)


 K. S. 様

 昨年3月27日の那須雪崩事故で、春山登山の講習会に参加していた生徒7人と引率教員1人が死亡したというのは、大きな衝撃と悲しみのニュースでした。あなたのお子さんも、その雪崩に巻き込まれていたことをお伺いして、お慰めすることばもありません。遅ればせながら、こころからお子さんのご冥福をお祈り申し上げます。

 事故の後、あなたが「胸が張り裂ける様な日々」を過ごされたことは、私にはよくわかります。私の場合も、悲しみのあまり、しばらく声が出なくなったことがありました。あなたは、それでも、やがてリーディングを受けられ、お子さんの存在を確かに感じ取ることができたことは、お子さんのお導きであったかもしれません。

 私のHPの「霊界からのメッセージ」をお読みいただいているそうですが、あの程度の通信を受け取るようになるまでには、私には、数年間の暗中模索のような日々がありました。霊能者が200人もいるという教団に何か月も通ったりしましたが、霊界からの納得できる情報は得られませんでした。私にはまだ、霊的真理を受け容れる魂の準備が出来ていなかったからでしょう。それに、悲歎に暮れている間はこころが閉ざされていて、霊的に感応することを難しくしていたこともあったかもしれません。

 このHPの「霊界通信集」(A)に、『新樹の通信』の現代文訳を載せてあります。著者の浅野和三郎先生は、日本における心霊研究の先駆者でしたし、多慶子夫人は優れた霊能者でした。若くして亡くなられた新樹氏との通信は、この世での親子の通信と変わらないほどに詳細で具体的ですが、条件さえ整えば、霊界との通信がここまで可能であるということを示す第一級の資料であると思います。愛する家族を亡くされて悲しみに沈んでおられる方々には、救いと希望のメッセージになることを願いながら、浅野先生のご遺族のご了承を得て現代文に訳しました。「霊界通信集」(B)でも、さまざまな通信例を80件載せたありますが、私自身は、霊界通信については、『新樹の通信』を繰り返し読めば十分ではないかと思ったりしています。

 あなたもすでに理解され始めていますように、お子さんは、いまも元気溌溂とした姿のまま、すぐ近くからあなたを見守ってくれています。私たちはみな、この世の一瞬を生きていますが、この世は仮の世界で、やがては実の世界である霊界へ還っていきます。輪廻転生を繰り返しながら、またこの世に戻ってくることもあるでしょう。そのような生と死の真実を知ることができれば、悲しみは癒されます(それだけが唯一の悲嘆を乗り越えられる道であるといってもいいかもしれません)。あなたも書いておられるように、これからもさらに霊的真理を学び続けて、今度お子さんと再会される時には、お子さんからも、「お母さん、よく頑張ったね」と褒められるあなたであってください。ご研鑽とご健勝をこころからお祈りしています。




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  「霊界からのメッセージ」を何度も読み返しつつ    (2018.10.27)


 こんにちわ。私は去年の3月27日、那須雪崩事故にて最愛の息子を亡くしました。事故の一報を受けた後も、必ず息子は生還してくると信じていました。が、祈り叶わずでした。現実を受け入れる事ができず、何故あんなに良い子達があの若さで命を落とさなければならなかったのか。悲しみと切なさ、悔しさで胸が張り裂ける様な日々を過ごしていました。

 そんなある日に知人の紹介にて、息子のリーディングを受けました。ミィディアムの方の話の向こう側に確かに息子を感じる事が出来、やはり魂は永遠なのだと少しだけほっとしました。帰りぎわにミィディアムの方に武本先生と「ともしび」のお話を伺いホームページへと辿り着く事が出来ました。

 何度も何度も、「霊界からのメッセージ」を読み返しています。ちゃんと息子の魂は存在し側にいて見守ってくれているんだ。私が亡くなりあちらの世界に行った時、また会うこと、話すこと、思いっきり抱き締めることも出来るんだ。そしたら、再会した時息子に頑張ったね!って褒めてもらえる様一生懸命生きなきゃ!そう思える様になりました。

 武本先生ありがとうございます。これからもずっとこのホームぺージは私の人生のバイブルです。先生どうぞお身体を大切に。これからもよろしくお願いいたします。

 K. S.



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   このHPを読んでくださっている方々にお礼を    (2018.10.22)


 N. M 様

 メールを拝見しました。友人の方が、亡くなられる前にこのホームページや飯田さんの本に親しんでおられたことをお伺して、少し救われたような気がしています。霊界へ移る時に、霊的知識をもっていれば、不必要な恐怖心を抱かなくてもすみますし、環境の変化にも容易に順応できると考えられます。私も、いまではそういうこともわかりますから、いろいろと曲折を経て、霊的真理の一端でも知り得たことを、たいへん有難いことだと思っています。

 私は、飯田文彦さんとは、彼が『生きがいの創造』を出す前から文通していました。お互いに大学に籍をおく者としての親しみもありました。彼に言わせると、私は彼の「ソールメイト」なのだそうです。私は、国立大学に長くいましたので、霊魂とか霊界とかの話を持ち出すことは、大学社会では「禁忌」であることをよく知っていました。私自身も、長い間、霊的真理からは遠いところにいましたから、それだけに、彼が大学の紀要に霊界について触れているのを知ったときには、批判を受けるのではないかと少し気になったことを覚えています。ご承知のことかと思いますが、いまでは彼も、大学を離れて、自由の立場で活躍の場を大きく広げているようです。

 東大医学部教授の矢作直樹さんが、2011年に出した『人は死なない』も、世間に対しては大きな刺激になったと思います。評論家の立花隆氏などから、東大教授ともあろうものが、このような本を出すなんて、「開いた口が塞がらない」というような厳しい批判を受けたりしましたが、矢作さんは、あまり気にしていないようです。翌年には、ヘミシンクによる霊界探訪の実践者である坂本政道さんとの共著で、「あの世」をめぐる対談集『死ぬことが怖くなくなるたったひとつの方法』(徳間書店、2012)を出版し、その後も、同様の本を次々と出版しています。あなたも言われているように、1980年代の後半あたりから、死後の生についての本がいろいろと出まわりはじめて、求めようとさえすれば容易に手に入るようになりました。私などは、「科学で解明できるものだけが真理である」というアカデミズムの世界にあまりにも長く、どっぷりと漬かっていましたから、霊的真理に目覚めたのは、かなり遅い方です。

 世の中には、昔も今も、愛する家族を失って嘆き悲しんでいる人々が数多くいます。老齢になって、迫りくる死の恐怖に怯えている人々も、決して少なくはありません。そういう悲嘆や恐怖を乗り越えることができる「たったひとつの方法」は、おそらく、霊的真理を理解すること以外にはないでしょう。私は自分自身の体験からもそう確信しながら、いままで、その体験を講演会で話し、本にも書き、このようなHPでも、訴えてきました。私の前世では、何度も霊的真理を疑い忌避してきたことがあったといわれていますから、今世で、このように霊的真理を普及するために微力を尽くすようになったのも、おそらくそれが私に与えられた使命なのでしょう。私は、その使命を私なりに、なんとか果たそうと努めながらいままで生きてきました。このようなHPも、あなたが言ってくださっているように、読者の方々に、少しでも、なんらかのお役にたってきたとすれば、大変有難いことだと思っています。あなたにも、私のほうからこそ厚くお礼申し上げます。




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    長くがんを患っていた友人を見送って        (2018.10.21)


 武本先生

 朝夕はめっきり冷え込んできておりますが、その後お体調の方はいかがですか。いつもホームページの更新ありがとうございます。またお礼が遅れましたが、ホームページの閉鎖を1年延ばして下さってありがとうございました。ありがたかった反面、体調の事を心配しており感謝の気持ちをすぐお伝えするべきか迷っていた為にお礼が遅れました。改めて延長していただき感謝致します。

 実は初夏に長くがんを患っていた友人を亡くしました。母が亡くなった時に支えてもらった友人の1人でこちらのホームページの事や『生きがいの創造』の飯田先生のお話をよくしていました。辛い闘病中、心の拠り所にしていた様です。そして友人を急に亡くしたがん友の方にもこちらのホームページを紹介してあげていました。彼女の分も改めて感謝の気持ちを伝えたくてメール致しました。本当にありがとうございました。

 母が亡くなり数年経ち少しずつケアする側にまわる様になりますと多くの方が信仰に関係なく天国での再会に希望を託されている事に驚かされます。今でこそ、書店にはスピリチュアルコーナーが設けられシャーリーマクレーンさんや山川ご夫妻の本が並び、テレビでは江原さんやアメリカの著名なスピリチュアルカウンセラーを見る事が出来る様になりました。でも先生はこんなにポピュラーになる前に自らイギリスに行かれご家族との再会を果たせられたんですよね。その姿は私達遺族にとってこのホームページのお名前である「ともしび」と同じく暗闇を灯してくれる一筋の光でした。ここを訪れた多くの方もそう思われていると思います。

 このホームページもあと数ヶ月で閉じてしまうのはとても残念ですが体調が一番ですのでどうぞ

無理はされないで下さい。残りあと数ヶ月になって参りましたが、どうぞ宜しくお願い致します。これからますます寒くなって参ります。くれぐれもお体ご自愛くださいませ。

 N. M 



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   霊的真理によってのみ癒される悲しみと苦しみ  (2018.10.08)


 S. Y. 様

 メールを拝見しました。あなたのお悲しみとお母様を想うお気持ちに心を打たれています。

 最愛の母を亡くして嘆き悲しまない人がいるでしょうか。今年の5月.21日の「メール交歓」にも書きましたように、空海でさえ愛弟子の死に際して、深く悲しんでいました。あなたが嘆き苦しまれるのも、私にはよくわかります。悲しくてならない時には、心ゆくまで涙を流されてよいのです。ただ、いつまでも悲しまれてはいけないでしょう。それでは、あなたのお母様をも、悲しませてしまうことになってしまうからです。

 私は、この HP にも書いてきましたように、家族の突然の死に直面して、悲歎と絶望のなかで苦しんでいました。霊界のことなど何もわからず、死後の生などについては全くの無知でしたから、生きる希望さえ失って、何年も何年も悲しんでいました。藁にも縋る思いで、仏典や聖書を読み、幾つかの宗教団体にも通い、数多くの霊能者とも接触するようになりましたが、それでも、霊とか魂を信じるようなことは「大学教授としてあるまじきこと」と考えられているようなアカデミズムに、どっぷりと漬かってそれまで生きていましたから、無明の闇からはなかなか抜け出ることはできませんでした。私の『天国からの手紙』のなかで触れたように、私がやっと霊的真理に目覚めたのは、1991年にロンドンに住むようになってからのことです。

 妻と長男が立派に生きていることも気がつかずに、いつまでも嘆き悲しんでいる。そのような私の姿は、霊界からは丸見えですから、妻と長男も辛い思いをしていたことと思います。長男は、いつまでも無知のままでいる父親の姿が歯がゆかったのでしょう。霊界から「お父さんは何でもできる人ではないか」と強く窘められたこともありました。いまでは、無知の恐ろしさを身にしみて感じながら、彼らに長い間、辛い思いをさせてきたことをすまなく思っています。だからこそ私は、「確かに、その姿は目の前には見えないかもしれない。しかし、もう永遠に会えない、となぜ思い込むのか。話し合うこともできないと、誰がそう言ったのか。『死んで』しまったのだから、本当にもう会うことも話し合うこともできないのか。それを自分で確かめたのか。――いまでは、私は、溢れるような思いを抑えて、そう問いかけることができる」と、本にも書きました。

 あなたのお母様は、いまは体調も少しも悪くはなく、健康そのもののお元気な姿で、すぐ近くからあなたを見守ってくださっています。繰り返しますが、あなたが悲しめば、お母様も悲しまれます。あなたが、お母様の真実の姿を知ってあげて、後悔も喪失感もない明るい生活を取り戻されれば、お母様も安心して、こころから喜ばれることでしょう。それが、本当の供養です。あなたはお母様です。お母様は、あなたです。元気に生きておられるお母様のことを理解する学びを深めて、今度再会される時には、お母様からも褒められ、感謝されるあなたであってください。シルバー・バーチも、「あなた方と愛しあっている霊界の人たちは、あなた方を決して見失うことはありません。彼らは、自分たちの愛が及ぶ範囲内にとどまって、それより遠いところへ行ってしまうことはないのです」と言っています。(「霊訓原文」146など) そのような霊的真理を知ることによって、悲しみと苦しみを克服していかれることを、衷心よりお祈りしています。



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  最愛の母を亡くして後悔と喪失感で苦しむ   (2018.10.07)


 武本先生

 はじめまして、S. Y. と申します。8月に最愛の母を64才で亡くしてしまい、後悔と喪失感で、苦しむ日々を送っております。去年体調の悪い母を残し、結婚後、家を出てからちょうど1年後、母は亡くなりました。離れていても常に母を想い、自分にできることを行ってきたつもりですが、結果何の恩返しもできないまま、急な別れとなってしまいました。

 自分のせいで母を救えなかったという苦しみの中、武本先生の著書とHPにめぐりあいました。先生は、想像を絶する苦しみの中で光を見出だし、更に他の人たちを救うべく努力をされているのを目の当たりにし、頭の下がる思いです。HP終了延期中にHPに出会えたこと、とても幸運に思います。

 先生の本に、人は死なないとの記述があり、かなり精神的に救われた気がしています。具体的、現実的な記述がとても身にしみました。まだ喪失感で苦しいですが、先生の言葉を知ったため救われていると思います。私もいつか母との再会を果たせますでしょうか? 本当にありがとうございました。



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   「寸感・短信」欄の一部の移動について       (2018.09.18)


   (お知らせ)

 「寸感・短信」欄の「死後の魂のあり方を示す法則」(2018.09.06)は削除して、「参考資料」(16)へ移しました。



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  空海でさえ悲しんでいたことを思い起こしつつ    (2018.05.21)


 R. E. 様

 このホームページの「寸感・短信」No.88 (2015.08.05) に、「弟子の死を嘆き悲しんだ空海」と題した小文を載せています。空海は、52歳の時に、姉の子であり愛弟子でもあった37歳の智泉を亡くしました。空海は、この智泉の死を深く悲しみ、「悟りを開けば、この世の悲しみ驚きは、すべて迷いの生み出す幻にすぎないことはわかっています。それでも あなたとの別れには、涙を流さずにはいられません」と嘆いています。あなたからのメールを拝見しながら、私は、この空海のことばを思い出していました。空海でさえ、悲しみは「迷いの生み出す幻」とわかっていても、涙を抑えきれなかったのです。それで私も、この小文の冒頭で、つぎのように書きました。

 《私たちは霊的存在であり、永遠の生命をもっている。霊には死はなく、死というのはドアを開いて隣の部屋へ移るようなものであるにすぎない。だから、死を悲しむのは間違っている・・・・というようなことは、私たちはすでにいろいろと教えられ、学んできた。しかし、やはり、愛する肉親に死なれたりすると、深い悲しみを抑えることができない。自然に止めどもなく涙が流れる。それが人間ではないか、悲しい時には思い切り泣けばいいのではないか、と思ったりもする。》

 私自身も、霊的真理に触れるようになるまでは、何年も悲しみ苦しみ続けました。しかし、紆余曲折の末に生と死の真実を知るようになってからは、初めて心が癒され、悲嘆からも解放されました。そして今では、長年苦しんできた自分の体験からも、霊的真理に無知であることの恐ろしさを、ひろく訴えていくようにもなりました。大切な人の死に直面して、嘆き悲しむのはわかります。しかし、もし、いのちは永遠で「死」はないのだということを、知ることがなければ、いつまでもその嘆きは続いていくことになってしまうのです。この「知る」と「知らない」との違いは大きく深刻です。あなたも、この違いがおわかりになっているからこそ、「天に導かれ人のお役に立つことができればと思っています」と書かれました。

 普通は、愛する人の死に直面して悲嘆に暮れている人に対しては、祈るような気持ちで、いのちの永遠を知っていただこうと努めるものですが、あなたはすでに霊的真理については多くを学んでおられますから、それが私にとっても救いです。悲しみから早く立ち直られて、あなた自身の霊性向上の道をこれからも着実に歩んでいかれますよう、心からお祈りしています。




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  死の真実を理解していても流れ出る涙     (2018.05.21)


 武本先生

 初めてメールをさせていただきます。武本先生のブログは数年前より読み続けています。一つだけの教えに拘らず、あらゆる角度からの膨大なる量の資料と知識に感銘を受け、心の迷いが生じれば必要なページに行き納得し勇気づけられています。魂の赴くまま霊について学び始め、霊性が低い為にそれに見合った霊の影響を受け体調を崩したり、正しくない教えに流れていたり、うつになり引きこもり、試行錯誤で今日まできました。

 シルバーバーチを代表にその他の霊界からの通信により、人間は死後も魂は永遠に生き続けると教えられ、生きる希望を与えられ、そして「死」に対しても一つ の通過点に過ぎず、この世の卒業であり祝福であると捉えるようになりました。

 ところが、先々月、とても大切なパートナーを亡くしました。数時間前までいつもと変わらない他愛のない事を話したところでした。ショックで動転してしまいました。魂は死んでいないと頭でわかっていても、霊でそこにいることが感じられても、それでもいつも見えていた肉体がないことは淋しさを通り越して喪失感があります。毎日ボーっと泣き続けました。

 そんな中、武本先生は2年間もこんな状態だったと書いてあったな・・・、今2ヶ月が過ぎようとして、こうしていたら2年なんてすぐなのかもしれないな・・・先生は当時霊的真理を知らなかったからその喪失感は 底知れぬものだったに違いないな・・・と、初めて先生のその時の痛みがわかりました。人間は同じ経験をして初めて相手の痛みがわかるのですね。わかったつもりでもわかっていないのですね。私もこの経験を無駄にせず、天に導かれ人のお役に立つことができればと思っています。

 武本先生、ブログいつもありがとうございます。スローペースでいいですし、短くてもいいですから、時々先生の言葉を載せていただけるととても嬉しいです。

 R. E.



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  霊的真理によってのみ癒される悲しみ     (2018.03.26)


 K. K 様

 あなたからのメールを読みながら、私はコナン・ドイルが霊界から送ってきたメッセージを思い出していました。私のHPの「学びの栞B(21-c)に引用していますが、コナン・ドイルは霊界での再会について、「今は亡き、父親、母親、夫、妻、兄弟、姉妹、子供と、再びこの世とあの世の障壁を越えて心を通わせられるということを知るほど、心を慰めてくれるものがあるでしょうか。それは本当のことなのです。素晴らしいことに本当なのです」と述べています。同じく(21-b)では、「魂が愛する者たちと再会したときに体験する愛の深さと喜びを、いったいどうすれば、私はあなた方に伝えられるのでしょうか。本当に悲しい別れであったものが、もはや、それは自分に与えられた運命ではないと悟るのはなんという喜びでしょうか。愛し合う魂は、ときにはそれぞれの任務を果たすために、やむをえず別な道を歩まなければならないとしても、それは別れではないのです。これまで考えていたような別れが、愛の腕の中で、永遠に消滅するのを知って、本当に胸をなでおろすのです」とも言っています。

 あなたが言われる「死後の世界での再会」について「はっきりした確信」を得るのは、世間の常識では全く不可能と思われていますが、実は、そんなに難しいことではありません。このコナン・ドイルのメッセージのように、霊界からいろいろと真実の情報を伝えてきてくれていますから、理性を失わず、謙虚に素直な気持ちになって耳を傾ければよいだけです。中でも一番頼りになるのは、シルバー・バーチの教えだと思いますが、そのシルバー・バーチは、「死はけっして愛する者との間を、永遠に引き裂くものでないこと、いつかは必ず再会の時が訪れること、それも、どこやら遠い遠いところにある掴みどころのない空想的な境涯においてではなく、物的世界に閉じ込められている人間が理解しうるいかなる生活よりもはるかに実感のある実在の世界において叶えられると申し上げているのです」と言っています。([学びの栞A」21-a) これは、そのまま、あなたのご質問に対するお答えになっているのではないでしょうか。

 一歳のお子さんと共にこれからの人生をどのように歩んでいくか、思い悩んで辛いお気持ちを抱えておられるご心中お察し申し上げます。ただ、悲しみや苦しみには、それぞれにすべて意味があります。そして、自分に克服できない困難が降りかかることは決してありません。このことについてもいろいろと言われてきて、私も、『天国からの手紙』に書き、このHPのなかでも繰り返し触れてきました。どうか、そういうことも学んで、ご自分を勇気ずけてあげてください。シルバー・バーチも、「地上の人生は所詮は一つの長い闘いであり試練なのです」と言っています。むしろ試練は、私たちにとって何よりも大切な霊性向上のための神からの贈り物とさえいえるかもしれません。だからこそ、シルバー・バーチは、「苦難から何かを学び取るように努めることです。耐え切れないほどの苦難を背負わされるようなことは決してありません。解決できないほどの難問に直面させられることは絶対にありません。何らかの荷を背負い、困難と取り組むということが、旅する魂の当然の姿なのです」と述べて、苦難や悲しみの意味を教えてくれているのです。([学びの栞A」18-c) あなたのこれからの学びに期待し、ご健勝を心からお祈り申し上げます。




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   亡き夫とあの世で一緒に暮らせるか     (2018.03.26)


 武本先生

 初めまして。私は今年夫を病気で亡くしました。1歳の子供が一人おり、私は30代後半です。病気と闘ったこと、苦しかったこと、楽しかったこと、一緒に描いていたこれからの未来、それらが頭の中を巡って、残されているであろうこの先何十年もの長い人生を思うと、もう一歩もこの人生を歩んでいくことはできないと感じるほど辛い時もあります。

 もともと死後の世界はあるだろうと思っていましたが、夫を亡くしたことで、死後の世界で会えるのだというはっきりした確信が欲しく、臨死体験やスピリチュアリズムに関する本を何冊か読み、シルバーバーチの霊訓については、その一部を紹介しているサイトで読みました。そして昨日武本先生の『天国からの手紙』を見つけ、これだ!と思い、キンドルで購入して読みました。先生と奥様と息子さんとの交流が、ありありと描かれており、私の読んだどの書籍よりもすんなりと私の心に入ってきました。そしてとても穏やかな気持ちになることができました。このような本を読むことができて心から感謝しています。ありがとうございます。また、ウェブサイトも見つけ、情報の豊富さに圧倒 されました。これから毎日のように閲覧して、生きる糧にしたいです。このようなサイトを作って頂き、本当にありがとうございます。

 先生がご存知であれば一つ伺いたいのですが、私がもし相当な長生きをして例えば50年後に死んだとしたら、それでも夫とあの世でしばらく夫婦として暮らすようなことはできるのでしょうか? あの世では幽界の次に霊界へ行くということですが、もしも夫が霊界に行っていたとしても、あの世で一緒に少しでも暮らせるのか、それがとても気になります。あまりに短い結婚生活だったため、あの世でもう少し夫婦生活を送りたい、それだけが私の望みです。もしご存知であれば教えていただけますでしょうか。

 武本先生、お体にお気を付けてお元気でいて下さい。

 K. K



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  シルバー・バーチ読書会に希望を繋いで    (2018.03.12)


 亀水忠茂 先生

 メールを有難うございました。先生が「大阪シルバー・バーチ読書会」を主催されていることは、「(続)いのちの波動」の大空澄人先生からもお伺いしていましたので、メールを拝見しながら懐かしいような気がしています。私は大阪生まれで大阪には私なりの思い入れがあります。体力があれば、4月3日の「第91回読書会」に参加させていただき、小豆島の大空澄人先生にもお目にかかりたいところですが、いまは遠くから、お二人の霊的真理普及のためのそれぞれのご献身を敬意をもって見上げているほかはありません。

 私のホームページは、すでにお知らせしてありますように、「とりあえず一年間」終了を延期することになりましたが、先生からのようなメールを多くの方々からいただき、恐縮しながらもたいへん有難く受け止めています。「いままでの内容を読めるようにしてくれれば」というご要望に応えて、これからは更新にはあまり拘らず、公開だけは継続していくことにしました。いささか力の抜けたホームページになりますが、どうぞご了承ください。

 昔の私は、霊魂とかあの世の世界などについては、全く無知蒙昧でした。妻と子の死に直面して、藁にも縋る思いで仏典や聖書を繙いたりしていても悲嘆の底から抜け出すことが出来ず、無明の闇は随分長い間続いてしまいました。「プロフィール」Zの「真実の教えを求めて」にも、そのことは書きましたが、その私が、やっと辿り着いたのがシルバー・バーチの教えでした。初めて、こころから納得し、全身全霊で受け容れることができて、私は救われました。先生が、そのシルバー・バーチの教えを学ぶための「読書会」を主宰してくださっていることは、人々に大きな希望と生きる力を与えていることになると思います。先生のご健勝と読書会のご発展を衷心よりお祈り申し上げております。 



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  ホームページの一読者として厚くお礼を    (2018.03.12)


 武本昌三先生

 私は先生の“ともしび”から日々学ばせていただいております大阪シルバーバーチ読書会主催者の亀水忠茂と申します。長年にわたり先生の霊的真理の普及に対する並々ならぬご努力に心より敬意を表しますとともに、インターネトを通して本物の真理の普及をされておられる数少ない“霊界の使節”として、私の模範であり大変励みになっております。今まで本当にありがとうございました。

 先生の出版記念講演会に神戸より初参加してお顔を直に拝見して以来、小豆島在住の「続 いのちの波動」の大空澄人さんをご紹介いただき、現在も親交を深めさせていただいております。今では年に二回ほど小豆島に訪問する仲となり、大川親子様とは共に手を取り合って「シルバーバーチの霊訓」の普及に微力ながら努力しております。今となってはこれも霊界の導きだったと思います。

 潮文社の廃業に伴う霊訓の廃版と、先生のホームページの閉鎖が時期を同じくして重なったことは偶然ではないような気がいたしております。正直さみしい思いもいたしますが、他方でこれら一連の出来事は“新たな時代”に向けての世代交代の意味あいがあるのではないかと思ったりもしております。私も現在68歳となり、あと10年程度は“霊界の道具”となるべく残りの人生を霊的真理の普及に捧げ、何としても次の代に「シルバーバーチの霊訓」をつなげていきたいと願っております。

 長年にわたり先生のホームページをみて多くの方が救われ、また大いに魂に感動を与えてこられました。それを機会にきっと魂に目覚めた方も多かったものと思います。私の目から見ても、先生は誕生前に計画し出生してきた人生の目的や特別な使命を立派に果たされてこられたと確信しております。本当に長い間ご苦労様でした。一読者として心より厚く御礼申し上げます。

 亀水忠茂



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  ロンドンで初めて死後の生を知った日     (2018.02.12)


 S. A. 様

 あなたからのメールを拝見して、「悲しみの中でこそ出会えた霊的真理」と書かれているのを反芻していました。シルバー・バーチは、何度も、「真理を理解するには前もって魂に受け入れ態勢ができあがっていなけれければならない」と繰り返しています。「その態勢が整わないかぎり、それは岩石に針を突きさそうとするようなもので、いくら努力しても無駄です」と、魂の受け入れ態勢の重要性を強調しています。そして、「魂が苦しみや悲しみの体験を通じて耕されるにつれて岩石のような硬さが取れ、代わって受容性のある、求道心に富んだ従順な体質ができあがります」と、述べています。(『霊訓 (7)』pp.68-69) この意味でも、苦しみや悲しみは、実は、「神からの恩恵」といえるのでしょう。

 たまたま、26年前の昨日(1992年2月11日)は、私がロンドンの大英心霊協会で、初めてアン・ターナーから霊言を聞いた日です。その2か月ほど前までは、私はまだ、深い悲しみと苦しみから抜けきれないでいました。ロンドン滞在は一年近くになろうとしていましたが、大英心霊協会には、まだ行っていませんでした。その頃のことを、私は、『天国からの手紙』(p.196)のなかで、こう書いています。

 《渡英前から密かに考えていたが、大英心霊協会は、失った希望を取り戻すための最期のチャンスであった。もう S教団や T教団のように何もつかめなかったではすまされない。それでは、富子と潔典を亡くした絶望感からは永遠に解放されなくなってしまいかねないのである。
 富子と潔典は死んでしまったままなのか、それとも生きつづけているのか。本当に知りたいことを心から納得して知るのは、一瞬で足りる。
 私は、大英心霊協会で霊能者の前に座るのは最後にして、その「一瞬」に賭けた。その前に、霊界の学びを深めて、こころを整え、シルバー・バーチのいうように、霊的真理を受け容れるための「魂の用意」をしておかねばならないと思っていた。》

 その2か月後、或いは私に「魂の用意」が出来ていたからでしょうか、私は、期せずしてアン・ターナーに会い、その「一瞬」を迎えました。霊界の妻と子に奇跡的な「再会」ができたのです。長年の悲しみと苦しみから解放されて、私は変わりました。それで、1992年2月11日は、私にとっては忘れられない日になったのです。

 この日が出発点になって、私は何度も何度も、霊界との妻と子との対話を体験し、帰国してからは、さらにシルバー・バーチの教えを学び、やがて、著作や講演会で霊的真理を伝え始めるようになりました。2003年3月からは、このホームページも開設しました。その間、あなたは誰よりも熱心に、私の話に耳を傾けてくださったことを私はたいへん有難く思っています。あなたのような方々に支えられて、私のささやかな霊的体験も、少しは活かされてきたことになるのかもしれません。いまは、自分の人生の締めくくりを考える年齢になって、改めて、あなたやこのホームページの読者の方々にも、こころからのお礼を申し上げたい気持ちです。




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  悲しみの中でこそ出会えた霊的真理      (2018.02.12)


 武本先生

 ホームページ継続の決定、大変嬉しく拝見いたしました。多くの方がこの知らせを聞き、安堵されたことと思います。こんなにも充実し、貴重な内容を持つHPをこのまま埋もれさせてしまうのは、あまりにも残念です。

 人生の中で一番大切なものを教えていただきました。それは、悲しみの中でこそ出会えた「霊的真理」でした。生きる指針となり、心は以前とは比べようもないほど穏やかになりました。武本先生とこのHPのお陰です。ありがとうございました。

 このHPは、これからも多くの人たちを救い導いてくれることでしょう。延期の期間が一年といわず、さらに継続されることを切望しています。

 S. A.




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   生命の真実を世に伝えられる幸せ    (2018.02.05)


 Y. T. 様

 メールを拝見しました。このホームページを来月で終了させるつもりでしたが、思いがけなく、いろいろと継続のご要望をいただいて考え直すことになりました。とりあえず、一年延期することをお知らせして、いまは少し気持ちも落ち着いています。私は今年の4月には米寿を迎えます。体力は衰えても気持ちだけは元気ですが、それでも、いつ病気で倒れたりしても少しも不思議ではありません。そんなことで突然更新を中断させ、何のお知らせも出来ないまま、やがてこの画面も消えてしまうということになっては申し訳ありませんので、きちんとご挨拶できるうちに、このホームページも締めくくっておきたいという思いがありました。     

 あなたが、メールで「実証的」と書いてくださったことを有難く受け止めています。私は、何度も書いてきましたように、かつては、死後の生とか霊的真理などからは、最も遠い所に居ました。妻と子の死を契機に、何年もかかってやっと、「死後の生」の真実に辿り着くことができましたが、今ではこの「死後の生」は、いささかの揺るぎもない確信です。霊界の妻と子とも何十回も対話を重ねてきましたから、それだけでも、彼らの生存を疑う余地は全くありません。そう遠くない将来、私も彼らと霊界で再会できることを知っていますし、それまで穏やかに余生を過ごすことができるのも、いのちの真実を、いわば「実証」できたお陰です。このような私の体験が、あなたをはじめ、このH.Pを読んでくださる皆様に、これからも少しでもお役にたつことができれば、たいへん有難いことだと思っています。



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   「ともしび」の終了延期に感謝する       (2018.02.05)


 武本 先生

 「ともしび」の公開を一年延期にしてくださいまして、ありがとうございます。希望の知識がとりあえず見れなくなってしまわないと知って、うれしく思っています。

 これほど実証的で整理された生命の知識を、次にいつ・だれが・提示できるのでしょうか?生命の実相を知ろうとする者たちを育ち続けている、無くてはならない教材であると思います。願わくば、万人へのこの恩恵が永く維持されていきますように。

 Y. T.


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     この H.P.の終了期限の延期について   (2018.02.01)


 昨年12月1日に、このホームページを本年3月で終了する予定であることをお知らせしました。2003年3月に開設して以来、15年目になるのを潮時に、「引退」させていただきたいと思っていたからです。しかし、その後、各地の多くの方々から、海外のロンドンやニューヨークからのものを含めて、このホームページ存続のご希望が寄せられてきました。更新はしなくても、これまでのホームページを読めるようにしてくれればよい、というご意見も複数の方々からいただきました。このホームページの内容が少しでもお役に立つのであれば、たいへん有難いことだと思っています。

 小さな力ですが私なりの努力を続けてきて、書いてきたものも、いつの間にか、かなりの分量になりました。私としては、書くべきことはすべて書いてきたという思いがありますし、これ以上書き続けても、あとは繰り返しになるだけかもしれません。しかし、「これまでのホームページを読めるようにしてくれれば」というご意見には、心を動かされました。いろいろと考えてきましたが、とりあえず、今年3月以降も、更新するしないに関わらず、このホームページの公開は継続して、終了はあと一年、延期させていただくということで、どうぞご了承ください。この「終了」問題で、あたたかいお気持ちをお寄せいただいた多くの方々には、改めてこころからのお礼を申し上げます。




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     生と死の真実を知って救われる     (2018.01.15)


  S. A. 様

 メールを拝見しました。私の講演会にも欠かさずご出席いただいていたことなどを思い出しつつ、長い間、あなたのような真摯な姿勢の方々に、このホームページが支えられてきたことを、改めて厚くお礼申し上げたい気持ちです。世間の常識とは全く相容れない「死後の生」とか「霊的真理」を中心に訴えようとしてきただけに、大学教授としては「あるまじき言動」として、いわゆる「知識人」などからの反発や批判も覚悟していましたが、なんとか細々と更新を続けているうちに、いつの間にか14年の歳月が流れていきました。今年3月で15年目を迎えるのを潮時として、終了することにしたわけです。

 ただ、そのことをお知らせして以来、いろいろな方から、このホームページ存続のご要望が寄せられています。その中には、継続の必要性を熱心に訴えてこられたものから、ホームページをこのまま自分が引き継ぎたいというもの、存続の仕方についての海外からのご提案などもありました。有難いことだと思っています。あなたも書いて下さいましたが、「このホームページを皆さんが閲覧できるような状態」が、このまま3月以降も続けられるかどうか考えさせられています。

 あなたは、ご自分が変わったことに触れられていますが、かつての私も、それは同じでした。最近、精神世界に造詣が深い元電子技術者のTさんが、ご自分のブログで、私のことに触れているのを知りました。Tさんは、1983年の事件後の真相究明活動にも参加していてくださっていた優秀な仲間の一人です。当時、悲嘆の底に暗く沈んでいた私には真相究明運動は二重の苦しみでしたが、遺族としては避けては通れませんでした。そのブログのなかで、Tさんは、こう述べています。(http://21utbmjdai.asablo.jp/blog/2017/10/11/8702291)

 《当時、先生は、ご遺族ならではの、お辛そうなご様子でした。私が、個人的都合で、同会(大韓航空機事件の真相を究明する会)を退会した後、だいぶ年数が経ち、インターネットで、ホームページ『ともしび』の存在を知りました。これをきっかけとして、一度だけですが、武本先生の講演会に出かけたことがあります。その時は、「まったく別人と思えるほど」、非常にお元気で、「はつらつ」としておられました・・・・》

 1991年から1年間のイギリス生活の前と後で、私が180度変わっていった様子をTさんは目撃しておられたことになりますが、このように、外から見られていた自分の姿の変化を書かれたのは、私にも初めてのことです。Tさんのブログは、さらに、「この世とあの世と、物理的には、大きく離れていますが、精神的には、相手がすぐ目の前に居るのと、同じです。亡くなって、永久に会えないと思っていた相手と、霊能者を介してではあっても、いつでも自由に会えるわけです。言葉では表現できないほど、限りなく嬉しいはずです」と続き、私の変わり方について、「まったく別人と思えるほど、非常にお元気になられたのも、ちっとも不思議ではありません。むしろ、当然です」と、綴られていました。

 あなたにも、このような変わり方は、当てはまるのでしょうか。すべては「霊的真理」のお陰です。あなたの魂は十分にその霊的真理を受け入れる準備が出来ていたのでしょう。あなたの明るいお人柄や、英語通訳で若々しく活躍しておられるテレビの映像のことなども思い起こしながら、私もまたこのようにブログで言われていることを、お伝えしてみたいと思いました。どうか、今年もお元気でお過ごしくださいますように。ご健勝をこころからお祈り申し上げます。




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    生きる姿勢も価値観も変わって          (2018.01.15)


 武本先生

 今年になってから、「ともしび」が終わることを知り、大変驚いております。このホームページを開設されて、もう15年も経つのですね。厳選され蓄積された内容の量と濃さは、他を圧倒するほどでした。このホームページで、どれだけ多くの人が救われ、癒され、心穏やかに過ごせるようになったことでしょう。私もその中の一人でした。先生に導かれ、今の私がいます。何度感謝してもしきれないくらいです。本当にありがとうございました。

 先生から「魂が目覚める」機会を頂いて、「すべての原点とするもの」が変わりました。生きる姿勢も考え方も価値観も変わりました。いえ、未だ未だその途中というところでしょうか。未熟な私は、何か事あるたびに、まだ動揺したり悩んだりしていますが、それでも、以前より立ち直りが早くできるようになりました。

 貴重な「教え」がたくさん詰まった「ともしび」が終了することは、本当に残念ですが、これからも、その教えを糧に自分らしく生きていきたいと思います。武本先生、15年間お疲れさまでした。そしてありがとうございました。心より感謝しています。どうぞこのまま、もうしばらくの間、このホームページを皆さんが閲覧できるような状態にしておいていただけたら、こんなに嬉しいことはありません。悲しみの淵にいる人にとって、このホームページは本当の意味で「ともしび」なのですから。

 S. A.



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   悲嘆と苦難を経て得られた安らぎの境地    (2018.01.08)


 K. M. 様

 メールを拝見しました。交通事故に遇われてまだご退院まもない頃だと思いますが、遅ればせながら、こころからのお見舞いを申し上げます。

 私がまだ生と死の真実がわからず苦しんでいたころ、内村鑑三の『基督信徒のなぐさめ』(岩波文庫)を読んでいたことがあります。第一章の「愛するものの失せし時」のなかで、悲しみと苦悩の果てに辿り着いた境地を、「然り余は万を得て一つを失わず、神も存せり、彼も存せり、国も存せり、自然も存せり、万有は余に取りては彼の失せしが故に改造せられたり」と内村は書いていますが、今では私も、「万を得て一つを失わず」に近い思いがあります。

 あなたは、奥様を亡くされたあと、大きな交通事故に遭い、「失ってこそ、その対極にあるすでに有している自分の恵まれた環境などに気付くという体験をしました」と書かれています。あなたもまた、霊性向上の道を確かな足取りで歩んでおられるのだと思います。昨年12月25日の「メール交歓」(返信)「苦難を克服していくことで霊性が向上する」でも引用しましたが、シルバー・バーチは、困難や苦難はすべてが「霊的進化の道程で大切な役割を果たしているのです。いつも日向で暮らし、不幸も心配も悩みもなく、困難が生じても自動的に解決されてあなたに何の影響も及ぼさず、通る道に石ころ一つ転がっておらず、征服すべきものが何一つないようでは、あなたは少しも進歩しません」と言っています。(『霊訓(4)』, p.41)結局、苦難とは、おそらくあなたも思っておられるように「天からの恵み」として受け取るべきなのでしょう。

 私はまた、孤独もポジティブに捉えるべきではないかと思っています。家族団らんの楽しみというのはありますが、孤独にも何物にも代えがたい自由と心の平穏があります。だからこそ、古来、多くの聖賢は、富を捨て、名利を遠ざけ、家族からも離れて孤独の中で生きることを選ぼうとしてきました。あなたが言われるように、「得ることよりも、手放していくことができる心に」人生の豊かさがあるからでしょう。孤独の中で自分と向き合い自分の世界を広げて、多くの知人、友人ばかりでなく、霊界の家族、縁者との繋がりも深めていく。「孤独」というのは、本来、孤独ではないのかもしれません。

 科学が発達して人の暮らしも便利になりましたが、一方では物的欲望が増え、それだけこころの豊かさからは遠ざかっているように思えます。カネが多ければ幸せで、少なければ不幸というのが世間の確固とした常識になってしまって、「与えることは、与えられること」というような単純な、しかし極めて重要な自然の摂理なども、なかなか理解され難くなってきました。そんななかで、あなたからの「生きる喜びの本質に近づく」とタイトルをつけられたメールには、こころの安らぎと希望を感じさせられます。繰り返し読ませていただきながら、私からもお礼のことばをお伝えしたくなりました。有難うございました。




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   生きる喜びの本質に近づく         (2018.01.08)


 武本昌三先生

 昨年1月のメールにて、妻の死に思い悩む私に対して、生と死の真理を、さらに奥深く学び続けていくことの大切さをご教授頂きありがとうございました。妻を失い、先生のHPなどで生と死の真理について学びつつ、繰り返し何度もご講演集を読み直したりしながら、普段の生活を続けて来ましたが、たった一人の家族だった妻を失い独居となった私の中にある深い孤独の闇に苛まれ、自分は何のために生まれ、これからも生きていくのかということの実感が持てずに日々を暮らしていました。

 そのような中、11月末に交通事故に遭い、ドクターヘリで救急搬送されるほどの怪我に遭っても奇跡的に治療が進み、ふた月弱で普段の生活に戻れるまでに回復しました。集中治療を受けていた病院の中で、これまで失ったものに焦点を当て、戻らない過去を幾度も悔い、何かできるであろう今、今日という日を省みていなかった自分や、普通だと思っていた、二足歩行できる健常の体や経済的に自立生活できていた有り難さ、心配して駆けつけてくれた多くの友人・知人の愛に恵まれ孤独ではなかったことへの感謝など、失ってこそ、その対極にあるすでに有している自分の恵まれた環境などに気付き、どのような境遇であっても感謝の念を覚えるという体験をしました。

 人は、失うことや得られなくなることなどに対する不安によって、自らを不幸という心が生み出す状態に陥れているのではないか。人は、自分は既に多くを持っている恵まれた存在であることに気付き、分け合い、与えることによって自らの充足感を得られれば、恐れを手放し、生きて生かされていることに気づき喜びを得られるのではないか。人生の豊かさは、得ることよりも、手放していくことができる心にある。生きる喜びは、この世で自分がなにかの役に立ち、発揮していくことで得られる。そして何より、一般的尺度から見れば不幸や不遇であっても、それはきっとその裏側にある幸せや約束されている生の恵みに気付く機会(チャンス)なのだと思えるようになりました。

 亡くした妻のことを喜べるという状況にまではまだ至りませんが、生命の真実にある喜びへは、この先も、ここに書かれている真実に何度も繰り返し学び直しながら、一歩づつ近づいていきたいと思っています。武本昌三先生、ありがとうございました。

  K. M.




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   明けまして おめでとうございます   (2018.01.01)


 このホームページも今日、元旦の朝には、アクセス数が75万回台に入りました。長年にわたり、日本各地、或いは海外でご覧いただいてきた方々には、改めて厚くお礼申し上げます。

 すでにお知らせいたしましたように、15年目になる本年3月で、このホームページは終了させていただきます。いままで毎週3回ほどの公開を続けてきましたが、これからは、毎週1〜2回に減らして、終了への準備を進めていくつもりにしています。どうぞ、よろしくご了承ください。

 私は、恒例のクラシック音楽に耳を傾けながら、無事に新年を迎えました。年齢相応に体力は衰えてきていますが、気持ちだけは元気でいます。どうか今年も佳い年でありますように。新しい年のはじめにあたり、皆様のご健勝とご多幸をこころからお祈り申しあげます。







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